盲目の調香師は、婚約破棄の嘘を見る
店内に入ってきた第二王子エドガー・ヴァルテンブルク殿下の様子がいつもと違っていた。
私は目が見えないので、実際にどのような様子なのかはわからない。いつものエドガー殿下の柔和な匂いと、私が最近殿下のために調香した青橙花の爽やかな香り。そのすてきな調和の中に、焦燥の匂いが混じっていた。
私は目でものを見ることはできないけれど、匂いで見ることができる。匂いは目では見えないものまで見せることがある。私は匂いで「見る」能力を活かすため、香水の調香師として店を開いているのだ。幸い、香水は好評で、王族や貴族のお客様も多かった。
エドガー殿下の匂いは優しく、私の気持ちまで落ち着かせる大好きな匂いだった。何より、エドガー殿下からは、多くの王族や貴族の方がまとう、嫌な「嘘」や「傲慢」の匂いがしない。けれど、このとき混じっていた焦燥の匂いは、私の気持ちを少し乱していた。
「アルマ、僕だ」
エドガー殿下が言った。それは、常連の殿下のいつもの言葉だ。アルマ・ライフェナウ、というのが私の名前だ。
「はい、わかっております、エドガー殿下。何か心配ごとでも?」
「君には隠し事ができないな……。本当に見えていないのか?」
「ふふふ。見えていますよ。この目で見ているわけではないですけれど。……それでどうされました?」
殿下が小さく息を吐く音がした。呼吸を整えているようだ。
「実は王宮で事件があってね……」
「事件ですか? どのような?」
「以前、兄上の話をしたよね?」
「王太子のディートリヒ殿下ですね。その……女性関係に少しだらしないという」
「よく覚えているね」
見なくても、エドガー殿下が苦笑いしているのがわかる。
「その兄上に婚約者がいることも話したよね」
「はい、ヘレーネ・アルトハイム公爵令嬢ですね」
「うん。兄上はそのヘレーネ嬢から、香水の贈り物を受け取ったんだ。近ごろは王族や貴族の間で香水が流行っていてね」
「それはすてきですね」
匂いは気分を落ち着かせたり、高揚させたり、さまざまな効能がある。それが広まって少しでも人々の生活によい影響があればと思って、私も香水を調香している。
「兄上もその香水が気に入って、よく使っていたんだ。甘くて品の良い香りでね」
「それは興味深いですね。調香師としても気になります」
「ところが、その香水が問題を起こしてね」
「香水が問題を……?」
私は自分の仕事を否定されたように思えて胸がざわついた。
「うん。兄上が男爵令嬢のアメリアという女性と密会していたんだけれど、その香水をつけて会ったら、アメリア嬢が体調を崩して倒れてしまったのだ」
「なぜそれが香水のせいだと? アメリア様がたまたまそのとき体調が優れていなかっただけということはないのですか?」
「いや、アメリア嬢は体調の異変などまったくなく、健康だったそうだ。だけど、その香水の匂いを嗅いだ途端、具合が悪くなったと証言している。兄上は、それがヘレーネ様によって香水に施された呪いだと考えているのだ」
「まさか、ヘレーネ様が嫉妬心から、ディートリヒ殿下に近づく女性だけに作用する呪いを、その香水に込めたということですか?」
「そうだ。それを理由に、兄上はヘレーネ嬢との婚約を破棄してしまった。だが、僕には香水に呪いを込めるなんてことがどうにも信じがたくて……。そんなことが可能なのか、君の意見を聞きたいのだ、アルマ」
「私は呪術や魔術の類には疎いのですが……香水に呪いを込めるなどということは聞いたこともありません」
「そうか……。そうだよな……」
落胆の匂い。
「その香水のことについてもう少し詳しく教えてくださいませんか?」
「実は今、その香水を持ってきたんだ」
机の上で、コトッと音がした。
エドガー殿下が、その香水の瓶を置いたようだ。
蓋をしたままのようだけれど、私の鼻には、微かなその匂いが届いた。
「この香水は……月白花ですか?」
「知っているのか?」
そのとき、私の鼻を、別の匂いが触った。
汗の匂いに、革、鉄、油……?
