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国の外れの賊退治  作者: けろよん
国の外れの賊退治

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6/16

二人の関係

 余裕を見せつける賊の親玉を前に、クリスは槍を構えながら考える。攻撃が当たらないなら当たるように行動すればいいだけのことだ。

 自分が槍を突き出せば相手は避ける。ならばそれをわざと空振りさせて槍を引き戻し、避けたところへ本命の二撃目を叩き込む。

「これで決まりだ!」

 クリスの行動は速い。男の顔を狙って槍を突き出す。その攻撃を男は避けた。狙い通りだ。ここで槍を戻して二撃目を・・・・・・

「ッ!」

 だが、それを戻すことは出来なかった。男はただ槍を避けただけではなかった。避けた上でさらにその槍の柄を掴んでいた。

「君の考えは本当に分かりやすいねえ。今までこのように掴まれたことは無かったのかな?」

「は・・・・・・離せ!」

「離してください、お願いしますとは言えないのかな? 礼儀のなってない子だ」

「この・・・・・・くっ、ああ!」

 男は槍を握るクリスの体ごとそれを軽く片手で持ち上げていった。クリスの足が地面を離れ、空中をじたばたともがいた。

「お、降ろせ!」

「ああ、降ろしますとも。お姫様!」

「キャアアア!」

 男は槍を振り回し、それを決して離そうとしないクリスの体をそのまま地面へと叩きつけた。

「がはっ! うう・・・・・・」


 クリスがやられていくのをセリカはただ見ていることしか出来なかった。

 自分は確かにクリスのことを憎んでいたはずだ。だから、彼女がやられていくのを自業自得だと、良い気味だと笑って見ていればいいはずだった。

 だが、心のどこかで釈然としないものを感じていた。

「そろそろとどめを刺すか」

 男が倒れたクリスに近づいていき、剣を抜いた。

 彼が今まで武器すら出していなかったことに今更ながらに気がついてセリカは驚愕した。心のどこかでクリスがまだ立ち上がることに期待する。だが、もう黙って見ていることは出来なかった。

「待て!」

「ん?」

 セリカの声に男が振り返る。そして人懐っこそうな笑みを浮かべた。

「君の獲物を取ってしまうようでごめんよ。でも、今回は譲ってくれないかな」

 男のその言葉にセリカは肩を震わせた。

「譲る・・・・・・だと? そんなこと・・・・・・そんなこと許すものかーー!!」

「おっと」

 セリカは剣を構えて突撃する。繰り出す斬撃を男は軽い身のこなしで跳躍して避けた。セリカはクリスをかばうように前に立った。

「いきなり何をするんだい、危ないな」

「クリスはわたしの・・・・・・わたしの物だ! 誰にも渡すものかーーー!!」

 それがセリカの出した結論だった。その必死な形相に男はやれやれとため息をついた。

「悪かったよ。なら、こうしよう。とどめは君に任せよう。それを見届けて僕は満足しようじゃないか。な?」

 気楽に言う男の提案をセリカは聞いていなかった。ただかつてない怒りと悔しさだけが彼女の胸中には渦巻いていた。うっすらと涙すら浮かべた瞳で、目の前の男を強く睨みつけた。

「よくも! よくもクリスをこんなに惨めな姿に! クリスはあんなに強くて綺麗で気高かったのに、よくもおおおお!」

 それは自分が目標として定め、幻想として描いてきたものを傷つけられた恨みだった。そして、セリカは国の中にあってつまらない連中が多い中で、自分がクリスのことを愛していたのだと気がついた。

