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劉禅戦記  作者: Ravenclaw
第1章 劉禅
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5

「まあ、だいたいのところは」

「むむ」

 劉禅はしばらく考え込んだ。そして、

「すると、漢朝がどうなるのか、わかるのか」

「いまの漢の国ですか」

「そうだ」

「まもなく滅びます」

 聞かれれば、そう答えるしかない。

「おお」

 とショックを受けた顔。

「するとやはり魏が……」

「そうです。まもなく魏が漢の帝の位を奪ってしまうでしょう」

「なんということ」

「しかし、その魏も滅びます」

「えっ。どういうこと」

「魏は晋という国にとって替わられてしまいます。かたちあるものはいずれ滅びるものです」

「まさか。いや、それこそ天罰覿面というものか。では、われわれはどうなるのだ」

「劉備さまが漢朝を継がれます」

「そうか。やっぱり。そして晋とわれわれが戦うのか」

「いや」

 わたしは首を振った。

 たしか蜀は宿敵である魏によって滅ぼされてしまうはずだ。

 そのあと魏が晋に変わり、呉を倒して三国を統一するという順番だったはずだ。 しかし魏に滅ぼされるとは、面と向かっては言いにくい。

「劉備さまの国も、ときがくれば滅んでしまいます。それはしかたがないことです」

 原因はキミにあるんだけどね。

「呉はどうなるのだ」

「呉も滅びます」

「そうなのか……」

「周という国が滅んで、秦に替わり、秦から漢に替わったように、時代は変わっていくものです」

「われらが滅ぶというが、それはいつごろなのだ」

 劉禅はたしか六十歳ぐらいまで生きたのではなかったか。

 蜀が滅んでからしばらく生きていたから、いまが十二才だとすると、

「あと四十年後のことでしょう」

「なんだ、ずいぶん先のことではないか。びっくりした」

 劉禅はまるで安心してしまったようなので、こちらもびっくりした。

 考えてみれば、小学生ぐらいの子供にとって、四十年先や五十年先ははるか彼方のことだ。ぴんとこないのも無理はない。

 われわれだって、四十年先になにか起こるといわれてもあまり気にしないものだ。

「そうすると、お前はいまの戦いの結果も分かるのか」

「戦いですか」

 おお。チャンスだ。

「そうだ。どうなるか占ってほしい」

「占うわけではありませんが、その前に、一つ二つ質問していいですか」

「うむ」

「その戦いは、どこで行われているのですか」

「漢中だ」

「相手の総大将はどなたですか」

「夏侯淵だ」

「では劉備さまもそちらに」

「そうだ」

「張飛どのもですね」

「そのとおり」

「関羽どのは荊州ですか」

 うなずいた。

 この配置から考えられるのは、定軍山の戦いだ。

「わかりました。劉備さまの勝ちです」

「ほんとうか。魏は強いと聞くぞ」

「黄忠どのが夏侯淵を斬ります」

「なんと。それはいつ」

「いま春ですね。おそらく、冬までには」

「まちがいないのだな」

「まずまちがいなく」

「軍師どのに報告したほうがいいかもしれない」

「諸葛亮どのですか」

「もちろん」

「ちょっと待ってください」

 稀代の天才軍師である諸葛孔明に会うとなれば、だれでも緊張するだろうが、わたしもドキドキしてきた。

 調子に乗って今年中に夏侯淵を倒せるなんていったけれども、ひょっとしたら来年かもしれない。再来年かもしれない。時期まで正確におぼえているわけではない。

「いつ会うんですか」

「まだ、わからないな。軍師どのはお忙しいからな」

 それを聞いてほっとした。

「諸葛亮どのに会われるのなら、もっと詳しく状況を聞かせていただかないと」

「あと、なにが知りたいのだ?」

「漢中では、張魯が魏に降ったんですね」

「そう。曹操が攻めてきて」

