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音無くんと恋愛物理学  作者: 早乙女 涼
音無くんと候補生試験
8/11

雨宮空の捜索



 もしかしたら教室に戻っているかもしれないし、一度教室へ戻ってみるのもありかもしれない。

 そう思って戻ってきた教室には、やはり空の姿はなかった。

 その代わり、このクラスには珍しい女の子二人がいた。


「千鍵? なんでここに?」

「お兄ちゃんを捜してたら、本当に出会えちゃいました♪」

「あの、私達が捜しているのは空さんだったんじゃ……」

「あ、そうでしたごめんなさい。つい、いつものクセで」


 えへ、と舌を出して恥ずかしがる千鍵。こういう間違いを普通にやれてしまうのが、我が妹の怖い所だと思う。


「やっぱり千鍵ちゃんだよねー」

「千鍵ちゃんだよなあ。この兄妹はやっぱりこうでなくっちゃ!」


 そしてそんな千鍵をすんなり認めてしまっているクラスメイトがまたねえ。


「千鍵さんは、大地先輩のことが大好きなんですね」

「はい。もちろんですっ」

「大好きどころか、お嫁入りするんでしょう?」

「いや、俺はてっきり籍入れてるって聞いたぞ?」


 困るなあ、みんな。そんな根も葉もあるとはいえ、ただの噂を、そんな誇張されたら。


「そんな、さすがにまだですよぉ」

「……ん!? 『まだ』しか否定なし!?」

「ほんと!? あらら、千鍵ちゃん狙いの男子、壊滅かぁ」

「千鍵ちゃんを落とすには相当な奇跡的要因が必要だからなあ」

「一つ、兄でなければいけない」

「一つ、その兄が近親相姦ドンと来いでなければいけない」

「ちょっと待ってちょっと待ってお二人さーん!? いつの間にやら僕の人格が独り歩きしてない!?」

「求めるレベル、高いよねー」

「そんなことありませんよ。私、男の人にそんな色々求めません」


 一人歩きが世界の真実みたいになってます! というか千鍵さんっ? できれば否定して欲しいなあ、やっぱり。


「だって、求めるっていうことは、自分も同じように求められるってことじゃないですか。私、欠点だらけですし」


 と、たった一つの欠点以外、すべてが長所の娘さんが申しています。


「私が求めるとしたら、二つだけです。一番でなくてもいいから、私を大切にして欲しいということと、お兄ちゃんが、一緒でもいいって、言ってくれること……」

「「それ、他のなに望むよりも難題だから!!」」

「ち、千鍵さん……」

「……えーと、まあこういう困ったちゃんな妹なんで、色々とよろしく」

「が、頑張りたいと思います……」


 藍のその笑顔の横に流れる一筋の汗を、僕は見逃さなかった。いやまあ、気持ちは分かるけど。


「ま、まあとりあえず空は居ないみたいだし、僕はいくよ」

「はい、頑張ってくださいね、お兄ちゃん」

「私達も、もう少し待ってみて、空さんがいらっしゃらないようでしたら、移動しますね」

「うん、よろしく」


 僕は二人に軽く手を振ると、教室を出ていった。




 とりあえず、聞き込みをするのなら廊下かな。空も歩いているだろうし、すれ違っている人も多いはず。

 そう思って三階のホールに来て見れば、そこにはすでに先客がいた。


「あら、大くん」

「なんだ、大地も来たのか」

「まあね。僕のこの七色の脳細胞が、ここに行くべきだと囁いてさ」

「それ、化学薬品かなんかで腐ってるだけよ」

「なにかに取り憑かれてるだけだろ」


 相変わらず信用ないなあ、僕。


「でも、空の姿はやっぱり見えないね」


 期待せずに周りを見回してみるけれど、やっぱり空の姿は見当たらない。

 この辺をぶらぶらしている、ってわけでもなさそうだ。


「でも、空を捜せって言っても、この学園広いからなあ。そもそも、学園内にいるのか分からないし」

「一応学園内の見取りは覚えられたみたいだな」

「いや、千鍵から生徒手帳のコピー貰っただけだよ」


 僕のその発言に、二人は苦笑を浮かべた。


「なら、昨日言ってたマジックアイテム使えばいいじゃない。そのペンダント?」

「それなりに範囲を絞らないとだめみたいなんだよ。今日だって昨日だって一昨日だって、空はここを通っているだろうし」


 今日の空が、ここで何かを持っていた、やっていた、っていうキーワードさえあればいいんだけど。


「ま、どうしてもって時は、適当に捜してるフリして、サボることだな。世の中上手く出来杉くんで、捜してる時は見つからないが、関係ない時ほどよく出会う」

「あるある。ほんと不思議によく出来てるわよねー。うん、そのアイデア採用して、どこかでのんびりしてましょうか!」

「採用! 文句無ーし!」

「んじゃ、あの第一位様よろしくな」

「却下! 異議有ーり! サボるだなんて、そんな人間として失格行為はできません!」

「あぁ、へたれた」

「やっちまったなぁ、大地。男としてみっともねえぞ」

「なんとでも言ってください。僕は男である以前に人間なんで、生きて明日を掴むことが大切なんです!! というか、だったらむしろ、アニキかあま姉が僕を守ってくれればいいんじゃない?」

