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メリー・クリスマス。

 「クリスマスってなんですか?」

 白く雪の降り続く中で、その娘は僕にそう問いかけた。

 十二月二十四日、夜、駅前スーパーの入り口付近、特設売場においての出来事だ。

 日付が違えば、そして、僕の恰好が特設売場の店員の制服でさえなければ、僕はこの世間知らずとしか考えられない女の子の問いかけに対し、日本全国に充満する聖夜独特の雰囲気やら、その夜が聖夜と呼ばれるそもそもの理由まで、懇切丁寧に説明してあげないでも無かったのだが、残念、今日こそがその師走の二十四日目に違いなく、僕は今、家から着て出たコートを脱いで赤い制服に身を包んでいる。

 サンタクロースのコスチュームを着てクリスマスケーキの特設売場に一人立つ男。それが紛れもない今の僕だった。

 厭味か。

 何を問われたのか、理解したと同時に沸々と怒りが沸いてくる。そんな質問は、今まさに甘い聖夜を堪能しているそこらのカップルにでも尋ねてくれれば良いのだ。この質問をぶつける相手として、僕は最高に間違っていた。

「ねぇねぇ、クリスマスってなんですか?」

「……今日の事ですよ」

 重ねて問われて、僕は憮然と答える。無礼極まりない問いかけを受けているとは言え、店の前に立っている限りこの人は客である。そして僕は、バイトであっても店員だ。邪険に扱うことは出来ない。

「今日。今日は十二月二十四日ですね」

「そうですね」

 分厚いコートを着て尚寒そうに見える少女は、確認するように言った。まったく正解、寸分の間違いもないから、さっさとここから離れて、願わくば暖房の利いた店内にでも入って欲しい。そうでなくても憂欝なのに。

「クリスマスってどういう日なんですか?」

 憂欝なのに、彼女は依然として僕に質問を続けるらしかった。今すぐにでも声を荒げて少女を追い払いたいところだが、やっぱり未だ、この立ち位置では彼女は客だし、誰かにその客を追い払うのを見られてしまってはたまったものじゃない。そうでなくても、今の僕に声を荒げる程度のテンションなんてあるはずもなく。

「クリスマスって言ったら、だから、全国の恋人たちやら、あったかい家族が幸せに過ごす特別な日だよ」

 もしくは、

「かの有名人、キリスト様の誕生日だ」

「ふぅん」

 もっともらしく、少女は頷く。後半の答えについてはほとんど聞きとばす感じだった。

 律儀に答える僕も僕だが、聞いたからにはちゃんと解答を受け取れよ。

「君はどちらでもないようだね?」

「見たらわかるでしょうが」

 流石に声に苛立ちが混じった。最初からそうだけど、本当、この娘、失礼だ。いくらテンションが低かろうと、沸点越えたら怒るぞ、僕だって。

「じゃあ君は幸せじゃないんだ?」

「……どうかなぁ」

 ご想像にお任せします。投げやりに言って、視線を止まない人通りに移した。客を待つ店員の体をとる。

 厳密には今日の日付ではクリスマス・イブで、だからクリスマスそのものではないのだけど、ケーキの売り上げが最も伸びるのは当日よりもこの日らしいし、そのあたりの細かい事情は、少女の質問の意図には含まれていないだろうから、教えない。

 ていうか、どうせ知ってる。

「私は今日、幸せじゃなかったよ」

「そうですか」

 一瞬、僕もですよと同調しかけて踏みとどまる。彼女と僕とでは事情が違う。幾ら表面が同じであったとして、おいそれと乗っかる必要も無いだろう。

「店員さん、話、聞いてくれますか?」

「見ての通り店員なので、忙しいんですけどね」

「忙しいけど、聞いてくれるんだ?」

「……都合のいい解釈だ」

「うん。でも、いやって言わないんですね」

「……お好きにどうぞ。見ての通りと言うなら、お客さんいないんで、暇なんですよ」

「さっき忙しいって言った」

「職務中ではありますので」

 いまこうして話しこんでいるのも、中で働いている同士達に気づかれたら顰蹙を免れないことである。聖夜に今さら、駅前のスーパーで買える程度のケーキを買っていく人間なんてそうそういないので(事実、雪の中僕がこの場所について以降、ただの一つだって商品は売れていない)仕事内容としてはただ突っ立っているだけに違いないのだが、それでもやっぱり、職務中ではあるのだ。

