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劉禅戦記  作者: Ravenclaw
第3章 劉備
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 つぎの日から、いつもの生活に戻った。

 朝の講義は緑雲先生の詩経しきょうの講義だった。

 内容は、漢詩の授業みたいなもので、詩を通してまつりごとの講釈を行うというもの。

 前日の決意にもかかわらず、劉禅はいつのまにか朦朧としている。

 退屈な講義のせいもあるのだが、劉禅たち三人には、そろって文学的な素養に欠けているようだ。この時代の代表的詩人だった曹操・曹丕・曹植親子とは大違いだ。

 もちろん、漢王朝の高官であった曹操の一族と、むしろを売って生計を立てていた劉備家では、教養の質と高さがぜんぜん違うのはしょうがない。文字を読めないのがあたりまえだった時代、劉備に学問をする機会があっただけでも運が良かったというべきかもしれない。

 おまけに流浪の旅を続ける劉備軍団に教育的環境は期待できなかっただろうから、いまこうやって落ちついて、こどもたちに教師をつけてやっているだけでも、たいした進歩だ。

 そうはいっても、緑雲先生の講義は退屈だ。

 おまけにモグモグいっていてよく聞こえない。

 わたしは暇にまかせて、この日の講義で使われていた小雅を、現代風にアレンジしてみた。

 小雅というのは、詩経の分類の一つで、周の時代の祭りや宴席で歌われた民謡を集めたものだという。緑雲先生がそう言っていた。


 天は汝を王に定める。

 汝に重ねて福を与える。

 汝に多くの幸を与える。


 天は汝の富を定める。

 汝に食を与える。

 汝に長命を与える。


 天は汝の隆盛を定める。

 山のように丘のように

 川が果てしなく流れていくように

 汝の地ではあらゆるものが栄えるだろう。


 だから良き日に祖先の霊を祭祀せよ。

 四季に古き先祖を祭祀せよ。

 先祖たちは応えて汝の長命無窮を告げるだろう。


 天は汝に福を贈る。

 民は日々の暮らしを楽しむ。

 汝の徳はあまねく地に顕あらわれる。


 月が満ちるように、日が昇るように、

 南山に陥けるところがないように

 松柏が繁るように、汝の子孫は栄えるだろう。


 ちなみにこの詩経という詩集は、孔子が編纂したものだという。

 孔子は紀元前五百年ぐらいの人だったと思うが、そうすると、劉禅の時代より七百年さかのぼる。

 孔子がたんなる道徳家ではなく、詩や歌の理解者だったとはぜんぜん知らなかった。

 そんなことも知らないの、という顔をした劉禅から教えてもらった。

 劉備家の教養レベルについて、わたしは偉そうな顔をしない方がよさそうだ。

 昼になると、耿周が仔馬を庭に引いてきた。

 劉永や劉理やほかの子供たちが興味津々で見守っている。

 遠くの警備の兵たちも、興味深げに眺めている。

 仔馬なら簡単だろうと思ったが、これがそうでもなかった。

 簡素な鞍が乗せてあるだけなのだ。

 耿周に手伝ってもらって馬の背にまたがったのだが、馬の首にすがりついていないと、すぐ滑り落ちてしまう。かなりみっともない格好である。もともと恐怖感があるので無理もない。

 劉永が腹を抱えて笑っている。劉理が涙を流して転がりまわっている。

 大人の馬を乗りこなせる劉林は、にやにやして腕組みしながら眺めている。

 基本姿勢をとるためには、馬の胴体を両足で締め付け、からだを立てなければらない。だが、仔馬が歩き始めるとバランスをとるのがむずかしい。足は疲れるし、尻は痛くなるし、手綱を取るどころではない。

 荊州時代の劉備が失意のまま平穏な日々が続き、太腿がぶよぶよになったのを嘆いたことから、髀肉之嘆という諺ができたそうだが、これなら理解できる。太腿の力が大切なのである。太腿に力を入れるためには、足腰の力、いや全身の力が必要だ。馬を乗りこなすのは重労働なのだとわかった。