「よーっし、頑張って捜すぞー!」

「ま、不可能を認める事も時には必要だからな。ぶつかるばかりが男じゃない。よーし、聞き込み行ってみよーうっ」

「了解でありますっ」


 そして僕達は、張り切って聞き込みを開始した。

 そして僕達は、なんの進展も得られなかった。


「まあ、時間が時間だもんね。部活やってる子以外、ほとんど校内に残ってないし」

「とまあ、言った瞬間に人が出てくるってのはお約束だからな。これぞ、噂をすれば影か差す作戦!」


 アニキの言う通り、前方から女子が一人歩いて来るのが見えた。カバンを持っていないっていうことは、他の教室で自習でもしていて、これから帰るところなんだろう。


「じゃあいざ特攻! 残り物には福がある作戦! ……すいませーん、ちょっといいですかあ」


 僕らは当然、その最後の希望へと突撃をかけていった。


「雨宮さんですか? 少し前からそこの階段を降りていくのを見ましたけど」

「やっぱりここに居たってことかな」

「何してたかとか、わかる?」

「いえ、普通に降りていただけですし」


 女の子はわずかに首を傾げると、あ、と小さく声を出す。


「そういえば……一昨日もそこの階段で見ました。確か踊り場に居た様な……」

「まっ、行ってみるしかねーな。なんであれせっかくの貴重な情報だ」

「そうだね。行ってみればなにかあるかもしれないし。ありがとう」


 僕達は女子に礼を言うと、目の前の階段へと向かって行った。

 そこには当然のように誰もいない。ただ一枚の窓が、傾き始めた太陽の光を取り入れているだけだった。


「しっかし、来てはみたものの、やっぱりなにもねーな。こんなとこで出来ると言ったら、誰か待つか、外眺めるくらいだな」


 アニキはそう言って、窓から外を覗きこんだ。グラウンドで部活動にいそしむ生徒たちの姿が見える。


「つまり、それしかできない、ってことね」

「あ、そうか。それなら空も」


 一昨日空がここにいたって言うんなら、空だってそれしかできなかったはずだ。


「空が何を気にしてたのか、分かればいいんだけれど」

「だな。今のとこそれくらいしか手掛かりになりそうなもんはねえし」


 手掛かり、か。他の場所ならまた違った情報が聞けるのかなあ。移動してみるか、それとも……。

 僕は懐からペンダントを取り出し、右目の前に掲げてキーワードを当てはめた。

 どうやら考えは当たっていたみたいだ。そこに、爪先を伸ばして窓から外を見下ろしている空の姿が映し出されている。


「大くん?」

「うん、見られたみたいだ」

「こりゃ冗談抜きですげえな」


 初めて見る僕の変化に、二人は驚嘆の声を漏らす。驚いて当然なんだろう。なんといっても、この映像が再生されている僕の片目は、明らかに変色しているのだから。


「……でも空、何もしないね。ずっと窓から外を見てるだけ」

「何見てるんだ?」

「明らかに気になるわよね。空がそこまで熱心に見るようなもの……」


 あま姉の言葉に、僕は窓へ近づいて外を見下ろした。

 けれどそこにはいつもと変わらない、今の(・・)校庭の風景だった。


