賢者候補生
「賢者の候補って、どのくらいいるの?」
「正式な数は聞いたことがないけれど、三百人くらい、だったかしら」
「賢人の力ってさ、ホントにオレ達にも備わってるわけ?」
「私達を含め、ここに居るみんなが魔法学を勉強している事がその証拠ね。自分本来の能力が覚醒していないだけで、みんな魔法を使えるもの」
「あの、もう何か事件を解決したりとかしました?」
「一応、実務経験を積ませる、って名目で、簡単な調査をしたくらいね」
「この学園に転入してきたってことは、賢者も普段はちゃんと学校通ってるんだ。てっきり行ってないものだと思ってた」
「十二賢人や普通の賢者でも、事件さえなければ希望次第で普通の生活は送れるから」
「……まったく、休み時間の度に大変ね」
休み時間のチャイムが鳴る度に囲まれ、質問攻めを受ける谷原さん。他のクラスからも押し寄せてくるその数は、昼休みでも一向に減る気配はない。
むしろ三年生からも押し寄せてくるもんだから、昼休みは一層人数が多かった。
「賢者となれば、スーパーアイドルと同義だからね。お近づきにもなりたくなるさ。まあオレにとっては、留美ちゃんの方がよっぽどアイドルだけどねー」
「あたしはアイドルなんざごめんだぜ。窮屈でたまらん」
「ああっ、そのそっけない態度にオレのダイナモがずっきゅんずっきゅんと……」
「発電しなくていいから」
「あふん」
空のツッコミに身体をクネらせる彗。僕はそれを苦笑で見てから、谷原さんを眺めた。
「それにしても、候補になるっていうだけで、そんなに大変な事なのかな」
「なろうと思ってなれるものでもないって話だぜ」
「賢者になれる。イコール、選ばれた人間って話はよく聞くから」
「なら彗あたりはなれそうだよね。色んな意味で選ばれてるし」
「そうだな。この間のテストで4点を取るだなんて、常人には絶対取れないぜ」
「ああ、留美ちゃん……。その皮肉に満ちた視線を言葉、ゾクゾク来るよぉ……」
相変わらずな僕らは、そんな彗に納得したように頷いた。
と、そこに校内放送が流れだした。
『生徒の呼び出しを行います』
僕達は会話を止め、教室前のスピーカーへと視線を向ける。
「へえ、今時珍しいわね。呼び出しだなんて。何やったんだろ」
「呼び出されるほどの行為。……さぞ勇者的で英雄的に違いないな。オレも卒業までに、一度は呼び出されてみたいものだよ」
「安心していいぜ。一度どころか二桁は絶対呼び出されるからな。彗は」
「いいや、大地含め三人とも去年までに五回は呼び出されてたわよね……」
「うそぉ!? 僕そんなことしてないよ!?」
「大地が知らなくても無意識のうちにやってしまったって可能性もあるでしょ」
「ばかな……そんなことが……」
どうやら空は味方してくれなかったらしい。
「呼ばれたといっても、大した用件じゃなかったからなあ。やっぱ呼び出されるなら、グラウンドに机で巨大なミステリーサークルを書くくらいしないとダメか。そしてその際には、ぜひとも校門に晒し者として……」
「むしろ学園中の消火器持ち出して、廊下でドミノ倒しをする方が酷かったと思うのだけれど……」
「部室棟からの持ち出しはすべて空だったと思うんだが……違ったか?」
「わーわーきこえなーい」
空は耳に軽く手を当てて叩きながら誤魔化しだした。流石留美。僕の知らないことをまるで息をするように言ってのける。
「やっぱりさ、学園生活は清く正しく美しく、が一番だと思うんだよ。平穏無事、これに勝る幸せなし。呼び出し受ける行為なんて最低――」
『二年D組、音無大地さん。二年D組、音無大地さん。至急職員室までおこしください』
「……あるぇー?」
「それで、呼び出し受けた音無くん」
「呼び出し受ける行為はなんだって?」
『繰り返します。二年D組の音無大地さん。至急職員室までおこしください』
無情にも鳴り響く放送委員の声は、間違いなく僕を繰り返していた。
僕は席を立って廊下へ出ると、後ろ頭を書きながら思考する。
「おかしいなあ。呼び出し受けるようなこと、特に思いあたらないんだけど」
はっ、まさか以前の僕が何か?
