愛故のプロローグ
今、貴き命が1つこの世から消えさった。
「マリアッテ・リアロールっ。貴様を王法第一条違反の罪により、極刑とする!」
そう告げた騎士の声は少し震えている。
向けられた剣の矛先はカタカタと揺れて定まっていない。
その震えの原因は怒りからなのか、悲しみからなのか、それとも恐怖からなのか……どれにしても彼の心はきっとズタズタになっているのだろう。
「それは困りましたね」
そんな騎士を哀れに思いながらマリアッテは小さく微笑んだ。
そして血だらけになった服を翻し、窓際へと向かう。
「動くな!」
震える声で騎士が叫んだがマリアッテは無視をする。
口では威勢が良いようだけど、震えて動くのもままならない騎士など怖くもなんともないのだ。
「そんなに優しくては駄目ですよ、騎士様。私を見つけたら即殺すぐらいの勢いがなくては」
哀れな騎士に忠告をしつつ、マリアッテはポケットから小さな石をを取り出した。青く鈍い光を放つ石。
これをくれたのは貴方様でしたね。
マリアッテはそう思いながらは左胸にナイフを突き刺し血だらけで倒れているその人に視線を向ける。
彼もこんなことのために使われるとは思っていなかっただろう。
これはもしもの時の防犯用に、と言ってマリアッテに手渡されたものだった。
しかし、マリアッテにとって今がそのもしもの時なのだ。
「私にはまだやらなければいけないことがあります。だから今捕まるわけにはいかないのです」
そう告げるとマリアッテは指の腹で石を優しく撫でた。
瞬間、石は砕け散り青い光がマリアッテを包む。
「まさかっ! 待て!」
騎士はそこでやっとマリアッテのしようとしていることを理解したようだがもう遅い。
「ごめんなさい」
展開された転移魔法により、マリアッテの姿は青い光に包まれ次の瞬間には消えた。
騎士の手はあと一歩のところで届かない。
「クソっ!」
マリアッテの耳に最後に聞こえたのはそんな声。
きっと彼はこの後、マリアッテを逃した罪を問われるだろう。
そのことを申し訳なく思ったが、マリアッテにも譲れないものがある。
「赤い……」
血に濡れた両手を眺めながら、マリアッテは自分の罪の重さを感じていた。
固く閉じた瞼の裏に映るのは、微笑むあの人。
あの人はとても愛されていた。
家族に、部下に、民衆に……深く、深く、深く。
マリアッテの瞳から静かに涙が零れ落ちる。
「貴方はきっと良き王になられたのでしょうね」
もう、叶わぬ夢となってしまったけれど……。
その日、ある一人の女が指名手配となった。
名をマリアッテ・リアロール。
職業、元王宮侍女。
罪名、王殺し。