(そっか。コレで見られるのはその場所で起こった事だから、窓の外とか、この場所で起こった事までは映し出せないんだ)


 でもそうなると、空が一体何を気にしていたのか分からずじまいだ。

 せめて一言だけでも空がなにか呟いてくれればいいんだけど。

 けれどそんな期待に反して、空は一言もしゃべらない。そのまま黙って外を眺め続けると、やがてゆっくりと振り返った。

 僕の身体を透き抜けて、階段を降りていく。

 やっぱり、だめか……。

 空が階段を降り切ると同時に、映像は修了した。


「うーん。なんとも言えないね。ずっと窓から外を眺めてるくらいだったし……」

「とりあえず、このままここに居ても、得られるものは何もなさそうだな」

「そうね。他の場所で聞き込みしましょうか」


 確かに。ずっとここでこうしていても時間の無駄っぽいし。他の場所も見に行ってみようかな。




「さすがに、まだ帰ったりはしてないと思うんだけどなあ」


 一応、靴とかも調べておいて損はない。僕はアニキ達と別れて昇降口の方へと足を伸ばしていた。


(やっぱり、靴はまだあるなあ)


 ということは、まだこの校舎内にいるってことだな。やっぱり。

 となると、どこを捜してみようか……。

 そう考えていたところで、前から二人が歩いてくるのが見えた。


「なんだ、大地も靴調べに来たのか?」

「考える事は同じだな」

「彗と同レベルっていうのはちょっと引っかかるけどねえ」

「なんといっても奇跡の4点男だからなぁ、彗は。気持ちは痛すぎるほどによく分かるぜぃ」

「何を言うんだい。ほとんど同時に、まずは昇降口を調べようと言いだしたじゃないか。これは間違いなく『(LOVE)』でしょ!」

「……ひょっとして、あたし今いじめられてる?」

「むしろオレをいじめて!」

「任せろ! 踏んでやる踏んでやる踏んでやるゥ!!」

「おおおおおおっ! ゆるぎないほどに滾ってきたぁああああ!! 愛がッ! 愛がぁああッ!!」


 むしろ『哀』なんじゃないかなあ、それ。


「まあせっかく来たんだし、空ちゃんをどこかで見なかったくらいは聞いていってもいいじゃないか?」

「そうだね。それくらいは聞いておかないと」


 その意見には賛成だけど、踏まれながらはどうかと思うよ、彗。いや、すっごく幸せそうなのは見ていて分かるんだけども。

 僕は出来るだけ彗から視線を外すと、丁度近くを通りがかったクラスメイトに声をかけてみる。


「そもさん!!」

「せっぱ!!」

「………。えっと、空、見かけませんでした?」

「空? ごめん、ちょっと見なかったわ」

「そっか。ありがとう」

「それじゃあ」


 女子はそう言うと、そのまま靴に履き替えて歩いて行った。


「………」

「どうかしたのか? ガックリうなだれて」

「激しく負けた気がするのはなんでだろう……」

「時々思うんだが……大地、お前も結構バカだよな」

「ばーかばーか」

「言い返せない……悔しいっ! でも……納得しちゃうっ」


 僕もこの二人の友人なんだなあ、と強く認識した瞬間でした。




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