武装した人たち? とても暴力的な匂いがする。
「ちょっとお待ちください……何か危険が迫っています」
※
私は店の裏口から、エドガー殿下を連れて、店を出た。
出た途端、店で瓶が割れる音がした。
私たちを探しているのか、店が荒らされているようだ。こっちは目が見えないから片付けるのが大変なのに……。いろいろな香水が混ざって、匂いも大変なことになっていそうだ。
「何なんだ、いったい?」
殿下が言うが、聞きたいのはこっちだ。
「エドガー殿下、その月白花の香水の瓶は、ディートリヒ殿下にきちんと断りを入れて持ち出したのですか?」
「ああ。兄上は不在だったので、兄上の侍従に言って持ち出したのだが……」
ディートリヒ殿下ご本人の許可は取っていないではないの、と思ったが、口にはしなかった。
どうやら持ち出したことが、ディートリヒ殿下にとっては都合の悪いことだったらしい。
「護衛の方はお連れでないのですか?」
「見張られているみたいで嫌なんだよね」
この人は王子の自覚があるのだろうか。
「おそらく殿下は追われています。安全のために王宮に戻られますか?」
「……君を巻き込んでしまったか。申し訳ない。そうなると君をひとりにするわけにもいかない。……もし、この香水に何か秘密があるなら、真相を突き止めないと君の安全も確保できなくなってしまったな」
「……私も、香水が悪いことに使われたのであれば、真相を知りたくはあります」
「君のことは僕が必ず守る。こう見えて剣の腕には自信があるのだ。一緒に来てくれるか?」
見えていませんけれど……。エドガー殿下は、きっと剣も似合わないようなお優しい見た目なのでしょうね。
「では、アルトハイム公爵邸に行きませんか? ヘレーネ様に問題の香水をディートリヒ殿下に贈った経緯について、お話を伺うべきだと思います」
「わかった。じゃあ行こう」
エドガー殿下が私の手を握った。
男の方に手を握られたことなどなかったので、私は恥ずかしくて顔が熱くなった。
「殿下……?」
「転んでしまわないようにね」
そう言う殿下の手も熱くなっていて、緊張の匂いもした。
※
「エドガー殿下、何か変です」
エドガー殿下の乗ってきた馬車は危険と判断したため、辻馬車を捕まえて、アルトハイム公爵邸に向かっていた。辻馬車に揺られる中、私はその匂いに気づいた。
「何が変なのだ?」
「燃えている匂いがします」
「燃えている匂い? 僕にはわからないが……。何かが焦げているのか?」
「焦げているのとは違います。燃えているのです。大きなもの……おそらく建物が……」
「火事か!」
「かなり広範囲に渡って燃えているようです。一つ二つの建物ではないです。あるいは……」
「大きな屋敷か?」
「はい。とても……嫌な予感がします」
エドガー殿下が辻馬車を急がせる。
アルトハイム公爵邸にたどり着いたとき、私の嫌な予感が当たっていたことを知った。
「アルトハイム邸が燃えている……」
エドガー殿下に言われるまでもなく、私もそうだろうとわかっていた。
私はハンカチで鼻と口を強く抑えていた。建物からは距離があるはずだったけれど、煙の匂いが強く襲いかかってきていた。
「人だかりができている」
私たちは辻馬車を待たせて降りた。
エドガー殿下はまた私の手を引いて進んでいく。
人の熱と汗の匂いが充満していた。その中をエドガー殿下が進んでいくと、私はつまづきそうになった。
そこに腕が伸びて私を支えた。
私の鼻先のすぐ近くで、エドガー殿下の匂いがした。
エドガー殿下に抱きかかえられていることに気づき、胸が高鳴った。
「申し訳ない、アルマ……」
「……いいんです。それよりも、ヘレーネ様を見つけてください」
「ああ、すぐそこにいる」
エドガー殿下が私を腕で抱き寄せたまま進み、ようやく人ごみを抜けた。
「ヘレーネ嬢!」
「……エドガー殿下?」
