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剣の誓い 小説  作者: 原作:C-na 著者:輝波斗
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1章 動き出す歯車

 この記憶は、1人の少女の運命を変えた記憶。

 出逢いは魔王軍がある少女が住まう村を攻めて来た時だった。


「フフフハハハハハハ!ひとつ残らず焼き払え!魔人村でも何でも構わん、奴隷の100や1000が死んだところで魔王様は何も気にせん!」

 魔王軍傘下の男、ゾルダート=クローの哄笑が高く響く。


 魔人村、魔族の血を引く民が住まう村。少女は魔要塞を築くなどの労働になると駆り出される奴隷だった。


 あちこちから火の手が上がり、叫び声がこだます。

「あれ……なに……こわいよ……!」

 家族からも引き離された少女が1人、心細げに立ちすくんで泣いている。

「要塞を築く土地がここに決定したんだよ、クソガキが」

 心底うるさげにゾルダートが吐き捨てた。

 その声に恐怖を煽られたように少女が体を震わせた。

「……やめて……こわいよ……こわい……やめて……」

「俺だってお前みたいなガキを殺す程、悪趣味じゃねえよ。さっさと消えろ」

 氷を思わせる声音に少女の自制心が悲鳴を上げ、涙となって溢れる。

「うっ、うっ……うわぁぁぁぁぁん!」

「ケッ、うるっせえガキだな全くよ……オラお前ら!もっと焼き尽くせ!」

 当時、純真無垢だった少女は、目の前で行われる暴虐が善悪として悪いことである。としか認識できず、泣くことしかできなかった。

 そんな少女に、人影が近づいてきた。

「ゾルダートの奴……!好き勝手してくれるな……! !? 君!こんなところで何をしているんだ!!」

 泣く少女の上に影が差す。影の主の声に顔を上げると、目の前に見知らぬ男が目の前に立っていた。そのことが少女の恐怖を掻き立てる。

「うわぁぁぁぁぁん……ひぐっ、ひぐっ……ぐすっ……ふぇぇぇぇん」

「泣くな、私は君の敵ではない!」

 見知らぬ少女に目の前で泣かれたためか男は少々焦ったように、しかし余計な不安を煽らないように極力優しい声で諭す。

「ふ……ん、ぐすっ……うん……おじさん、だれ?」

「おじさんって……私は君が思ってるほど歳は食ってない。まぁ、君から見たら私はおじさんになるのかもな……私の名前は今はどうだっていい。

君の安全を確保するほうが先だ」

 純粋な言葉に地味なショックを受けつつも自分の中でそう結論付けて少女に向き直る。

「あん…ぜん…?おじさん、村を壊しに来たんじゃ……ぐすっ……ないの?」

 聞いた言葉が信じられないと言わんばかりの少女に、男は心外な、とでも言いたげな顔をした。

「人聞きが悪いな。私は魔王軍ではない。むしろ民の救出に来たんだ。君、友達や他の人は?」

 その時、少女は周りを見回したが誰もいなかった。皆、虐殺されたが不思議なことに少女は傷一つなかった。

 何も答えない少女に察したのか、男は質問を早々に変えた。

「そうか……君は、今何を思っているんだ?小さい歳で、こんな状況でどうして澄んだ瞳をしているのか、私には不思議で仕方ない」

 淡々とした瞳で、男が少女に問いかけた。

「やっつけたい……みんなにひどいことしたやつを、やっつけたい……」

 まっすぐな瞳を泣き腫らしながらも男に向ける少女に、男は庇護とは別の関心を持った。

「そうか……倒したいか?彼らを」

「うん……でも……こわい……それに……私、こどもでなにもできない……」

 強くあろうとする意志と刻み付けられた恐怖がせめぎ合う様子が、少女から見て取れた。

「今の君に戦う能力はない。しかし……ほら」

 男が差し伸べた手を、少女はきょとんと見つめる。

「……?なに……?」

「私と来ないか?きっと、君を立派な1人の戦士にしてみせる。倒したいだろう、あいつらを」

「……うん……でも……」

 少女の瞳が、感情を表すように揺れる。

「でも、は使うな。名前は?」

 一瞬、少女が口ごもった。

「名前……?よ、417」

「違う、数字じゃない。私が聞いてるのは君の名前だ」

 再度問う男に、少女が語気を強めた。

「417なの……!」

 男は気付いた。この子には名前が無い。魔王軍の奴隷としてただ数字で呼ばれていたのだと。

「名前が……君にはないのか」

 持っているのが当たり前で、目の前の少女にも当然あるものと思っていたものがなかったことに呆然とし、それを甘受するしかなかった少女の境

遇に思いを馳せた。

「……ぐすっ……うん……」

 半泣きのまま、少女が頷く。

 その少女を見て、男は考え込むように一瞬目を閉じ、そして少女に視線を合わせるように膝を折った。

「そうだな……私が、付けてもいいか?」

 その言葉の意味を少女が理解するのに数秒。驚いたように、しかし、涙で潤んだ瞳に期待を映して、少女は男を見つめる。

「ぐすん……つけて……くれるの……?」

 男は、何かを思い出すように柔らかい瞳で頷いた。

「あぁ、君の名前は……シーナだ」

「し…いな?しー……な……シーナ!」

 心に刻み込むように少女、否、シーナは繰り返しその名前を呟き、瞳を輝かせた。

「気に入ってくれて良かった。シーナ、君にこれを譲ろう」

 男は自らが振るっていた剣とは別の剣を鞘ごと抜き、シーナに差し出した。

 それを、シーナはきょとんとした顔で受け取り、突然腕の中に落ちた重さにふらつく。

「う……おも……い。おじさん、これは…なに?」

「剣だ。おもちゃではない。君の伸長と同じくらいだな、確かに重いだろう。だけど、いつか片手でも軽く感じるようにしてみせる。

 シーナと剣を見比べて苦笑し、そしてシーナと自分自身に誓うように表情を鋭く引き締めた。

「これ……で、つよくなるの?」

 シーナの問いかけに、男は表情を緩めた。

「これだけでは強くはなれない。でも、それを始めに君は強くなるんだ」

 男はそっと少女の頭を撫でた。

