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問題編

 僕はしがない学生だ。だけど親がそこそこに裕福なのでバイトをしたりせず3LDKのマンションの一室で夏場だろうが電気も気にせず過ごすことができた。

 ある日の昼下がり、隣の若夫婦が住む部屋から悲鳴が聞こえた。ベランダを開けっ放しにしていたので隣の異変にはすぐに気がついた。

 僕はピンポンを押すのももどかしく隣の家のドアを開けた。


「悲鳴が聞こえましたけどどうかしましたか!?」


 ドアを開けると短い廊下で突き当たりのダイニングも奥のベランダまでまる見えだ。それは僕の部屋も同じだ。

 だからすぐに、この部屋の惨状に気づいた。


「ひっ、人殺し!?」


 部屋のど真ん中でベランダからこちらに向かって首にロープをまいた女がピクリともせずに倒れていたのだ。

 その女は僕もよく知っている。お隣りの奥さんだ。奥さんを挟むように旦那と知らない男が立っていた。


「きっ、君は!?」

「隣の者です。動かないでください! 警察を呼びます!」

「待ってくれ! その前に知っておいてほしいことがある! 犯人はこの男だ! 私は関係ない!」

「何だと!? てめぇの女を殺しておいて俺に罪を押し付けるつもりか!?」

「はぁ!? いくら不倫されたからって一度は愛した妻を殺すわけがないだろう?」


 激昂し睨み合う二人に呆れながら、僕は手にした携帯電話を降ろした。


「話を聞かせてもらってもいいですか? ただ警察を呼んでは僕まで事情聴取やらなんたらでひっぱられかねない。犯人はお二人のどちらかしかいないですし、犯人を決めてから警察を呼びます。なに、僕はこう見えて推理小説には目がなくてね。見事探偵役を果してみせますよ」


僕がそう言うと二人は嫌そうな顔をしつつもお互いに牽制しあう。


「見ず知らずのお前に話すのも気持ちわりぃが、今のままだと俺に嫌疑をかけられかねないからな。話してやる」

「…それはこちらのセリフだ。愛を動かすわけにはいかないからな。とりあえず隣のダイニングに移ろう。話はそれからだ」

「おっと、その前に首の紐はとってあげましょうか。あまりに可哀相だ」

「いや、しかし…」

「あ? んだよ。こいつの言う通りだ。旦那に殺されて可哀相に…俺がとってやる」


 とにかく僕らは死体(愛さん)のある部屋の隣のダイニングに移動する。

四角い机に二人が向かいあい、僕が横から眺める形に座る。


「まずは自己紹介しましょうか。とはいえ僕の名前は必要ないでしょう。役割で、僕のことは探偵と呼んでください。あなたは旦那で、死体は奥さんで、あなたは?」

「…不倫でいい」

「不倫と。なるほど。奥さんと不倫をしていたところ、旦那が帰宅し、修羅場っていたということでよろしいですか?」

「修羅場って…最近の若者は、ほんとに何でも略すなぁ」

「んなこたどーでもいいだろ。探偵、その通りだ。愛…もとい、奥さんを満足させれねぇ不出来な旦那に代わって俺が喜ばせてやってたんだ。そうしたらどうだ。出張は偽りだとよ」

「ふむ…つまり、旦那は奥さんの浮気に感づいてカマをかけたということですね」

「ああ、出張すると言えば尻尾を掴めると思ってな。現場を押さえれば言い訳もできない。幸い子供はまだだし、離婚したいんだ。こっちは。だから私があ…奥さんを殺すなんてありえない」

「だから俺だってのか? ふざけんな。やってねーもんはやってねーんだよ! 探偵、騙されんな! こいつは別れる気なんてねーんだよ。別れるつもりだったのはむしろ俺だ」

「落ち着いてください。ではまず、お一人ずつ話を聞きましょう。まずは旦那から。不倫は外に…と言いたいですが逃げられてはことです。音楽でも聞きながら外を見ていてください」

「ちっ…わーったよ」


 ダイニングにもベランダは繋がっている。僕が棚にあった音楽プレーヤーを渡すと、不倫はベランダの前に移動して外を向いた。

 中々どうして素直なやつだ。


「では旦那、詳しく話を聞きましょう。夫婦仲は良好ではなかったのですか?」

「…5年前、大学を卒業してすぐに結婚した。少なくとも私は彼女を愛していた。見ての通り、中々美人で、私のいたサークルではマドンナだった。誰にもとられないようにすぐに結婚を決めた。だが…彼女は私が彼女を思うほど、愛してはくれなかった。最初の浮気は三年前だ。それから2回。今度で4度目だ。三年前から徐々に冷め、今年に入ってからは会話らしい会話はない」