その女性の声はひどくか細かった。煙と汗の匂いが入り混じる中でも、ヘレーネ様の強い恐怖と疲労の匂いが私の鼻をついた。何より、強い「絶望」の匂いがした。
「何があったのですか?」
「……わかりません。突然複数の箇所で火の手が上がって……。公爵邸には警備兵もいるのに……。世間では『魔女』だと呼ばれて……。まるで私が不幸を呼びよせているみたい……」
ディートリヒ殿下に呪いの疑惑をかけられた上で婚約破棄をされて、「魔女」狩りとばかりに公爵邸を燃やされて、ヘレーネ様の不安は計り知れない。
「あなたは陰謀に巻き込まれている可能性があります。王宮で保護させていただきます」
エドガー殿下がヘレーネ様に言った。
「その上でお伺いしたいのですが、すべてのきっかけとなった香水はどこで手に入れたのですか?」
「ディートリヒ殿下が香水にとてもご関心があると侍従の方に伺って……。私の侍女に贈り物用に買ってきてもらったのです。確か、そこはライフェナウ男爵家のご息女が営む評判のお店で、一番高価なものを買ってくるように言いました」
見えないが、エドガー殿下はきっと私のほうを振り返っただろう。
ライフェナウ男爵令嬢、つまり、アルマ・ライフェナウ——私の店だ。
※
私は王宮にいた。
エドガー殿下が、事件の解決まで、ヘレーネ様とともに私を保護するためのはずだった。
ところが、私は裁定の間に立たされていた。
ヘレーネ様とともに、裁かれる側の者として。
私は王宮の裁定の間の匂いに気分が滅入ってしまっていた。
そこには、悪意や欲望の匂いが強く渦巻いていた。特に二人の人物の匂いはひどいものだった。おそらく、ディートリヒ殿下とアメリア様だろう。
私を守るように前に立っていたエドガー殿下のお側になるべく近寄り、その優しい匂いだけを感じていようと努めた。
「出席者が揃いましたので、裁定を開始いたします。罪状は、『魔女』ヘレーネ・アルトハイム公爵令嬢、およびその幇助を行なったとされる調香師、アルマ・ライフェナウ男爵令嬢による、呪いによるアメリア・クロイツ男爵令嬢の殺害未遂になります」
法務卿が裁定開始の宣言をすると、ディートリヒ殿下がすぐに反応した。
「ヘレーネが贈ってきた香水の匂いを嗅いだアメリアが倒れたのだ。それだけで罪は明らかだ。俺自身を含め、他には誰も不調を感じなかったのだから、アメリアを狙った呪いであることも明らかで、嫉妬に狂ったヘレーネの犯行だ。そんな呪いを扱う者を野放しにしていては、王国に混乱を招いてしまう。即刻処断するべきだ。議論すべき余地もない。法務卿、速やかな判決を頼む」
ディートリヒ殿下のほうから、悪意と混じり合ってひどい匂いがした。
「『嘘』の匂いがします」
ぽつりと私は呟いた。
比喩などではない。人が嘘をついたときに、特有の匂いがするのだ。
エドガー殿下は黙って頷く。
「兄上、法務卿、お待ちください。追及されている者たちの言い分に耳を傾けるのが裁定の正しい手続きのはずです」
エドガー殿下が言った。
「その必要がないほど犯行が明らかだと言っているのだ」
「いえ、そんなことはございません。前提が変われば、兄上の論理もまったく成立しなくなります。例えば、そもそもアメリア嬢の嗅いだ香水が、ヘレーネ嬢から贈られたものでなかった場合……」
「そんなわけがあるか! 俺自身がヘレーネから贈られた香水だと言っているのだ」
「いえ……それは違います」
私はディートリヒ殿下の悪臭に息が詰まりそうになりながら、必死で声を上げた。一刻も早くこの裁定を終わらせて、王宮の外の空気を吸いたかった。
「ヘレーネ様は、侍女の方を通して、私の店で最も高価な香水を購入されたと伺っています。そうであれば、白露花の香水を購入されたはずです。ですが、ディートリヒ殿下が身に振りかけていたという香水は、月白花の香水でした」