いやでも、それなら谷原先生経由で時効だと思うし……何なんだろう。
「まあいっか。罰当番くらいならやってもいいし」
「受ける気ではいるのね……」
「流石笑顔で人を刺せる男。実に頼もしい」
「で、なんで三人とも付いて来てんの?」
「保護者ですから」
「ひひっ、面白そう」
「暇つぶし」
「いい友達持ったなあ、ホント」
あまりにも厚い友情に、思わず縁切りたくなっちゃったよ。
中央階段前に到着すると、すでにもう二人の保護者が待ち受けていた。
「大くん! 呼び出しなんて何やったわけ!?」
「おいおい大地、呼び出されたってことは、それなりにでっかい事やったんだろうなあ? 中途半端が一番つまんねーぞ!」
「うわぁい、こっちまでっ!?」
学園の呼び出しに、保護者と友人に囲まれて乗り込むこの状況。これはどこの参勤交代だろうか。
しかもこれ、一部は絶対心配して、じゃあないもんなあ。
なんでしょう、この実に爽やかな笑顔のみなさんは……。
僕は諦め、という文字を胸に刻み込んで、職員室まで歩いて行った。
「――お兄ちゃんは何も悪くありません! きっと何かの間違いです!!」
「ぶっ!?」
そこには、すでに到着されているマイシスター、音無千鍵さんの姿がありました。
「あの、一体なにをされていますか千鍵さんっ?」
「あっ、お兄ちゃん。ちょっと待っててくださいね! 今全力でお兄ちゃんの無実を作りあげますから!」
そういって半袖をさらにまくりあげる千鍵。
「せめてそこは勝ち取ると言って……」
「分かる分かる。これが愛の力ってやつだね!」
「まったく迷いが感じられないってあたりが、やっぱすげぇぜ」
「まぁ、ちーちゃんだもんね。お兄ちゃんへのその愛、まさに無限大?」
「そもそも、将来の夢から進路希望まで、全部『お兄ちゃんのお嫁さん』って書いてるしな、未だに。愛されてていい事じゃねぇか」
「でもこれ、無実って信用されてないよね……」
「い、いやだからね、先ずは話を……」
物凄い剣幕で襲いかかっている千鍵に、我らが担任の谷原ゆかな先生は苦笑がちに抑えていくけど、猪突猛進モード(?)に突入した千鍵は停まらない。
「ですからそこは、素直に頷いてくれればいいんです! 無実だって言質が取れればいいんですから!」
千鍵、お兄ちゃん信用のある愛情が欲しいなぁ。
「だ、だからねっ、別に注意だとか指導というわけじゃなくて……!」
『まったく……。実に騒がしい奴らだな』
不意に聞こえた呆れ声に、僕らは会話を止めてその声の主の方を振り返った。
「星奈ちゃん」
「まぁこの場合、好意的に人望がある、と解釈するべきか」
振り向いたその先。そこには星奈ちゃんの姿があった。
いつもとは違う、どこかの制服の様な、ローブ状の上着の下には、オーダーメイドであろうスーツが着込まれている。
苦笑しながらもローブを脱いで歩み寄る星奈ちゃん。
「まったく、お前くらいのものだぞ大地。私を『ちゃん』付けで呼ぶのは。まあ、それだけ度胸があるという事かもしれないがな」
「あ、あのローブって、まさか十二賢人!?」
「マ、マジで!? こんな場所に!?」
そんな星奈ちゃんの姿を見て、みんながざわつく。あの彗までもが慌てるっていうのが、流石十二賢人だなあ。
「(大地お前……。ロリで十二賢人って、どんだけレアな女捕まえてやがる)」
「さすがにこいつぁあたしもビックリだ」
「わ、私、頑張って五歳くらい若返りますっ、お兄ちゃんが望むなら!」
「いや、どうやって……?」
「マジックアイテムに年齢詐称薬ってもんが――」
「アーアーキコエナーイ」
にしても、千鍵はほんとにミラクル起こす子だなあ。
「ごめんね星奈ちゃん。どうしても他の子が付いて来ちゃったみたいで」
谷原先生は申し訳なさげに眉を寄せて息を吐くと、星奈ちゃんは一つ頷いて了解する。
