第3章 邂逅 [1]
「湯原先生とはどうやって知り合ったんですか?柳川先輩ってその手の専門家ではないですよね?」助手席でメロンパンにかじりついていた辻が問う。柳川の運転する車は、法定速度で三陸道を南下し、利府中インターを通過したところだ。次々とスピード違反の車達が抜かしていくが、刑事課の柳川たちでは、切符を切ることも出来ない。今日の目的は別にある。湯原先生の知見を得に行くのだ。鯵川克樹に聞き取りをした本人として、辻も同行している。
「大学時代、他学部の授業を受講しなければいけないカリキュラムでね。俺は分子生体論Ⅰという授業を取っていたんだけど、その時の担当が湯原先生だったってわけ。」
「でも、授業担当だけの大学教員とそんな親密な関係になることってあるんですか?」
刑事らしく質問攻めが続く。そんなに気になるか?なんて軽口を叩く。
「その授業、周りで受けていたのが俺だけでさ。授業内容も面白かったし、暇だったから質問してたら、『こんな熱心な学生は久々だ』とか言って喜んで教えてくれて、卒業後もたまに会ってたんだけど、本部配属に行ってから疎遠になっていてね。頻繁に会うようになったのは最近だな。」
はえー、と、声を漏らす。
「そういや、ずっと気になっていたんですけど、何で柳川先輩は県警本部からうちに異動なさったんです?」いきなり踏み込んだな。人の心というものはないのか。
18年前の一家殺人事件。それが全ての始まりだった。警察本部で捜査一課を担当していた柳川は、その事件の被疑者の動機や証拠が不十分であることから、犯人が別にいるのではないかと踏み、身内や同僚には告げずに単独で調査を行っていた。警察内部でも度々議論に上がる事件であったが、何故か毎回曖昧なままに終わっていた。それだけでなく調べていた人達は失踪するとされ、裏では「調べることすら禁忌」といわれているものであった。柳川がその事件を調べるきっかけとなったのは、信頼していた先輩刑事の殉職であった。柳川とバディを組み、共に多くの事件を解決してきた敏腕刑事だ。例の事件より前に、被疑者の男は反社とつながりを持っていた。それを改心させ、社会復帰の手助けをしていたのが、先輩だった。「犯罪を防ぐには、起こす前から相手の心と向き合え。」先輩の口癖だ。そして先輩は、闇バイト集団の潜入捜査中、凶弾に倒れた。先輩の死をたどる中で、この事件にたどり着いた。調べていくうちに、冤罪の可能性が次々出てくる。もう少しで真相にたどり着ける。そう思った矢先だった。
「柳川、お前裏で何か調べてないか?」
「まさか、“あの事件”の事じゃないだろうな?」
どこかのデータに履歴が残ったままだったのだろう。その時は追及を免れたが、明らかになるのも時間の問題であった。
人材交流という名の左遷。配属先は宮城県の北端、気仙南署。それでも、同僚がうまく話をつけてくれてようやく首一枚つながったようなものだ。事件は大きさではない。先輩から学んだことを胸に、目の前の仕事をこなすしかない。そう思い働いていた矢先、起きたのがこの事件だ。
一通り話し切るころには、車は仙台市街に入り、広瀬通を直進する。
「ごめんなさい、私、知らなくて。つらいことを思い出させてしまったようで、すみません。」
「いや、久々に懐かしくなったよ。ちゃんと話したのは、初めてかもな。」憑き物が落ちるような感覚を覚えた。学生時代、何度も通った道だ。地下鉄の橋がかかったりと、周囲の様相は変化しているが、ん?地下鉄の橋?
「ごめん。道、間違えた。」そうだ。前の信号で側道に入るんだった。
「え?何してるんですか。長そうなトンネル入っちゃいますよ。」トラップだった。仙台西道路は青葉山を貫く、3キロに及ぶバイパスである。つまり、折り返しも3キロ先だ。
「ほんとごめん。車で走るの慣れてなくて。」
「しっかりしてくださいよ。ていうか、間に合うんですか?」
俺はいつも肝心なところでドジを踏む。計画通り運んでいると思っていても、どこか抜け落ちているのだ。最近ミスがないと思っていたら、これだ。
それにしても、慣れた道を間違えるとは。早くもボケが回ったのだろうか。




