騎士団長の企み
日当たりのいいのどかな街道をクリスは馬を飛ばして進んでいた。
町並みを抜け、周囲には広く平原が広がっている。
その目にやがて進軍を止めてくつろいでいる甲冑をまとった騎士の一団が見えた。
「変ですわね。まだ賊の出没する場所は先のはず」
クリスの命じられたのは騎士団の手伝いだ。だが、一番の目的はもちろん賊を退治して手柄を上げることに決まっている。戦いがないのならば彼女にはこのような連中に付き合うつもりなど全くなかった。
「烏合の衆を迂回して避けて通るのも面倒というもの。蹴散らしますわよ!」
クリスは馬に拍車をかけてさらにスピードを上げてその一団の中へと突っ込んでいった。
騎士団の最前列にいて、団長はその歩みを止めさせ部下に休憩を命じていた。彼にはある思惑があった。
このまま先へ進んで賊と戦いになっても敗北するのは決まっている。
ならば、最初から無謀な戦いなど挑まず、賊は現れなかったと帰って報告すればいいのだ。
現れない敵になど勝てるはずもないのだから、このことを誰にもとがめられる言われはないだろう。
重要なのは自分の体面を保つこと。最悪なのはまた負けて帰って自分の失態を報告することだった。
「フッ、戦わずして引き分ける。これぞ最善の作戦よ」
団長がそう自己満足していた時だった。背後から部下の悲鳴が響いてきた。
「暴れ馬だー! みんな逃げろー!」
「暴れ馬だと?」
団長が振り返った時だった。その顔面にクリスの乗る馬のひずめがめり込んだ。
「ふごっ」
団長はそのまま地面に押し倒される。クリスはそんな彼になど欠片ほどの興味も示さずにそのまま走り去っていった。
王の静止を振り切ったセリカはクリスを追って馬を飛ばしていた。
賊との戦いになる前に、クリスを捕まえてどちらが上か勝負を付ける。そんな決意を抱いて街道を突き進む。
その目にやがて進軍を止めてざわめいている騎士の一団が見えた。
「どこだ、クリス」
探そうとしてすぐ止める。戦場にあっても綺麗好きのクリスがこのような泥臭い場所にいるはずがない。
ならばその行き先はこの先にしかないだろう。
「通るぞ! 死にたくないものは道を開けよ!」
セリカは一応の注意をしてその一団の中へと突っ込んでいった。
騎士団の最前列にいて、団長は慌てふためく部下達の前で顔をおさえながらよろよろと立ち上がっていた。
「あの小娘。少しばかり腕が立って王に気に入られているからと言っていい気になりおって。俺は団長だぞ。俺の方がこの国では偉いんだぞ。この借りは必ず返してやるからな」
団長がそうクリスに復讐を誓っていた時だった。背後から部下の悲鳴が響いた。
「暴れ馬だー! みんな逃げろー!」
「暴れ馬だと?」
体力を失っていた団長は振り返ることも出来なかった。その背をセリカの乗る馬の蹄が蹴り込んだ。
「がごっ」
団長はそのまま地面に押し倒される。
「クリスはどこ?」
部下の騎士達が無言で指し示す方向だけを確認して、セリカは走り去っていった。
起き上がった騎士団長は怒りに拳を震わせていた。
「おのれ、クリス、セリカ! この俺をとことんまでこけにしやがって! もう許さんぞ!」
思い出す屈辱。セリカには能無しと罵られ、クリスも態度こそ礼儀正しいが自分を物のように馬で蹴っていった。騎士団長の我慢も限界だった。
「あいつらさえいなくなればこの国で俺を馬鹿にするものはいなくなるものを。だが、どうすれば・・・・・・」
騎士団長は考えた。そして、思いついた。
賊どもと結託してクリスとセリカを倒す。あの二人は強い。いかに賊が強力と言えど勝負は見えているだろう。そこで負けそうなところを協力すると言えば賊どもも拒む理由はないはずだ。味方と信じていたものに後ろから奇襲を受け、浮き足立った所を前後から挟みうちにすれば勝算もある。
協力した見返りに賊にはこの場から立ち去ってもらう。愛する娘と目を掛けていた少女を同時に失って国王は悲しむだろうが、そんなことはたいした問題ではない。
騎士団は完全に自分が掌握している。何も問題はない!
「これこそ最良の作戦よ」
騎士団長は早速手紙をしたためるとそれを部下に手渡した。
「この手紙を賊のボスに届けてくるのだ」
「ハッ」
忠実な部下は颯爽と立ち去っていく。それを見送って騎士団長はにんまりと微笑んでいた。