「構わん。協力者が増えるに越した事はない」
「ごめんなさいね。それじゃあ、後はお任せしてもいいかしら? このあと授業なのよ」
「うん、感謝する。後はこちらでやっておく」
「ええ。それなら私はこれで。音無くん、星奈ちゃんの事、ちゃんと聞く様にね」
谷原先生は最後にそう言い残すと、星奈ちゃんに一本の鍵を手渡してから、白衣を翻して準備室の方へ歩いて行った。
「……えーと、まさかとは思うけれど、谷原先生と星奈ちゃんって?」
「ああ。ゆかなは私の姉だ。そして、お前のクラスに転入した星亜は私達の妹だ。末っ子と言うやつだな」
「呼び出したのも……」
「ああ、私だ」
「……実家に帰らせてもらいます」
「まあ、そう言うな。お前に拒否権はないんだし、諦めて話を聞いていけ」
「……えっ、拒否権なし!?」
「我々の所属する賢者関連、もとい天球儀会が提示した関連は、この国どころか世界における最優先議題だ。それを拒否すればどうなるか、説明が欲しいか?」
「いえ、いいです――」
「首ちょんぱ?」
「あま姉ー! お願いだから怖い事言わないでぇ!」
「では付いて来い。説明しよう」
大人しくなった僕に、星奈ちゃんは満足そうに頷くと、目の前の扉を開く。確かここは……第三会議室だ。
「政府の許可を得た。今日からここが、お前たちの活動場所になる」
「いきなりスケール違うのな」
「しかもすでに過去形だし。これは色々と、キュンキュンできそうな匂いがするぞっ」
「入るぞ」
躊躇せずに入って行く星奈ちゃんの後に着いて、僕達はその第三会議室に入室する。
しっかりと清掃された室内の中央に設置された会議用の大きな丸テーブルをそっと手で拭い、埃がないことを確認した星奈ちゃんは満足げに頷きながらも微笑んだ。
「率直に言おう。十二賢人の候補生試験を、この学園で行う事になった」
「候補生試験? 十二賢人の?」
「そうだ。知っての通り、十二賢人はこの星を守る賢人達の最高峰。すなわち、この星を守る最高戦力だ。だがその最高戦力も、常に十二人揃っているわけじゃない。様々な理由で欠ける場合がある。そして、欠けたからと言って簡単に補充できるものでもない。だからこそ、賢者、もしくは賢者候補生の中から特に優秀、また才能のある者を選び出し、十二賢人の候補として、育て上げておくわけだ」
「で、その候補生の選抜試験を、この学園でやる、と。唐突にもほどがあるわね」
「そんな大それたもんを行うほど、ここが賢人の連中と仲がいいだなんて話は聞いたことがねえな。谷Tはまた別件としてだけどな」
あま姉とアニキの言う通り、この学園と賢人に関係なんて殆どない。過去のOBからだって、賢者に選出された人すらいないはずだ。
けど星奈ちゃんは、その質問はもっともだとばかりにウンウン頷いている。
「疑問はもっともだ。確かにこの場所と、私達星座の関係は特にない。ここが何かの重要拠点というわけでもない」
「じゃあ、どうしてここで?」
そう尋ね返す空に、あま姉とアニキが当然、とばかりに言う。
「ま、場所じゃねーんなら、答えは一つしかねぇだろ」
「人、よね」
「あ……」
ちら、と空が僕の顔を不安げに見上げた。僕は大丈夫、という意味を伝えるためにも、口角を少しだけ上げて微笑みながら頷いて見せる。
そんなやりとりを見ていた星奈ちゃんは、感心した風に笑ってみせた。
「鋭いな、正解だ。重要だったのはこの学園ではない。音無大地、お前だ」
「……ですよね」
「あの、それってどういう……」
「この場所だから行うんじゃない。音無大地がいるから、この場所で行われる事になった。姉がここに勤務していたのはたまの偶然だ。今回の試験は――」
そこで、星奈ちゃんの言葉を遮るように、ノックの音が会議室に響く。
「来たようだな。構わん、入れ
「申し訳ありません、遅くなりました」
