7話 勇者アリスと精霊の魔剣 『お菓子は買うなよ』
俺はアホが悪化したアリスを連れて街に来ている。
ダンジョンに向かうためのアイテムを買うためだ。
決してダンジョンを潜るためではない。
最低ランクのダンジョンでも、アリスでは間違いなく命に関わるからな。
「アリス、ココに書かれている物を買ってくるんだ」
「はい」
「お菓子は買うなよ」
「ええ~」
アリスは愛想が良く、彼女が買い物に向かえば男女関係なく値引きしたりオマケしてくれる。
だから俺は基本的に買い物はアリスに任せている。
「少しぐらいいいじゃないですか!」
「お菓子は、後で一緒に買いに行く」
「ぶ~~」
アリスに買い物を任せたら、全額をお菓子につぎ込んだことがあった。
その日は冬の寒空の下、野宿をする羽目になり彼女は凍えかけた経験がある。
だがアリスはアホな娘であるため覚えているハズもなく、買い物のたびに注意しなければならない。
「早く行かないと、お菓子を買うのが遅くなるぞ」
「む~ 分かりましたよ!」
アリスは怒ったようだ。
だがお菓子の為に買い物に行ったと分かっているため、子どもの癇癪程度にしか感じない。
(行ったか……)
アリスが買い物に行ったのを見送ると俺は後ろを振り返り、隠れていたお客さんに声をかけた。
「出てきたらどうだ」
「お気づきでしたか」
建物の影から出てきたのは笑みを顔に貼りつけた若い男性。
灰色の髪に細目の彼は俺の知り合いでオーウェルという名だ。
「さすが、剣神アレクストレイ様ですね」
「剣神は死んだ」
「ご冗談を」
「剣を握れないのに剣神。笑い話にしかならないだろ」
俺は勇者と呼ばれる以前から剣神と呼ばれていた。
現在は、剣をまともに握れず、アリスの子守しかできないがな。
「剣神が剣を再び握れるようになれるのに何もしない。その方が、よっぽど笑い話になりますよ」
「それは意外だったな」
オーウェルが俺の下に来るとき、大概は仕事を持ってくる。
「用事もなく声をかけたわけではないのだろう」
「ええ。お仕事をお持ちしました」
「俺にか? それともアリスにか?」
「もちろん、将来有望なアリス様に」
アリスが将来有望──俺以外に期待する人間がいるとは思えないがな。
「アリスにね~」
「はい」
「アイツを調子づかせたくないんだけどな」
「お厳しいですね」
「アイツにだけな」
オーウェルが持ってくる仕事は結構な金になる。
しかも難易度も、それほど高くはない。
だが依頼をこなすたびにアリスは調子に乗るのが面倒だ。
「悪いが、これからダンジョンに行くんだ」
「なっ……アリスさんを殺す気ですか!!」
オーウェルは初めて笑顔を崩した。
アリスの最弱ぶりは彼も良く知っているため相当驚いたようだ。
「ダンジョンの入り口付近で戦えば、すぐに負けて帰られるはずだ」
「ですが、アリスさんの実力では最低ランクのモンスターからの一撃でも命に関わるのでは……」
「最近、アホが悪化したらしくてな……説得できなかった」
「…………」
オーウェルは考え込んでしまった。
俺も本当は、アリスの馬鹿な提案に頭を抱えて考え込みたい所だ。
だが悩んでいる暇があるのなら、最弱の勇者が生き残れるように準備を整えた方が良いだろう。
「もう行かせてもらうぞ。アイツが生き残る可能性を高めるために準備を整えたい」
「……お待ちください」
「なんだ?」
オーウェルは、何かを決心したかのような表情で俺を呼びとめた。
「精霊の剣と呼ばれる物はご存知でしょうか?」
「ああ、精霊の力を宿す剣だよな」
「ええ……では、精霊の剣に魔剣と呼ばれる物があることは?」
「それは初耳だ」
剣神なんて大それた名前で呼ばれていたが、剣について全て知っているわけではない。
だから知らない剣も多くある。
「精霊の魔剣と呼ばれているのですが、特別な効果がございます」
「特別な効果か……それは、どんな物だ?」
「その効果は、精霊が宿ることができるという物です」
「俺が剣に宿れるというわけか。だがアリスと何か関係があるのか?」
俺は一応は精霊だ。
だから精霊の魔剣の話が本当なら俺は宿れることになる。
「精霊の魔剣に宿った精霊は、剣に魔法の効果を与えることができるのです」
「俺は戦闘向けの魔法は使えないが」
「魔法の効果を与えられるということは、魔力を剣に通すことも可能かもしれません」
「! ……魔力を通せる」
アリスは『最弱の勇者』だ。
最弱たる理由の一つに剣に魔力を通せないという物がある。
魔力を通した剣と通さない剣とでは切れ味が全く違う。
さらに魔物は全て障壁と呼ばれる魔力の膜を張っている。
この膜は魔力による攻撃で切ることができる。
アリスがモンスターを倒せない最大の理由は、障壁を超えられないことがある。
すなわち精霊の魔剣があればアリスはモンスターと、まともに戦えるということだ。
「精霊の魔剣は手に入れられるのか?」
「アレクストレイ様次第ですね」
「俺次第とは、どういうことだ」
アリスのことを思えば『精霊の魔剣』を手に入れておきたい。
だが、手に入れるためには厄介事を避けられそうもない。
俺の勘が、そう言っていた。