化け者交流会談記ES7
クリスマスイブ。
大晦日に次ぐ、師走のビッグイベントだ。世間はみんな浮き足立って、どいつもこいつも……みんな死ねばいい。
おっと、いけないいけない、つい願望が口を突いて出てしまった。でも大丈夫。僕には彼女なんていらない。僕にはそう! さっちんさえいればそれでいい!!
『さっちーーん!! 好きだーグボゲッ!!』
「働けバカ」
霊能の重い拳が僕の顔面にめり込み、さっちんの蔑むような視線が僕の胸に突き刺さる。でも僕はめげない! そこにさっちんがいる限り!!
「「「「「『『だから働けバカ』』」」」」」
みんなの気持ちが痛い。精神的な意味じゃなく、ホント肉体的に……。
ええっと、左のカッコから順に、霊能、ゴンザレス、ツキミ、和尚、空海、くっちー、そして!
『さっちーーん!!』
そのとき、ブスッと何かが僕の目に飛び込んで来た。具体的には指的な何かが……。
『蘇我はん、しつこいどす』
『ギャアァァァアアアア目がァァァ目がァァァ!!!』
「蘇我ぁ、ラピュタごっこしてないでさっさと掃除しろよ。今日中に終わんねぇだろうが」
「すまんのぉ、この忙しい時期に呼び出してしまい。日頃は某一人で十分なのだが、今はこのような手負いの身、皆には本当に迷惑をかける」
「気にすんなって! 俺たち友達だろ? 困ったときは助け合いだぜ!」
「うぬ……かたじけない」
「それにしてもゴンザレスがそんな傷を負うなんて、いったいどんな強ぇ敵と戦ったんだよ?」
「うぬ……恥ずかしながら、昨夜、罰ゲーム用ちくわの改良をしておった時、迂闊にもクレンザーとマジックリンを間違えて混入してしまっての。そのまま気づかず味見してしまった故……。本当に情けない。某もまだまだ修行がたらんの」
「ゴンザレス、お前は修行以前に一度、義務教育を受け直した方がいいと思うぜ。いやホントに」
『うぅ……やっと目が見えて来たよ……』
止めどなく流れ出る涙をハンカチで拭いつつ、僕はゆっくりと手探りに立ち上がろうとした。
が、そのとき僕の手が微かに柔らかい物を掴んだ。いや掴んでしまったと言った方がいい。目はまだ見えないけど、この微妙な柔らかさから判断するに恐らくこれはさっちんの胸だ。
後ろでさっちんの叫ぶ声が聞こえる。ああ、僕死んだな。もう死んでるけど、さっちんの手にかかって死ぬなら、僕も本も……う……?
とそこで思考が一端フリーズ。あれ? 後ろで??
おかしいぞ? さっちんの声が後ろで聞こえると言うことは……。
僕が恐る恐る目を開けたのと、ツキミの悲鳴が響いたのは、ほぼ同時だった……。
◇
「…………が!」
「……そ……しろ……!」
「そ……が……!!」
誰だろう僕を呼ぶのは。
というかここはどこだ? 確か僕は寺で……
「蘇我ぁ!! しっかりしろ!!」
『は!!』
目を覚ますと霊能が僕の身体を揺すっていた。
他のみんなは普通に掃除を続けていて、隣にはかじられたちくわが転がっている。
「某のちくわを食らって生き延びるとは、奇跡に近いぞ」
『僕は……いったいどれくらい混沌してたの……?』
「時間は五分程度だが、正直もうダメかと思ったぞ」
『ふっ、さっちんと初詣に行くまでは、死ねない、さっ……!』
まだクラクラしたけど、なんとか立ち上がることが出来た。
視力もだいぶ戻って来たし、この辺で現状について補足しておこうと思う。
僕たち、つまり霊能、さっちん、くっちー、小次郎、僕の五人は今日、ゴンザレスさんの暮らしている寺へ大掃除のヘルプに来ている。
なんでも今年は、僧侶一同ハワイで年を越すとかで、ゴンザレスさんたちは皆、明後日からハワイに行ってしまうらしい。だから今日中に大掃除を終わらせてしまう必要があるんだけれど、さっきの会話から分かるように、ゴンザレスさんが手負いであまり動けないから、急遽僕らにお呼びがかかったというわけ。
それにしてもゴンザレスさんって、力は強いけど頭は空だよね。
「蘇我ぁ、回復したならしゃべってないで、手ぇ動かせよー」
『言われなくても分かってるよ!』
そんなわけで僕らは今、寺の御堂を掃除してるんだけど、ここがまた広いの何のって。
女子は仏様や小物を綺麗にし、男子はひたすら床の雑巾がけ。物凄い体力を使うよこれ……。
