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音無くんと恋愛物理学  作者: 早乙女 涼
プロローグ
4/11

音無くんと不思議な出会い


 その勝負を見守るのは二人だけだった。そして、その勝負に挑むのも二人だけだった。

 昼下がりの教室で、二人の男子生徒は静かに沈黙していた。

 僕たちは、そんな教室の中、二人の男子生徒の手に握られた一つきりの武器を見ながら、ただ黙って、お互いを見据える。


「悪いけど、今日は勝たせてもらっちゃうよ」

「ずいぶん自信あるね、彗。かくいう僕は全然記憶にない点数だけど」

「なーに、オレの実力がこれでもか、というくらいに発揮されてしまった。ただそれだけのことさ」

「いや、今までも充分に発揮してただろ、いつも一桁だったじゃないか。……当然下から」

「ああん。留美ちゃんいつもツッコミ的確ぅ~! でも違うんだよ。いつもはいつもで今日ではないのさ!」


 留美の揺さぶりにも一切動じない彗。これは自信があると見える。


「……どうやら本気みたいだね」

「ぜひ、お試しください」


 静かににらみ合う僕と彗。そんな二人の間に留美が立ち、


「二人とも、いいか?」


 見届け人である留美の言葉に僕らは静かに頷き、握りしめていた武器に力を込めた。

 そんな僕達の動きを読み取り、留美は勢いよく腕を交差させる。


「――開示!」


 バッ! と僕と彗の手から放たれる武器。それを机の上へ叩きつけた。


「数学、46点!」

「数学……4点!」

「「「………」」」

「さあどうだ!?」

「いや、どうもなにも……」


 僕は後ろ頭をかいて苦笑を浮かべた。


「えーと、この……どこぞのゲーム雑誌のレビューですら取りにくい数字はなんですか。新垣さん?」


 薄い藁半紙に、いかにも目立つ鮮血のような紅く書かれた数字。はっきりと誰もが見間違えることのなく記された、『4』。

 誰もがどう、なんど見直そうと間違えようのない、真っ赤な『4』。


「このオレ、新垣彗が全身全霊を込めた渾身の全力の痛恨の点数! これでもか、というくらいのおれの実力が発揮されてるだろう!?」


 いや、ドヤ顔で言われても……。


「さあ、いかに!」

「や、いかに言われても……」

「これで勝負しようって考えたのが、本気ですごいと思うわ……」

「アッハッハ! 二人ともよく考えてごらんよ! 4ってことはまだ下に2とか1がある。勝てる可能性は充分じゃないか!」


 ……アホだ。

 この場の親友誰もがそう思えるほど、彗の笑い声はたからかに、そして学校中に響いていた。


「いやあ、ホントにバカってすげーなー。大地、空」

「というか、お互い五十点以下ってどういうことよ……」

「実に低レベルな戦いだったね……」


 僕と空、そして留美は拳を合わせ、互いの健闘を認め合ったのだった。



「あー。本気で無駄な時間過ごしちまったぜ」

「え、時間?」


 その単語に、唐突に今朝のセリフが僕の頭の中でリピートされた。


『そうだ、お兄ちゃん。今日の放課後、お買い物につきあってくれませんか。お米が切れてしまってて、私一人だと、ちょっと……』


「……しまった」


 慌てて携帯の時計を確認。


「うわぁ、もうこんな時間かっ!」


 お約束の如く予想以上の時間が経過中!


