8 二人の事
アイリスは自身の仕事を終わらせて、それから部下たちの進捗を聞き最後に、コールマンのことを見つめていた。
先輩に怒られてもメイクを直し、適当な仕事でミスを連発するのは相変わらずのことだが、真面目にやればそこそこの力を持っている。
しかし、彼女は自分で言っているようにこの仕事は腰掛けであり、結婚相手を見つけるためのツールとしか見ていない。
そんな女性に厳しく接して教育しようとしたところで、アイリスはその考えが変わらないことは知っている。
そして、彼女がこの中で一番年上のアイリスのことを彼女の価値観の中で一番の底辺だと思っていることも理解していた。
だからこそ、口で言っても意味がない。それはレックス相手に十分に知っていることだ。
それに丁度、彼女の一番大切にしているその価値観についてアイリスは以前から思う所があったのだ。
復職してからもう一年以上たつ。
だからこそ着実に準備を進めていたことがある。
就業の前に席を立ち、奥の部屋に向かう。入室の許可を取り中に入ると、重要な書類棚に囲まれた壮年の男性の姿がある。
「クラークソン事務部長。お疲れ様です、今よろしいでしょうか」
「ああ、リドゲート君……どうかしたかな」
「はい。少し時間が空きましたので、以前させていたお話の進捗をと思いまして」
「! ああ、助かるよ。それでどうだって」
彼はアイリスの話に食いついて手元の書類を手早くまとめて、前のめりになる。
王国事務官の仕事は人気が高い仕事ではあるが、優秀な人間が専属に引き抜かれることが多いという特性上、人手が足りなくなることも多い。
だからこそ、アイリスの提案は必ず受け入れられるという自信があったのだった。
アイリスとリオンは疲れ果ててお互いソファーに深く沈み込んでいた。
眠ってしまいそうなほどというわけではなかったが、とにかく気を遣う一日だったのでぐったりとしていたのだ。
というのも、今日はお互いの家族を引き合わせて小規模なパーティーを開いていたのだ。
お互いに両親たちは、もちろん同じ派閥で、つり合いの取れている相手だと納得してアイリスが二回目の結婚になるとしても祝福してくれていた。
嬉しく思いつつも、粗相があってはいけないとリオンと二人であくせく気を使いながら話をして疲れ切ってしまったのである。
侍女のドロシアが入れてくれた紅茶に手を伸ばし、アイリスはコクリと飲み込んでから、少しの空腹に気が付く。
忙しくてあまりきちんと食事を取れていなかったので急にお腹が空いてクッキーに手を伸ばす。
さくりと噛んで飲み込むと、甘さがジワリと広がって、疲れがどんどんと取れていくようだった。
「おいしそう……」
ふと、向かいにいたリオンがアイリスのことを見てそんな風に言う。
飲み込んでからアイリスは彼に言った。
「美味しいわ」
「……」
「あなたもいかがですか」
そう言って彼に進める。しかし彼は、アイリスの言葉にすぐに返さずに少し沈黙して、ゆっくりと目を細めて瞬きをした。
その様子に、パーティー以前から新しい環境で奮闘していて普段よりも疲弊しているのに、こうして二人の未来の為に頑張ってくれたことを改めて嬉しく思う。
いくら彼が仕事の出来る人でも、王族の専属になれば一番下っ端からのスタートだ。
尊敬される仕事ではあるが、その分、大変な面もある。
だからこそ彼には休むときにはきっちりと休んで欲しいと思う。
「……うん」
しばらくして、眠たそうな返事が返ってきて、そのぼんやりした様子にアイリスはくすくすと笑った。
それからリオンはアイリスが笑っている様子にのそりと起き上がり、ふっと短く息を吐いて、ソファーの背もたれから起き上がって「嬉しいけど、そうじゃなくて」と付け加えた。
「本当は、おいしそうに食べてる君が可愛らしいって言いたかったんだけど、ぼんやりしてたから」
気恥ずかしそうにしつつも気分を入れ替えて、アイリスと同じように彼は紅茶を飲んで笑みを浮かべる。
その言葉にアイリスは、不意を突かれてどっきりしてしまって、彼のその笑みが特段格好良く見えてしまう。
しかし、先日のコールマンの「おばさん」発言がちらりとひらめいて、喜ぶに喜べなくなる。
そしてつい言った。
「か、可愛いかしら……私もう、三十代も目前だし」
「まだ、二十六だよ。そう言うには早くない?」
「……そ、それにしても若い女の子たちに比べたら、ねぇ」
「俺にとっては、君が楽しそうだったり嬉しそうだったり、おいしそうだったりするのが一番かわいいんだけど……」
察してほしくてリオンに比べてみればわかるはずだと言った。
しかし彼は、当たり前のように少し困ってそう返す。
その言葉に、アイリスの胸は留まるところを知らなくなってしまって、どうにか落ち着けようと胸を抑える。
……なんだかどんどん彼のことがかっこよく見えてくるのは、もうどうしようもないのね。
自分の気持ちに観念しつつ、それでも一般的に見ても彼は格好いい方だと思う。
癖のない金髪をしていて、さわやかで優しげな印象があるし、鼻筋が通っていて男性らしさもありつつも、行動や言葉が穏やかでともにいて安心感を得ることができる。
そんな彼のことだ、コールマン以外にも狙っている女性が多いのは事実だ。
そんな人が改めて、アイリスのことをここまで好いてくれている。もちろんアイリスもそんな彼が好きだ。
「…………」
「あまりこういうことは言わない方がいいかな」
だからこそ、まっすぐに照れ隠しなんかせずに、向き合いたいし彼の好意の言葉を否定したくない。
「……」
「アイリス?」
「……いいえ、嬉しいわ」
「! 本当、よかった」
「あ、あなたも、改めて見たらハンサムね」
そしてその気持ちがあまり余って、彼に対して誉め言葉を口走った。
すると彼は、驚いてそれから「いや、ど、どうだろう。初めて言われた」と顔を赤らめて、二人の間にはそわそわとした甘酸っぱい雰囲気が立ち込める。
年甲斐もなくなんて言葉がちらと浮かんだけれど、二人のことだ。誰に文句を言われる筋合いもない。
喜んで恥ずかしがっている彼を愛おしく思うのだから、そんな言葉を真に受ける必要なんかないのだとアイリスは強く思った。