午前中に寺の境内やら廊下の掃除させられた分の疲労が、今になって襲ってきて、より一層しんどい。しかも、さっきのちくわのダメージがまだ抜けきってないし。
あれ? そう言えば、
『そう言えば、霊能。小次郎は?』
「あれ? ツキ姉、和尚は?」
気づくと、一緒に手伝いに来ていたはずの小次郎の姿がない。
離れたところで空海がツキミに同じようなことを聞いているのが聞こえた。
「ああ、小次郎なら――」
「ん? ええっと和尚さんは――」
そう言って霊能の指さす方に目をやると、そこでは、
『うお! そうくるでござるか!! なら拙者はこうでござる!!』
『な! やるやないか! 筋がいいで自分!』
「「二人とも、あそこでw○iやってる(ぞ)(っですよ)」」
バカ二人が遊んでいた。
「『何やってんだ!! 働けバカやろォォォオオオオ!!!』」
見事なハモリ具合と同時に、僕らの足がバカ二人の後頭部を的確に捉えた。
「っつぅぅ……! 何すんねん! ドメスティックバイオレンス禁止! 家庭内暴力はあかんゆーたやろ!!」
「暴力じゃねぇよ。しつけだハゲが。ちゃんと掃除しないならこのたみ子のフィギュア、燃えるゴミに出しますよ?」
「すんまへん。ほんまそれだけは勘弁して下さい」
『小次郎も遊んでないで働いてよ! 今日中に終わらせないといけないんだよ!?』
「蘇我、お前もさっきまで遊んでたよな? 人のこと言えねぇよな?」
『蘇我殿、拙者に仕事を強要するでござるか? ふっ……ふふふ、笑止! それは無謀、いや、無謀を通り越してバカというものでござるよ!』
『凄いムカつくんですけど!! いいから掃除しろよ!!』
『仕事をするくらいなら拙者……武士らしく、腹を切る!!』
『何カッコ良く決めてんの!? もう腹切れよ!!』
とまぁそんなこんなで時間は過ぎてゆき、太陽が西の空に沈み始めた頃、ドタバタ大掃除はようやく終わりを迎えようとしていた。が、
『いやーやっと終わったー。あ、霊能見て見て! これ! 遠心力パワー。バケツの水がこぼれないよ! 凄くない!?』
「何ガキくさいことやってんだよ」
『いいじゃん別に! 男はいつだって心は少年なんだよ!』
『蘇我君。そんなことやってると、手が滑って中の水をぶちまけることになるわよ』
『大丈夫だってくっちー、そんなベタなことそうそう――』
今思えば、そう、あの時、くっちーに注意されたとき止めておけば良かったんだと思う。
僕は今、これを読んでいる全ての人にこう言いたい。
現実は小説よりもベタなり。と。
濡れていた床で足を滑らせ、
バランスを崩した僕は、
気がつくと手に持っていたはずのバケツを放していて、
中に水という時限爆弾を抱えたそのバケツは、
綺麗な放物線を描きながら御堂の入口へと飛んで行き、
その時、ちょうどクリスマス献金でやって来たシスターが御堂の戸を開け、
そのベールに包まれた顔を覗かせたところへ、
偶然、いや必然と言うべきだろう。バケツの水はこぼれ落ちていった……。
番外編:蘇我入鹿と教会のミサ
と、ここまでが昨日の話。今日はハッピークリスマス! 信じる者はどんな悪人だって救われるというキリスト教の教祖、イエス・キリストの誕生日! 犯罪者だって救われるんだから、シスターに水をぶっかけて風邪を引かせてしまったことくらい簡単に……
『えーと言うわけで、風邪で寝込んでしまったシスターの代わりに、君には今日一日、臨時のシスター……あ、間違えた、ブラザーをやってもらいます。ちなみにワタシがイエス・キリスト兼神父です。よろしくー』
全く許して貰えませんでした……。モノ本出て来たのに許して貰えませんでした。
「キリストさん。質問してもいいっですか?」
『何ー?』
「何で私たちまで呼び出されるんっですか? 悪いのはそこの変態ただ一人っですよ。働かせるならそのバカ変態痴漢ロリコンキモ男だけにして欲しいっです」
『ツキミ!? なんか冷たいよ!? もしかしてまだ怒ってる!? 昨日のアレまだ根に持ってるの!?』
「死ね! ……っです」
『キリストはん。むしろ今日一日とは言わず、この変態はここで一生こき使ってもらって構わないどすえ』
『さっちんまで!? 構うよ! それは僕が一番構うよ!!』
全く冗談じゃない。僕だって悪気があったわけじゃないのにさ。よし後でガツンと言ってやろう!