「なんだ、なんか約束でもあんのか?」


 慌てて答案用紙をバッグの中へつっこみ始める僕に、留美が尋ねてきた。


「えー、引き下がるの早すぎないかい? オレのダメダメ発電機(ダイナモ)は108式まで高ぶるぞー?」

「その発言は清々しくて逆に受け流せるね。……千鍵と、買い物の約束してたの忘れてた……」


 バッグを肩にかけながら言うと、


「ああ、千鍵ちゃんか。邪魔したら殺されかねないね。いや、殺される。間違いない。うん」


 そう言って彗は一度引きさがりながら、

「……………。それも、イイかもしれないな………」


 と唸った。


「人の妹を妄想材料に使うな」


 僕がジト目でみるといきなり彗は身体をくねらせ、引き下がった。

 でもそれは、待ちぼうけをくらわせてしまった僕に、それだけの事が帰ってくるということ。


「それじゃあ、また明日!」


 僕は教室のドアを開け放ち、早足に廊下を駆け出すと。


『その後、大地の姿を見た者はいたとかいなかったとか……』

「不吉なこと言うのやめて!?」


 教室のドアから顔を出してナレーションした空に大声で抗議したのだった。



            ◇



 廊下を走っていると。

 そこに、一人の少女がいた。


「えっ……」


 背筋をピンと伸ばして、中央階段の踊り場から下の階を見下ろしている女の子。

 弱冠ながら吊りあがった意思の強そうな瞳に、引きしめられた小さな唇。腰まで届く白くて長い髪は、三階の天窓から入り込む日光を弾き、輝いている。

 僕はその姿に一瞬足を止めて見惚れてしまったものの、直ぐに千鍵の元へ急ごうと下駄箱へ向かう。


(……綺麗な子だなあ……。何を見てるのかわかんないけど、友達でも待ってるのかな)


 この時間帯に残っているのは部活動に参加している生徒と、僕らみたいに遊びで残っている生徒のどちらか。

 踵を返して歩きだした僕の背後から、


『音無大地くん?』

「――え?」


 不意に響いた声が、僕の名前をよんだ。僕は思わず立ち止まって、その声の主へと顔を向ける。

 まるで睨みつけるみたいな強い視線が、ただ真っ直ぐに僕を捕えた。


「あなたが音無大地くんで間違いない?」


 その外見と同じ様に凛とした声が、僕の耳に届く。

 それと同時に、昇降口からふわっと入ってきた緩やかな風に、その短いスカートをゆらゆらと揺らしながら、少女は僕を見下ろし続ける。

 そしてその度に、下から見上げる形になっていた僕の視界に、隠された世界がチラチラと映る。

 いや、なんか、最近凄いなあ。やたらと可愛い子ばかりだし。


「ええと……。音無大地くん、じゃないのかしら?」


 そんな僕の態度に、少し不安になったのかもしれない。女の子はわずかに首を傾げた。


「相手の名前を聞く前に、まずは君の名前を聞きたいところですね。教えてもらってもいいですか?」


 揺れるスカートにしっかりと視線を送り続けながら、僕は女の子に尋ね返した。


「ああ、そうね。その通りだわ」


 女の子は意外にも素直に頷くと、小さく微笑んだ。睨みつけるようなあの視線は、別に敵対してるわけじゃなかったみたいだ。


「ごめんなさい。私は谷原星亜(せいあ)。この学園の生徒になる予定」

「予定? 制服を着てるのにですか?」

「ええ、予定。それで、ちょっと確認させて欲しいんだけれど、貴方は音無大地くん、でいいのかしら?」

「ええ。僕が音無大地に間違いないです。流石にこの学園内に何人音無大地がいるのかわかりませんけど」

「あ……そ、そうよね。確かにレア中のレアっていうレベルの名前でもないし、もう一人くらいはいても……。ここに来る前に、年の為にインターネットで検索したら一千件くらいヒットしたし。でもまあ、思ったよりはまともそうね。もっと野蛮人みたいなのを想像していたけれど」