「う……ん……よろしく、おねがいします!」

 ピシリと背筋を伸ばし、大きな剣を大切そうに抱きしめて一礼するシーナに、男は優しく微笑みかけた。

「しっかりとした教育を受けたんだね。では、剣の誓いをしよう」

「つるぎの……ちかい…?」

 聞いたことのない言葉にシーナはコテン、と首を傾げた。

「私達の世界で行われる儀式のようなものだ。剣の柄と柄をあてがい、刀身を交差させる。君たちの中で言う、指切りだ」

 男の説明に、得心がいったようにシーナは大きく頷く。

「うん……指切りならわかる。なにかやくそくするの?」

「そうだ。誓おう、私は君が一人前に戦えるようになるまで、必ず守り抜く。そして君は、必ず私の命令には従うんだ。逃げろと言えば逃げろ、隠

れろと言えば隠れろ。そして、私を見捨てろと言えば見捨てるんだ」

 その言葉の意味が当時の少女には理解できず、ただ、うんうんと首を振っていた。



「こ、こうするの?」

 シーナは戸惑いながら与えられた剣を抜き、その重さに腕を震わせながらも、男がかざした剣に柄を添えた。

「そうだ……剣の誓いをここに……」


 そしてシーナとマスターの生活が始まった。

「マスター!最初は何をするの?」

 うきうきと弾むように、シーナはマスターと呼ぶようになった男に輝かんばかりの目を向ける。

「まずは剣の握り方だ。しかし、練習から真剣を使っては危ない。これを使いなさい」

 出会った時に与えられた剣とは別の、刃を潰した擬剣を渡され、シーナはそれを受け取る。受け取った擬剣がズシリとした重さをシーナの腕に伝

え、震えさせた。

「うぐっ、重い……こんなの持てない……んぐっ…」

 何とか柄を握って擬剣を持ち上げるシーナに、マスターは告げる。

「そいつなら斬れる恐れはない。シーナ、そいつでまず、私の頭を叩くつもりでかかってきなさい」

「マスターの頭を……?でも、持てないよ……」

 持ち上げることすら困難で、擬剣を振り上げることもままならない状態で、シーナがマスターを見上げる。

「やってみるんだ、最初は重いかもしれないが、少しずつ変わってくるだろう」

 師となった男の優しい激励に、シーナの表情がキッと引き締まる。

「はい…!マスター!んっ……おも…い……えい!やぁ!」

 重さをこらえ、何とか擬剣を持ち上げ、そして振り回す。振り回すというよりは持ち上げた擬剣の重さに振り回されているように見える。シーナ

にしてみれば、その違いよりも、マスターの期待に応えて剣を振るうことそのものが大切だった。その想いが剣を振り回す力となっていた。

「ほう、9歳にして20キロを振り回すとは……まだまだではあるが……」

 感嘆したようにマスターは呟き、シーナに声援を送る。

「いいぞ、シーナ!」



 マスターはシーナのことを叱らなかった。甘いのではなく、シーナの行いを全て良い方向に伸ばすよう指摘した。


 ガシャン!という何かが割れた音がして、マスターは急いで音がした場所に様子を見に行く。

 現れたマスターに、シーナは半泣きで頭を下げた。

「ごめんなさい……マスター、大事なツボを…割っちゃった…」

 今にも涙をこぼしそうなシーナにマスターは声をかけた。

「シーナ」

「ごめんなさい!擬剣で特訓してたら……」

 怒られる、嫌われる、そう思ったシーナは、決してわざとではないと知ってほしくてとっさに説明しようとするが、自分でも言い訳にしか聞こえ

なくて途中で言葉が途切れた。

 しかし、マスターから発せられた言葉は、シーナが想像していたような叱責ではなく。

「すごいじゃないか!ツボの置いてある高さは君の身長より50センチほど上だ。そこまで届くように振り回せるようになったのか!」

 シーナの努力とその成果を褒める言葉だった。

「おこら…ないの…?」

 叱られなかった安堵と戸惑いが混ざった声でシーナが問うと、マスターは当たり前のことのように笑って言った。

「特訓の成果が出てるのにどうして叱らないといけないんだ?変わった子だな、シーナ。ははっ」


 生活が始まって1ヶ月が経った頃には、シーナの腕はびっくりするほどに上がっていた。

「シーナ。真剣を持ってきなさい、私を倒す気でかかってくるんだ。この前のように頭なんて言わない、どこからでも来なさい」

 シーナはマスターの指示に力強く頷き、1ヶ月ぶりに真剣を手にした。

「よし……あれ…?軽い…?……マスター!真剣じゃない、これ」

 初めて真剣を持った時のずっしりとした重さを感じた1か月前の記憶より軽い剣に、シーナは困ったような顔でマスターにそう進言した。

「いいや、真剣で合っているよ。私が君に与えた擬剣がそもそも重く加工してあったんだ」

 初めて聞く話に目を丸くしつつも、1か月前には持ち上げるだけで精一杯だった真剣を軽く感じる事実にシーナは手応えと喜びを感じていた。

「すごい……すごい!マスターすごい!軽い、軽いよ!」

「ははっ、私がすごいんじゃない。君の努力の成果だ」

 目に見える成果と敬愛するマスターの言葉に気分とやる気が高揚していくのをシーナは実感していた。

「いくよ!マスター!はぁぁぁぁっ!」


 シーナはマスターが大好きだった。いつも一緒で、一緒にいるだけで自分が強くなっている気がして、事実苦しい特訓も全く気にならずに頑張る

ことができた。

「マスター!マスターがいつも言ってる、退魔のちからってなに?」

 聞きなれない言葉をマスターが使うと、シーナはそれをよく知りたがり、こうやって質問する。

「そうだな……もう早いことに7ヶ月も経ったんだな。よし、シーナ。少し離れていなさい」

「はい、マスター!」

 シーナが少し離れたことを確認して、自分の手に意識を集中する。

「こう……はっ!見えるかい、これが」

 自分の手に灯る光を、シーナによく見えるようにシーナの目線の高さに手をおろした。

「すごく…綺麗、黄色に光ってる!それが…たいまのちから?」

 目を輝かせて問いかけてくるシーナにマスターは穏やかな目を向ける。

