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音無くんと恋愛物理学  作者: 早乙女 涼
音無くんと候補生試験
7/11

協力者と行方不明



 カーテン越しに射し込んで来る陽の光に、僕はんっと伸びをした。


(本当に始まったんだなあ))


 とんとん拍子で、賢者候補生試験に協力する事になって……。

 北斗さんの占いの結果だって言うけれど、本当にとんでもないことになってるなあ。


「あああっ、お兄ちゃんまた起きてる!」

「おはよう、千鍵。ごめんごめん、今日の予習してた」


 そんな事を呆然と考えていた僕を、唐突に響いた千鍵の声が現実に引き戻した。


「いや、ごめんごめん。昨日は少し早めに寝ちゃった所為か、体内時計がずれちゃったみたいで。今日実技科目だし、ちょっとくらいは予習してみようかなと思ってさ」

「少し早めって……十時くらい?」

「惜しい。十二時」


 その答えに千鍵は呆れたように苦笑すると、そのまま心配するように僕を見る。


「それじゃあ、二度寝はだめだよ」

「うん、すぐ行くよ」


 千鍵は笑顔でそう言って、僕の部屋から出る。

 僕は勉強机から立ち上がると、制服のズボンとTシャツという格好のままリビングへと降りることにした。



            ◇



 今日は二学期初の、魔法学の実技の日だった。

 広い体育館にクラスメイトの全員がジャージで集合し、魔法学担当の染谷先生という、初老の男性教師が、目の前で適当に指示を出している。


「そういえば、大地って魔術のコツとか覚えてる?」

「うーん……。それとなく」


 僕は自分の手の調子を確かめながら空に答えた。


「今日は自由にやっても良いみたいだし。身体強化の練習でもしてみよっか」

「こう言ってもなんだけど、大丈夫?」

「大丈夫よ。これでも今までに何度も大地に教えてあげてるんだから」


 まかせなさい、と、素手で正眼の構えを取った空に、僕は目を丸くした。


「どうしてそんな構えをするの?」

「魔法っていうのは、何かを媒体に発動する事が出来るっていうのは知ってるわよね?」

「そりゃもちろん」

「わたしの場合は『これ』なのよ」


 空は自分の魔力を練り上げ、やがてその魔力は一本の片手剣と化した。


「クレイモアよ」

「ああ、あの漫画の――」

「違う。わたしはこれを媒体に魔法を使うの」

「へえ……。危なくないの?」

「危ないわよ。だから今日はこれを使わない。身につけてはおくけどね」

「手元から離れると魔法って使えなくなるんだっけ?」

「ううん。そんなことないわ。媒体がなくても打てる魔法は打てるけど、やっぱり媒体があった方が威力の底上げだとか、魔力を練り上げる速さが違うから。一種の調整機器と表現した方がいいのかも」