と、それより現状説明が先かな。
今僕たちは以前懺悔に訪れた教会に来ていた。理由はさっきキリストさんから説明があった通り、風邪を引かせてしまったシスターの代理ということだ。
でも確かにそれなら、僕一人呼び出せばいいはずなのに、何故かここには他に霊能、さっちん、ゴンザレス、ツキミ、小次郎の五人が来ていた。
さっちんは霊能や僕に着いて来ただけだけど、僕を含む他の五人は今朝方電話で呼び出されたんだ。
『えー、何故そこの幽霊君以外にも声をかけたのかと言うと、実は今日、クリスマスミサを開く予定だったんだけど、ワタシと修道士の二人だけじゃどうにも捌ききれないから、連帯責任というけとで、この中の誰かもう一人に臨時シスターをやってもらいまーす。出来れば女性歓迎。はいシンキングタイムスタート』
キリストさんの突然の告知と投げやりな態度、そして連帯責任という言葉のせいで、みんなの不満の念と視線が僕に集まる。僕は目を合わせまいと、とっさに聖母マリアの像へと視線を逸らした。
さて、もう一人の臨時シスターは誰がやるのかな。どうせ僕はやらなきゃならないんだし、こうなれば誰か一人を道連れだ! さあ来い!
「女性限定ならツキミしかいないんじゃねぇか?」
いや調子乗ってすみません。この状況でツキミと二人っきりだけは勘弁して下さい。ホントに。
「絶対嫌っですよ! なんで私がこんな変態と一緒に働かないといけないんっですか! 女の子ならさっちんだっているじゃないっですか!」
『あー、そればダメねー。16歳以下だとバイトさせられないから』
ああ、だからさっちんや空海は呼ばれなかったわけか。あれ? でもくっちーは? 和尚は宗派の関係とかあるだろうけど、なんでくっちーは呼ばれてないんだろう?
『ちなみにもう一人呼んだんだけど、バイトがどうして休めないって』
なるほど。くっちーも大変だよね。
で、結局誰が僕の道連れになるのかな? ツキミ? 霊能? ゴンザレス? 小次ろ‥‥う?
僕が聖母マリアの像から視線を戻したとき、そこにはもう小次郎の姿はなかった。
あ、あの野郎逃げやがったァァァアアアア!!!
いつの間にかいなくなってるし!! 誰にも気取られることなくこの場からエスケイプ決めたよ! ぬらりひょんの能力悪用し過ぎだろ!!
「で、誰にするんだよ。やっぱツキミにしかいないんじゃね?」
『そうだねー。出来れば女の子がいいねー』
「嫌! 絶対に嫌っですよ! 霊能さんかゴン兄がやって下さいっですよ!」
そう言いながらツキミは僕を睨みつけ、胸を手で隠すようにして後退りした。
ちょっとカチンときた。確かに僕が悪いとはいえ、これはあまりにも横暴じゃないか?