「厳密には、少し違う。これは退魔の力ではない、この力を使うことで退魔になるんだ」

 マスターの説明は漠然としていて、シーナは首をかしげる。それでも、マスターに近づきたくて見様見真似で自分の手に光をイメージしてみる。

「むずかしい……どうやるの?マスター!」



 一緒に生活を始めて3ヶ月くらいのころだった。マスターはシーナの後ろ首の紋章に気付いた。

シーナは魔龍族の血を引いていた。村を襲われた時に無傷だったのも無意識のうちに強力な結界を張り出していたからだった。

魔族、魔龍族には退魔の力は扱えない。言うまでもなく、自らを傷つけかねない力だから。


「ねぇ!教えて!マスター!」

 自分の知識欲に忠実なシーナに、マスターは昔の自分を思い出した。




「ヴェランド。さすがの太刀筋ね」

「そんなことありません、マスター。僕などまだまだです」

 自らが師事する女性、エリスの言葉に照れた様子もなく少年、ヴェランドは首を横に振る。

「謙遜するのね。あなたの太刀筋はきっとこれから先、私のもっと上を行くわ」

 自信を持てと言うようにエリスが言うが、ヴェランドは自分の力に納得がいかないのか、浮かない顔をしている。

「扱いが良くても退魔の力を僕は持っていません。結局魔王軍と前線で戦うには全く足りぬ力なんです」

 求めている力に手が届かないもどかしさに歯噛みするヴェランドにエリスはため息をついた。

「退魔、という言葉にこだわるのね」

「それは…!…そうです。僕の憧れる力ですから……」

 エリスは少し考えるように黙って、それから口を開いた。

「退魔の力とはもう一つ別の力があるの、知ってた?ヴェランド」

 言うか言わないか迷った。そう見えたが、その理由よりも“もう一つの力”の存在のほうがヴェランドの心を占めた。

「!?そんなものがあるんですか……、聞いたことがありませんでした……」

 もっと知りたい、魔王軍と戦える力が欲しい、そんな心の声が聞こえてくるようだった。

「普通の人間が手を出せる力ではないの。なぜならそれはそもそも人が手に入れることができる力ではないから」

 思わせぶりなエリスの言葉に、ヴェランドの関心はさらにその“力”に引かれる。

「その力をなんと、呼ぶんですか……?」

「天魔の力、と呼ばれているの。天使と契約したら得られる力、退魔の力、そして魔族や魔龍族の悪しき血を引く力が混合された力」

 それぞれに人間がやすやすと手に入れられる力ではないが、手に入れれば確実な戦力になる力。それらが混合された力ともなれば、強大な力であ

ることが簡単に想像できる。

「てん…ま……。合わさる……そんなことが…ありえるのですか?」

 いまひとつ現実味のない話に、ヴェランドが疑い半分に眉をひそめた。

「ありえる、かもしれないわね。あなたなら」

 確信と期待を含んでエリスは自らの弟子を見つめる。

「でも……魔族や魔龍族の血を引く人間なんて……」

「私が、昔殺めた人間は……魔族だった。そして私は……魔族の力を得た……」

 エリスの話から、ふとヴェランドは気付く。

「マスター……それなら、マスターが天魔の力に一番近いではありませんか…?」

「人が自力で体に取り込むことができる力は1つまで。私の今の力は魔族の力、そして退魔の力…ヴェランド…」

 自分を見つめるエリスの瞳。その瞳の意味を、言わんとすることを察して、ヴェランドは青ざめた。

「できるはず…ないじゃないですか、僕がマスターを殺すなんて…!」

 首を横に振って拒否を示すがエリスの雰囲気が、瞳がそれを許さない。

「私を倒して、そして…天使と契約をするの。そうしたらあなたは天魔の力を手に入れることができる…」

「できません!私はマスターを殺してしまうくらいなら……いっそ…僕が…」

 エリスの言葉に被せるようにヴェランドの強い拒絶の言葉を発するが、エリスに意志を変えさせるには至らない。

「ならない、あなたが…天魔の器だと思っているの。全ての能力において…あなたはきっと私の遠く上を行く」

「ですが……!」

「言ったでしょう。私の命令には従いなさいと。私が逃げろと言えば逃げなさい、隠れろと言えば隠れなさい殺せと言えば殺せと…」

 ヴェランドは、エリスの言葉に口をつぐむしかなった。これまで、エリスの命令が間違いだったことはなかった。常に最善を指示してきたマスタ

ーだと知っているから。

「マスター………!僕は……!」

「ヴェランド!お願い……あなたならきっと魔王軍を……」



「マスター、最期に一つだけ聞いてもいいですか………?」

「えぇ……」

 覚悟を決めた静かな声で、ヴェランドはエリスに向かい合う。

「僕は、マスターの下の名前を聞いたことがありませんでした……」

「そうだったかしら……5年も一緒にいたのにね、私の下の名前は……」



「………ありがとうございました………マスター……。いや……、エリス=シーナ………」




 ゾルダートがヴェランドという名を知ったのはそう、ゾルダートが村を焼き払った4年前くらいだ。まだ彼が魔王軍に入ってなかった頃のことだっ

た。

一方、ヴェランドは天使との契約を試みたがどうしてもできなかった。理由は簡単であった。そう、そもそもマスターエリスは退魔の力を持たず、

実の力は天使との契約した力だったのだ。



 図書館で力について調べるヴェランドに見知らぬ男が声をかけた。

「へぇ、お前か?毎日毎日天使との契約の本を読み漁ってるってのは?」

 男の名はゾルダート=クロー。ヴェランドはその名を聞いたことがあった。六王退魔人の一人で、ヴェランドの行きつけの図書館によく現れた。

「天使との契約なんていいことねーんだぜ?命の半分を刈り取られちまう」

「なんだって!?お前、それは本当か!?」

 多くの文献を読み漁ったがそんなことはどこにも書いていなかった。

「嘘つく理由なんてありゃしねーだろ、80年生きることができても40年に削られちまうんだ」

 それが本当ならば……

(マスターは天使との契約のデメリットを私のために担っていたのだ)

