10
先ほどまでの賞賛の眼差しは消えた。部屋の温度は一気に下がったようだ。
落ち着け。
三国志の中に、張飛と馬超が敗れる場面があっただろうか。
わからない。この頃は、漢中と荊州、涼州と合肥の戦いが絡んで、事態の進行はかなり錯綜していたはずである。わたしも三国志のシーンひとつひとつを記憶しているわけではない。
しかし呉覧と雷同は別として、馬超までが敗れるとは。
とにかく、なにかを言わなければならない。
「勝敗は兵家の常。主上の勝利は変わらないでしょう」
苦しまぎれにしか聞こえないことはわかっている。
「しかし張飛どのと馬超どのが敗れたとなると……」
薫和が感想をもらした。
「これはまずいですな」
伊籍が腕組をして後を引き取った。そして諸葛亮にたずねた。
「主上はお変わりないのであろうか」
「法正どのがなにも書いていないところを見ると、ご無事のようです」
「先ほどの言葉は、やはり妖言の類なのであろうか」
薫和が諸葛亮に耳打ちした。
「そもそも、主上が呉に兵を向けられるとは、考えられん。魏の思う壺ではないか。かりに呉がわれらを欺いたとしても……」
夷陵の戦いのことをいっているのが途切れ途切れに聞こえる。
「やはり劉禅さまは、魔に誑かされておるのではなかろうか。先が見えるなどと……うかうかと信じては……」
馬謖も後ろで頷いている。
「みなさん、どうなされた」
伊籍が場のようすがおかしいのに気がついて、声を挙げた。
「驚くべき知らせではあるが、気を確かに持っていただかないと」
「おっしゃるとおりです。皆を集めなければなりません」
諸葛亮が立ち上がった。
子供の目から見ると、山峰のように高い。
頭上から声が降ってきた。
「劉禅さま。ひとまずここはお帰り願います。主上は兵の追加を命じておられます。われわれはそれに当たらなければなりません」
薫和と馬謖と伊籍は急ぎ足で部屋を出た。
諸葛亮も続こうとした。
「諸葛亮どの。ひとことよろしいか」
わたしはひきとめた。
「なんでしょう」
諸葛亮は大きな体を折り曲げた。
わたしはその耳にささやいた。
「主上がなぜ、呉に兵を向けるとお考えか」
「わたしにはわからぬ」
「関羽どのは麦城で倒れられる」
「というと」
「首を取られ曹操のもとに送られる」
諸葛亮はじっとわたしをみた。
「主上が皆の反対を押し切って兵を差し向けるのはそのためだ」
諸葛亮がいった。
「光栄どのが語っておられるのか」
「そうだ」
諸葛亮は頷き、無言のまま立ち去った。
諸葛孔明はすべてを見通しているようだ。
劉禅の中の、わたしの存在を知っている。
部屋の外で控えていた耿周とともに、玄関まで戻った。
劉林はとっくにどこかに遊びにいったらしく、そこにはいなかった。かれの頼みを伝える機会がなかったな。
「劉禅さま、どうなされました」
耿周が声をかけた。
劉禅の様子がおかしい。ぐったりして、となりに座った耿周にもたれかかっている。
「なぜかわからないが、苦しい」
劉禅はそういって、目を閉じていた。
そのうちしくしく泣き始めた。
耿周は馬車を揺らさないよう巧みに馬を御しながら、帰り道を急いだ。
屋敷に戻ると、すぐ寝所に通され、劉禅はそのままおとなしく寝ついた。
その夜、熱を発した。
原因は、たぶん、わたしにある。
入れ替わって諸葛亮らと対峙したとき、わたしが劉禅のエネルギーを過剰に使ったせいではないかと思う。非常に緊張した状態で猛烈に頭を使ったので、劉禅のどこかがオーバーヒートしたのではないか。
劉禅はつぎの日、まる一日眠っていた。
起き出したのは、翌日の午後だった。
熱は下がったようだが、まだぼんやりしていた。
食べやすそうな食事が用意されたが、あまり食欲はみせなかった。
劉禅が眠るといつのまにかわたしも眠ってしまうので、ほとんど記憶に残っていないのだが、付き添いの簡女と侍女たちが低い声で話をしていた内容からすると、いつもだれかが様子を見に来ていたようだ。
その翌日も寝台に寝たままぐずぐずして、午前中の講義にはでないまま、午後からは、椅子に座ってぼんやりと庭を眺めていた。
わたしは気を使って声をかけないようにしていた。
夕方になって、劉禅がわたしにたずねた。
「光栄。父上はまもなく亡くなられるのか」
不意をつかれたが、劉禅が話せるようになったのは嬉しいことだ。
「どうしてそう思うのです」
「おまえは、軍師どのに関羽将軍が首を斬られるといった」
「たしかに、そう申し上げました」
「とすると、父上も、張飛どのも死んでしまうということではないか」
「と申しますと」
「おまえは桃園の誓いを知っているといったじゃないか。父上と張飛どの、そして関羽どのは、生まれた時は異なっても、死ぬときは一緒と誓った仲。関羽どのが斬られて、どうして父上や張飛どのが、長く生きておられよう」
たしかにそのとおりだ。
そして三人は、次々にこの世を去ることになる。結果として、桃園の誓いは果たされたということができるのかもしれない。