 ……えっと、間違いなく僕のことだよね。褒めてるつもり……なんだろうなあ、本人的には。


「あー、ちなみに老婆心ながらに忠告なんですけど」

「なに?」

「見えてますよ」

「え? なにが……」


 僕が下を指差すと、谷原さんは下を見た。


「――っ!」


 ぼんっと、いきなりその顔を真っ赤に染めた。


「……もしかして、さっきから?」

「ずっとというか、風に揺れてチラチラとですけど……」

「ふうん……」

「いや、あのですね。決して狙ってみていたわけじゃないんですよ? 視線も逸らしてましたし、その、ちゃんと予防策は――」

「――えいっ」

「ぎゃあっ」


 唐突に放られた谷原さんの中履きが僕の額にヒットして、驚いた僕は尻もちをついた。


「いい思いをしたんだから、それなりの対価は払いなさい。私、安くないわよ」

「はい……ごめんなさい……」


 冷たいジト目で僕を見下ろし続ける谷原さん。


「とりあえず、私の不注意でもあったから、今回はそれくらいで許してあげる。感謝しなさい。それじゃあね、音無くん」


 階段を下って僕の足元に落ちた自分の靴を拾い上げた谷原さんは、それを履き直して教室の方へと歩いていった。

 一年生か二年生、なのかな?

 ……今の、結局誰でなんだったんだろう……。

 そんなことを思いながら立ち上がる。今の谷原さんが結局なんなのかは気になったけど、千鍵を待たせちゃってるし、急がないと。



            ◇



 近所のスーパーで食材を購入して、お米を買ってから、千鍵は少し寄りたい所があるということで、僕一人で先に家へ帰ることに。

 バスの待合所で、僕はひとり、それを待ち呆けていた。


「――いいから黙って手を挙げろ」

「……はい?」


 目の前に突き付けられた、ギラリと光る銀色の巨大な刃。あまりに唐突なその状況が頭の中で理解する事ができずに、僕は改めて周囲を見渡した。

 ここはスーパー前のバス停留所。それに間違いはない。周囲には歩道を歩く大勢の人。特別な何かがあるわけでもない。ヒーローショーの一部でもない。

 ごく普通の一般ピープルさん達の中で、僕の目の前には巨大な斧を持った銀髪の女の子。

 歳は……十歳くらい。だけどその身体よりも大きな斧を片手で軽々と持ち上げている。

 そしてその刃は……見事に僕の目の前で停まっていた。


「手を挙げろと言ってるんだが」

「は、はいっ」


 外見とは裏腹にドスの利いたその声に反応して、僕は両手をホールドアップ。

 有無を言わせぬ迫力があった。言う通りにしないといけない。そう思わせるには充分な迫力が。

 その両手を後ろに回すと、自分の足りない頭を無理に回転させる。

 こんな人が知り合いに居ますか?

 絶対にいません。

 正直、あまり信用のない僕の記憶だけれども、空と千鍵から教えてもらった身辺にいる人々の特徴に、目の前の女の子は誰も当てはまらない。

 こればっかりは間違いない。うん、僕も知らない。

 

「音無大地、で間違いないか?」

「えっと……あなた様は?」


 デジャヴを感じるやりとり。

 目の前の女の子は、眉をピクリと動かして目を伏せながら言う。


「ああ、そうだな。名前を聞く時はまず自ら名乗るのが礼儀か」


 女の子は斧を突き付けたままで頷くと、こほん、と軽く咳払いをして僕の目を正面から見上げた。


「第一位、で分かるか」

「大一井さん、ですか……? えと、すみません。とっと知らない名前なんですけど、ひょっとして結構昔に会ったりとか。僕、ちょっと昔の記憶には曖昧なもので」

「なるほど。分かっていながらも、そうやっておどけるか。流石と言っておこう。十二賢人の一人、第一位の谷原星奈(せいな)だ。これ以上の説明が必要のいうのならば流石に予想外だな。お前の評価を落とさざるを得ない」