聞き覚えのある丁寧な口調と共に扉が開き、北斗さんが二人の女の子を連れて会議室へ入って来る。
「いや、丁度いいタイミングだ。二人は?」
「はい、一緒に」
「谷原さんに……えっと?」
元々知っていた一人はともかく、二人目を見て僕は首を傾げた。
「え? ああっ、夏休みの……」
どうしてか、その女の子は僕を知っていたみたいだ。僕とは違う反応をしていた。
大和撫子、というべきか。白い肌に日本人特有の艶のある髪に黒い瞳。ぱっちりと開かれたその眼はとても可愛らしい。
「藍ちゃん?」
そして、そんな美少女を見て千鍵が名前を呼び、
「千鍵さん? ……あ、音無って……」
その美少女と千鍵が顔を見合わせて、不思議そうに呟いた。
「千鍵、彼女の事知ってるの?」
「はい。今日私のクラスに転入してきたお友達です。夏休みに一度お会いしたこともあるんですよ」
「その節は大変お世話になりました」
「えっと。いえ、お構いなく……」
どうしても記憶がない僕にとっては、この藍ちゃんと呼ばれた女の子とは初対面の反応しかできなかった。
確認するように、僕は星奈ちゃんへと視線を送ると、彼女はその通りだ、と言う様に頷くと口を開いた。
「谷原星亜、天藤藍。以上二名、本日付でこの学園に転入した賢者候補だ」
……なんか今、思い切りとんでもない場所に居るのは気のせいでしょうか。
「なるほど。そういえば転入してきた候補生は三人って話だったっけ?」
「確かに。いきなり入ってきたからな。もう一人の学年は気にしてなかったぜ」
「にしても大くんと同じクラス。もう一人はちーちゃんと同じクラス。これ、出来すぎじゃない?」
「さっき言ってたろ。音無大地が居るから、ここでの試験が決まったってな。当然意図的だろ? 関係者と同じクラスにって」
十二賢人候補試験。僕がいるからこの学園で行われる事になった。その言葉の重さが、少しだけれど実感することができた気がする。
「この前のは質問しただけだったし。正式な挨拶はこれが初めてね。谷原星亜よ。よろしく」
そんな唖然とする僕を気遣ってくれたのか、谷原さんが前へ出ると同時に手を差し出した。
「よ、よろしく谷原さん」
流石に賢者候補生相手と直接、となれば動揺の一つもするというもの。僕は柄にもなく緊張しながらその手を握った。
……すべすべして柔らかいです。
「じー」
「大くんはああいう子が好みなのねぇ……」
「わ、私、お兄ちゃんが望むなら頑張って脱色しますからっ!」
「ちょ、余計なこと言わないで!」
ジト目で睨んで来る空。あま姉は手帳を出しながらなんかメモしてるし。千鍵としてはさっきみたいになってるし……。
僕は苦笑いで谷原さんに向き直ると、彼女は笑いながら言う。
「クラスメイトなんだし星亜でいいわ。これから色々とお世話になるだろうし」
そしてそれを引き継ぐように、藍ちゃんが頭をさげる。
「天藤藍です。その……よろしくお願いします」
顔を赤らめながら名乗る姿は清楚で可愛らしい。
「藍ちゃんか。こちらこそよろしく」
「藍、で構いません。音無さん」
「先輩だ」
「へ?」
「僕を呼ぶ時は『大地先輩』でよろしく!」
「は、はあ……。大地、先輩……?」
「ひゃっほう! 後輩の美少女に呼ばれる『先輩』の二文字! いやあ堪らないね、アニキ!」
「オイオイそこで俺に振るのかよ? まぁ言われて悪い気はしねぇな」
「そういうもの、なんでしょうか……」
「大地、そういう人だから」
「我が弟分ながら、馬鹿なのかばかなのかBAKAなのか……」
「バカなんだろ?」
「「おおっ、納得!」」
「おかしいなぁ。僕のイメージとか地位とか、人として大切なものが秒単位で落ちてる気がする……」
「本日の最安値更新は間違いないわね」
「あま先輩、明日はさらに安値を更新するぜぃ?」
「さっすがお兄ちゃん! 毎日記録を更新ですね♪」
千鍵ー、それ褒めてない、褒めてないから!
