音無くんと星占いの小枝
翌日。
昨日あった出来事を頭の中で整理して、とりあえずあの十二賢人様と谷原さんがどういうつもりで僕を探していたのかは解らないし、ここは黙って何かが起きるのを待つことにした。
有名な探偵だって事件が起こるまでは待つしかないんだから。
僕は半ば強引に自分を納得させて、授業に支障がない程度の学園生活を送っていた。
「それじゃあ、今日はここまで。夏休み直前の学園内模試の結果が芳しくない人は、しっかり復讐しておくように。補修があるからね」
そう言って谷原先生が出ていくと同時、
「よし、おつとめ終了ー」
僕は勢いよく身体を伸ばして、椅子の背もたれによりかかった。
今日最後のHRも終わり、クラスメイト達が放課後の自由を求めて教室から飛び出して行く。
結局、今日は何もなかった。昨日出会った賢者様と谷原さんも僕の前には現れなかったし。転入生で学園内が沸きかえったという話もない。
情報通である留美でさえそんなことは聞いてないっていうし。三学期からなのかな? なんて思いつつ、僕は筆記用具とノートだけをバッグに入れて帰り支度を済ませた。
(ただ待つっていうのも、結構しんどいなあ)
このまま何も起こらずに忘れていくならそれでもいいかもしれない。むしろ、そっちの方がいい。
なんて思おうとはしてみるものの、本当は解っていた。
あれだけの事が連続して起きておきながら、それが偶然だったなんてあり得ないと。
(いっそのこと、早く何かが起きてくれた方がスッキリするんだけど……)
この、何が起こるかが分からない、それを待たされている事が、ジリジリと精神的に射たぶられて行く感覚は、正直心臓に悪い。
「どうかしたの、大地? 朝からずっとそんな調子だけど……」
「やっぱ帰った方が良かったんじゃないか? ゆで卵食うかい? 一カ月くらい前からバッグの中に入れっぱなしだったやつ」
「なんだ、ガス欠か? 牛乳でも飲むか? 賞味期限一週間前で常温保存してたの、飲む直前で気付いたやつだけど」
「とっておきだけれど、友達想いのオレとしては、断腸の思いでキミに贈っちゃおう」
「ああ、あたしのもとっておきだ。泣いて馬謖を斬る思いでお前に贈ろう!」
「そうだね、ありがたく頂戴したいところだけど、友人思いの僕としては一人だけいい思いをするのは嫌だから、四人均等の分けようか。もちろん、最初の一口は二人が食べていいよ」
「ふざけるな! そんなことしたらあたしが地獄を見るだろ!?」
「本当に!? オレのダイナモ、今ズッキュンって来たよ! 大ちゃんとの友情感じちゃったよ!」
「友情っていいよね、ほんと」
空が一番ストレートに心配してくれたからか、ちょっと嬉しい気もしたけど、後に続いた二人も自分たちなりの心配の仕方を表してくれたもんだから、ちょっと元気が出てきた。
改めて友情の温かさを胸に感じつつ僕は席を立った。
「とりあえず、今日はさっさと帰る事にするよ」
このままここにいても、みんなに気を使わせるだけだし。
「まあ、ゆっくり寝る事だね」
「ストレスには飯だ。食えるだけ食うといいぜ?」
「うん、そうするよ」
そして鞄を手に、友人と幼馴染に見送られながら教室を後にした。
「音無大地」
とりあえず千鍵に連絡して、一足先に帰ることを伝えたあと、僕は下駄箱の扉に手をかけたところで、誰かに呼び掛けられた。
振り向いたそのさき。そこに少女がいた。
どう見ても僕達と、ひと回りとは言わないけれどそれに近い差がある女の子。
腕を前で組み、廊下の壁に寄りかかりながら、僕を真っ直ぐ見上げていた。
僕は、その女の子を知っている。つい昨日会ったばかりの、忘れようもない女の子。
「え、っと……昨日の十二賢者の……星奈、ちゃん?」
確か第一位の女の子だ。いきなり斧を突き付けてきた、僕の素敵な出会いの相手。
女の子は、そんな僕に満足げに頷くと微笑んだ。
「しっかり覚えてくれていたようだな。相手の名前を忘れない、ポイントアップだ。まあ『ちゃん』はないと思うが、そこは大目に見てやろう」