「いえ、流石に理解しました。うん、その十二賢人様がなぜに今、善良なる市民を脅しているのかを除けば、ですが」


 十二賢人。つまりはこの地球のトップで賢者と呼ばれる人達。

 この地球に人間が生きているのと同じように、この宇宙には大勢の生物が棲んでいる。つまりは宇宙人。その存在は当然のことで、幼稚園の子供でも知っている一般常識だ。

 遥か昔。本当に遥か昔。歴史の教科書でも最初の最初あたりに載ってるくらい昔。地球は宇宙人達の手で色々と荒らされていたらしい。いやこれ、嘘の様な本当の話。

 けど、文明レベル的には低くも未知数の可能性を秘めたこの星を重要視する星は多く、たび重なる話しあいの結果、地球は銀河遺産として認定、保護されることになった。

 地球への許可なき入星は禁じられ、外部による関渉から守るために、その自衛のための力を与える必要がある、と判断。この星に住まう人々に力の種が与えられた。

 その種を十二分に開花させた人達が賢人。そして、その力を使いこなせるようになった人達を賢者と呼び、中でも飛び抜けた力を持つ十二人の賢者を十二賢人、と呼んでいる。

 裏では、未だに多くの宇宙人による干渉を受けている地球。僕達はその賢人達によってこの毎日を、平穏な生活を守られている。

 地球上に百人いないといわれる賢者達。それも十二賢人の一人にこうして斧を突き付けられる経験なんて、一生に二度はないだろう。

 というか、一度だって起こって欲しくなかったんだけども。

 触れるか触れないか。そんな目の前にある刃を前に引き攣った笑みを浮かべながら、目の前の第一位さんへと視線を送った。うん、この目は冗談なんかじゃないよね。

 ドキドキと、まるで早鐘の様に鼓動する心臓。


「それで、どうだ。こちらは名乗った。質問に答えてもらおう。お前は音無大地で間違いないか?」


 全力で思考を巡らせるというある種の逃避モードに入りつつあった僕の意識は、無情にも賢者様の質問で現実に引き戻される。


「……はい。一応そうですけど」


 さっき聞いた谷原さんやこの第一位さんに名前を覚えられるような事をした覚えはない。そんなこと、あったらきっと忘れないし以前の僕も何かを残してくれていただろう。

 どこかで僕の名前が勝手に使われでもしているんだろうか。それとも、僕の気付かないところで何かの事件に関与でもしてしまったのだろうか。

 もしくは、本当に知り合いという可能性もなくはない。つい先日であるのなら、その可能性も充分にある。


「北斗。この音無大地で間違いないか?」


 第一位さんは、不意に自分の後ろへと問いかける。この少女の迫力で気付かなかったけど、後ろにはもう一人、女性がいたらしい。


「は、はい。間違いありません。この音無大地様です」


 北斗、という姓なのか、少し気弱そうな女性が、少女の後ろからぴょこん、と顔を出した。

 その緑色の髪をした女性は、じっと僕の顔をながめると、こくんと頷いた。


「そうか」


 第一位さんの言葉が放たれると同時に、突き付けられた斧が降ろされる。瞬間、その斧と一緒に、周囲を包み込んでいた威圧感がさっぱりと消失した。

 そして第一位の少女の顔に、今までの険しい表情がまるで嘘のように優しげな笑みが浮かぶ。それは、その年齢からは信じられないほど大人びていた。


「すまんな、時間をとらせてしまった。今日はこれでさがらせてもらう」

「あ、あの、ありがとうございましたっ」


 ピンと背筋を伸ばしてから、あっさり背中を向けて歩きだす第一位さんこと谷原さんと、礼義正しく最敬礼で頭をさげて、彼女を追いかけていく気弱な女性。

 二人はいつの間にやら集まっていた見物人の輪を掻き分けながら去って行く。その姿は人ごみの中に紛れ、あっという間に見えなくなった。


「……何だったんだろう、今のは?」


 訳の分からない今の状況を把握しようと、僕は周囲をそっと見回す。そこには、旺盛な好奇心で僕を眺めている大勢の野次馬なみなさん。

 その興味に満ちた視線が、チクチクと痛かった。

 ……えーと。


「公開処刑?」


 僕の呟きは、停車したバスのドアが開かれる音にかき消された。






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