「目も見えぬ女が……何を根拠に戯言を言うか」
ディートリヒ殿下の「悪意」の臭気が私に直接向かってきた。
「戯言などではありません、兄上。僕が兄上の侍従から預かった香水は間違いなく月白花の香水でした。そして事実としてアルマ嬢の店では月白花の香水を扱っておりません」
エドガー殿下の匂いが私を守ろうとしているのを感じ、少し落ち着きを取り戻した。
「私は、お客様の好みはもちろんですが、体質に合わせて成分を決めています。そして、私は月白花を決して店で扱いません。なぜなら……」
私は見えない目を開き、悪臭のほうに向けた。
「月白花には、一部の特異な体質の方に強く作用し、最悪の場合、死に至らせることもあるからです」
「……嘘でしょう? そんなものを……」
かわいらしい声が上がった。けれど、その声の主からは恐怖の匂いが立ち込めた。
「アメリア様ですか? あなたはディートリヒ殿下に殺されかけたのですよ。そんな方を擁護されるおつもりですか?」
アメリア様のほうから、「戸惑い」と「迷い」の匂いがした。もうひと押しするだけだ。
「アメリアさん、私はそのような残酷なディートリヒ殿下と一緒にいたいとは思いません。エドガー殿下とアルマさんから事の真相を知らされてから、婚約を破棄されたことに本当に安堵しました。あなたはその方と一緒になるとよいですわ。いつどんな目に遭わされるかは存じ上げませんが」
そう口にしたのはヘレーネ様だった。
「何が真相だ! 真相はおまえが呪いの香水を贈って……」
「い、嫌……」
アメリア様の「恐怖」の匂いが急激に強まっていた。ヘレーネ様の言葉が効いたようだ。
「私はただ王太子妃になりたくて……。ディートリヒ殿下には、ちょっと倒れたふりをすればいいと言われて……。それなのに、私、本当に気分が悪くなって……。月白花の香りを嗅いで気を失ったことがあると、殿下にお話ししたことがあったから、それで……」
自白とも取れるアメリア様の言葉だった。
「よせ、アメリア」
ディートリヒ殿下から「焦燥」の匂いが立ち込めた。
「黙りません。私を殺そうとしたのですね? ヘレーネ様だけでなく、私のことも邪魔になったのですか?」
「違う。おまえが倒れたふりをしたところで、すぐにわかってしまうから、いくらか本当に体調を悪くさせたほうがよいだろうと、月白花を使うことを思いついただけだ。……もういい。この裁定は終わりだ。ヘレーネもアメリアももういらん。俺は新しい王太子妃候補を探す」
ディートリヒ殿下から「諦め」の匂いがした。これで、罪には問われず、王宮から出られる……。と思ったのだけれど、エドガー殿下から「怒り」の匂いが漂い始めた。
「兄上、あなたにはもう誰も振り向きません。ましてや王太子妃を選ぶ権利など、兄上にあるとは思いません」
「何だと?」
「あなたはヘレーネ様を冤罪に追い込もうとした上、証拠を消すために僕の命を狙い、アルマ嬢の店を荒らし、ヘレーネ嬢のアルトハイム公爵邸を燃やすよう命令をしました。ただご自身の欲望に従ってアメリア様と結ばれようとするためだけに、ここまでの横暴をする方を王太子の立場に置いておくことはできません」
「エドガー、おまえ、自分が何を言っているかわかっているのか? 王太子の座が欲しいのか知らんが、反逆罪になるぞ」
言葉では強気に聞こえるが、私にはディートリヒ殿下から「怯え」の匂いがした。一方のエドガー殿下からは一切怯んだ匂いはしなかった。
「法務卿!」
エドガー殿下が叫んだ。
「すでにアルマ嬢の店を襲った者も、アルトハイム公爵邸に火を放った者も捕らえ、兄上の命令でやったことだと、すでに自白しています」
エドガー殿下に声をかけられた法務卿から、動揺の匂いはしなかった。
「この王国は、法によって統治されています。王家の方であろうと、それに従っていただきます」
法務卿からもかすかな「怒り」の匂いがした。
