騎士団の災難
騎士団の男達は平和な雑談に興じていた。前の事件で野心家の団長が解任されてからはその空気はますます緩んだように感じられる。
この国は元から平和なのだ。それがこの国の大らかな風土を形作ったとも言えるだろう。だが、そこに鬼が現れた。少女の姿をした鬼は扉を強く開け放った。騎士団のみんながそこに注目した。
「あなた達! 誰でもいいわ。片っ端からわたしに掛かってきなさい!」
「姫様! いきなり現れて一体何を!」
騎士団は戸惑っている。セリカは歩きながら剣を抜いた。
「来ないならこちらから行く! 打ちのめされたくなければ全力で来い!」
セリカは騎士団の中に走り向かっていく。周囲が恐慌の叫びに包まれるまで時間は掛からなかった。
部屋に戻ってきたクリスは椅子に腰かけ、机の上に上体を投げ出してため息をついた。
「はあ」
セリカが戦いを望んでいるのは分かっている。負けたままでは終われないことも理解している。だが、あの日からクリスはどうも戦いに対する熱意というものがあまり湧いてこないことを感じていた。
それはあの賊に負けたこととは関係ないと思う。これはセリカのせいだ。クリスはずっと彼女を敵と認識して戦ってきた。その敵の姿がどうも最近は薄らいできているように感じられるのだ。
「わたしがあのお猿さんのことを気に入るなんてね」
さきほどのムキになって叫んできた会話を思い出すと笑みさえ浮かんでしまう。
「本当に自分のことしか見えていないんですから。だからこそらしいんですけれど」
だが、そんな幸せな物思いも長続きはしなかった。突然背後で荒っぽく扉が開かれ、クリスは驚いて立ち上がった。
「なんです!? 入ってくる時はノックぐらい・・・・・・」
言いかけた言葉を飲み込んでしまう。
「クリス様! お助けください!」
駆け込んできたのは騎士団の男だった。その慌てた様子からクリスはまた恐ろしい敵が現れたのかと身構えた。
「いったい何があったのです?」
「セリカ様が・・・・・・姫様がご乱心です!」
「はい?」
クリスは思わず自分の耳と頭を疑ってしまった。
クリスが騎士団の本部にやって来た時、すでに戦いの音は止み、辺りには倒れた騎士達のうめき声が上がっていた。
「立ちなさい! その緩み切った根性をこのわたしが叩き直してやる!」
その中心に立ってセリカはなおも戦いを求めていた。
「姫様、何とぞご慈悲を~」
「問答無用!」
セリカは騎士達の命乞いに耳を貸さない。ただ立つことだけを要求する。
「セリカ! 止めなさい!」
クリスは見かねて声を上げた。セリカは振り返る。騎士達からは安息の声が上がった。
「クリス様が来てくだされた」
「どうか我らをお救いください~」
その態度にクリスは思わず動揺してしまった。セリカを差し置いて自分の方が頼られる。そんなことは彼女の望むことではなかった。
「この頭の軽いお猿さんは・・・・・・」
苦虫を噛み潰したような顔を見せるクリスを、セリカは冷静な強い視線で見返した。
「クリス、これでもまだ騎士団に任せればいいと言うの? 分かるでしょう? この国はわたし達が戦って守るしかないのよ!」
「あなたは民を何だと思っていますの?」
クリスは近くに倒れている騎士の一人に手をさしのべた。だが、それは彼を助け起こすためではなかった。
「剣を貸しなさい。この猿はわたしが躾けます」
騎士は黙って彼女に剣を差し出した。鞘から剣を抜き、鋭く一振りするクリスの姿に周囲から歓声が上がった。それはクリスにとっては苦手な空気だった。
「分かっていますの? この国の姫はあなたですのよ?」
小さくつぶやくクリスの声は周囲には届かない。セリカは自信満々な態度で剣を向けてきた。
「着替えてきたら? そんな重そうなドレスを着てわたしに勝てると思っているの?」
「考え無しの猿風情が随分と調子に乗っていますわね。忘れたというのなら思い出させてやるわ! 実力の差というものをね!」
「期待してるわ!」
ぶつけられる二人の闘気に周囲は息を飲む。久しぶりに感じるびりびりとした戦いの気迫にセリカは自分のしていることが正しいのだと認識した。
幼い頃からじゃじゃ馬だったセリカとて最初から戦いに乗り気だったわけではない。彼女が剣の腕を積極的に磨く努力をしてきたのは、すぐ傍にクリスという強大な敵の存在があったからだ。この戦いを見ればきっと騎士団も自らの腕の未熟さを自覚して訓練に励むことになるだろうとセリカは確信していた。
だが、その戦いが始められることはなかった。
「止めんか! お前達!」
有無を言わせぬ男のどなり声が周囲の空気を震わせる。
「お父様!」
「父様」
現れたのは国王だった。その姿を見てクリスはすぐに剣を納めて姿勢を正してしまうが、セリカはまだ未練がましく剣を抜いたままだった。
「どうして邪魔をするんですか! これからわたしがみんなに戦いを教えてやろうと思っていたのに!」
「それがこの有様なのか! 周りをよく見ろ!」
セリカは言われた通りに周りをよく見た。周りでは倒れた騎士達が苦しそうにうめき声を上げていた。
「みなを苦しめて、それがお前のやることなのか!」
「こいつらは甘いのです。もっと苦しめてしごいてやらないとこの国は滅びます!」
「その前にお前のせいで国が滅ぶわ!」
「そんな馬鹿な!」
ショックを受けるセリカにクリスはたまらず助け舟を出した。
「お父様、セリカはセリカなりにこの国のことを案じているのです。だからその辺で」
「お前は黙っていろ!!」
「!! ・・・・・・はい」
国王にどなられてクリスはしゅんとうなだれてしまった。黙っていられなかったのはセリカだった。
「父様酷い! クリスは何も悪くないのに!」
「そうだ、クリスは何も悪くない。悪いのはお前だ!」
「うぐっ!」
国王の鋭い叱責にセリカはそれ以上何も言えなくなってしまった。
「しばらく頭を冷やしてくるがいい。お前は今日は部屋で謹慎じゃ! ご飯も抜きじゃ! 分かったか!」
「あ・・・わ・・・わ・・・分かりました」
セリカは何とか言い繕うとしたが、結局言葉を飲み込んでとぼとぼと自分の部屋に向かっていった。
その背をクリスは心配そうに見送っていた。
「ここの片づけは城の者達に任せる。行くぞ、クリス」
「はい」
クリスは剣を騎士に返し、国王の後をついていった。