『言っとくけどねツキミ、僕は! ――』
僕が溜まりにたまってた鬱憤をぶちまけようとしたとき、
「ツキミ! わがままを言うでない! 加えて先からのその態度は入鹿に失礼であろう! 相手に非にがあるとは言え、些か度が過ぎておるぞ!」
ゴンザレスの怒鳴り声が僕の声をかき消してしまった。
「……ご、ごめんなさいっです」
「某ではない。入鹿に詫びぬか」
ツキミは一瞬ためらったあと、僕にしっかり向き直って、
「蘇我さん……ごめんなさい……っです……」
『あ、いや……元はと言えば僕が悪いんだし……ごめん』
なんか凄くゴンザレスさんが怖い人に見えてきて、原因は僕なのに、逆に叱られ落ち込んでるツキミを見ていたら、とても居たたまれない気持ちになった。が、
「それに修道服は生地が分厚い。再び入鹿に胸を触られたしても、気に病むことはなかろう。何よりお前にはまだ気にするほどの胸はないではないか」
うん。兄妹だし、たぶん何気なく口を突いて出てしまった言葉なんだろうね。
でも年頃16歳の女子に、しかもさっき触ってしまった感触からして、的を得ていると思うその発言は、彼女にとって一番の禁句だよ。
なんて言うかゴンザレスさんて、怒ると怖いし力は強いけど、ホント頭は空だと思う……。
「ゴンザレスは昔からデリカシーってものが欠けてるからな」
霊能の漏らしたその言葉に、僕は共感せざるを得なかった。
その後とりあえず臨時シスターはツキミに決まり、霊能とさっちんは少し面白そうだからという理由で僕らのアシスタントをすることになった。
え? ゴンザレスさん? さあ、僕は何も見てないし何も知らないな。
僕が言えるのは、床にちくわが転がっているということくらいだね。
『それじゃあシスターも決まったし、会場へ移るよー』
「え? ここでやるんじゃないんっですか?」
『違う違う。こんな狭いところで出来るわけないじゃん。教会の隣に特設ホールが用意してあるからそっちでね』
言われるがまま、キリストさんに着いていくと、教会の隣の何もなかったはずの空き地に、いつの間にか巨大な特設ホールが建てられていた。
『ミサは七時から。あと二時間で準備しないといけないから急いでね』
キリストさんに急かされホール前の階段を駆け上がる。
入口の扉を開けて中に入ると、そこにはいくつもの丸テーブルが置かれていて、その上にはケーキやらチキンやら、とにかく豪勢な料理が……
『って何これ!! 全然ミサじゃないし!! パーティーじゃん!!』
うん。これはミサじゃない。少なくとも僕の知っているミサはこんな感じじゃない。
『いやしかしこのフライドチキンは、なかなか美味でござるよ』
『つーかエスケイプ決め込んでた奴が、いの一番に料理食ってんだけど!! 何なのコイツ!!』
『蘇我殿、変な言いがかりは止めて欲しいでござるな。拙者はみなとずっと一緒にいたでござる。ただ少し姿を見えなくしていただけの話でござるよ』
『それはエスケイプとどう違うんですか!!』
「まぁまぁそう言う前に食ってみろよ。マジ美味いぜこのケーキ」
『なんで霊能も食ってんの!? ちょっ止めようよ。あとで法外なお金請求されるかも知れないよ!?』
「心配すんな、キリストがそんなことするわけねぇだろ。絶対に!」
『その自信はどこから来るの!?』
「まぁ不安になるのも分かるが安心しろ。俺は、イブはサンタさんを、当日はキリストを絶対的に信じてるから大丈夫だ!!」
『いやそれ何の根拠にもなってないからね!? むしろフラグに近いよ!?』
『はいはい無駄口叩いてないでこっちこっちー』
キリストさんに手招きされ、僕たちはホールの隅に設けられた個室へと入っていく。
その部屋はそこそこの広さがあり、僕たちが入って来た扉とは別に、もう一つ別の扉が取り付けられていた。どうやらステージへと続いているらしい。
この部屋で色々打ち合わせをして、実際はステージの上で何かをやる感じなのだろうか。
『で、具体的に僕たちは何をすればいいんですか?』
『え? あー……ミサ的なこと』
『だからミサ的なことって具体的に?』
『あのね、君ね、何でもキリストに聞けば解決するなんて思ったらダメだよ? 逆にワタシが聞くけどさ……ミサって、何?』
『お前も知らねぇのかよ!!! つーかあなた神父兼キリストでしょ!? 何で知らないんだよ!!』
『違う! キリスト兼神父! あくまで兼任してるのは神父だから!!』
『どっちでもいいよ! 心底どっちでもいい! ぶっちゃけもうどっちも成立してないよ! おっさん兼おっさんだよ!』
「蘇我、そういきり立つな。これでも食って落ち着け」
霊能がこんがり狐色に焼けたトウモロコシを差し出してくる。
その後ろでは小次郎がバーベキューコンロで肉を焼いていた。
『なんで焼き肉!? ミサだって言ってんじゃん!! 既にこれがミサかどうかも怪しいけどね!!』
『よーし、キリスト大先生から迷える仔羊にアドバイスだー! 右の頬いっぱいに食べ物を含んだら、左の頬もいっぱいにしなさい。食事は戦争だ! やられる前に……やれっ!!』
「あ! それ私の肉っです!!」
いつの間にか僕以外、全員バーベキューコンロ囲んでるし! さっちんやツキミまでも!!