「どうしてこんなところに……?」
地球を守る十二賢人。数少ない人数で地球を守らなければいけないわけで。それはかなりの激務のはずだ。
にもかかわらず、その最高峰である十二賢人がこんな普通の街の普通の学園にちょくちょく現れるというのは普通ありえない。
「つまりは用事があるからここにいる。そういうことだ。それよりもいいのか? 体調が悪いのだろう?」
「え?」
その原因である人物が今まさに目の前に居るわけだけれど、当人がそれを自覚せずに僕の身を心配してくれているというのは、こちらとしては少し予想外なわけで。
「どうしてそのことを……」
「体調を戻したいというのなら、力を貸してやってもいい」
たまらずに訊ね返した僕の言葉を無視して、星奈ちゃんは意味ありげに微笑んだ。
「僕の家も知ってるの?」
「残念だがそれは知らない。あえて追わなかったからな。だが、お前の家を探す手段は持っている。無論、『今無理に治してもらう必要はない』、『体調の事が気にならない』というのなら、別に無視してくれても構わん。どうする?」
その質問には、もう答えは分かってるという響きがあった。
それに乗るには少し悔しいけれど、だからといってああいういい方をされたらやっぱり興味と好奇心を無視できない。
「……なんで十二賢人ともあろう人が、わざわざこんなお節介を?」
「人を守ること。助けになること。それが十二賢人の役割だからな」
あからさまな建て前を口にして、僕の質問をかわす星奈ちゃん。彼女は、十二賢人は一体何を狙っているんだろう。
「お礼を期待してるわけじゃなさそうだね」
「それは、力を借りる。そういうことだな?」
『――星奈さん、申し訳ありませんっ。遅くなってしまいました』
僕と星奈ちゃんの間に、唐突に一人の女性がぱたぱたと飛びこんで来た。その声と顔には覚えがある。
「確か……北斗、さん?」
そうだ、昨日、星奈ちゃんの後ろにいたもう一人の女の子。
「私だけでなく、自己紹介もなかった北斗の名前まで覚えているか。女性だから、という可能性もあるが、それでも充分評価に値する。北斗七星。私と同じ、十二賢人の一人だ」
星奈ちゃんに促され、優しげに微笑む北斗さん。その柔らかい笑顔が、清楚な雰囲気によく似合っている。
「ご紹介にあずかりました、十二賢人の一人、第八位の北斗七星と申します。若輩者ですけれど、どうかお見知り置きください。音無大地さま」
「丁度いいタイミングだ。許可は出た。頼む」
「はい、かしこまりました。それでは、こちらをお持ちください」
北斗さんは、星奈ちゃんの言葉に嬉しそうに微笑むと、一本のペンダントの様な、宝石で彩られたそれを僕に渡してきた。
小さな木の枝の様なデザインのペンダントだけど、その宝石には光が失われていた。
「ホロスコープブランチと申します。星の力で、その方の進むべき道を映し出す、マジックアイテムです」
「マジックアイテム……?」
「十二賢人の中でも、未来予知の能力を持つ、北斗の力で生み出された、お前の道を写す、お前しか使えない代物だ」
「このアイテムは、音無さまにこれから訪れる、とある運命を描いています。その運命の到達点を頂とし、その枝の宝石一つ一つには、そこへ辿りつくまでの道を示しています。その底辺は、音無さまが音無さまであると認めた瞬間。すなわちそのアイテムは、昨日私達と出会ったあの時からの、音無さまの運命の道を表しているわけです」
「えーと……。すみません、なんだかよく分からないんですけど。結局、これで何が出来るんです?」
「これは過去に起こった現象を、その場所自体が持つ記憶から呼び覚まし、再生させるための道具です」
「……。………は?」
「たとえば、今こうして私が、音無さまと話をしている場面。ここにいる私達三人以外に、見ている方がいらっしゃいます。どなたか分かりますか?」
「どなたって……」
尋ねられて、僕は三年生の廊下と一・二年の廊下を見渡した。でも、僕ら以外に誰もいない。殆どが下校してしまっていたからだ。