「騒がしいというべきか、微笑ましいというべきか。……どっちかしらね?」
「まあ、楽しそう、ではあると思います……」
そんな僕達を見て、星亜と藍は呆れつつも楽しげに微笑んでいた。
「なお紹介が遅れたが、私は今回の候補試験の責任者、十二賢人が第一位、谷原星奈だ」
「同じく責任者、十二賢人が第八位、北斗七星です。以後、お見知りおきください」
星奈ちゃんと北斗さんは、すでに紹介を終えている僕にではなく、他のみんなに名乗る。十二賢人という響きに、さすがにみんなの空気が変わった。
「まさか生きているうちに本物の十二賢人に会う日がくるとはなぁ。なんまいだーなんまいだー……」
「流石にこれは、拝んでおく価値がありそうだぜ……。なむあみだぶつなむあみだぶつ……」
「貴様ら、絶対に敬っていないな……」
そういえば、星亜と星奈ちゃ……いや、さっき姉って言ってたしさんか。
年齢的にはどうなんだろう。
「えっと、質問いいですか?」
「許可する、なんだ」
「さっき星亜と星奈ちゃ……星奈さんは姉妹関係だって言ってたと思うんですけど、年齢差は……」
「ああ、私はすでに成人しているぞ」
ようやく気付いたか、と苦笑いを浮かべる星奈さん。
でも……姉妹、ね。なるほど。
僕は先日の事を思い出した。
『音無大地くん?』
「音無大地、で間違いないか?」
二人は直接僕に確かめてきた。やっぱり姉妹だと思う。
それに、姉妹揃って賢者なんて。上手くいけばどちらも十二賢人。
一つの家から、同時に十二賢人っていうのは、聞いたことがない。多分前例がないんだろう。
もしそうなった時には歴史に名前が残るよなあ。両親も鼻が高いだろうに。
「そ、そうだったんですね」
「ふふん」
星奈さんは胸を張った。
「星亜は凄いぞ。まだ能力を目覚め切ってはいないがな。その素質を開花さえすれば、私如きを一瞬で追いぬいて行く」
「十二賢人の双璧、と呼ばれるまでに全力で突っ走っておいて何言ってるのよ。そう思うなら、少しは手を抜いてよちい姉さん」
……あれ?
