第二話〜転生した〜
『こっこれは〜!?30等!30等です!微妙!』
……だ、誰の転生先が微妙だって!!?
『30等…。それは、普人種の帝国のとある遊び人の侯爵家の息子(側室の息子)が遊びの末にできた子だな。母は準男爵家の子だが…。まぁすぐに分かる。』
なんだっていうんだよーー!!?
「おんぎゃあおんぎゃあ」
耳障りな程に大きく感じる自らの声で、私はその世界に転生した事を悟った。そう、30等転生だ。
股間がスースーすることから、今世も間違いなく女性として生を受けたみたいで安心した。目はまだ不自由なのでぼんやりとしか見えず、景色を見ることは叶わないが、一つ分かることは、花の微かな甘い香りがすることだ。…これのおかげで落ち着いて眠りにつくことが出来そうだ。
く〜可愛い音がお腹から鳴った。…そういえば、お腹がすいた。
「おんぎゃあおんぎゃあ…びえ〜んっ!!んぎゃあっ!!」
自らの意思とは裏腹に涙がぽろぽろ溢れていく。いわゆる、赤ちゃんのおねだり泣きだ。
バタバタ…誰かが駆け足でやってくる音がする。
「あらあら、はぁいよちよち…。」
お母さんらしき人?…いや、乳母かもしれないが。私を優しく抱き上げて口に胸を含ませてくれた。生温かい。頑張って吸い上げると、ほのかに甘い味がした。美味しい。温かいミルクの甘煮粥を食べている気分…。ちゅ〜ちゅ〜…。私は頑張って生きていく!
〜生後三ヶ月〜
「あやゆ〜…。」
飽きた。端的にいえば、赤ちゃんはやることがなさ過ぎる。せいぜいやることといえば、寝返りをして指をしゃぶったりすることだけだ。あ、あと、お座りしたりずり這いしたりするだけだ。これくらい簡単。簡単。あとそろそろハイハイができる時期だと思うけど、どうだろう?少なくとも、ずり這いする時に腰が上がってきた気がするからだ。
「あああうあ〜。」
それにしても、中身が赤ちゃんじゃないからか、成長速度が普通より少し早い気がする。…多分。それにしてもこの家にはびっくりした。剣と魔法の世界だから中世貴族の屋敷で不思議はないと思うが、それにしたって見慣れない。
「あああう〜…。」
探検探検!楽しいな♪。…と、部屋の扉が少し開いている…!思わず近寄ると、ヒョイと誰かに持ち上げられた。
「部屋から出たら駄目よ。めっ!いい?めっ!」
お母さんだ。恐らく貴婦人服を着ていることからお母さんであろう人だ。私に乳をくれる人でもある。…そろそろ離乳食でもいいと思うんだけどな〜。口から勝手にこぼれる涎を垂れ流しながらそう思った。お母さんらしき人は、とても痩せていていつも顔色が悪い。艶のない白髪に紫色の瞳のアルビノの女性で、心配な程に平坦な胸の人だ。声は可愛い。…容姿としても美しい方だろう。
「げぷっ…あやや〜…。」
お母さんに乳を早めに貰い、背中を摩ってもらいゲップをすると、安心して私は眠りについた。
〜生後五ヶ月〜
「えへへ〜。可愛いわね〜♡」
「あやややう〜。」
「ママよ。ママ。貴女に話しかけているのはママですからね〜。」
そういってデレデレと微笑むお母さん。愛しげに私の頭を撫でている。ふ〜む。そろそろやってみるか!
「あう〜。…〜ま…?まぁ〜ま?」
そう呼んでみた。初めての言葉はママだ!
「……あ…、。」
思わず赤ちゃんらしからずギョッとした。お母さんが大きく目を見開き、大粒の涙を零しているからだ。しばらくして嬉しげに頬を緩ませて、そして苦しげに辛そうに顔を歪める。そしてまた微笑…もうとして、唇を噛み締めて俯いた。
「…あははっ…、…ごに、…最後に、貴女からそれを聞けて良かった…。…にたくないわね…。…愛しているわ。私の大好きな娘。名前をあげられなくてごめんなさい…。」
私には、まだその意味は分からなかった。
〜5ヶ月後〜
私は一歳になったらしい。…だが、それを教わることはなかった。離乳食を持ってきて食べさせてくれるお母さんが、その日、来なかったのだ。ここ最近は妙にふらつきながら頼りない笑顔で私に接していたお母さん。…恐らく、そういうことだろう。そしてその日、私は初めてお母さんからの言いつけを破り、部屋の外に出た。
すると、遠くの部屋から大きな悲痛な声が聴こえた。
「…うう…あああああああっ!!私の可愛い娘よ、私を置いていかないでっ!」
「…うう…お嬢様ぁ…。」
やはりそういう事らしい。…私は、そっとその場を離れた。そして、家の外の庭に出た。…窓から見えていた庭。大きく広大な命を感じるその庭で、私は泣いた。
本能に基づいて泣いた。大声で泣いた。…ああ、そんなに長い時をいたわけではない。…でもこの一年近くは、私にとって穏やかで安心できるものだった。それは全ては、過保護なくらいに一人で私の世話をしてくれた、生き急いでいたような母親の存在のおかげだったんだろう。…私は、泣いた。泣いても泣いても、涙は枯れなかった。
***
「はじめまして。貴女のお婆ちゃんです。」
「……め…まちて…。」
「はい。はじめまして。私は、貴女のママのママよ。」
「うゆ…。」
その日、泣いている私に駆けつけてくれたのは、使用人らしき男の人と、黒い瞳に灰色混じりの白髪頭の泣き腫らした瞳の中年の女性。わざわざ腰を曲げて私と視線を合わせて話しかけてくれている。その女性は、私の祖母だと名乗った。
「…厳しい話をするけどね、お婆ちゃんは、貴女を引き取ってもらうところを探したいの。」
「へ…?」
何故…?