『だからミサだって言ってんじゃん!! ったく……、どうすんのこれ? 時間ないんだよ?』
「まぁ細かいことは気にすんな。蘇我ぁお前も食えよ。美味いぞ」
『僕はいいよ。一人でもミサの準備するから。ええっと先ずは……あれ? そう言えばここって宗派何? カトリック? 正教?? キリストさん、ここの宗派って何ですか?』
『え? モグモグ、何ってモグモグ、キリスト教だけど?』
『いやそうじゃなくて、その中にも色々あるでしょ。カトリックとかプロテスタントとか正教とか。ここはどれなんですか?』
『え……? キリスト教って、一つじゃないの……?』
『当たり前だろ! 常識だよ! あなたホントにキリスト!? 知識浅過ぎるよ!!』
『まぁ……てきとーでいいんじゃない? 名付けるなら、リアルキリスト教的な? うん! それでいこう! ワタシが言ったんだからいいよね!』
『いいわけねぇだろ!! キリスト教なめんな!!』
「おお! いいんじゃねぇか! カッコいいし! よし! んじゃ俺リアルキリスト教の……幹部な!」
『幹部!? 宗教の幹部って何!!?』
『あれ? でも霊能はんの家は仏教じゃなかったどすか?』
「いいんだよ、細かいことは。それにこの節操の無さが日本らしくていいんだよ。銀さんも言ってたし」
『よくねぇよ!! お前らいい加減にしろよ!! もうミサの準備しないと間に合わないんだよ!!』
「つーかよ、モグモグ。蘇我は知ってんのかよ、ミサ」
『え……? いや、詳しくは知らないけど、お祈りしたり合唱したりしてキリストを崇める儀式みたいなものじゃなかったっけ?』
『え? 何それ? そんなことでワタシが喜ぶと思ってんの? キリストなめんなよ!』
『お前が言うな! 信者なめんなよ!』
『そんなことするより、パーティーやってる方が断然楽しいんだけど。よーし、今をもってミサの定義を再編する! これからのミサは酒と料理でパーッと騒ぐこと。異論は認めん』
『何それ!? そんなの認められるわけないよ!!』
「いいんじゃねぇか。キリスト本人がいいって言ってんだし」
『いやでも……。じゃあ千歩譲ってこれがミサだとするなら、ホント僕らは何をすればいいの? 完全に分からなくなったよ!』
『んまぁ、モグモグ、パーテぃ……間違えた、ミサの司会と進行、あと後片付けとかかなモグモグ』
『今パーティーって言おうとしたよね!? 言いかけたよね!? ……はぁ、じゃあ実施パーティーの準備をすればいいんですね。分かりましたよ』
バカ四人に背を向け、僕は静かに部屋を出た。
パーティーの準備は思ったほど大変じゃなかった。会場の仕度は大方できていたから、僕がやったのは最後の仕上げと、パーティー中に行われるビンゴゲームの段取りの確認くらいだった。
それにしてもこの用意周到さは、どう考えてもあのアホキリストの仕事とは思えない。
おそらく、昨日僕が水をかけてしまったシスターがやったんだろう。
まさに準備おさおさ怠りなしだった。これを全て一人でやったのだとしたら、かなり凄腕のシスターなんだと思う。
時間はあっという間に過ぎ、六時を回った頃から信者たちが続々と教会に集まって来た。
この町内にこんなにもキリスト信者がいたんだ。と思えるくらい沢山の人がやって来た。
っているわけないよ! 絶対みんなご馳走目当てだよ!! だって誰一人として聖書や十字架を持って来てないからね!?
