外国から来た少女
今日はよく晴れたいい天気だった。
セリカは父に言われたように部屋で勉強・・・・・・などする気には到底なれず、城の中庭で教育係達を相手に剣の稽古をしていた。
「うわあ! やられたー!」
剣を弾き飛ばされ、教育係の一人が尻餅をつく。
「立ちなさい! こんな程度で稽古になると思っているのですか?」
「ひええ!」
やられた教育係は震え上がっている。
「姫様はもう十分に強いです。これ以上の稽古は必要ないのでは?」
別の教育係がなあなあと取りなした。セリカはそちらに鋭い視線を向けた。
「この程度で? こんな腕では賊どころか、クリスにだって勝てはしない。それでもあなた達はもうわたしは十分に強い、稽古は必要ないと思っているのですか?」
セリカはまだ幼い頃に他国から来て現在もこの城に身を寄せている同年代の少女の名を上げて言う。教育係は身を震わせて弁解した。
「クリス様はこの国の人間ではないのです! 我々とは基礎の体力からして違うのです! 一緒に考えられては困ります!」
「そんなことが・・・・・・勝負に負ける言い訳になるものかー! みんなまとめてかかってこい! その腐った性根を叩き直してやる!!」
「ひゃああ! 誰かタスケテーーー!」
城の中庭に教育係達の悲鳴が木霊する。そんな殺伐とした中庭に、
「こんなところで何を猿のようにキャンキャンと吠えてますの? 耳障りですわよ」
やけに平和そうな落ち着いた声が響いた。
怯える教育係の胸倉を掴み上げていたセリカはその手を離して振り返った。
太陽にきらめく金色の髪、白いお洒落なお洋服、大胆なほど短いスカートから伸びたすらりとした長い足。およそ戦いとは無縁と思える少女がそこに立っていた。
セリカは息を飲んでその少女の名を呼んだ。
「クリス・・・・・・!」
「あら、猿かと思ったらお姫様でしたか。これは失礼。ごきげんよう、ご無沙汰しております」
クリスはスカートの裾をちょこんとつまみ、恭しく礼をする。
一見して姫に対する礼儀正しい態度。だが、セリカは彼女がそんな見た目だけの従順な少女などではないことを知っている。
「帰ってきていたのね。予定より早いじゃない」
「ええ。街道のモンスター退治などわたしにとっては赤子の手をひねるような物。この服にも体にも傷の一つも付けることなく完全勝利で倒してきましたわ」
クリスの軽い格好は決して意味のないものではない。それは彼女のスピードを重視した形であり、決して相手に手を触れさせずに勝つという自信の現れであるのだ。
「そう。じゃあ、まだ戦い足りないわよね。ここでわたしの剣の稽古につきあってもらえるかしら? こいつらでは話にならなくって」
「せっかくの申し出ですけど、用がありますので辞退させていただきます」
「用?」
怪訝に問うセリカに、クリスはにっこりと笑みを浮かべて答える。
「ええ、実は国王陛下から国の外れに出没する賊の退治を任されましたの。正式には騎士団の手伝いをということでしたが、まあおそらくわたしが相手をすることとなるでしょう」
「な、何であなたが?」
その言葉にセリカは驚いた。
父は今までクリスにも賊の退治を任せようとはしてこなかった。人とモンスターでは勝手が違うというのが父の言い分だったが、クリスの強さなら誰が相手でも違いはないとセリカは思っていた。
それに問題なのは相手がどうこうではない。セリカにとって問題なのはクリスが自分の力をひけらかす機会を得たということだった。
「どこかのお姫様が駄々をこねたせいですわ。それで王はすぐに手を打とうと渋々とわたしにこの役を任されたのです。ありがとう、お姫様。あなたのお陰でわたしは自分の力を示す大きなチャンスに恵まれました」
「クリス・・・・・・!」
騎士団の力をもってしてもかなわない相手を倒したとなれば、それはクリスにとっては大きな功績となるだろう。
今でこそ態度だけは礼儀正しいが、自分こそが優れているとみんなに示せる手柄を上げたとなれば、騎士団を見下し、城の中を我が物顔で闊歩するようにもなるかもしれない。
騎士団が見下されるのはまあいい。だが、自分まで軽く見られるのはセリカにとっては我慢の出来ないことだった。
「あなたの心配の種はこのわたしが狩ってきてご覧にいれましょう。どうぞ姫は姫らしくこの中庭で花でも愛でていてくださいませ。では、行ってまいります」
優雅に一礼してクリスは立ち去っていく。
その背をセリカは怒りに燃える瞳で睨みつけていた。
クリスの出発を見送ったセリカは早速父の部屋に抗議をしに行った。
「父様! どういうことですか! なぜクリスに賊の討伐をお命じになったのですか!」
「もうお前の耳に入ったのか。早いな」
娘の行動が予想出来ていたのか国王は冷静だった。セリカは屈辱と興奮を抑えきれずにまくし立てた。
「あいつが自分から来て、わたしに自慢たっぷりに聞かせていきました! なぜあいつなんですか! わたしよりクリスの方が信用できるというんですか!」
「そういう問題ではない。お前はわしの娘、危険な場所へ送るわけにはいかん!」
「クリスならいいんですか? 父様はあいつのことも娘のように可愛がっていたんじゃないんですか!」
その言葉に国王はショックを受けたように黙り込む。そして言った。
「ううむ、確かにその通りじゃ・・・・・・だが、あの子はわしの娘でもこの国の人間でもない。お前とは違うのだ。それに頼んだのは討伐ではない。騎士団の手伝いだ」
「ハッ、手伝い? あんな能無し揃いがクリスの手伝いになんてなれるわけがない! あいつの相手を出来るのはこの国でただ一人、わたしだけよ!」
「待て! どこへ行くつもりだ!」
「クリスと決着をつけてきます。そして、勝った方が賊を退治する!」
「待て、早まるな! 衛兵たちよ、セリカを止めるのだ!」
王の命令を聞いて部屋の入り口に立っていた衛兵たちが彼女を止めようと向かっていく。だが、その動きはセリカが鋭く睨んだだけで硬直してしまった。
セリカはそのまま堂々とした足取りで部屋を出て行った。
その背を見送って王は深くため息をついた。