「姉……さ、ん……?」
あ、あれ? おかしいなあ。星亜よりお姉さんだっていうのに、その体形ってどういう――
「まさか、音無くんにも言ってなかったの?」
「いいや、さっき説明はした。どうやら重要な事を言い忘れていたようだ。賢者はな、その力に完全に目覚めた時点で成長が止まる。正確に言えば、身体中の細胞がその時点での状態を記憶し、保とうとするわけだ。それによりどんな怪我を負おうとも、再生が可能となる。即死でもない限り、殆ど死ぬことはない。つまり、私はまだ肉体がこの状態の年齢で、賢人の力に目覚めたというわけだ。そこに居る北斗だってそれは変わらん」
星奈……さんの言葉に従って、僕達は北斗さんを見た。
彼女は微笑みながら会釈する。
「私の年齢、どのくらいに見えますか?」
「いえ……僕達と同じくらい、かなあって」
「実は、それよりももうちょっとだけ上です。それでも、星奈さんほどの差異がある方は、そういらっしゃいませんけれど」
そう言って、くすっと笑う北斗さん。賢者って凄いんだなあ、やっぱり。
でも、もしかして……。
僕はちら、と空を見ると、彼女は目を伏せて顔を横に振った。どうやら僕の杞憂だったようだ。
「ちなみにですが、星亜さんと藍さんの力はまだ完全には目覚めておりませんので、お二人の成長は止まっていません。とはいえ、目覚めかけてはいますから、魔力的には、一般の皆さんより数段上です。試験の際には忘れないでください」
「そうだ、それだ! 僕がなんでこの試験に関係あるんですか?」
「知っての通り、賢者の力に目覚めた者は常人とは違った様々な力を手に入れる。そして、その力を極限にまで極めた者が基本十二賢人となる。私や第三位の白鳥などは、単純に戦闘能力に特化している。最悪、この学園を塵芥に変えるのに五分も掛からない。逆に七星は戦闘に関しては十二賢人の中でも最低ランクだ。まあ、それでも常人と比べれば遥かに上だがな。だが、その戦闘能力の代わりに、私達に持っていない特殊な能力を持っている。それが占星術だ。大地には昨日言ったと思うが、覚えているか?」
「占星術とかは聞いてませんでしたけど、これの根源ってとこですか?」
僕は制服の中からペンダントを取り出すと、星奈さんはうん、と満足げに頷いてくれた。
「占星術って、占いですよね? 星座の」
「はい。分かりにくければ予知、と言い変えていただいても構いません」
「七星の占星術は優秀だ。十二賢人の能力としてのその力は、未来を完全ではないにせよかなりのレベルで見通し、その方向を指し示す。だからこそ、十二賢人という重要な存在についての試験においても、その力による確認を求めた」
「星に尋ねた答えには、とある少年の運命に委ねよ、というものでした。その少年の運命にゆだね、任せることで、糸は解け、一本の道となる、と」
「その少年が、大地ってこと……?」
「そういうことだ。『音無大地』の運命に道を作り、その過程をこの試験と重ね合わせることで、何か大きな結果へと辿りつく。まあそこで色々と言いたいお前たちの気持ちは分からないでもない。だがな、世間一般で言う占いなんかとは根本的に違う。なんといっても十二賢人の力だ。実際、ここ最近の私達は、七星の予知に従って出動している。それによる被害の減少は到底無視できるようなレベルではない」
少なくとも、星奈さんが冗談を言う人には思えないし、迷信を容易に信じてその通りに動く人にも思えない。
それに十二賢人の存在自体が、僕らの常識を越えた所にある。その占星術も、僕らの知っている星座占いとはもう別のものと思っていいだろう。
そして星奈さんは、僕を見上げてハッキリと言いきった。
「その七星の占星術が、今回の候補生試験に関して出した答えが、お前だ」
「それがどういうことかは分かりません。ですが今回の試験に関し、音無さまを協力者としてお迎えすることにより、大きな成功を得る。星はそう告げています。もし、音無さまの存在がない場合、大きな光を失うことになるだろう、とも。御迷惑だろうということは承知していますが、どうか、ご協力いただけませんでしょうか……?」
胸の前で祈る様に手を組み、今にも泣き出しそうな目で頼んで来る北斗さん。なんというか、この仔犬っぽいオーラは正直断りにくいというか……。
「無駄な抵抗はやめておけ。七星の奥義『お願いオーラ』を跳ね除けられる者など、十二賢人の中にもほぼおらん」
諦めろ、とばかりにニヤニヤする星奈さん。いや、ほんとその通りなんだけれども。
「い、いえ、でもですね、その、協力といっても何をすればいいのやら……」