本当にミサに参加しようと思って聖書とか持って来た人は、みんなこの現状見て苦笑いして帰っていくからね!?
「やあ、蘇我君じゃないか。久しぶりだね」
とその時、不意に後ろから肩を叩かれた。
びっくりして変な声を上げてしまい、周りの視線が集まる。
『な、何だ、吉松さんですか。お久しぶりです。吉松さんもミサに参加しに……』
来たわけないよ!! だってこの人タッパーとマイ箸持って来てるもん!! 完全にご馳走狩りに来てるよ!!
『ああ、俺、根っからのキリスト信者だから』
嘘つけ!!
何この人!? 平然と嘘ついたよ!!?
『え? 何、蘇我君はもしかして……』
『ええまぁ見ての通り……』
『そっかあ、君はご馳走目当てに来たんだね。若者は図々しくていけないよ~』
よく見ろォォオオオ!!! 修道服着てるだろうが!!
それからタッパーとマイ箸持参してる奴に言われたくないよ!!!
『いや違います。今日は臨時で修道士やってるんです』
『え? そうなの? まぁ色々大変そうだけど頑張ってね。それじゃ』
そう言ってフライドチキンのテーブルへ駆けて行く吉松さん。
ホントこんな人ばっかりだ。遠くでまた四天王が叫んでるし。どうせ、タコさんウインナーがないとか下らない理由なんだから、ツキミも真面目に対応しなくていいのに。
『なんだこれは!』
『タコさんウインナーがないではないか!』
『これではタコさんソーセージだぞ!』
『そういうことだ!』
ほら思った通……あれ!? 一人足りなくない!? いや四天王だからこれでいいんだけどさ! 誰だ!? 鈴木か!? 奴か!?
『ふむ。おかしな格好をしているのだね、マイブラザー』
気がつくと、いつの間にか隣にマイブラザー佐悟が立っていた。
『ああうん、今日は本当にブラザーなんだよ……。で、マイブラザーもミサに?』
『ふむ。実はこう見えて私は隠れキリシタンでね。今日この教会でミサが開かれ――』
グルグググギュギュュゥゥゥゥ!!! (佐悟の腹の音)
『…………』
『…………』
お前もかいィィィイイイイイイ!!!
どの辺!? どの辺がキリシタン!? すごい浅い信仰心だな!!
『へ、へぇー。マイブラザーがキリシタンだったとは知らなかったよー』
『ふむ。まぁ気がつかなかったのも無理はない。私は謎大き紳士。シークレットジェントルだからね。私の秘密はマリアナ海溝よりも深いのさ』
道端の水たまりより浅いよ!! 日照りで即カラッカラだよ!!
『おっと! 伊勢エ……聖母マリアが私を呼んでいる。ではマイブラザーこれで失礼するよ!』
聖母マリアそっちのけで伊勢エビ取りに行ったよ!! 全然キリシタンじゃないじゃん!!