もし例え空達のように教室へ残っている生徒がいたとしても、あえて廊下を見ようだなんて思わないだろう。
「……NINJYA?」
[さ、流石に天井裏にはどなたも潜んでおられないかと……。ま、まあ、否定はできませんが]
「その答えは、流石に想定外だ……」
思わず寄りかかっていた壁からずり落ちそうになる星奈ちゃん。北斗さんも苦笑を浮かべながらもどうにか話を進めてくれる。
「それは、この世界。この学園のこの廊下。今私達が話をしているこの場所自体が、ここで起きた事を“視ている”んです」
「いや、流石にその答えはずるくないですか?」
「事実ですから」
さすがにあり得ない、と反論した僕に、北斗さんはニッコリと微笑んで言いきった。
「事実って……。じゃあ、それをどうやって見ると」
「さっき北斗が言っただろう。それがそのための道具だ」
言いながらも、星奈ちゃんが僕の手にしているペンダントにそっと触れた。
「ただ闇雲に再生させようとしても、それは不可能です。この場所が存在を始めた瞬間から連なる無限の記憶。それのどの場面がみたいのか、それを示しませんと。つまり、見たいと思われる場面。その場面に関係のある何かを。言葉を、心の中に強く思い描いてください。
それを、その場所で示しさえすれば。あとはそのペンダントが空間とのリンクを繋ぎ、音無さまの視界に、その場面を、まるでビデオでも見ているかのように再生を始めます。ただ、片目だけという点を除いては」
「片目、だけ……」
「過去が再生されている間に、現在の自分へ話しかけて来る人物がいたらどうする。その点も含めての考慮だ」
「なるほど」
「ですが、なんでも思い描けばいいわけではありません。音無さま自身が、心から必要だと思われたもの。それは、自然と音無さまの中に、キーワードとして蓄積されていくでしょう。その蓄積されたキーワードだけが、このペンダントを反応させることができます」
「もっとも、必要とは思ったけど、結局は気のせいだった、というキーワードも出る。そういった中から、今本当に必要な言葉を自分で選びだせ」
「つまりは、偽物のキーワードもあるってことですね?」
正直、普段なら到底信用できない、どこの霊験あらたかな商売ですか? と聞き返すところだけど、相手が十二賢人だと言うのなら話は違う。
八百万を越える神々の神話。その原型になったとも噂される賢者の、十二賢人の力。それがどんな魔法であっても不思議じゃない。
「そして、ペンダントの樹が音無さまの運命なら、共に煌めく宝石の葉は、その可能性です。そのペンダントに刻まれた、音無さまが向かうべきとある運命。そこに至るまでに見ることのできる可能性のある記憶と場所と数とを表しています」
「えーと……」
僕は、まるで日本語訳を求める様に星奈ちゃんにヘルプアイを送る。その思いが通じたのか、星奈ちゃんは肩をすくめると北斗さんに言った。
「いつも言ってるだろう。北斗は少し遠まわしに言い過ぎる。もっとハッキリ分かりやすくと。つまり簡単に言えばだ。その葉は、ホロスコープをお前が使うことになるかもしれない場所だ。そうだな?」
「はい。簡単に言いきってしまえば、そうなりますね♪」
ぜひ最初から簡単に言って欲しかったです、はい。
「試しに使ってみるといい。恐らくペンダントの根元部分に、今を意味する葉があるはずだ」
言われて、僕は改めてペンダントを見直す。
チェーンの根元部分には、確かに一枚の宝石――《葉》が光っていた。
「なら今は、お前の運命に多少なりとも影響を与える可能性がある、ということだ」
「僕の体調不良の原因を改善することで、何かが変わる?」
「少なくとも、何かを得るはずです」
「とはいっても、どうやって使えば? 僕、キーワードなんてどこにも持ってませんし……」
「心の中で、自分自身に問いかけてみてください。今自分自身が、必要としている言葉がないか。そのペンダントを手にした瞬間から、音無さまが必要だと感じた言葉は、自然に心の中に蓄積されていきます。それを見つけ出してください」