「まぁ、天魔の力を求めるには避けては通れねーんだけどな。お前のような無能なポンコツみてぇな輩には関係ない話だ」

 ゾルダートの嘲るような言葉に、逆に頭が冷えた。冷静な声で返す。

「私は……その天使との契約の力を、師匠から受け継いだんだ。私の寿命に影響なく、力を手に入れた」

「!?んだとテメェ!まさか……お前…退魔の力と同時に………って、なーんてな。六王の中にお前の顔なんか見たことねぇ」

 ゾルダートは思い浮かんだ思考を切り捨て、また嘲るような笑みを浮かべた。

「なら、名前だけでも覚えておくんだな。私の名前はヴェランド=レグルスだ」

 嘲笑に動じず、ただ淡々と言葉を返すヴェランドに苛立ったゾルダートが吐き捨てる。

「いちいち頭にくる野郎だな…くそったれ」



 天魔に関して調べているともう一つ分かったこと、それは。魔族の力を手に入れるのが必ず最後でないといけない事。

つまりヴェランドはマスターエリスの天使との契約の力しかなく、天魔の力を手にすることはヴェランドには不可能だった。

そして、天魔の器に相応しき者。そうヴェランドが判断したのがシーナだった。

ヴェランドはマスターエリスを貫いたあの日から4年の時を経て、退魔の力を手に入れた。そして魔族の上を行く存在、魔龍族の血を引

く彼女に出会った。


「マスター!私にもできる?そのぴかぴかっ!って!」

 昔のことを思い出していたヴェランドは、シーナの言葉に思考の淵から戻ってきた。

「君にはまだ難しい。大きくなってからだ」

「えー!マスターのいじわる!」

 わくわくとした顔から一転してシーナはぷっくりと頬を膨らませた。

 出会ったばかりのころより表情がかなり豊かになったシーナに喜びを覚えながらマスターはいたずらっぽく笑った。

「はははっ、そうだ。私はいじわるだ!ははははははっ」



 ゾルダートは元々、純粋に退魔の力を求めているただの人間だった。が、あいつに会って、それは変わってしまった。


 エリスは突然目の前に立ちふさがった、かつて弟子であった男を不審げに睨んだ。

「ゾルダート、何の真似?」

 その問いを無視してゾルダートは憎々し気にエリスを睨み付ける。

「あんた、退魔の力なんて持ってねぇだろ……。だってよ…あんたの肩には王退魔人の紋章がねぇじゃねぇか」

 エリスは目を見開き、そして息をついた。

「そうよ…ばれていたのね……。私は純粋に天使と契約をしただけの人間」

「なんでだよ!命が惜しくねぇのかよ!」

 寿命を半分も削られてしまう、天使との契約。それを、己の師であるエリスがそんな契約をしていたことにゾルダートは困惑した。

 退魔人ではないのは分かっていたが、よりにもよってデメリットがあまりに大きい契約を結んでいたとは思っていなかったというのが

正直なところだった。

「私の見込んだ最高の弟子が現れたの。ゾルダート、あなたには何か焦りが見えるわ。全然太刀筋がなっていない」

 図星をさされたゾルダートは、複雑そうな顔でわずかに俯いた。

「俺は…俺は…あんたが退魔の力を持ってるって聞いたからここまで頑張ってきたのに……」

 失望したようにゾルダートはそう吐き出した。

「退魔の力は…確かに私にはない。でも、教えることはできるの。だから…!」

「あんたを倒したら………俺は二つ目の力を手に入れられるってことだよな………?」

 ゾルダートの目から失望が消え、それに代わるようにギラギラとした力への渇望が宿る。

 その、力に執着した目を見て、エリスはかつての弟子の説得を諦めた。

 わずかな悲しみを宿した瞳で、エリスは剣を抜いた。

「……後悔しても知らないわよ」



 激しい剣戟の音が止んだとき、立っていたのはエリスのほうだった。

 何の感慨もなく、静かに剣を収めるエリスに、ゾルダートはどうしようもない感情を抱いた。