とまぁこんな感じでミサ…………もといパーティーは結局深夜0時まで続いた。
途中でお酒が入ったため、大人たちはみなぐでんぐでんに酔っ払い、会場はめちゃくちゃになった。
今日はもう遅いから、後片付けはまた明日ということになったけど、正直、昨日の寺の大掃除以上に大変そうだ。
霊能が、どこからか拾ってきた瀕死のゴンザレスを担ぎ、眠ってしまったさっちんを僕がおんぶして、僕たちは帰宅の途についた。
真っ暗な夜道を街灯の明かりを頼りに進んでいく。街は不気味なほど静まり返っていて、冷たい冬の風が時折、木の葉をざわつかせながら頬を掠めていく。
『はぁ、昨日といい今日といい疲れたよ。これでまだ明日の後片付けがあると思うと……』
僕は誰に話しかけるわけでもなくそう漏らしていた。
「ああ、今日は準備やら何やらでかなり疲れたからな」
『霊能はほとんど食べてただけだったけどね』
『拙者も久しぶりにいい汗流したでござるよ』
『お前はキムチ鍋食ってただけだろうが!』
でも……なんだかんだで、楽しいクリスマスだったかな。少なくとも、一人で過ごした去年よりは。
そう思っていると、
「お、雪じゃねぇか」
フワフワとした粉雪が、街灯の光に揺れながら降りてきて、
『ホワイトクリスマスでござるな……』
『もうクリスマスは終わっているけど……ま、いっか』
なんだか凄く贅沢な気持ちになった。
でも、この幸せな時間は永遠には続かないのだろう。いつまでも、このメンバーでこうしているわけにはいかない。この日常を、いつかは捨てないといけない。
そんなことを考えていたら、思わず辛気臭いセリフが口を突いて出てしまった。
『僕はもう死んでるんだよね。……いつかは成仏しなくちゃいけないし、たとえそれがずっと先の話だとしても、人間の霊能とでは時間の流れ方も、違うんだよね……』
『蘇我殿……霊能殿が人間だと思ってたでござるか?』
「話の腰を折るなよ! それに俺は人間だ!」
『そうだとしても……僕は、今を楽しみたい。永遠に続かないからこそ、今この瞬間、ここでこうしているこの現実を、大切にしたいんだと思う……』
「蘇我……お前本当に蘇我か……?」
『な! 失礼な!! 紛うこと無き僕本人だよ!! さっちんの温もりに興奮を抑え切れない僕本人だよ!!』
「ああ、間違いなく蘇我だわ。……そっか、お前も色々考えてたんだなぁ……でも心配いらねぇよ。人間だろうと幽霊だろうと関係ねぇ。いくら世界が変わっても、俺たちの友情だけは変わらねぇよ」
『そうでござるよ! 三つ子の魂百まででござる!』
『……そうだね』
小次郎、それ意味違うけど。
白く冷たい雪に包まれつつも、この温かさは忘れない。
聖夜とサンタさんが与えてくれるものは、決して実物だけではない。
僕はそう信じている。
完!!
「っと……!」
ん? あれ? 終わったよね? 終わったんだよね?
最後の最後を超人気キャラクターの僕が、超カッコよく締めて終わったんだよね?
「ちょっ……我さん!」
あれ? 終わったはずなのに誰か呼んでね? なんで? まだ続くの? もういいよ終わろうよ。このままいけば僕の人気に拍車がかかって終われるんだよ? それでいいじゃん。これ以上手を加えても劣化す――
「ちょっと蘇我さん! 聞いて下さいっですよ!」
『うわ! あれ? ツキミ??』
「おいお前ら、何こそこそやってんだよ。先行くぞー」
『あ、ちょっ待っ!』
雪道をそそくさと歩いて行く霊能を追うように、僕はとっさに右足を踏み出したが、
「待って下さいっですよ!!」
ツキミに左腕の間接を決められ、動きを封じられてしまう。
『っつ!! な、何? さっきから!?』
「あ、あの……っですね」
『…………?』
「お、お願いが……っですね」
『…………』
「だから、その……秘密……」
『…………』
「えっと……その……わ、私の……」
『…………』
「小さいのを……」
僕を無理やり引き止めたわりに、何も言わずもじもじしているツキミを見ていたら、ちょっとイライラして来て、思わず大声で、
『だから何!?』
と聞いてしまった。
すると今ので覚悟を決めたのか、ツキミは僕よりも大声で、
「だから! 私の胸が小さことは秘密にしておいて欲しいってお願いしてるんっですよ!!!」
と叫んでいた。
言ってから自分の声の大きさに気づいたのか、みるみる顔が真っ赤になっていく。
何事かと、慌てて霊能たちが駆け寄って来るのが見えた。
二人が来てから色々話すのもツキミに悪いし、それにせっかくの機会だから、ずっと言えなかったことを言っておこうと思う。
僕はうつむくツキミの肩に左手を当て、右手の親指を突き立てながら、
『ツキミ、安心して! 僕、12歳以上の子の胸になんか、全く興味ないから!!』
この瞬間。僕の幸せは終わりを告げたんだと思う……。
完