「ご安心ください。そちらの方も、これからご説明させていただきますっ」
僕の返事を、とりあえず前進と考えたのか、北斗さんの顔がぱあっと明るくなる。
笑顔の方がやっぱり可愛いなあ、なんてことはとりあえず横に置いとくことにした。
「候補生試験と申しましても、当然筆記試験というわけではありません。十二賢人として、様々な問題を解決していく力。それを見ます」
「つまりは実際にいくつかの事件を、それぞれの方法を持って解決してもらう。そして、その過程を見させてもらう」
「音無さまには、そのサポートをお願いしたいと思っております」
「サポートって、僕がどうやって賢者なんかの助け……に……」
そこまで言って、僕は理解した。そうだ、僕にはその力が与えられたじゃないか。
「……謀ったな、シャ○」
僕の言葉に、二人は黙って笑顔を浮かべていた。
ホロスコープブランチ。星占いの枝。
「お前の運命への道とその分岐点を示したマジックアイテム。キーワードを示す事により、過去を見る力」
「誰もが使える力ではありません。自らの運命を渡されても、まったく使えない方もいらっしゃいますし、使えたとしてもキーワードを示せず、無意味になる方が大半です。ですが音無さまは使いこなしてくださいました」
なるほど、昨日のアレは、僕が使えるかどうかを試していたわけか。本当にぬかりないなあ、この人達は。
「それで、どうだ大地。協力してくれるのかどうか、『はい』か『イエス』で答えてくれ」
「は『いイエ』す、っていうのはだめですか」
「融合してるからなしだな」
「ですよねー」
「正直に言えば、最初に説明していた通り、これは十二賢人関連だ。世界の最重要項目。強制することは可能なのだが、そういうのは嫌いでな。試用期間ということでどうだ。何か一つでいい。二人と共に何か一つ事件を解決してみろ。その結果、お前が何も得られないというのなら、拒否してもいい」
「……いや、拒否なんかできませんよ」
「ほう?」
「……大地?」
訝しげに、隣で僕を見上げた空に、僕は小さく頷いた。
――立ち止まる事はできない。そう決断した。
「――僕はついこの間、記憶を失いました。だからこそ、今の僕は立ち止まるわけにはいきません。歩きだしたばかりだから。……例えこの道の過程に何かがあったとしても、自分の歩いてきた道に後悔をするのは、ずっと先の事になると思います。ですから、引き受けさせてもらいます。候補試験の協力を」
「……ふむ。即断即決の点、大いにプラスだ。だが良かったのか? よく考えもせずに」
「考えるも何も。もうみんなの気持ちは決まっているみたいなので」
僕はアニキや彗達の方へと振り向くと、すでにやる気満々だった。
空なんかもう軽く袖まくっちゃってるし。
『異議なし!』
「こういう人達なんで」
「そうだな。多すぎるのは問題だが、ある程度の人数は居てくれた方がこちらとしてはありがたい。許可しよう」
「それで、候補生の二人はどうなの? 今回の試験。僕に絡めるって言ってたと思うんだけど」
「北斗さんの占いで出たのなら、それは間違いないわ。私としては是非お願いしたいところだけれど」
「はい。私も同じです。大地先輩、大変だとは思いますが、お願いできませんでしょうか?」
「……オーケーが出たので、僕も異論はありません」
そんな僕の答えに、星奈さんは満足そうに頷いた。
「よし、今日はこれで解散だ。明日以降の放課後は、全員ここに集まるように」
「私達は、学園の寮を借りることができましたので、何かありましたら、そちらの方へご連絡ください」
「あれ? でも星亜達って今日から転入だったはずだよね? それまでの寝泊まりってどうしてたの?」
「昨日まではまだ転入前だったから、寮を借りるのは自粛してたのよ」
「近くのホテルを借りていました。経済的なことを考えまして、みなさん一緒に相部屋です」
「また随分と庶民くさい……」
「ねぇルミルミ。天球儀会って、世界機関だったわよね?」
「そうだったと思ったんだけどなあ」
「今はどの国も不景気ですから。使うべきところと削るべきところは、はっきりさせませんと」
「いや、なんかあんたが言うと、本気で家計簿預かってる主夫の言葉みたいで。生々しいぞ」
「なんか一気に御町内を守る正義の味方レベルになった気がするのだけど……」
「わ、私達が守るのは国じゃない。そこに住む人々だからな。多少は人々の近くにいった方がいいんだよ」
星奈さん、その額に出ている汗はなんですか。
「よ、よーし。今日は本当に解散だ。明日の放課後、全員遅れるな」
十二賢人のカリスマが、一気にブレイクした気がした。