「くそっ!くそっ!なんでだよ…!」

「ゾルダート。あなたは私には勝てない。今のままでは。……どこに行くの……?」

 おもむろに立ち上がり背を向けるゾルダートにエリスが声をかける。

「知ってんだろ……あんた。天使との契約の力と退魔の力そして。禁忌の力……悪魔との契約だ」

 その言葉に、エリスは顔色をなくして息を飲んだ。

「やめなさい!悪魔との契約だけは絶対にしてはいけない…。心を。全てを失ってしまうのよ!?」

「強くなれるんだよ、心売りゃあよ……!こうするしかねぇんだろうが!じゃあな」

 力への執着が、エリスに敗北を喫したことで一層強くなり、厚く堅い壁となっていた。

「ゾルダート!…………待ちなさい!ゾルダート!」

 引き留めようとする言葉も、その壁に阻まれて今の彼には届かない。

 ゾルダートの昏い目に、追いかけようとするエリスの足はすくんで動かず、伸ばした手は虚しく空を掴んだ。


 しばらくして、ゾルダートはヴェランド=レグルスという男が7人目の退魔人になったと知った。

ゾルダートは悪魔との契約をしたが、心を奪われることはなかった。



 マスターエリスはヴェランドに、もう一人弟子がいるのだと告げたことがあった。それがゾルダート。ヴェランドはシーナと出会う少

し前にゾルダートと再会した。


「まさか、本当に退魔人になっちまうなんてなぁ。ヴェランド=レグルス。なんだ?何しに来た。ここは光の差さぬ聖地、つまり俺の家

だ」

 人気のない薄暗いその地で、ヴェランドとゾルダートは再会を果たした。

「私はお前に用があるわけじゃない。ここは私のマスターとの出逢いの地なのだ」

 陰気な場所ではあるが、ヴェランドにとっては大切な思い出の場所だった。

「へぇ、奇遇だな?俺も同じ、ここで師と出会った。まぁ、誰かに殺されたみたいだが」

 肩をすくめて何でもないことのようにゾルダートが軽く言う。

「殺された?誰に?」

「知ったことか。俺は退魔の力と偽って天使との契約の力を隠していやがったあの野郎を許しはしない」

 その言葉に、ヴェランドは目を見開いた。その符合は、まさか……。

「……!お前……まさか………その者の名は……エリス……?」

「!なぜ知ってやがるテメェ!………てめぇ……まさか……まさか……な、ははっ」

 殺された天使との契約を果たした師、目の前にいるその師を知る、その契約の力を受け継いだと言っていた男。その符合に、ゾルダー

トも気付いた。

「マスターを殺したのは私だ………ゾルダート、いや……兄弟子というべきか」

「っ………てめぇだったのか、俺の……俺の力となるべきあの女をやりやがったのは……」

 師を殺されたことより、自分が得るつもりだった力が奪われたことに感情が高ぶるゾルダートに、ヴェランドは不快感を覚えた。

「フン、魔王軍に成り下がったお前に言われる筋合いはない。私は確かに罪を犯した。が、その罪はさらなる罪を生まぬための罪なんだ」

「悪魔と契約するためだ。心を奪われるって聞いて一時はどうなることかと思ったが…この通りだ」

 自慢げに笑みを浮かべるゾルダートに狂気を感じてヴェランドは顔をしかめた。

「悪魔と契約したのか…?」

「俺は強くなりたいという意志一心で心の刈り取りを弾いたんだよ、すげぇだろ……?なぁ……?悪魔にも勝る俺の狂気をよ……」

 自慢げな笑みが狂気を帯びる。

「狂っているな………マスターの面汚しだ……」

 睨み付けるヴェランドに、ゾルダートは不敵に笑う。

「……フフフハハハハハッ……抜け、弟弟子」

 二人揃って剣を抜き、互いに刃を向ける。

「ゾルダート、マスターの教えを受けたのになぜ悪の道に走った。そんな風に成り下がる事をマスターは教えたのか?」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ……三下がぁぁぁぁぁ!」