「僕が必要としている言葉……」
僕は目を閉じると、言われた通り自分自身に問いかける。心の奥底にあるというキーワード。今、自分の中で一番気になる言葉を探す。
瞬間、唐突に何かを掴んだ気がした。
そして暗い意識の奥から、確かに言葉が浮かび上がって来る。
「これが、キーワード……」
「それを手に入れたのなら、ペンダントを右目の前にかざしてください。そして、今使うべきと思われるキーワードを、すべて念じてください」
僕は言われるがままにペンダントを右目の前にかざすと、今使うべきキーワードを強く念じた。
目の前……。星奈ちゃんの奥に、昨日見た、谷原さんと僕が出会った瞬間のものとまったく同じ映像が再生される。
僕と谷原さんが同時にこの場に居た時に再生された映像が、右目で。
「……えっと。あれ本当に映像? なんか本物にしか見えないんですけど」
今にも触れてしまえそうな映像に、僕は思わず歩み寄って昨日の自分、谷原さんに下着が見えていることを指摘して“対価”を貰った直後の自分の姿に触れてみるけど、スカッと僕の手は空を切っただけだった。
「本当に映像だ……」
何もない空っぽの手を確認して、思わず呟く。それは紛れもない、ただの映像。
けれど間違いなく、昨日あった僕達の映像。
『私、安くないわよ』
右目から谷原さんの声が聞こえ、僕の足元に落ちた中履きを拾い上げて視界からフェードアウトしていく谷原さん。
やがて僕も下駄箱の方へ歩き出した瞬間、プツリ、とテレビの電源を落とした時の様に視界が暗くなり、瞬きして開いた時にはいつもの視界に戻っていた。
再生できる範囲を僕らが越えてしまった、ってところかな。
「見事だ。初めてで使いこなしてみせたか」
「お見事です。キーワードを見つけ出せずに使えない方も多いのですが……。今のがホロスコープブランチの力です。音無さまを運命の到達点へと導く力。そしてその道に、選択を与える力」
「それで、どうするんだ? お前はその力で、自分の不安をなくすための道を、一本多く得た」
このまま谷原さんの過去を追うのか、それとも見なかったことにして帰るのか。確かに僕は今、一つの選択肢を得た。
(谷原さんが来たの……確か二階の方からか)
ホロスコープブランチ。たった今の自分のこの目で見た以上、信じないわけじゃあないけれど最後まで確かめてみたい。
僕はおもむろに僕と空、そして彗と留美、放課後をキーワードに当てはめてそっと教室の中を眺めてみた。
盗み見、ってワケじゃないけど、それでさっきの放課後での会話が再生されるのなら、本物だ。
確かに映像は再生された。
僕が教室から出たところで、再生が終了され、これが本物であると言う事を思い知らされる。
再生が終了した右目で、左目と共に扉の向こう、二つの席を拝借して話しあっている三人。
僕は三人に気付かれないように、そっと教室から離れた。
そのまま、静かに息を吐き、下駄箱へ向かう。
そんな僕を、星奈ちゃんと北斗さんが、少し不思議そうに眺めていた。
「いいのか?」
「いやあ、帰った人が戻ってきたりなんかしたら、ちょっとおかしく見られますしね。あの空間は特別製ですから」
そう笑った僕に、二人は妙に感心したような顔を見せる。
「なるほど。随分と潔いんだな」
「お優しいんですね」
「えーっと、何か勘違いしてません? 二人とも。ただ怖いだけですよ。女の子の怒りは本当に怖いんで、邪魔だけはしないように、と。過去の経験からですけどね」
事実、あのテーマパークで見せたあま姉と空の素敵な笑顔は忘れられなかった。
あの笑顔は、人の心の底に恐怖を刻み込むレベルです。
「そうか。なら一つ褒美に教えてやる」
星奈ちゃんは、そんな僕の思いが通じたのかいないのか、意味ありげに苦笑すると、中央階段の踊り場の方へと視線を向けた。
「あいつが今回この場所に来た最大の理由はな」
そして、僕を見据える。正面から。どこか楽しそうに。
