戦い
白と黒の影が交錯し火花を散らす。剣と槍が打ち合い、二人離れて着地する。勝負はお互いに一撃すら相手の体に当てることなく続いていた。
クリスが憎々しげに舌打ちする。
「ちい! こんな奴ごときにこのわたしが! ずっと城で遊んでいたと思っていたのに、どこでこれほどの実力を!」
「過去の文献から学べる戦い方もあるのよ! お前の乱暴なだけの戦い方ではここが限界だ!」
罵倒に罵倒で応戦する。戦いが続く。
「ならば、これならどうです?」
クリスは一度引き、そこから再び踏み込み連続した突きを繰り出してくる。剣と槍では槍の方がリーチが長い。近づけなければ勝負は一方的となる。だが、どのような事態にも戦い方はある。
セリカは冷静にその攻撃を剣で受け流しながら相手の行動を見極める。
「防御に徹して、わたしの息切れを待つ作戦ですか? そのような亀のごとき行動ではこのわたしには通用しませんわよ!」
一瞬の隙をついてクリスは自分から踏み込んできた。彼女にとって距離の利などは考慮にない。遠くからチマチマ突くだけの消極的な戦法などクリスの望む戦い方ではないからだ。
チャンスと見れば彼女はいつでも飛び込んでくる。セリカはその攻撃を読んでいた。
至近からの槍による横殴りの攻撃がセリカの脇腹を捉える。
「ぐっ!」
自分から後ろに跳んでセリカはそのダメージを最小限に抑えた。苦痛に歪むその顔を見てクリスは機嫌良さそうに笑った。
「どうやら最初の一撃を与えたのはこのわたしのようでしたわね」
「それはお互いにね」
「え・・・・・・?」
笑いを止めたクリスの服にわずかな切れ目が走った。さっきの攻撃の隙を狙ってセリカの剣が届いていたのだ。
それを見てクリスの顔が蒼白となり、その唇をわなわなと震わせた。
「わたわたわたしの服をよ、よ、よくもおおおおおおお!!」
憤怒の形相でクリスは突撃する。獣のようなその攻撃をセリカは斬り返す。このまま暴走してくれればある意味やりやすくもなるのだが、クリスはそのように甘くはない。すぐに冷静さを取り戻し、その槍でセリカの剣を弾き返していく。そして、隙を見つけては突撃する。
お互いに一歩も引かない一進一退の攻防。だが、それはいつまでもは続かない。
二人のスタミナが落ちてくる。動きが徐々に荒くなる。
セリカが静かに剣を構える。クリスが飛び掛ろうと槍を構える。そして、大きく息をついて睨みつけた。
「これ以上こんな戦いを続けても優雅ではないというもの。この一撃で決めますわよ!」
「望むところ! ならば、わたしはあなたの最高の一撃を粉砕して勝利するのみ!」
お互いに相手の出方を伺って見つめ合う。じりじりとした時間。
「ッ!」
その均衡を破ったのは、セリカでもクリスでもなかった。
「クリス! 後ろ!」
「え・・・・・・?」
ぎょっとしたような顔をしてセリカは悲鳴じみた声を上げる。何かの気配を感じてクリスは振り返ろうとする。その顔を太い男の拳が捉えていた。
「ぎゃはっ!」
彼女らしくもなく惨めな声を上げて、クリスの体は宙を舞い、そして地面へと倒れていった。その光景をセリカはまるで異世界の出来事のように呆然となって見ていた。あれほど圧倒的な存在として自分の前に君臨していたクリスがこれほど呆気なくやられるなんてセリカには信じられないことだった。
現れた男は拳を振って、そしてセリカの方へと目を向けた。
「君達、僕がちょっと山の中へションベンしに行っている間に何楽しそうに遊んでんの? ん?」
男はまるで遊び人のように気楽な様相だ。だが、その目は決して笑ってはいない。その身のこなしもただ者ではない。
「兄貴!!」
現れた彼の姿を見て、まだ意識のあった賊が嬉しそうな声を上げた。
「みんなそっちの白い奴にやられたんです! みんなの仇を討ってくだせい!」
「そうか。部下が世話になったようだねえ。これは仕返しが必要なようだ」
賊に兄貴と呼ばれた男は倒れたクリスに視線を移す。
その足が踏み出すより前に、セリカはその男の前に割って入った。
「ん?」
「お前が・・・・・・お前が賊の親玉か!」
「そうだけど? 君はなんだい? 戦っていた様子からするとこの子の友達というわけではないんだろう?」
「わたしは・・・・・・わたしは・・・・・・」
その問にセリカは答えあぐねた。クリスのことはずっと憎たらしい敵だと思っていた。彼女はいつだって上品で強くて嫌味で、自分よりも父から信頼されていて、自分のやらせてもらえないことを平然とやってのける。そんな目の上のたんこぶのような存在だった。
だが、同時に胸を張って彼女は敵だとも言い切れない何かを感じていた。
「関係ないならどいてくれないかな? 僕は仲間の受けた借りを返さないといけないんだから」
「関係ない? このわたしが? クリスと・・・・・・?」
その言葉は目の前の得体の知れない男の存在よりも、セリカの心を震わせていた。驚愕の眼差しで背後の少女の姿を振り返る。
クリスは殴られた顔を押さえながらゆっくりと立ち上がった。
「どきなさい、セリカ。賊の退治はわたしの仕事ですわ」
その冷たい言葉にセリカはよろよろと道を開けてしまう。クリスは赤くなった頬を抑えて叫んだ。
「よくもわたしの顔を殴ってくれましたわね! 絶対に許されることだと思うなよ!」
「君こそ、よくも僕の部下を叩きのめしてくれたね。許して欲しければそれなりの態度を見せたらどうだい」
「あなたに見せる態度はただ一つ! これだけだ!」
槍を構え、クリスは突撃する。
「おっと」
その攻撃を男は軽く避けた。クリスは通り過ぎた足を止め、槍を振り回し、何度も向かっていくが、それは尽く避けられていく。
「なるほど。力とスピードはなかなかのものだ。でも」
何度目かのすれ違いの後、男の手刀がクリスの背を捉えていた。
「読みやすいね」
背を軽く叩かれただけに見えたクリスは、突撃した勢いのまま地面の上に倒れ、そのまま滑っていった。
「くっ、なめた真似を・・・」
クリスはよろめきながらもすぐに立ち上がる。男は気楽な調子で声をかけた。
「君って強い人と戦ったことは余りなさそうな感じだよね」
「何を・・・・・・」
その言葉に戦いを見ていたセリカは思い出す。クリスが父から任されたのはそのほとんどがモンスター退治だった。教育係や騎士団などは彼女にとっては遊び相手にすらならない。強いと言える人間などセリカ自身ぐらいのものだっただろう。
男はクリスの顔を見ただけですぐ納得したようだった。
「当たりか。君の考えはすぐに顔に出る。それでは動物や素人相手には通用しても、僕のようなきちんとした訓練と経験を積んだ人間には通用しないよ。僕には君が何かの行動を起こすよりも前に、君のやろうとしていることが分かるんだからね」
「だ・・・・・・黙れ!」
男の言っていることは事実だった。クリスの動きをじっと見ていればある程度の予測は立てられる。だからこそ目にも止まらぬその鋭い攻撃をセリカはある程度防ぐことが出来たのだ。
だが、だからと言ってそれをあそこまで軽く避けきるとは、よほどの身体能力が無ければ出来ることではない。セリカは男の底の知れない能力に戦慄していた。