 吠えるゾルダートの構えに、ヴェランドは既視感を覚えた。

「あの構え……やはり、マスターはエリス=シーナ……!」



 勝負はゾルダートの勝ちに終わった。魔族の力を取り込み続けたゾルダートは、ヴェランドの一歩先を行っていた。

「はぁっ…はぁっ……ゾル…ダート!」

 息も絶え絶えのヴェランドが目の前に立つゾルダートを見上げる。

「なんだ?負け犬の遠吠えもいい加減にしろよ」

 うるさそうにするゾルダートにヴェランドは自嘲気味に口角を上げた。

「そう……だな、どちらかというと…ゲホッ!ゲホッ!命乞いというやつだ」

 ゾルダートはその言葉を馬鹿にしたように鼻で笑った。

「哀れだな、屑が。なんなら助けてやろうか?」


 勝ち誇った顔で見下ろすゾルダートが傲慢に言い放つ。

「そうしてくれると……ありがたいが……お前は私を殺さないのか…?」

「お前を殺せば確かに天使との契約の力を奪うことはできる。だが、あの女の力ってのが妙に気に喰わねぇ」

 命乞いなど笑い飛ばして天使との契約の力を奪いに来ることを危惧したが、予想外の理由にヴェランドは内心で首を傾げる。

「今……殺さないと…後悔するかもしれないぞ……?」

 命乞いをしておきながらも、思わずそう口にする。

「どのみち世界はやがて魔王軍に染まる。俺が手を下さなくても、死ぬだろうがよ、てめぇは」

 面倒くさいと言わんばかりに吐き捨てる。

「させない……からな、必ず後悔するぞ………」

「吠えとけ、雑魚が。お前にとっての七王の肩書は錆でしかねぇ。もしリベンジマッチしてぇってんなら、19日後。魔の民の村を焼き払

う。そこに来い、今度こそぶっ殺してやる。死にたくねぇなら一生ひそひそと暮らすんだな」

 そして、この村でヴェランドとシーナは出会うことになる。



 9歳だったシーナも12歳となった。

「マスターはどうしてそんなに強いの?」

 シーナの純粋な疑問に、ヴェランドは笑って答える。

「私にも、マスターがいたんだ。その人に戦い方を教わった」

「わー!すごい!私も会ってみたいな!」

 きらきらとした瞳が期待に一層輝く。

「はっはっは、シーナ。私のマスターはもう居ないんだ」

 マスターの答えにシーナは残念そうな顔になるが、すぐに気を取り直したようににっこりと笑った。

「むぅ……残念……でも、私はマスターがいるから平気!」

「そうだ、私もシーナ、君がいるから平気だし元気でいられる」

 その言葉を聞いて、シーナは嬉しそうに笑った。

「マスターのこと大好き!マスターも私のこと好き?」

「あぁ、もちろん。私も君のことが大好きだ」

 無邪気な問いの答えとともに頭をなでてやると、シーナは嬉しそうに目を細める。

「やったー!マスター、私、もっと強くなりたい!マスター一緒に戦えるようになりたい!」

「そうだな、ならもっと稽古をしないとだ。よし、シーナ。かかってきなさい!」


 シーナが12歳を迎えたころから、マスターは度々怪我を負って帰ってくることが多くなった。

「ま、マスター!酷い怪我…!死なないで!マスター!」

 大好きなマスターの痛々しい姿に、シーナは涙を浮かべながら心配そうに寄り添う。

「大丈夫だよ、シーナ。魔王軍から街を防衛していたんだ、死なないさ。剣の誓いを覚えているかい?私は君が一人前になるまで絶対に守り抜く」

 安心感を与える声にほっと息をつく。

「ぐすっ……うん……うん……!」


 そしてシーナが15歳になった頃、マスターは話を切り出した。

「シーナ、今日で私から教える剣術の稽古は最後だ」

「えぇ!?どういうことですか!?私はまだまだ未熟なのですよ…?」

 突然の話に困惑し、うろたえるシーナを安心させるようにマスターが微笑んだ。

「なに、剣術が最後というだけだ。ここからは魔術を教えていく。退魔の力もそうだが…魔術が扱えない限りどんな力も使えない」

 修業が終わりというわけではないと知って安心すると同時に、未知の力への不安が胸に起こる。

「魔術、ですか……私にもできるのでしょうか……?」

 自信のない顔をするシーナに、自信ありげにマスターは断言する。

「私の弟子なんだ、できないわけがない。それにシーナ、君は才能の塊だ。自信を持ちなさい」

 信頼するマスターの言葉を疑う余地はない。精一杯その期待と信頼に応えよう、そう決意して力強く頷く。

「は、はい!頑張ります!よろしくお願いします!」

 その返事に、面白そうにマスターは笑った。

「物心がついてきて随分とおしとやかになったね。昔の君は剣を振り回してツボを割っていたのに。はははっ」

「む、昔の話です!やめてください!もう、マスターは意地悪です!」

 真っ赤になって慌てるシーナに、分かった分かったとマスターは降参の意を示して両手を軽く上げた。

「さて、シーナ。始めようか、魔術の特訓を」

「はい!マスター!」


 マスターがびっくりするほどにシーナは術の覚えが早く、私が7年かけて会得した技の全てを2年ほどで彼女は完璧にこなせるようになった。そして、

マスターは自分の最期の役目を果たす時が来たのだと悟った。

 シーナが17歳になったある夜。

 眠っていたシーナの耳に不審な物音が届き、目を覚ました。

「ん…何の音……?こんな夜中に……誰か倒れて……マスター…?マスター!」

 倒れている人影がマスターだと気づき、シーナの頭が真っ白になる。

「…………」

 倒れている人影の傍に立つ不審な人影に、シーナは怒りの目を向ける。

「あなたですか、マスターを……マスターを殺したのは……!」

「聞きたいことがあるならば、自ら言葉を引きずり出すんだ」

 その言葉にカッと頭に血が上り、シーナは剣を抜きはらった。

「よくもマスターを……くっ…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 今までの修業の中でも出せたことのないようなスピードで不審な人影に斬りかかる。