 スーパーの中もがらがらだけど、他のバイトに女の子と話しているのを見とがめられたらやっぱり事だ。暖房の効いてる分だけ中の方がましだろうと、その意見は、僕と彼らが同じ状況にある前提でのみ成り立つものである。

「そっかそっか、こんな夜にバイトしてる学生さんって、大体一人身だもんね。そりゃあ、同士の裏切りを看過はできないです」

「僕は一人身じゃないです」

「ふぅん」

 とてもどうでも良さ気に、少女は相槌を打った。それから取って付けたように「私もです」と続ける。

「私も一人身じゃないんですよ」

「ふぅん。じゃあ、聞いて欲しい話って言うのは、その、彼のことですか」

「そう」

 微かに顎を引いて、肯定。どうやら僕は聖なる夜に、恋人たちの夜に、同い年くらいの女の子から彼氏に対する愚痴を聞かされる羽目になっているようだった。

 まぁ、お互い一人身でないながらここに居るのが現状なわけで、となるとこんな時に出てくる話は遺憾な今に対する愚痴しかないだろうけど。

 僕だってそうだ。

「今日はクリスマス・イブですよね」

「そうですね」

 やっぱり知っていた。まぁ、そうだろうけど。

「私の彼ってば、朝十時に駅裏の公園で待ち合わせしようって言ってたの、すっぽかしたんですよ」

「それは……酷い男ですね」

「ですよね」

 確かに酷い男だ。彼女の怒りも(もっと)もだった。でも、それって、すっぽかしたんじゃない可能性もあるんじゃないだろうか。

「可能性、ですか」

「はい。例えば、朝どうしても外せない用事ができちゃって、それで行けなくなってしまったとか」

「恋人との待ち合わせより優先する用事って?」

「……バイト先で元々シフトに入っていた友人がクリスマスを直前に恋人作りに成功し、バイトをサボった埋め合わせに呼び出されたとか」

「そんなの友人が悪いんじゃないですか」

「元々その彼が、イブのデートのために彼女のいなかった友人にシフトの交代を頼んでいた、とか」

 それなら約束をふいにされた以上、もともとそこのシフトが入っていた当人が出るしかあるまい。アルバイトとは言え雇われている身であれば、雇用先に迷惑をかけないように動くのは当然のことだろうし。

