9 戦略
しばらくすると、アイリスと同じかそれよりも少し上の女性が五人ほど、同じ部署にやってきた。
彼女たちはクラークソン事務部長に紹介されて、一人ずつ挨拶をしていく。
彼女たちに対して驚いている人たちもいたが、長く事務官を務めている男性たちほど大きな拍手をしていて、彼女たちを知っている人間は皆喜んでいる様子だった。
ざわざわと職場内は少し騒がしい様子だったが、彼女たちは自分たちがつく事務長に挨拶を終えると一旦アイリスの元へとやってきた。
それから笑みを浮かべて声をかける。
「アイリス様、お久しぶりです。まずは改めてお声をかけてくださりありがとうございます」
一番仲の良かったソフィアがそうしてアイリスに頭を下げる。
それに倣うようにして、他の女性たちも頭を下げた。
「いいえ、気にしないでください。またこうしてあなた方と仕事ができて私も嬉しいです」
「わたくしもです」
「私も」
「私もですっ」
笑みを浮かべる彼女たちの言葉は本物で、下手なおせっかいにはならなかったらしく少しホッとする。
それから、ソフィアが、持っていたカバンから一つの書類つづりを出して続けて言った。
「こうして変更されている様式などの対応ができる復職用のマニュアルまでいただいて、過分な配慮を受けてしまったように思いましたが……わたくしもアイリス様のようにこの国のために尽くしたい」
「ええ、そうね」
「そのとおり」
「それに、屋敷では有能な使用人たちから仕事を奪うわけにもいかずに退屈していました。そこに話が舞い込んで、有意義に時間を使うことができることを主人も喜んでいますのよ」
彼女は、きちんとアイリスの意図をくみ取って、わざと言葉にする。
注目していた部下たちも、やってきた女性たちに興味を示していた若者たちもソフィアの言葉に耳を傾けていた。
「そしてこの、ウッドインクも安直ながら真似させてもらいました。アイリス様のお考えはとても素晴らしく、誰もが参考にすべきだと思いましたので」
言いながら彼女は、アイリスの机の上に置いてあるインク壺と同じものを丁寧に手に取って顔のそばに持ってきた。
すると示し合わせたように彼女たちは、自分のインク壺を手に取って、その琥珀があしらわれたガラス瓶を見せた。
「そこまで言っていただけて嬉しい限りです。……私たちはなにも卑しく暇なく切り詰めて仕事という物をしているわけではない。優秀な夫、優秀な使用人に囲まれて日々を過ごすからこそ、有意義な時間を求めている」
アイリスは、いつの間にか事務官たちの視線が集まっている中、胸を張ってあくまで彼女たちに言う体を取って、きちんと説明した。
「だからこそ、この王国事務官という仕事につき、己を高め王室の方々のお役に立つ喜びを得るために、仕事をしているのです。その同志として私はあなた達を歓迎します」
「はい、必ずお役に立って見せます」
アイリスの言葉に、ソフィアたちは深く頷いて、その様子にいくら鈍感な人間でもきちんと察したただろうと考える。
アイリスが起こした行動は具体的に二つだ。
一つ目は、自分が仕事に戻った時から着々と集めていた、様式の変更に関する正確なマニュアル。
この部署に限った話だが、元からの人とのつながりを使って、昔勤めていた人間ならば簡単に理解できるようにということを心掛けて作った。
二つ目は、それを使ってすでに結婚しているつながりのあった女性たちに声をかけて復職について考えてもらった。
けれどもそれについては、やはり難色を示す女性たちが多かった。
なぜかと言えば、先日コールマンが言った考え方が大きな原因になっている。
女性は腰掛けで仕事をして早く家に入って優雅に暮らすこと、それこそが貴族の最上の生き方。
それができないアイリスのような離婚した女性や旦那の収入だけでは苦しく働くしかない女性は貴族としての品格がなく卑しく滑稽。
そんな考え方が蔓延しているからこそ、アイリスのように簡単に社会に戻ってやり直すことが難しい。
「……え、ウッドインクって……あれだって目が飛び出るほどの贅品税が掛けられてるっていう、それをわざわざ買うなんて……」
「馬鹿、だからだろ。静かにしろ」
ふと、小声でやり取りをしている若い事務官の声がしてアイリスは、少し笑みを深めた。
もちろんその通りだ。
もともと贅品税は、身分によってかけられ身の丈以上のものを買ったり消費したりすることに対する罰金の形態をとっていた。
しかしいつしか、その大きな財源に目を付けた王族が、商人たちにお触れを出し、品物の何割かの金額を国に収める税金の形を取った。
そしてその贅品税は、直接的に国家の資金になる、だからこそ贅沢品を買う事は献納金を支払う次に、忠誠を誓う行為だ。
このウッドインクは贅品税が、他国から輸入されたほかに比べ物にならないぐらい税率が高く……さらにいうとたいして質がいいというわけでもない。
……でもだからこそ、それが証しになるんです。金銭に困っているわけでもなく、私たちは国のために、余暇を使って仕事を楽しんでいる。
そういう印象付けが、アイリスの目的だ。だからわざわざそれを勧めた。
ちなみに、彼女たちには、みなまで言わなかったがもちろん中身は普通のインクに入れ替えて使っても問題がない。その証しだけを使うことが目的だ。
実際に、金銭に困って仕事をしたい人間もいるのだから、長期的な出費は痛いだろう。
ソフィアたちはその意図を全員わかってくれてこうして、アイリスに協力してくれた。
いつしかそんな証しなどなくとも当たり前のように、女性もいつだって働けて自分の力を持ったまま人と対等に分かり合える、そんな未来になったらいいと思う。
それが、アイリスのことをさげすむコールマンに対するアイリスの答えだった。