「お婆ちゃんはね、お爺さんを亡くしているの。貴女のママだけじゃなくて。…このお家を続かせながら貴女を育てるなんて、今の私には出来ません。だから、私なんかよりも優しい貴女のママとパパを探そう?」
「大奥様っ!そのような子供に言っても…!」
「大丈夫よ。この子は聡い。理解…まではいかなくても分かるはずよ。目を見れば分かる。」
えええ…なにそれ…こんなまだ赤ん坊同然の幼児になにを言ってるんだこの人…。こんなの、理不尽過ぎる。普通、尚更大事に私を育てるところじゃないの…?
「…大奥様…本気ですか…?」
「……ええ。…ごめんなさいね…。貴女には、辛い思いをさせるかもしれません…。」
なっ…なにを勝手なことを言って自分で泣いているんだこの婆さんはっ!!?…そう、私のお婆ちゃんは、大粒の涙をぽろぽろとこぼしていた。…まるで絵画のように綺麗に泣いていた。一瞬嘘泣きかと勘繰るが、実の娘を亡くした直後に嘘泣きなんてできるはずないし。いくら私が疎ましかったとしても、幼児相手にわざわざ嘘泣きする必要性はない。彼女は、この家の権利者なのだから。…そう考えるともう、これは私は受け入れるしかないようだ。
「…だ〜じょ〜ぶ。いいきょ…いいこょ…。」
そう言って頭を撫でようとして…どう足掻いても届かないことに気づき、お婆ちゃんの頬を撫でた。お婆ちゃんは、大きく目を見開くと、
「ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
とある理由で私を育てられない罪悪感に押しつぶされそうな感情を必死に落ち着かせようと、そう繰り返し呟いて泣き続けたお婆ちゃんの心中を、私は察することはできなかった。
〜半年後〜
「貴女の受け入れ先が決まったわ。」
「…うゆ…もう…バ〜バイにゃの…?」
「ーっ!!…ごめんなさい…。不甲斐ない私を許して…。貴女の新しいパパとママはね、実はもう迎えにきているの。見に行ってあげて。」
「…あい!」
老執事の男性の手を引かれて部屋を出る。後ろ髪を引かれる思いがして、振り返った。お婆ちゃんは、静かに号泣していた。半年前大泣きした後、一切涙を見せなかったあのお婆ちゃんが。…私は、涙が出そうになるのを堪えて、微笑んだ。
「バ〜バイ…。」
そして、扉が閉まった。
長い廊下を執事と二人で歩く。時々すれ違うメイドや執事たちが、私を見て名残惜しそうに哀しそうに微笑んでくる。私は、涙で視界がぼやけているので何回か物にぶつかりそうになり、結局執事に抱っこされて進んで行く。
ガチャ…「お嬢様をお連れしました…。…さぁ、お嬢様、お立ち下さい。」
「いやぁ〜っ!!やぁっ!!みゃだ抱っこして!!」
私はついに決壊して大泣きした。その温もりが、逃げるのが口惜しかった。
「…申し訳ありません…。」
「…いやいや、元気で何よりじゃないですか。ほっほ。」
「そうねぇあなた。」
優しそうな声。抱っこされたまま、ぐしぐしと涙を手の甲で拭き、見上げると、優しそうな老夫婦がいた。淡い青色の瞳の優しそうな白髪頭のお爺さんに、淡い赤色の瞳の優しそうな黒髪に白髪混じりのお婆さん。どちらも大変仕立ての良い高級そうな服を着ている。二人とも、こちらを愛しそうに見てきている。思わず、
「…パパ?…ママ?」
そう言ってしまった。
「そうよ。私たちが貴女の新しいパパとママよ。宜しくね?小さな天使ちゃん。」
そう言ってウインクしてくるお婆さん。…思わず、頬が綻んだ。
「パパ!ママ!」
「は〜い。」
「あ〜い!」
私は、てとてとと二人に駆け寄り、足元に抱きついた。むぎゅっと。
「ぐはっ!なんて可愛いんだっ!」
「そうねぇあなた。よしよし。」
思ったより力強いお婆さんの腕で抱き上げられた。私は、その胸ですりすりと頭を擦る。…にこにこ顔のお婆さんとお爺さんはどう見ても、悪者に見えなかった。安心した私は、その胸の中で眠りについてしまった。
「うふふ。…あら?準男爵夫人?お見送りありがとうね。この子、可愛いわね。」
「はい。…自慢の…、自慢の孫娘です。」
「あら…うふふ。」
「そして今日から、我が家の大切な娘だ。夫人、大切にすると誓うよ。この子を守り抜くとも。」
「…ええ。そうして下さい。…であれば、娘も、報われるでしょう…。」
「…では夫人。ご機嫌よう。」
「ええ。伯爵当主様、伯爵夫人様、わざわざご足労いただきありがとうございます。」
「ええ。では…。」
そんな声を聞きながら、深い眠りに誘われていく…。