「そんな都合の良い偶然ってあるんですか」

「何も都合良いことなんて一つもないですよ、なんせ約束を破られた上に自分も彼女との約束を破ることになるんですから」

「……成る程」

 案外素直に、女の子は納得したみたいだった。証拠も何も示されてないのに、実は優しい娘なのだろうか。

 厭味みたいなことも言われたが。それも最初に。

 まぁそれは、約束をすっぽかされた憤慨が出てしまったのかもしれないと、そう思うことにする。

 とは言え、一つ、疑問が残る。

「あの、待ち合わせに彼が来なかったのはわかりましたけど、連絡とか無かったんですか? 普通、そういう場合メールか電話しますよね」

「う……」

 気まずげに、彼女は目を逸らした。……なるほど、彼女の方にも非があるらしい。

「ケータイを、その、家に忘れてるのに気付かなくって……」

「連絡が来てても分からなかったわけだ」

「……それでも、待ってれば来ると思ってたのに」

 拗ねた風に、少女は口を尖らせた。

 現代の連絡手段としてはこの上ない必需品である携帯電話を忘れた事実にすら気付かないほど、彼女は恋人を信じていたとも言えるが。

「それでも、帰るべきでしたね。メールにはなんてあったんです?」

「メールだなんて言ってないのに良くわかりますね」

「そりゃあ、どれだけ電話しても応答がない状況を考えるとメールに切り替えるのが当然でしょう」

「……そうだね。メールには、君の言ったみたいな理由と、昼過ぎに迎えに行くから家で待ってて欲しいって書いてました。寒いだろうから、家でって」

 バツが悪そうに俯く。そのメールに関する結果については明白だった。彼女は此処で、会ってない旨を話しているのだ。

「どうして家にいなかったんですか? それとも、居留守とか?」

「そんな狭い了見じゃないですよっ。ただ、入れ違いになったらいやだなって、待ち合わせ時間を過ぎても中々帰る踏ん切りがつかなくて」

「……何時間待ってたんですか、それ」

 呆れる話だった。入れ違いになったとて、それこそケータイで連絡を取り合えば直ぐにでも合流できるだろうに。

 聞くところによると、結局最初の待ち合わせ時間だった十時の十五分前から、午後二時過ぎまで只管(ひたすら)そこで待ち続けたらしい。その後例のメールに気づいても、確かに手遅れだった。

「でも、気付いて、謝ろうって電話したら、出てくれないんです。留守電にしてるでもなく、電源を切ってるでもなく。ずぅっと呼び出し音が続くの」

「それは……」

 それは。

「それは多分、怒らせちゃったかなと思って、じゃあ仕方ないからとやけっぱちになって、人手が足りないと言う午後にもバイトを入れた、とか、そんなんじゃないですか」

「君は、そう思うんですか?」

「……そうです」

 ふぅん、と、やっぱりどうでも良さそうに頷いて、でもそこで、彼女の顔に始めて柔らかな表情が浮かんだ。

「そうだったんだ」

 安堵したように、納得した風に、全部信じたみたいに、笑う。

「私たち、変に擦れ違ってただけだったんだ。ね?」

「そうみたいだな」

 なんだ、なんだ。

 てっきり、こんな日に振られでもしたかと半ば以上にやけくそだったんだけど、全部徒労、早とちりだったのか。

「……お客さん」

「なんですか?」

「僕、何と言うか、彼女に変な誤解させていたみたいです。それで僕の方も、誤解してたみたいです」

「そうみたいですね」

「ちょっと怒ってたりもしたんですよ。ちょっと時間ずらしてもらおうと思っただけで無視かよ、とか」

「私なんて終始怒ってましたよ。折角のイブなのにっ、て」

 笑い合う。擦れ違って、でもちゃんと会えた。

 本来過ごすはずだった時間は無くなって、取り戻せないけれど、僕たちの想い自体は、ただの一瞬だって擦れ違ってなどいなかったのだ。それだけで、なんだか帳消しに出来る気分になる。

 単純なものだ。

「バイト、何時までなんですか、店員さん」

「十時ですよ、お客さん」

「あと二時間もあるねぇ」

「うん。だからゴメン、でも、良かったら、明日、会えないかな」

「いいよ。んー、でもさ、朝から待ち続けて、私もう待ちくたびれちゃったかもです」

「……それについては、ほんと、謝るしかないんですけど」

「そうじゃなくってさ」

 ケーキの箱が並ぶ売場の前から、横を過ぎて僕の隣に、彼女が歩み寄って来た。特設売場に隠されていた常設のベンチに座る。

 店員と客の位置から、いつもの二人の関係へ。

「明日の朝より、二時間後の方が近いよね」

「……風邪引くよ」

「そしたら看病、してくれるよね。クリスマスだけど」

「勿論だけど」

「じゃあ、待ってる」

 冷たげな、白い両手に息を吹きかけながら、彼女は言う。

「一緒にいよ」

 ちらほらと、止まない雪が、スーパーの外灯に照らされて光の粒に成っていく。

 客足は無い。相変わらず、店員の僕は暇だった。

 バイト中の僕に、彼女も多くは話しかけなかったけれど。

 少なくとも僕にとっては、幸せに過ごす特別な時間に違いなかった。

 きっと、彼女にとっても。

「メリークリスマス、店員さん」

 熱に溶ける雪のような、微かな声が耳に届いた。

 メリークリスマス、と、僕も返した。

 読了ありがとうございました。なんてことのない、ただクリスマスを書きたかっただけです。

 クリスマスを特別視する全ての人々に幸福を、ということで。


 オチ、読めてましたよね。もっと技巧的に話を進めてみたいものです。

 それでは、また別の機会に私の名を見かけた暁には、是非、よろしくお願いします。


 草々。

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