第62回 18-1
孟達といえば、裏切りのスペシャリストである。
劉璋を裏切り、劉備を裏切り、最後には魏を裏切って処刑されてしまう。
樊城の戦いでは、関羽からのたび重なる援軍要請を無視してその命運を左右し、孔明の第一次北伐のおりには、魏に反抗して立つと約束しながらぐずぐずするうちに司馬懿に急襲されて孔明の計画を損なうなど、魏にとっても蜀にとっても無視しがたい実力を持つものの頼りはならないという、ある意味、厄介きわまりない人物である。
しかし曹丕だけはこの人物を高く評価し、その重用ぶりは魏の群臣があきれるほどであったという。
いったいあの冷酷にみえる曹丕は孟達のどこが気に入ったのだろう。
わたしは、ここにいるあいだに、孟達に会って一言いっておかなければならない。
その内容はもちろん、きたるべき関羽の樊城進軍に際し、要請があれば救援に行くこと、すくなくとも援軍の兵を出すことである。
それによって関羽の樊城攻略の成功につながるかもしれないし、もし成功しなかったとしても、関羽見殺しの責任者として劉備の怒り買うような事態は避けられる。劉備を恐れて大量の兵とともに魏に降るという最悪の結果を避けることができるだろう。
そのことは孟達だけではなく、明日到着するはずの劉封の運命にも深くかかわる。
上庸にいたふたりのうちのどちらかが関羽の援軍に行きさえすれば、劉封も劉備に憎まれて、のちのち死を賜る羽目にもならなかったのだ。
孟達と劉封は、乗り込んだばかりの上庸の治安が不安なために、関羽からの再三の援軍要請を断ったことになっている。しかしいずれ上庸は魏の手に落ちるのだから、それは余計な懸念だったということになる。結果論ではあるが、そういう無駄な思惑によって、関羽も孟達も劉封も、あのような最期を遂げることになった。
この旅に出発する前に諸葛亮と話した際、樊城攻防戦での関羽の敗北と死を避けるためには、ふたつの条件があると言った。
ひとつめは江陵への軍の派遣と裏切り防止、
ふたつめは成都から樊城への援軍である。
三つ目は、あえて言わなかった。
三つ目とは、もちろん孟達と劉封のことである。
それを言わなかったのは、それによって、孟達劉封が上庸攻めに任じられなくなることをおそれたからだ。
もし別の人物が派遣されることになったら、先の予測がつかなくなる。
わたしが言ったからといって、孟達と劉封が上庸攻めから外されることはないかもしれないが、万一の場合を警戒したのである。
もし別の将軍が派遣されるとなったらどうだろう。
その場合、その後の展開が読めなくなる。
それによって玉突きのようにほかの将軍の異動が起こるだろうから、さまざまな人物が、わたしが知っている内容とはちがう動きをすることになる。そうなると対策を講じることが難しくなるなるだろう。
わたしは、できるだけ予見できる環境のもとで、きたるべき関羽の北上の準備を整えるために、あえてそのことは言わないでおいたのである。