「クリスはわたしの前ではいつだって・・・・・・いつだって微笑んでいたんだーー!」

 それが例え嫌味で憎たらしいものであっても、それを傷つけたこいつは許せなかった。

 セリカの決死の斬撃を男は戸惑いながら防いでいく。

「何を言ってるんだい? 君だってこの子を憎んで戦っていたんじゃないのかい?」

「うるさい! 黙れ!」

 自分とクリスの関係をこんなくだらない男の口から語ってなど欲しくなかった。攻撃を止めようとしないセリカに、男の表情が変わった。

「仕方ない。どうしても邪魔をするというのなら、君も排除するだけだ!」

 セリカの剣を弾き返し、男が攻撃に出ようとする。だが、脇腹を狙った光を感じ、男は逆に後方へとジャンプした。

「外しましたか。ちっ、セリカにかばわれるなんてこれほどの屈辱はありませんわね」

 いつの間にか立ち上がっていたクリスがセリカの隣に立って並んだ。その姿を見てセリカは喜びに顔を輝かせた。

「クリス!」

 クリスはその横顔を見せたまま男の方だけを睨みつけ、槍を構えた。

「あなたとの決着を付けるのは後にしますわ。今はこいつを片付けますわよ!」

「おお!」

 クリスとセリカは二人で男に向かっていく。クリスの槍が男を狙う。男はそれを見切ろうとする。だが、させない。セリカの剣は男にそのような余裕を与えない。

 セリカの攻撃を男は剣で防いだ。その隙に横へと回り込んだクリスの槍が避けようとする男の鼻先をかすった。

「くっ!」

 男が小さくうめく声を上げる。

 セリカはさらに攻撃へと打って出る。その斬撃の隙間からクリスの槍の連打が容赦なく突き出される。男は一方的に防戦を強いられ、じりじりと後退していく。

「き、君達! 2対1というのは卑怯だろう!?」

 男の泣き言に二人は耳を貸さない。ただ必死に攻撃を繰り返す。慌てた男は周囲の仲間達に目を向けた。

「誰か俺を手伝ってくれよ!」

 だが、すでにクリスに打ちのめされ、この戦いを見ていた者達の中に、彼を手伝えるほどの実力者はいなかった。

「うおっ!」

 よそ見がたたったのか、男は不意に足を滑らせた。

「とどめだ!」

 倒れた彼を狙ってセリカが剣を走らせる。

「この、いい加減にしろよ!」

 男は無我夢中で剣を振り上げた。その軌道は数瞬後には確実にセリカの体を斬り裂いていた。その攻撃が彼女に届くよりも速く、

「危ない! セリカ!」

 クリスがその体を押し倒していた。男の凶暴な斬撃がクリスの金色の髪の先端をわずかにかすって通り過ぎる。二人はそのままもつれあって転がった。その隙に男は立ち上がって距離を取って体制を立て直した。二人も立ち上がって対峙する。

 セリカとクリスは緊張に息を呑んだ。

 距離を取られたのはまずかった。こちらから仕掛けていけば男は確実にそれを一つずつ叩き潰し、二人の連携にはもう持ち込ませないだろう。距離があるということはそれだけ攻撃に対処する余裕があるということなのだ。

 仕掛けられないのは男の方も同じだった。どちらか一人に攻撃をしかければ確実にもう一人に反撃をかけられるからだ。

 お互いににらみ合う緊張の時間が続く。そこへ、

「兄貴!」

 緊張感のない声が掛けられた。遠くから走ってきた賊の一人が男に手紙を手渡した。

「あの騎士団の団長からお手紙でやんす」

「んー? なんだー?」

 男はそれを開いて読んだ。呑気そうに見えながらも、こちらの攻撃を誘っている様子が伺える。

 セリカはそこへ攻撃を仕掛けなかった。騎士団からの手紙ならそこに何らかの取引があると思ったからだ。セリカが動かないと見てクリスも攻撃を控えていた。

 男は手紙を読み終わるとそれを黙って懐へとしまった。そして、にんまりとした笑みを見せた。

「君達の国にはなかなか面白いことを考える人がいるようだね」

 男は完全に余裕の態度を取り戻していた。その様子にセリカは警戒しながら訊ねた。

「手紙には何と?」

「たいしたことじゃない。戦いは終わりだ。お前ら、寝てる奴らを叩き起こせ! 帰るぞ!」

 部下に号令をかけ、あまりに予想外の態度を見せて、男は立ち去ろうとする。

「ま、待ちなさい! うっ!」

 クリスは慌てて追いかけようとしてその膝を落とした。セリカを守るため、自らのプライドを守るために必死になって頑張ってきたが、何度も打ちのめされたその体力はもう限界だった。

 うずくまるその姿を見て、男は楽しそうに鼻で笑った。

「なんだ。もう少し続けていれば僕の方が勝ててたかもね」

 男の視線からかばうように、セリカはクリスの前に立って彼の顔を睨みつけた。

「そう恐い顔をするなよ。言っただろう、戦いは終わりだって。結果的にそうなるとは言え、誰かの思惑通りに乗せられるというのは気分のいいものではないからね。またいつか来てやるから、その時までお友達は大切にしなよ。じゃあな」

 そう言い残し、男は賊の集団を引き連れて去っていった。

 静けさを取り戻したその場所で、座り込んだクリスはぽろぽろと涙をこぼした。

「セリカ・・・・・・わたし悔しい! こんな・・・・・・こんな惨めな敗北・・・・・・!」

「クリス・・・・・・」

 セリカはそれ以上何も言わなかった。何を語ったところでそれはクリスのプライドを傷つけるだけだと分かっていたからだ。

 だから、ただそっと優しく彼女の肩を抱き寄せた。

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