「なるほどなあ。それで、僕の媒体ってなんなの?」

「人によって媒体は様々で、自分の戦闘スタイルによって決めるものよ。大地の場合、この間の弓矢なんかいいんじゃないかしら」

「以前の僕はなんだったの?」

「………」

「……空?」


 空は言いにくそうに僕を見上げると、その鞘に収まったクレイモアを背負いながら、呟くようにこう言った。


「……自分」

「……ん? 自分?」

「自分の肉体を媒体にして魔法を使っていたわ」

「じ、自分の身体ってこと……?」

「そういうこと。魔力の制御がおぼつかない今は、武器とかに頼った方がいいと思う」


 なんて恐ろしい事をしていたんだろう、以前の僕は。

 それで平気だったっていうのも驚きだったけど。

 かといって、剣を持っている空に弓矢で敵うわけもないし。


「それじゃあ……そうだなあ」


 僕は少し考えると、ひらめいたように一本の短剣を物質化させた。


「……? グラディウス?」

「あ、グラディウスっていうの? これ」


 両刃に刃渡りは自分の肘くらいまでの長さのそれを見た空が、この短剣の名称を教えてくれる。

 僕はそれを軽く、怪我をしないように振りまわしてみた。


「大ぶりじゃないだけその分小回りもきいて、いい武器じゃないかしら」

「そうだね」


 本当は空みたいに小柄な子が使う方がいいんじゃないかと思うけど、どうしても実力差があった場合はこういう風に軽くて動き回りやすい武器の方がいいと思った。


「音無くん、媒体は短剣なのね」

「星亜」


 歩み寄ってきた星亜に、僕の短剣がまじまじと見られる。


「まだこれといった媒体は決まってなくてさ。今空と相談してたところ」

「そうだったの。お邪魔だったかしら?」

「全然。そういう星亜の媒体ってなんなの?」

「え、私? 私は……これよ」


 そう言った星亜は、瞬時に自分の腕に一本の長い槍と斧がくっついた様なものだった。


「凄いね。ハルバードってやつ?」

「ええ。リーチもあるし割と便利なのよ?」

「へえ……」


 僕はまた短剣(グラディウス)とは別に、一本の弓を形成してみた。

 どんな形にしようか迷って、結局僕は、和弓とアーチェリーの弓が入り混じったような、《ベアボウ》を選択する。


「……弓?」

「大地は命中率が高いから、やっぱりそれが一番だと思う」

「うん」


 訝しげな声をあげた星亜に僕は苦笑で返しながらも、一方で空は満足げに頷いた。


「矢は魔法で形成すればいいから、とりあえずこの形で良かったらそれを覚えておくのもいいだろうし」

「確かに。属性も付与できるし、安定だわ」

「さて。試射は後でいくらでもできるだろうから。色々と教えてもらっていいかな、空?」

「任せなさい」

「見学させてもらってもいいかしら?」

「いいけど……。星亜にとってはあまり面白くないかもよ? 僕なんかまだ初歩の初歩だし」

「そんなことないわ。空がどんな教え方をするのかにも興味があるし。是非見学させてもらうわね」

「お、お手柔らかに……」


 僕と空は苦笑を浮かべると、星亜は少し離れたところで見守る。


「それじゃあ、まず魔力の自己強化から」

「自己強化……。身体能力の向上と、防御がメインになるやつだね」

「……結構知識の方は覚えてるみたいね」

「予習しました」

「………」


 空は呆れたように苦笑いを浮かべると、「まあ説明する手間が省けたわ」と呟く。


「術式にもいろいろと種類があってね。この世界に存在する“属性”は覚えてる?」

「うん。基礎属性が地、水、風、火の四属性で、中級基盤の属性が時、空、幻。上位属性が光と闇、だよね」

「正解。光と闇というか、殆ど色に例えられるわね。地なら黄、水なら青、風なら緑、火なら赤。その上の時が(グレー)、空が金、幻が銀。光は白で闇は黒ね。中段が少し危うい色になっているけれど、相手のオーラを見れば分かるはずよ」


 オーラ。それは自己強化魔法で付与されるもので、その強度さえ強ければ生半可な刃物では相手を傷つけることができない鎧にもなる。

 でも、それは本当に一介の賢人の間でしか通用しないんだと思う。

 魔法を切り裂く魔法も存在する、なんてことも教科書には書いてあったし。


「……なるほどね」

「基本的に賢人の人達は中級の属性を持っている人ばかりで、わたし達みたいな普通の学生はよくて中級のレベルをギリギリ越えている程度が限界よ」

「……空は?」

「わたしは金色。名前のままの属性よ」

「つまり中級属性ってこと? 凄いね」

「言ったでしょ、中級のレベルをギリギリ越えている程度って。わたしもその中の一部よ」

「そうなんだ……。その色っていうのは変えられるの?」

「というより、中級属性まで到達したら基礎属性――下級属性はほとんど使えるものだと思った方がいいわ。上級属性はまあ、それ以下の魔法を使えるけれど。習熟すれば、同じレベルの属性なら使えなくもないわ」

