国王の審判
綺麗な服に着替えたクリスはすっかり意気消沈した様子で、国王と謁見した。
セリカと騎士団長もその場に同席していた。国王は同情するような眼差しで目の前でひざまづく少女に声をかけた。
「その様子ではよほど酷くやられたらしいな。やはりあの任務へやったのは失敗だったか」
「申し訳ありません。全てはわたしの油断と力不足が招いた結果です。ことここに至っては、どうか栄誉ある死をもってこの罪を償わせてください」
「死を・・・・・・だと?」
その言葉にさすがの国王も驚いて目を見開いた。騎士団長がにんまりと笑み、セリカは何か声を掛けようとしたが、肩を震わせてうつむく彼女を見て結局押し黙ってしまった。
「はい、もはやどのように弁解する言葉もわたしは持ちません。これがこの国の者として出来るわたしの最後の努めと思っております」
クリスはただ静かに言葉を紡いでいく。
セリカはわなわなと震えていた。クリスが元気がないとは思っていたが、彼女がここまで思いつめていたなんて気づかなかった。
「父様! クリスは」
思わず言いかけるが、その声は国王が勢いよく椅子を立ち上がった音で喉の奥へと飲み込まれていった。
国王はクリスの元へと歩み寄ると、見下ろし、そしてその胸ぐらを掴み上げた。
「うっ!」
クリスの体を持ち上げる国王の瞳は、今までの優しさなど欠片ほども感じさせないほどの怒りに燃えていた。
「甘ったれるなよ、小娘が! お前ごときが死を語るなど100年早いわー!!」
「陛下、しかしわたしはこの国の誇りある一員として・・・・・・」
「うるさい! 黙れ! 誰がお前に死などを望むものかー!!」
国王の平手がクリスの頬をぶった。彼女の体はその勢いのまま床に倒れていった。
「父様! あんまりです!」
「セリカ!!」
「っ!」
国王の怒りの眼差しは次に駆け寄ろうとしたセリカに向けられた。その強烈な眼差しにセリカは動けなくなってしまった。
「よくもわしの静止を振り切って外へと飛び出していってくれたな! 今回の失態の原因はお前にもあるのだぞ! 分かっているのか!!」
「はっ・・・・・・!」
セリカはそのようなことは全く思っていなかった。彼女はただずっとクリスのことを思っていただけだったのだ。
国王の怒りの声が部屋を震わせる。
「今度からはちゃんとお前を押さえつけておける者に見張りを任せるからな。もう二度と勝手なことが出来ると思うなよ!!」
「は・・・・・・はい」
セリカはがっくりとうなだれてしまう。気の食わない少女二人が打ちのめされていく姿を見て、騎士団長はニヤニヤと笑っていた。
国王は怒りに荒げていた呼吸を落ち着けると、冷静さを取り戻した顔で騎士団長の方を振り返った。
「騎士団長、よく今までこの国のために尽くしてくれた。礼を言おう」
「はっ、もったいないお言葉であります!」
騎士団長は機嫌よさにあふれた顔で、かっと踵を鳴らして敬礼する。しかし、続く言葉を聞いて彼の表情は凍りついた。
「心あるお前の部下達から報告が上がっているぞ。お前が賊と内通してやろうとしたこと。それは本当なのか?」
「ぬわああ! ななな、なんのことやらさっぱりぃ!」
騎士団長は傍目にも分かるほど明らかに動揺した。国王は落ち着いた声で話を続けた。
「そうか。わしとしてもお前がそのようなことを考えるとは信じがたい。これは何かの間違いだということでいいのだな?」
「はい! 間違いです! きっと部下達はわたしを驚かせようとドッキリを仕掛けたのでしょう。このわたしが姫様とクリスを陥れようなど、どうしてそんな恐ろしいことを・・・・・・はうわっ!」
騎士団長は慌てて自分の口を抑えた。だが、もう遅かった。国王の目がぎらりと光った。
「ほう、わしが言ったのがそのことだとよく分かったな」
国王は一度もそれがセリカとクリスの関係したことだとは言わなかった。それに気づいた騎士団長は、なおも目を泳がせ、見苦しくも弁解した。
「これはたまたま・・・・・・たまたま言ったことが当たったのです! そもそもわたしがやったという証拠が・・・・・・何か証拠があるというのですか!?」
「証拠か・・・・・・」
国王は慌てふためく彼の傍へと歩み寄ると、懐から一つの手紙を取り出して見せた。
「これはお前の書いたもので間違いないな?」
それは騎士団長が賊のボスに出したはずの手紙だった。
「のわあー! なぜそれを国王がー! はっ!」
騎士団長は慌てて自分の口を抑えるが、もう遅かった。国王の鋭い視線が騎士団長を睨みつける。彼の顔は蒼白となって震えあがった。
「使いと名乗るものが届けてきたのだ。誰の使いかはあえて言うまい。筆跡を確認すればすぐに分かることだが、わしとしてはその前にお前の答えを聞いておきたい」
答えなど聞くまでもなかった。騎士団長の態度が全てを証明していた。国王は深くため息をついた。
「お前の処分は後でする。しばらく部屋に戻って謹慎しているがいい」
「あ・・・・・・う・・・・・・あ・・・・・・」
騎士団長は放心してよろよろと後ずさっていく。その震える手が無意識のうちに剣に伸びようとする。しかし、
「お前がまだ騎士の誇りを持っていることにわしは期待しているぞ」
国王の優しい声と、こちらを見るセリカの顔を見て、騎士団長は手を離し、震えながらも形の整った敬礼をして部屋を出て行った。
長く仕えてきた国王と嫌っている少女の前で見苦しい真似はしない。それぐらいのちっぽけなプライドは彼にもあったのだ。
謁見の間にわずかな時間の静けさが訪れた。
国王はひざまづき、床に倒れて泣いている少女に手を伸ばした。クリスはまた自分が殴られると思った。しかし、彼の手は自分の頭を優しくなでてくれただけだった。
「陛下・・・・・・」
「今回の失態の原因はわしにもある。すまなかったな。許してくれ」
「そんな・・・・・・これは全てわたしの責任で・・・・・・うっ」
国王は言いかけるクリスの頭を抱きしめて、彼女にそれ以上の言葉を言わせなかった。国王は彼女の耳に囁くように語りかけた。
「わしは今までお前がどれほど頑張ってきたのか知っている。みんなに認められようと必死で努力してきたのを知っている。セリカにも負けたくなかったのだろう、分かっている。だが、わしは今までお前にその働きに見合う見返りを与えてこなかった。わしの勝手な一存がお前の将来を縛ってしまうのではないかと恐れたからだ。その迷いが結果的にお前をこのように追い詰めることにまでなってしまった。わしはもう覚悟を決めることにしたぞ。心して聞くがよい」
そして、国王はクリスの肩を離し、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「お前をわしの養子とする。わしはもうお前をどこのよそにもやらん。これからはわしのことを父と呼ぶがいい」
「へ、陛下。そんな、わたしなんかが・・・・・・」
言いかける少女の唇を国王の指が押さえて止めた。
「父と呼べと言ったはずじゃが?」
「お・・・・・・お父様・・・・・・でも、あまりにももったいないお言葉です」
少女を見る国王の瞳は慈愛に満ちていた。
「もったいないのはわしの方じゃ。お前こそいいのか? このような国の王女などで。わしはお前ならもっと大きな世界に出ていけると思っていたのだが。もう離さんがな」
「はい、わたしはここに・・・・・・ここにいたいんです・・・・・・!」
クリスは国王の胸にすがりついてさめざめと泣いた。彼女の願いは今こそ報われたのだった。




