帰ってきた男
次の日の朝。
「はあ・・・・・・」
クリスはため息をつきながら城の廊下を歩いていた。
こんなだらしない姿は人に見せられるものではない。姫というのはもっと毅然とあるべきだと思うが、気分が乗らないのはどうしようもなかった。
そんな物思いにふけりながら歩いていると突然彼女の視界が持ち上がった。
「キャア!」
「お嬢さん、そんなため息ばかりついていると幸せが逃げちまうぜ、ベイベー」
「な・・・・・・なに?」
そして、クリスは気が付いた。自分が体格の良い浅黒い肌の男に持ち上げられてお姫様抱っこをされていることに。クリスの見たことのない中年の男だった。男は気さくに声を掛けてきた。
「はっはーっ! 大きくなったな、セリカちゃん。おじさんのことは覚えているかな? 髪は染めたのかな? その髪色もなかなかキュートだぜ」
「は・・・・・・離してください!」
クリスは何とか離れようともがくが、男の腕はがっしりとクリスの体を抱えていて離れなかった。
クリスは信じられなかった。思えば不意打ちとはいえあっさりと抱え上げられたことから、彼がただ者ではないと理解するべきだったのかもしれない。
クリスはパニックになってセリカに助けを叫びそうになったが、その前に国王の声が掛けられた。
「相変わらずじゃな、デュラン。だが、その子はセリカではないぞ」
「おお、これは失礼、お嬢さん」
デュランと呼ばれた男はやっとクリスを解放して下ろしてくれた。クリスは乱れた髪と服を直してから訊ねた。
「お父様、この方は?」
「うむ、こいつはデュラン。わしの友人でポランドの前に騎士団長をしていた者だ。旅に出ていたのだが、いろいろあったからな。呼び戻したのじゃよ」
「ポランドのことは残念でした。まさかあいつがあのような恐ろしいことを企むようになるとは」
陽気だった男が神妙な顔を見せる。
クリスは話の流れからポランドというのが自分とセリカを嵌めようとした騎士団長だと推測したが、そんなことはどうでも良かった。
国王と真剣な顔をして話していたデュランの目がクリスの方へ向けられる。
「それで君は?」
クリスは慌てて居住まいを正して礼儀正しくあいさつをした。国王の友人だ、失礼があってはならない。
「クリスと申します。このたび国王の寛大な御心によって養子とさせてもらいました。どうか御見知りおきください」
「こいつに寛大な心って! 今世紀最高のギャグだぜ、超うけるんだけどー! わっはっはーっ!」
そんなクリスの前でデュランは国王と肩を組んで大笑いしていた。国王は困惑した顔で言った。
「もういいだろう、デュラン。お前を呼んだのはクリスのことでではないのだ」
「ああ、分かっているとも。セリカのことだろう。あの跳ねっ返りが元気を持てあましてるんだってな。じゃあ、さっそく会いに行ってみっかあ!」
「任せたぞ」
国王はデュランに言って、そしてクリスの方に目を向けた。
「頼む、お前だけはいつまでも良い子でいてくれ」
「はい、それはもちろんです」
国王は去っていく。心なしか元気がないように思えた。
「じゃあ、クリスちゃん。セリカちゃんの部屋まで案内してくれるかな?」
「はい、こちらです」
クリスは男の軽い調子に不安を感じながらも案内することにしたのだった。