「良い動きだ」

 感情を入れない声で称賛されるが、シーナには神経を逆なでする言葉にしかならない。

「くっ!卑怯です!顔を見せなさい!臆病者!」

 幾度となく剣の刃を切り結び、シーナが叫ぶ。

「その程度か?私を殺すにはまだまだ足りないぞ」

 煽るような男の言葉は、シーナの耳には届かない。

「私のマスターは絶対に人を殺めてはいけない、そう教えてくれました…でも。私は…今はその教えが正しいとは思わない!」

「フン、ならばその力を見せてみよ」

 シーナの叫びを鼻で笑い、男は剣を振りかざす。

「やぁぁぁぁっ!私のマスターは心優しく、常に私の事を考え、そして全てを教えてくれました……なのに!」

 悲しみと怒りを吐き出し、再び剣を振るう。

「そこまで想われて、師もさぞ満足だろう」

「あなたが……、あなたがマスターを!よくも……!はぁぁっ!」

 シーナの振るった刃がついに男を捉え、その体を切り裂く。

「ぅっぐ……ぐぅはっ……ゲホッ!ゲホッ!」

 倒れた男に近づき、彼を見下ろす。

「……私の勝ちですね。マスターの仇。さぁ顔を見せなさい!…………っ!?え……?マスター……?」

 男の顔を隠していた布を取り去り、襲撃者の顔を確認するシーナが驚愕に固まった。暴かれたその顔は、見慣れた大好きな顔。

「っ……く…はっ………」

 痛みに呻くマスターに、さっきまでとは違う意味でシーナは頭が真っ白になった。

「そんな……マスターはあそこで倒れていたはずじゃ……ぐすっ、どういう…ことですか……?なぜ私を襲ったのですか!」

 詰問に近い勢いでシーナはマスターに詰め寄るが、マスターはその答えを口にはしなかった。

「シー……ナ、君にしては珍しい……勉強不足……だ。っこれ…は鏡の己という1年前に教えた技じゃ…ないか……」

「私が聞いているのはそんなことではありません!どうして私を……!」

 いつもシーナのミスを指摘する優しいマスターの顔で、自分の手の内を明かす。そんなマスターに、信じられない思いで涙ながらに問いかけるシー

ナ。

「私が敵だと分かっていたら……君は本気で戦えなかっただろう………?すまない…シーナ…」

「答えてください!どうしてこんな事を…!お願いです!マスター!」

 望む答えを出してもらえず、じれったい思いを抱きながら縋り付く。

「天魔の力……その力を……君に……」

 意識が薄れてきたのか、マスターの声から力がなくなってきている。

「てん…ま…?なんですか……ます…たー…ぐすっ……ひぐっ……それは…」

 シーナの新たな問いを遮るようにマスターが言葉を紡ぐ。

「力について…君が知る必要はない………。シーナ…顔をよく見せておくれ………その瞳……どこかエリスに似ている……」

 目の焦点が合わなくなってきているのか、マスターの目はシーナを探して彷徨う。

「今から治療すればまだ間に合います!マスター!」

 その様子に気付いて、シーナは焦って振り絞るように叫ぶ。

「シーナ。私にとどめを刺すんだ」

 そのシーナの願いの叫びを、マスターは拒んだ。

 拒絶の言葉に、シーナは大きく頭を振って叫び、小さな声で反論する。

「できません!……そんな…大好きなマスターを殺すなんて……できるわけがありません……!」

「会った時の事を……覚えてるかい?」

 突然、懐かしそうな声で話し始めたマスターに、シーナは涙を溜めた瞳を向けた。

「……私の命令には従うんだ。殺せと言えば…殺すんだ」

 穏やかなのに、逆らうことを許さない声に気圧されながらも、それでも何とかマスターに生きていてほしくて反論しようと口を開く。

「でも!」

「でも、は使うなと教えたはずだ。いいかい、シーナ……私の最後の課題を君に………………あり…が……」

 消えていく、大好きな声が…。もう止めることはできない別れに、シーナは体を震わせて涙をこぼした。

「マスター……?ます…たー………。うっ…うわぁぁぁぁぁぁん!」


 ひとしきり泣いて、涙が枯れたころ。シーナは、昔戯れのようにマスターが口にした言葉を思い出した。

『良いかい、シーナ。私が次に最後の課題と口にしたとき、ここの棚を開けなさい。それまでは絶対に開けてはいけないよ。もちろん、壊すのもだめ

だからね?はっはっは』

 楽しかった思い出が詰まった家の中を、その棚までのろのろと歩く。全てが、悪い夢のようだ。マスターがいなくなったという実感はない。実感が

ないからこそ、自らの手でマスターの命を絶ってしまったという現実との相違が自分の中で整理できていない。ただ、さっきまでのことが悪夢ではな

いことをはっきりと知るのは、枯れてしまってなお、こぼれそうになる彼女の涙だけだった。

「うっ…ぐすっ……ひぐっ………最後の……課題………これ…が…手紙………?」

 几帳面にたたまれた手紙を大切そうに開き、シーナは涙をぬぐいながら汚さないように読んでいく。

“これを読んでいるという事はもう私は力の譲渡を完了したんだろう。”