「一定の条件下なら、他の属性も使えるってことだね」

「そういうこと。――それじゃあ、先ずは自己強化の練習よ」

「うん、よろしくね」


 僕はそれから一時間ほど、魔力の制御に苦戦を強いられながらも空に自己強化術式を教えてもらい……。

 合流した彗と留美、そして星亜に見守られたまま、初めての実技授業を終えたのだった。

 …………。

 ………。

 ……。



            ◇



「――今日は以上よ。みんな、明日は修学旅行の事前授業で半日になるからって、あまり羽根を伸ばさないようにね」


 今日最後のHRが、谷原先生の退出と共に終わりを告げた。

 同時にクラス中に広がる解放感。今日もまた、これで自由の時間の始まりだ。


「音無くん。これから行くんでしょ?」

「うん、もちろん」


 僕は二つ返事でバッグを手に取り、立ち上がった。


「お、行くのか?」

「うん。留美達は準備出来てる?」


 そんな僕を見て、留美と彗が待ってましたとばかりに自分の鞄を持って歩み寄る。


「安心していいぞ。香典はしっかりオレの懐だ!」

「その香典は偽物だった! 具体的に言うなら宝箱にそっくりで即死の魔法とか使いまくりな感じの!」

「物騒な奴だなぁ。大魔王すら勇者を信じて武器の入った宝箱にカギを掛けないっていうのに」

「まったくだ。もっと親友を信じてもバチは当たらんと思うけどなあ」

「香典盗まれるっていうバチが当たりそうですがなにか」

「いや待てよ……? オレが持って行くに違いない。そう信用したからこその結果なのか」

「………」

「………」

「………」


「「「おっともっだち!」」」


「……それで、貴方達は一体なにを表現したいわけ?」

「お願い星亜。今だけは放っといてあげて。大地も付き合うってことは午前中に精神力を使い果たした結果だから……」

「……あれ?」


 いかにもさっさと終わらせて、な顔をする星亜と、苦笑いで僕達をフォローしてくれる空の姿が。

 僕達は三人で顔を見合わせると、


「さあご一緒に」

「「「おっともっだち!!」」」


 一斉に、ようこそっ、と手を差し出した。


「………。……先行ってるわね」


 そんな僕らの淡い思いは届かなかったらしい。星亜は本気で疲れた様に言い捨てると、僕らに背を向けて教室を出ていく。


「………」

「………」

「………」

「行くわよ、三人とも」

「うん……」

「そうだな」

「賛成だ」


 そして、いつもと少し違った放課後が始まる。




「どうやら、ちゃんと来たようだな」


 星奈さんは、会議室……もとい部室に入ると早々に僕の顔を見つけて、満足そうに頷いた。一緒に入ってきた北斗さんも、嬉しそうに微笑んでいる。

 そして星奈さんは、部室を見渡すなり怪訝そうに眉を潜めた。


「空はどうした?」

「あれ?」


 言われ、僕も慌てて周囲を見回した。

 星亜、藍、彗、留美、千鍵に、アニキとあま姉……

 そして今来た星奈さんと北斗さんと、僕の姿しかなかった。


「どうしたんだい、大ちゃん。醤油ならここにあるぞ」

「いや、どうして彗は醤油なんか持ってるの?」


 僕の目の前にあるテーブルに、彗が醤油のボトルをゴトリと置いてきた。


「オレがオレで、そこに醤油があったから、さ」

「わけがわからないよ」

「直訳すると、『家庭科室から拝借してきた。存分に家へ持ち帰って使ってくれ』って意味だな。流石彗。人間の発想を越えてるぜぃ」


 ふーっと溜息をつく留美に、僕は星奈さんへと視線を向けた。


「……今はそこの盗人は放置だ」

「でも空、あたし達が来る途中で一度見かけたけど、こっちに向かってるように見えたわよ?」

「そうだな、降りる階段違ったし、途中で別の部屋なり外なり、とっとと帰ったなりした可能性はあるけどな」

「というか、さっき音無くん達と一緒に来てから、少し用事があると言って出て言ったきり、だったわよね」


 あま姉の証言に唸るアニキ。そして補足した星亜の言葉に首を傾げた留美、そして彗と僕が顔を見合わせる。


「何か知ってるか?」

「何か聞いてるかい?」

「何か知らない?」

「いや、何か知ってるか?」

「いや、何か聞いてるかい?」

「いや、何か知らない?」

「……お前達が自殺志願者である、という事はよぉく知っているぞ………」


 ドスの利いた声で星奈さんがいつの間にか後ろに立っていた。

 僕達は背中に冷や汗が流れるのを感じながら、一斉に気をつけ、礼。のポーズをとり、


『大変失礼いたしました!!!』


 と叫んた。


「……言っておくけど、姉さんの前であまりふざけない方がいいわよ。命の保証しないから」


 せ、星亜さん。できればそういうのはもっと早くに教えて欲しかったです……。本気で殺されるかと思いました。

 確かに、あれは視線だけで人を殺せる目です。間違いありません。


「とりあえず、理由を聞いている者は誰もいない、というわけだな」


 星奈さんは呆れたように溜息を吐いた。


「まさか二日目からこうも堂々と遅刻をするとは面白い。その勇気に乾杯だ」

「けど、空が集合に遅れたなんてこと、今まで一度もなかったわよね? 何かそれなりの事情があるんじゃないかと……」

「……ふむ。確かにそうだな。現状で悪とみなすには少し早いか」


 その言葉に、星奈さんはしばし逡巡すると、


「いいだろう、決めたぞ」


 星奈さんは妙に嫌な予感をさせるニヤリという笑いを浮かべた。


「今回の候補試験、その記念すべき最初の事件は、雨宮空の消息探しだ」


 空って信用あるのかないのかどっち!?


「それじゃあ、私は藍ちゃんと一緒に行きますね」

「いいんですか?」

「はい。藍ちゃん、まだこの学校に慣れてないでしょうから、昨日案内しただけじゃ、まだ解らない事がいっぱいあるでしょうし」

「ありがとうございます、助かります」

「私は一人でいいわ。この前下見に来たときに色々と把握したから」

「そいじゃあ、あたし達も適当にバラけるとするか」

「オレはもっちろん、留美ちゃん。キミと一緒だよ!」

「そうか? あたしは別居一人でもいいぜ?」

「ああん。オレの事をすべて理解したうえでのその焦らしプレイ! キュンキュンしちゃうよっ」

「それじゃ、あたし達も行くとしましょか」

「だな。大地はまあ、自由に動けた方がやりやすいだろうからな。隙に歩きまわれ」

「分かったよアニキ。またあとで」


 ぞろぞろと出ていくみんなを見送って、僕も扉に手をかける。

 さて、最初はどこに行こうか。


「頑張れ若者。私達はここに待機している。何かあったとき。空を発見した時には呼びに来い」

「それでは星奈さん。私、良いDVDを持ってきたのですけれど、一緒にご覧になりませんか?」

「……またホラーか」

「はい♪」

「お前、いつもそうやって人を誘うが、たまには一人で見たらどうだ」

「だ、だってだって、そんなの怖いに決まっているじゃありませんかあっ」

「……そうか」


 ……十二賢人にも色々あるようですね。移動しよっと……。

 僕は楽しそうな北斗さんとどこか呆れたような星奈さんを残し、部室を後にした。




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