11話 勇者アリスと精霊の妹
気が重い──よりにもよって実家に帰ることになるとはな。
俺は、メイドに客間へと案内される最中すっと気が重かった。
当然、こうして客間に入りソファーに座り当主となった弟と話している今も。
「さっそくで悪いのだが、精霊の魔剣を譲ってもらえないか?」
「良いでしょう……ですが条件が」
「会わんぞ」
俺は少しメタボ気味な当主となった弟と精霊の魔剣について話し合っている。
魔剣の譲渡を渋ることがないのだが、先ほどから条件と称して俺を、ある人物と会わせようとしていた。
「私が、どれほど大変な想いをしたと」
「それは精霊の魔剣を手に入れるための苦労を言っているのか? それともアイツの扱いの苦労を言っているのか?」
「魔剣を手に入れる苦労は……3%程度でしょうか」
「それなら分かるだろ。俺の苦労が」
そういうと、子ども時代が頭に思い浮かんだ。
「「……ハァ」」
俺は弟──クライブと顔を向けあわせたまま溜息を吐いた。
クライブも苦労を思い出したのだろう。
ココまで気が重くなったのは何年振りだろうか?
この時の俺は遠い目をしていたと思う。
「……シアに会う気は?」
「屋敷から出られなくなるだろ」
「そこまでは……いえ、否定はできませんね」
ああ、気が重い。
物凄く重い。
「あの、シアさんというのは?」
「……妹だ」
アホな娘のアリスが、まともな質問をした。
だが今は驚く気にもなれない。
「精霊の魔剣は譲ってもらえないのか?」
「このまま、兄上を帰したら大変なことになるので」
「俺は死んだままにして欲しいのだが……少なくともシアにはな」
「それは無理です」
「……おい、まさか!」
背筋に悪寒が走った。
最悪の事態がすでに起こっているのかもしれない。
「アリス! 帰るぞ」
「えっ 魔剣は」
「俺の貞操の方が大切だ」
「て……ええぇ」
アリスは貞操と聞いて顔を赤くしてうつむいてしまった。
どうやら、アホな娘はウブなようだ。
いや、今はそんなことを言っている余裕はない。
ましてやアリスという、美少女(見た目だけは)を連れている。
こんな所を見られたら──と、そこでドアを勢い開く音が響いて俺の思考を止めた。
「お兄様!!」
手遅れだった。
俺は恐怖で振り返ることはできない。
「精霊の魔剣を用意します」
そう言うと弟は席を立った。
アイツ──逃げやがったな。
「ああ、その逞しい後ろ姿はまさしく……」
ヤバイ、このまま背中を見せていたら何をされるか分からない。
覚悟を決めて振り返ることにする。
「ひ、久しぶりだな」
恐怖で声が上ずってしまった。
俺の目の前には金髪碧眼の少女が立っている。
瞳からは涙を、これでもかというほど流して──。
「やはり無事でいらしたのですね。あれから3年経ちました……早速式を挙げましょう」
「いや、無理だ。ってか俺らは兄妹。いや、何でいきなり式になる」
ツッコミどころ満載で、もうどこから突っ込めば良いか判らなかった。
「あっ、この方が妹さんのシアさんですね。初めましてアリスと言います」
空気が読めないアホな娘がバカなタイミングで自己紹介、いや事故紹介をした。
その直後、周囲を極寒の冷気が襲ったかのように感じた。
「お兄様……この女、もとい女性は遊びですよね?」
「まて、その言葉は色々とおかしいぞ」
「私はアレクさんと一緒に旅をしています」
「一緒に旅?」
空気の読めないアホな娘は爆心地に燃料をばら撒いたようだ。
笑顔のまま殺気を放つシアが凄く怖い。
ついでに空気を全く読めないアホな娘も別の怖さがある。
「それは愛の逃避行……では、ありませんよね。お兄様」
「全力でそれは否定させてもらう」
「そんなにあっさり否定するなんて酷いですよ~アレクさん」
もう、このアホな娘には何も言うなといいたい。
だが、この状況でそんなことを言うものなら何かを隠していると勘繰られかねない。
「そうですよね。アレクお兄様が、こんな顔だけで頭が悪そうな娘となんてねぇ」
「当たり前だ」
シアの声が震えているような気がしたのは気のせいではないだろう。
すでに彼女の我慢は限界だ──頼む、アリスよ余計なことを言わないでくれ。
そう願うも、アリスはお約束通りに俺の願いを撃ち砕いた。
「酷いですよ~。一緒に生きようって言ったじゃないですか~」
「…………」
(あっ、ダムが決壊した)
シアの中で何かが壊れたのを俺は感じた。
妹が心の中に押し留めていた色々な物をせき止める物は、木っ端みじんに砕け散ったのは間違いない。
「…………」
「…………?」
アリスは、己がしでかした過ちに気付かず首を傾げている。
だが、数分後には俺の妹に恐れ慄くことになるだろう。
身から出た錆だ──頑張って生き残ってくれ。
名誉のために言っておく。
彼女が言ったのは、精霊である俺と勇者であるアリスが契約したとき、口にした言葉だ。
決して色恋沙汰ではない。