「んぐっ………力の…譲渡……?」

 昔のように聞きなれない言葉、見慣れない言葉に疑問符を浮かべながらも、さらに読み進めていく。

“君は魔族の血ではなく最高位の魔龍族の血を引いている。私の退魔の力、そして私のマスターのエリスの天使との契約の力と君の血が一つになった

時。天魔の力が完成される。”

「魔龍族……私が……?」

 自分の知らなかった事実に瞠目しながら、マスターの最後の言葉に向き合う。

“退魔の力よりずっと強力な天魔の力。それをもってすれば魔王軍を滅ぼすこともきっとできる。

最後の課題は魔王軍を全滅させることだ。課題でもあり、そして私の願いでもある。魔龍族の血を引く君にしかできないことだ。”

「私に……マスターを超える力が………?そんな……」

 信じられなかった。誰よりも強くて信頼できるマスターを、自分が超えることができるということが。しかし、他でもないそのマスターがそう信じ

ている。ならば、信じる以外に道はない。自分を信じることができなくても、マスターが信じてくれている自分なら信じられる。そう思えた。

“もう一つだけ。君の住んでいた村の極東に光の差さぬ聖地と呼ばれる場所がある。そこで、私の仇を討ってほしい。私の誇りを、護ってほしい。”

「マスターの仇…………でも私が…私がマスターを……」

 またも溢れそうになる涙をこらえ、読み続ける。

“君に罪はない。誰も悪くない。きっといつかまたどこかで会える。それまではお別れだ。そして謝らせてほしい。”

 思ってもみなかった言葉に、手紙を読む目が一瞬止まる。

「謝る……?マスターが私に……?」

“私の名前をこの7年教えてこなかったこと。名前を呼ばれると、きっと私に未練が残っただろう。だから今教えよう。私の名はヴェランド=レグルス

。君にこれからの幸福があらんことを”

 初めてマスターの名前を知ることができた喜びと、彼を名前で呼んでみたかったという思いが複雑に絡むが、それを上回って、最期まで自分を想い、

幸せを願ってくれたことに幸せを覚える。

 そしてようやく、シーナはマスター、ヴェランド=レグルスの死を受け入れることができた。

「マスター………うっ……ぐすっ……!ありがとう、ございました……!」


強い瞳を取り戻したシーナを優しく見守る二つの意志が微笑み合う。

『あれが、あなたの弟子なのね。ヴェランド』

 かつてのマスターに、ヴェランドは誇らしげにシーナを見つめた。

『えぇ、マスター。僕にとって最初で最後の最高の弟子でした』

『死者の私達には見守ることしかできない』

 もどかし気に顔を伏せるエリスに、ヴェランドは首を振った。

『いいえ、マスター。マスターもそうだったように…弟子のこれからを見守るのが最後の仕事なんじゃないでしょうか』

 ヴェランドの言葉にエリスはわずかに目を見開いて笑った。

『そうかもしれないわね、ふふっ。それでは弟子のこれからを見守ることにしましょうか』


 薄暗い陰気な土地。光の差さぬ聖地に、シーナは足を踏み入れた。

「誰だ?女」

 暗がりから聞こえてきた男の声に、視線を動かすことなくシーナは答えた。

「シーナ……」

「シーナ!?エリスの娘か……?答えろ!女!」

 男、ゾルダートの焦ったような声にも、シーナは淡々と答える。

「エリス……?聞いたことのない名前です……。私に名前を付けてくれたのはマスターです……」

「見覚えがあんぞ………てめぇ、7年前村を焼き払った時に生きてたクソガキじゃねぇか。何しに来た」

 ゾルダートの声に冷静さが戻り、冷たく言い放つ。

「マスターの、仇を討ちに……」

 シーナの返答にゾルダートはイライラと吐き捨てた。

「マスターマスターうるせぇんだよ……ったく、ヴェランドを見てるようでイライラくるぜ」

 覚えのある大切な名前に、初めてシーナの瞳が揺れた。

「ヴェランド……」

「そうだよ、天魔の力だとかなんとか夢の向こうにとらわれて死んでいった哀れな奴だ」

 嘲る声音で吐き捨てるゾルダートを、初めてシーナは敵意の目で睨んだ。

「……取り消しなさい……」

「あ?」

 静かな怒りを帯びた声に、ゾルダートは不快げにシーナを睨み付けた。

「口の利き方に気をつけろよ……?シーナだか何だか知らねぇが…エリスと同じ名前かと思たときは正直焦っちまったがよ、おい。抜け、苛立たせた

罪だ。ぶっ殺してやる」

 ゾルダートは猛る彼自身を反映したようにギラギラとした刃を抜く。

「エリス……マスターの師にあたる方……。後悔しますよ……?」

 対抗するように、シーナも澄んだ刃を抜き払った。

「その目が気に入らねぇンだよ!消えろ、女ァ!」

「行きます……!マスター、今。私は最後の課題に挑戦します」

 シーナが強い意志をたたえた瞳で、教えられた型に忠実な構えをとる。

「!?あの構えは……!?エリス?ヴェランド?何者だ、お前!」

 戸惑って吠えるマスターヴェランドの仇を、シーナの視線は決意を持って射貫く。

「私は……私の名は……シーナ=レグルス……!」

 鋼の意志は刃となり、激しく火花を散らして戦いを彩った。

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