 劉禅がちいさな声で言った。

 そういえば、曹操の噂をすれば曹操が来るなんてという言葉があったな。それでなのか。まるでヴォルデモート卿扱いだな。

「いつごろのことですか」

「張魯が降ったのは何年か前。そのあとを夏侯淵が守っているので、父上がいま攻めているところだ」

「荊州の南部四郡はどうなったんですか」

「南部四郡というと」

「たしか、呉が返すようにいってきたのではありませんか」

 劉禅はすこし考えて、

「くわしくは知らない。父上や関羽将軍が、呉と戦ったのは聞いたことがあるけれども」

 そうか、思い出した。

 蜀と呉が荊州で争っている最中に、曹操が蜀と境を接している漢中に侵攻してきたので、劉備はやむなく南部四郡の一部を割譲して、呉との争いをおさめなければならなくなったのだ。

 ややこしい政治的な話も絡むので、劉禅が知らないのも無理はない。

 ようやく講義の時間が終わった。

 白雲先生は、従者に巻物を閉じさせると、杖を突きながら帰っていった。

 部屋を出る前に、劉禅を見ながらなにかぶつぶつ呟いていたが、よく聞き取れなかった。

 解放された劉禅と弟たちは、肉団子だけの簡単な昼ごはんをすませると、いそいで庭に飛び出した。

 どこかから同じ年ごろの子供たちが数人加わって、石蹴りや隠れんぼをはじめた。

 遊ぶ範囲は塀の中に限られていた。といっても、池や渡橋もある広い庭なので遊びまわるには十分だ。

 遠目に耿周や警備の兵たちがこちらを見守っている。

 遊びの中心は、劉禅と少し年上の少年の二人で、グル―プに分かれて競いはじめた。

 最初は庭箒を持って、たがいに追っかけあい、背中を叩きあうという遊び。

 子供たちは劉禅に遠慮しているようすはなかったが、劉禅は意外に足が速く、追いついて背中を叩くことができたのは、弟の劉永と年上の少年ぐらいだった。

 次は陣取りゲーム。建物を挟んで、庭の両端を陣地とし、置いてある布きれを奪い合う。

 相手の陣地が見えないので、争奪のために何人を派遣し、何人で自陣を守るかで勝負が決まる。

 最後は現在のレスリングのような遊び。相手がまいったというまで素手で組み伏せる。

 耿周が判定役として加わった。

 耿周はけっして声を上げるわけではなかったが、子供たちは大騒ぎしながらも、かれの言葉に素直に従った。

 劉禅は年上の少年と三回やったが三回とも組み伏せられた。弟の劉永とは二勝一敗。

 一番下の劉理は小さすぎて参加させてもらえず、駄々をこねたが、子供たちは知らんふりをした。

 こういった若い躍動感はいつ以来のことだろうだろう。息が切れるほど走ったり笑ったり叫んだりのは、じつに久しぶりだ。

 春の気の中で、後ろから突き飛ばしたり突き飛ばされたり、橋から飛び降りたり、池の中をかまわず歩いたり、取っ組み合いをしたりするのは、なんと楽しいことだろう。夢中で動くことそのことが楽しい。

 昨日までのわたしは、走れば転ぶのを心配しなければならないし、飛び跳ねればアキレス腱を切るし、息切するので階段よりエレベーターを選ぶ年代になってきていた。

 最近太り気味で、血圧や血糖値も心配になっていた。もうちょっとしたら、心筋梗塞や脳溢血を心配しなければならなくなるのだろう。

 子供たちはみなぎる力で、思うぞんぶん飛び跳ねている。それが伝わってくる。そうやって夕刻まで遊びつくした。いまになってそれを経験できるとは、なんてしあわせなことだろう。

 年上の少年は、劉林といった。

 劉禅が生まれる前、劉備が養子として迎えた劉封の息子だという。父である劉封は現在、劉備軍の指揮官の一人として漢中に出撃している。

 劉林は、まだ年若いため戦に参加できないことをしきりに口惜しがっていた。

 劉林は劉禅の従兄になる。

 子供たちの中では、ふたりがいちばん仲が良かった。

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