劉備のあの暴走ともいえる孫呉攻めや、張飛の部下への酷い仕打ちは、関羽のあとを追うための無自覚の行動だったといえるのかもしれない。
劉禅は続けた。
「それに、将軍の名前が出るたびに、おまえが将軍の死を考えていることがわかった。父上のことを言うときもそうだった。張飛将軍のときも」
そうか。話しに熱中するあまり、そのイメージが漏れていたようだ。
劉禅がこの三日間寝込んでいたのは、わたしがかれのからだを使ったせいだけでなく、劉備の死を思ってのことだったらしい。
「どうなのだ。父上はどうなるのだ」
劉禅は迫った。
だが、説明が難しい。
劉禅のような子供に向かって、父親がいまから死ぬことを、どうやって話せばいいだろう。
「わたしはずっと先の時代からやってきましたので、わたしから見れば、古い時代の人々は、すべて亡くなっているようにみえるのです。生まれたばかりの者も、年老いたものも、わたしからみれば、すべて死者ということになるのです」
納得したようすではなかった。わたしもじぶんで言いながら、詭弁だと思った。
「父上はいつ亡くなるのだ」
わたしは計算してみた。
来年が曹操撃退の年。漢中王の年。
関羽死亡も同じ年だっただろうか。あるいはその翌年かもしれない。
その次が夷陵の戦いの年。
すると、短くて三年、長くて五年か。
「今年中なのか」
劉禅は不安げに言った。
病み上がりの声は、まだ弱々しい。
「いいえ。それはありません」
わたしは強く否定した。
「来年か」
「いいえ」
「再来年か」
「再来年……二年後も大丈夫かと」
「すると三年後か」
「おそらくは、三年から五年のあいだの、どこかだと思います」
劉禅は無言になった。
しばらくするとハラハラと涙をこぼした。
劉禅にとって、劉備はそれほど愛すべき父親とも思えない。
生後間もなく見捨てられ、救ったのは趙雲である。
そのときですら劉備は、趙雲の無事を優先し、劉禅を地面に投げ捨てた。
劉備にとって子供はいつでも再生可能なもの、代替可能な家族にすぎない。いちばん大事なのは、忠実無比な豪傑たちであり、なによりも自分自身である。
それが悪いというわけではなく、漢の劉邦がそうであったように、一世の英雄というものはそういうものなのだろう。替えがきかない唯一の存在。
劉備が長坂で生き延びることができなかったら、後の赤壁もなかったし、蜀の建国もなかった。それを思えば、家族を捨て、子供を捨てた劉備の行動は正しかったといえるかもしれない。
だが、当の子どもにとって、父親のこの行動はどうなのだろう。
その子供が、これだけ父親を慕えるものだろうか。
わたしは黙って、次の言葉を待つしかなかった。
ようやく劉禅が言葉を継いだ。
「おまえは軍師どのに、荊州を失ったのち、呉にも敗れるといったな」
「おっしゃるとおりです」
「すると父上は、漢を復興せぬまま、亡くなってしまわれるのだな」
「そのとおりです」
劉禅の涙が止まらない。
「次は誰が継ぐ」
「劉禅どのです」
「わたしか……」
しばらく口を閉ざした。
「わたしにその責が務まるのだろうか」
ぽつりと言った。
ああ、そこまで考えているのか。
わたしはなぜか胸が熱くなった。
「劉禅どのには諸葛亮どのがついています」
「軍師どのは、曹……曹操に勝てるだろうか」
「曹操は……」
と言いかけて、重要なことを思い出した。
曹操は、関羽に祟られ、間を置かず死んでしまうのだ。
「曹操も、まもなく亡くなります」
「あの曹操が?」
「そうです。そのあとを曹丕が継ぎます。劉禅どのの敵は、曹操ではなく、曹丕です」
「曹丕か。曹丕は強いのか」
劉禅に生気がすこし蘇ったようだった。
「おそれながら曹操は一代の英傑。曹丕は曹操に遠く及びません。詩文の才には優れたものがありますが、弟には及ばず、戦が下手だったといわれています」
「そうか……」
むろん、劉禅はまだ曹丕も曹植の名も聞いたことがないだろう。
「あと三年」と小さな声でつぶやき、改めてわたしにたずねた。
「わたしが父上の跡を継いで、漢の復興をなしとげるために、まずなにをしなければならないのだ」
なんという健気さ。
劉禅は、父劉備にならって英雄の道を目指そうとしているのだ。
わたしは思うところをいった。
「学と武の両方が必要でしょう。学については、わたしが申し上げるより、尹黙どのや諸葛亮どのにおたずねする方がよろしいでしょう。王として民を治めるために必要な、あらゆることを学ばなければなりません」
「うん」
「武については、馬と弓と剣が必要ではありませんか。まずは馬。魏や呉と争おうというのであれば、輿に乗っていては戦ができないでしょう。次に弓と剣。相手を倒すというより、いざというとき身を護るため。そして戦に勝つためには、兵法を深く学ばなければなりません」
「なにからはじめたらよいのか」
「先日おっしゃっていたように、まずは馬に乗ることからはじめては」
「あすからやろう」