「お前の様子を見るためだよ」
何かを、伝えるように。
「……僕の?」
「ああ、そうだ。ここに来なければならない理由は確かに別にあった。だがそれも、放棄しようとすればできたんだ。だがそれをしなかった。あいつはな、その理由を逆に利用して、自分にとって最大の望みをかなえに来たんだよ」
「彼女の望みが何か、私達にはわかりません。ですが、そこに音無さまが関わっているのは間違いのないことです」
彼女と言われた女の子であろうその人物の望み。それが何かは、僕はまだ知らないし、予想ができない。
でも少なくとも、その子にとって明るいものであればいいなと、本気で思う。
「まあ、伝えるべきことは伝えた。私達はこれでさがらせてもらう」
「え、このペンダントいいの? 星奈ちゃん」
「そのペンダントに記されたのは、音無さまの運命です。他の誰のものでもありません。どうぞ、お持ちください」
「大事にしろよ。それでは、またな」
「失礼致します。また、お会いしましょう」
昨日と同様に、背中をしっかり伸ばしながら去って行く星奈ちゃんと、頭を深々と下げてから星奈ちゃんの後を追う北斗さん。
「ホロスコープ、か……」
僕は貰ったペンダントを目の前にかざしながら、その緋色に煌めいた宝石をぼーっと眺めつつ、ポケットに突っ込んだのだった。
僕が運命へと向かう道を記したというペンダント。その根元にある葉である宝石が、わずかに光を放っている。さっきの過去の再生、それをこの葉が示していたっていうことかな。
(一体どんな未来を示してくれるのやら)
見知らぬ少女との出会い。十二賢人の襲来に、ホロスコープブランチ。それが関係ないとは思えない。
なんだろう。何かは分からないけれど、何かが確かに動きだしたような気がする。
僕の今までとこれから。そのすべてを変えてしまうような何かが……。
◇
「転入生を紹介するわね」
今日のHRは、谷原先生のその一言から始まった。
クラス内に満ちた期待の空気。全員の視線が、教壇の横に立つ一人の美少女へと送られている。
「谷原さん、自己紹介を」
谷原先生の指示に従って、その美少女は頷いて一歩前に出た。
「谷原星亜です。本日よりみんさんと同じこの学園で学んで行くことになりました。よろしくお願いします」
これだけの美少女が転入してくれば、盛り上がるのは当然だろう。けど、今日の盛り上がりはそれだけじゃない。
彼女の制服の肩に刺繍されたマークが、その特別さを物語っていた。
「どこから広まったかは知らないけれど、すでにみんなは知っているみたいね。谷原さんは賢者の候補生よ。とある用件があって、この学園に転入してきたの。仲良くするのは構わないけれど、邪魔はしないようにね」
賢者。運命に選ばれた者だけがなれる地球の守り手。それが手の届く位置に、友人になれるかもしれない位置にやってきたとなれば、みんな騒いで当然だ。
「しっかし凄いよなあ。まさか賢者がこんな学園に、しかも二人も来るってんだからなあ」
「候補ってだけでも、割合的におよそ数万人に一人だったかな」
この二人までもが素直に感心してるんだから、やっぱり賢者っていうのは凄いんだなあと思い知らされる。
「まさか、賢者だったとはねえ……」
十二賢人の二人が谷原さんを知っていた事から、もしかして、とは思ったけど、まさか本当にそうだとは。
昨日、星奈ちゃんが僕へ放った言葉。それは間違いなく始まり。
ここ数日僕を取り巻いていた異常な環境。それが何だったのか、ようやく分かるのかもしれない。
十二賢人と唐突な出会い。そこから始まったという僕の運命を記したペンダント。
(多分これ、もう絶対に巻き込まれてるよね)
どんな道を歩く事になるのか。どんな出来事に巻き込まれるのか。不安と疑問は尽きないけれど、ただ確実に言える事が一つだけある。
「逃げるの、もう無理だろうなぁ……」
僕の気弱な呟きは、一昨日と少し違って、谷原さんを歓迎するクラスメイト達の拍手でかき消されたのだった。