「この裁定は、もはや婚約破棄の是非を問うものではございません。ディートリヒ殿下、あなたご自身の罪を問う裁定です」
「何を言っているのだ、法務卿。俺は王太子だぞ。貴様、自分の立場がわかっているのか?」
「殺人未遂、罪の捏造に放火と、いずれも王太子の立場を悪用して行われたものです。いずれもこの王国の法で強く禁じられていることです。特に、権力を笠に着て行われた場合、より強い量刑が与えられます」
「第二王子や目の見えぬ女の言うことを信じるというのか!」
ディートリヒ殿下の「怯え」の匂いはますます強くなった。
「お言葉ですが殿下……。私はこの目が見えずとも、殿下が思っているほど、何も見えていないわけではございません。法務卿が信じる信じないではなく、真実を伝える証拠もいくつもございますので……」
私は王宮を早く出たい一心で、言葉を紡いだ。
法務卿も、私の言葉に同意しているのが匂いでわかった。
すると、ディートリヒ殿下から、また少し違う匂いが立ち上った。
私は最近その匂いをヘレーネ様から嗅いだことを思い出した。
その匂いは、「絶望」だった。
※
「王宮は臭いのです」
私は、香水店の片付けを一緒にしてくれていたエドガー殿下に言った。
「だから、王宮にはもう二度と入りたくありません。『嘘』や『悪意』や『傲慢』や……とにかくひどい悪臭です」
私が捲し立てると、エドガー殿下からは寂しそうな匂いがした。
私に迷惑をかけたと謝罪も兼ねて、王宮での食事会に誘ってくれたのに、その返事がこれではがっかりもしてしまうだろう。
「あ……申し訳ございません……」
「ふふ。僕の気持ちがわかってしまったか。人のことがわかりすぎるのも大変だね」
「でも、王宮は本当に嫌なのです……」
「そうか……。もしかして、僕も匂っているの?」
私はその質問に驚いて思わず口を開けてしまい、次の瞬間には笑い出してしまった。王宮が臭いのだから、いつも王宮にいるエドガー殿下が、自分も臭いと考えるのも当然だろう。殿下から立ち込める「焦り」の匂いに私はおかしくなってしまった。
「えっ? やっぱり臭いの?」
「臭かったらもう店から追い出していますよ。エドガー殿下は臭くありません。むしろ、私の好きな香りがします」
エドガー殿下から「安堵」の匂いがどっと溢れた。
「そうか。よかった……。じゃあ、王宮が君にとって心地よい場所になるように、努力するよ。王太子として」
「エドガー殿下がいつか国王陛下になれば、王宮もきっといい匂いになるでしょう」
「アルマ……。もし、王宮が君にとって不快な臭いを出さなくなったら、その……王宮に入ってもらえないだろうか?」
エドガー殿下から私の知らない、何か甘酸っぱい香りが漂ってきた。
「はあ。もしそうなれば、また一度くらいお伺いしますわ」
「そういうことじゃなくて……」
「何を仰りたいのですか?」
「……この店には、男の貴族連中もよく来るだろう? あいつらは君の香水も好きなのだろうけれど、君自身にも会いたくて店に来ているはずだよ」
「はあ……」
私はエドガー殿下が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。頼みの匂いも、私が知らないものだったから。
「君は知らないかもしれないけれど……。君は驚くほど美しいのだ」
エドガー殿下から、「嘘」や「冗談」の匂いがまったくしなかったので、私は戸惑った。
人のことがわかりすぎるというのも、本当に困ったものだ。
私は、胸がひどく高鳴って、エドガー殿下と同じように、自分の体からも何か甘酸っぱい香りが漂ってくることに気づいた。
ああ……。
きっとこれは、「恋」の匂いなのだな、と思った。
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