「どうして今まで別れなかったのですか?」

「…三年前はまだ、彼女を愛していた。それに直接現場を見たわけではない。証拠もなくて、友達だとつっぱられてしまっていたからね」

「ふむ…では、浮気現場を押さえるところから、今日のことを詳しく話していただけますか?」

「ああ…-」









-旦那の話-


 出張があると言ってすぐに不倫にメールで今日来るように指示していたから、私は息を非常階段で殺して待っていた。

 ああ、内容は夜中に携帯電話をチェックしたよ。

 非常階段で鏡を使えば、誰かが来たくらいは顔を出さなくてもわかるからな。非常階段が開いているのを不審がられないよう、一週間前から毎日開けておいた。

 案の定、なにも考えずに奥さんは不倫を招き入れたよ。

 わかっていたとはいえ、奥さんが不倫と仲良く肩を組む姿を見ると胸が痛んだよ。だけど腹はくくっていたからね。頃合いを見計らい、そっと鍵を開けて部屋に行ったよ。

 そうすると奥さんはリビングでベランダを開け放し獣のように不倫と不倫を…何だかこの言い方は気持ち悪いが、とにかく不倫をしていたんだ。

 私はすぐに声をかけた。

「そこで何をしている!」とね。いやもちろん、何をしているかなんてわかっていたけれども。

 何と声をかければいいかわからなくて、とっさにこう言ったのさ。

 すると二人が振り返った。それから不倫は私に向かい己の無教養ぶりを誇張するかのような聞くに堪えない罵詈雑言を吐き散らかした。

 しかしそうしながらも見られながらする趣味はないらしく、二人とも服を着たよ。

 奥さんの態度? ああ、あいつは酷かったよ。まるでうろたえることなく、つまらなさそうな顔で黙って服を着ていた。不倫現場を抑えられてもなんとも思ってないんだ。私を舐めているのか、私のことは眼中にないのか…両方だな。

 とにかく奥さんはつまらなさそうに、もっと言えば面倒そうに私と不倫を見ていたよ。私はそんな奥さんに何か言ってやろうとしたが、不倫があまりに突っ掛かりついに私の胸倉を掴んだのでね。彼に怒鳴り返してしまった。

 すると彼はさらに逆上してね。二人して言い合いをしていると、突然奥さんがもうっと言いながらつかみ合う私たちを突き飛ばした。

 私たちは少しふらつき驚いて呆気にとられながら彼女を見た。どちらかを庇うとか謝罪するとか、そういうことなら驚かなかっただろう。だけど彼女は私ら二人に向かってこう言った。

「うるさい! 今から煙草吸うからちょっと頭冷やしてろ! あんたは寝室! あんたはダイニングよ!」

 そう言うと彼女は煙草を取り出しベランダに出たんだ。こちらを一顧だにせず背中を向けるその姿に何だか毒気が抜かれてね。私らは言われた通り、私が寝室に、彼はダイニングに入った。

 それからしばらくして、バタンッと大きな音がした。慌ててドアを開けると不倫が倒れた奥さんの側にいた。奥さんの首には紐がかかった今の状態だった。あいつが何と言おうが不倫が犯人だ。

 そもそも私とあいつしかいなくて私は犯人じゃないんだ。不倫が犯人としかありえない。

 君も隣ならわかると思うが、ドアを閉めていれば話し声くらいは殆ど聞こえない。きっと、私より先に部屋から出て不倫と奥さんが何かを話していて、キレた不倫か、カッとなって殺したんだろう。

 ベランダにある洗濯用ロープだし、犯人がわかりやすい後先を考えない犯行だ。いかにもキレやすい不良っぽい不倫らしい犯行だ。私とそう代わらない年だろうにあんな学生みたいな格好で、全く。奥さんはあれの何が気に入って不倫したんだか。

 君が聞いた悲鳴は恐らく私のものだろう。恥ずかしながら、人殺しの現場に驚き声をあげてしまったからね。









-不倫の話-


 やっと俺の番か。いいか? 旦那の言葉は全部忘れろ。俺は殺っ・て・な・い!

 俺が愛…あ? ああ、奥さんな、奥さん。俺が奥さんを悦ばしてるとだな、旦那が帰ってきたんだ。

 大張り切りだった俺の息子だけどよ、いくらなんでもそんな状態じゃ続けらんねぇ。後ろから刺されてもたまんねぇからな。

 前々からあいつには言いたいことがあったんだ。お預けされた怒りもあって、俺はあいつに文句を言った。

 奥さんを満足させれねぇ×××××野郎が生意気に文句言ってんじゃねぇよ、×××××。あの××××が××××で×××のくせによぅ。×××、××××××(以下、あまりに聞くに堪えないので自主規制)

 てな感じだ。あいつも俺に歯向かってきやがって、ムカつくから殴ってやろうとも思ったその時よ! 奥さんがよぅ、俺らを突き飛ばしやがった。

 いや、あれにゃびびった。クールでエロエロな人妻てな感じで怒ってるとこなんざ見たことなかったからな。あんまりにびっくりして、俺はダイニングに引っ込んだ。あ、奥さんにそう言われたんだ。旦那は寝室に引っ込んだぜ。

 んで落ち着くために煙草を2、3吸ったんだよ。でもよ、そうしてっと段々腹がたってきてよぅ。文句を言いに部屋を出たんだよ。

 そしたら愛、じゃなくて奥さんが寝てんだよ。なんだこいつ、と思って近づいて蹴ったんだよ。「おいこら起きろ」とか言いながらな。でも起きねぇの。よく見たら首に紐さげてて、なんか死んでんだよ。

「ひぇぇ!!」とかなっさけねぇ声して振り向いたら旦那がいた。俺はやってねぇんだからあいつが犯人だ。いいか。そこ間違えんなよ?

 きっと殺してから寝室に逃げて、俺が出るの見計らってからまた来たんだ。あのわざっとらしい声はお前みたいに声を聞き付けたやつを呼んで俺に殺人をおしつけるためだ。いいか? これは間違えんな? 犯人は旦那だ。











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