 ようするに両足を置くあぶみがないので、こんなに難しいのだが、耿周に鐙はないのか聞いたが、きょとんとしている。どうやらこの時代にはないらしい。

 劉禅は落ちても落ちても、めげることなく挑戦して、夕方には、耿周に引かれて、広い庭を一周できるようになった。最初の恐れはどこかにいっていた。

 しかし疲労困憊である。病気明けなのに無理しすぎだ。

 翌日の赤雲先生の講義は欠席した。

 昼から再チャレンジ。

 劉永と劉理は眺めているのに飽きてしまって、どこかで遊んでいる。

 劉林だけ今日も来て、草笛を吹きながら座って見ていた。

 きのうより進歩した。滑り降ちることなく二周歩けるようになった。

 しかし先はまだ遠い。耿周に引いてもらっておかないと、一人ではまだ無理だ。乗るときも降りるときも手助けがいる。

 早駆けできるのはいつになることやら。

 わたしは劉禅にくわしくして説明して、三角形の木製の輪を作らせた。それを鞍に革紐でつなけば足を置くことができる。鐙がわりだ。

 このアイディアはうまくいった。

 付けてみると、馬上でのバランスが取りやすくなった。

 耿周なしでも、一人でポクポク歩けるようになった。

 なによりも太腿が楽だ。格段の進歩である。 

 劉永たちがこの様子を見て黙っているはずがなく、争って練習に加わったので、仔馬が三頭に増えた。ただし五歳の劉理には無理なので、耿周の膝の上でがまんしてもらった。

 まもなく、ゆっくりとだが、駆けさせることができるようになった。

 剣と弓。

 劉林が友達の魏統と馮泰ふうたいを連れてきて、一緒に訓練することになった。

 魏統は牙門将軍魏延の子、馮泰は裨将軍馮習の子という。

 魏延の息子と聞いて、わたしは魏統の顔をまじまじとみた。後ろに回って、後頭部を触らせてもらった。

 初対面の子供にそんなことをされて魏統はめんくらったが、相手が劉備の子なので、もちろんおとなしくしていた。

 たしかに後頭部がでっぱっていた。親譲りなのだろう。

 しかしこれが反骨の相だとすると、たいていの人はあてはまりそうな気がする。

 子供たちのなかでは魏統がもっとも年上でからだも大きく、剣と弓をいちおう使えたが、屋敷の警護を担当している簡括が直接手ほどきしてくれることになった。

 簡括は簡雍の子で、簡女の叔父になるという。

 耿周も簡雍の親戚筋にあたるというので、劉備家の世話は、劉備旗揚げ当初からの盟友である簡雍の一族に任せているのだろう。

 近くで戦をしている最中なので、子供たちの頭は当然そのことで一杯である。

 劉禅が人を集めて武術の訓練をしているのを聞きつけ、ほかの子供たちも集まってきた。いずれも魏統や劉林の知り合いで、家柄の良い貴族の子弟である。

 いつのまにか十人以上になったので、けっこうにぎやかだ。

 剣は棒を使って打ち込みと受けの練習。相手は警備の大人たち。子供同士でやらせると、本気になってけがをしかねない。とくに年の近い劉禅と劉永はすぐ喧嘩をはじめてしまう。

 劉禅は、この訓練をはじめてから気が強くなったような気がする。まあ、こどもは元気がいいのがいちばんだ。

 弓は横一列になって的を得る練習をひたすら繰り返す。

 そして最後に、短い距離や長い距離を走って足の速さを競う。

 剣も弓もいちばん優れているのは、やはり魏統だ。ただしおっとりしていてあまり目立とうという気はないらしい。駆け足はあまり早くない。

 つぎは劉林だ。

 剣も弓も魏統には及ばないが、足が早い。

 劉林の馬にも鐙をつけたら、馬の扱いが相当うまくなったと自慢していた。この場以外でもひそかに特訓をしているらしい。馬術では魏統を抜いたかもしれない。

 劉禅はどんくさいところがあるが、意外に剣は上達した。お世辞なのかもしれないが、簡括も耿周もみどころがあると誉めてくれる。弓はまずまず。足も速いほうだ。

 劉永はどれをとってもわずかに劉禅に及ばないので悶々としている。すぐ泣くくせに非常に負けず嫌いだ。

 馮泰はだいたいまん中ぐらい。

 鎮軍将軍頼恭の子頼広は、すべてにおいて一番ビリ。運動神経に欠けているので、みんなにバカにされている。走るのも苦しそうなのだが、なぜだが毎日やってくる。

 その友達の汝陽は手足が不思議に長く、弓だけは魏統なみだが、剣はぜんぜんだめで、ロボットみたいにぎくしゃくしている。

 これらの子供たちは、いずれも家に学者を招いて四書五経を学んでいると聞いて、わたしはいっそのこと、午前中の講義をいっしょにやったらどうかと提案してみた。そのほうが効率的だ。

 劉禅は大賛成だ。

 一人でぼーっと講義を聞いているより、先生の目を盗んで消しゴムを飛ばして遊んでいるほうが楽しいに違いない。それにこの時代には、定期テストもなさそうだし。

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