6 仕事
関係を前に進めることにはなったが、なにもそれほど急ぐ必要もない。
それに家族たちにも話を通す必要があるし、きちんと準備をするに越したことはないのだ。
だからこそ浮足立たずに、きちんと日々の仕事をこなすことも重要だ。
そう自分を落ち着けつつ、アイリスは職場に到着し机の近い部下たちに挨拶し、いつも通り自分の席についた。
アイリスの机の上には、こうして復職するにあたって改めてそろえた筆記用具が並んでおり、その中でもひときわ目立つものがある。
それは琥珀で彩られているガラス細工に入ったインクだ。
輸入された代物でそれなりに有名な謂れのあるものである。
そろそろなくなりそうだと考えて手に取ると、かつかつとこちらにやってくる鋭い足音が聞こえて、アイリスは視線をあげた。
「おはようございまぁす。リドゲート事務長」
「おはようございます。コールマンさん」
彼女は、今年入ったばかりの新人であり、早速アイリスにつけられた部下である。
もちろん基本的なことは、ほかの部下に教えてもらってアイリスは総括的な業務を片付ける必要があるのだが、彼女は自分の直接の上司よりもアイリスに興味がある。
「ところで、どうだったんですかぁ? 先日は、王女殿下の専属のリオン様とお会いになったんですよね? きちんと考え直すように言ってくださいましたぁ?」
「……」
彼女は間延びした声で気さくにアイリスにそんな言葉をかけるが、アイリスは静かに彼女のことを見つめていた。
たしかに休暇に入る前、彼女とそんな内容の話はしたかもしれない。
しかし、そもそもこのキャロル・コールマンという女性とアイリスは親しくもないし何でもない。
ただ、それでも彼女が若く少々とがったところがあって、自分の意見を伝えたくて仕方のない少女ということを加味して、話をするし、先日のリオンとの件には思う所があった。
だからこそああいう話になったし、それに間違いはないとアイリスは思う。
「なんですか忘れちゃってたんですか?」
「いいえ、そういうわけではないですけれど。……一応言いましたよ。それに、あなたの言葉も一理ありますからね」
「! でしょ! だって━━━━」
「それは置いておいて、終わらずに持ち帰った仕事はきちんとやったのかしら?」
彼女はぱっと表情を明るくして、アイリスに話を続けようとする。
しかし、そんな様子を困ったふうに見つめている彼女の直属の教育係の女性が困っているのがコールマン越しに見えた。
「もうすぐ始業よ。もちろん交流も良いけれど、やるべきことの優先順位を考えなくてはね」
そう言って、アイリスは自分の準備に戻る。
彼女は目を見開いて、それからなんだか納得が言っていない声で「はぁい」と返事をしてそれから、ヒールの音を鳴らして歩いていき自分の席に戻っていく。
その後ろ姿を見ていてアイリスは頬杖を突いて少しため息をついた。
彼女、コールマンは先日リオンに話をした、彼を狙っている女性のうちの一人であり、アイリスとリオンの噂を聞いて、狙っている人もたくさんいるし結婚のために離れるべきだということを伝えてきた張本人だ。
アイリスは彼女がどういう気持ちを持っているとしても、たしかに人としてリオンをこれ以上縛るだけで時間を奪うのは良くないと納得したから話をした。
アイリス自身としてはコールマンのためを思って身を引いたわけでも彼女を応援するために話をしたわけではない。
だからこそこうして、それをきっかけに結ばれることになったのは嬉しい誤算だった。
けれどもコールマンにとってはそうではないだろう。
「……」
そう思うと少し厄介な気がしたが、アイリスはそれでも自分の仕事をするだけだ。
そう気持ちを切り替えて、仕事を始めたのだった。
昼時の休憩の時間がやってくるとやっぱりコールマンはかつかつとアイリスの元へとやってきて「それで」と話の続きをしようとする。
持ち帰ってやってくると言っていた仕事の書類を紛失し、怒られていたことなどまったくもって忘れた様子で彼女はアイリスに言った。
「ちゃんとリオン様にはもっと他に、ふさわしくて素敵な女性がいるって言ってくれましたぁ?」
彼女はにこりとしてアイリスに問いかける。
ふわっとした金髪がキレイに揺れて、笑みを浮かべたその顔は愛らしく、多くの人にその容姿を褒められてきただろうことがすぐに予想できた。
「……コールマンさん、お疲れ様です。お話があるならきちんと聞きますから、突然話し始めるのはやめてね」
「えぇ~、融通利かな~」
「……」
「って、冗談ですよぉ。良いですよ。お昼一緒に食べながら話したいですぅ」
そんな彼女にアイリスがきっちりと態度を崩さずに接すると、彼女は気分を害したらしく表情が歪んだ。
それから軽口をたたいてから冗談だと流してそれから、勝手にアイリスの食事の相手に買って出た。
「申し訳ないのだけれど、今日はハロルドと一緒に食べる約束をしているから……」
「じゃあ、ハロルド事務長に一緒に話を聞いてもらったらいいじゃないですかぁ!」
「……突然、あなたを連れて行ったらハロルドも困ると思うわ」
「全然大丈夫ですって。それより、私、きっちりリドゲート事務部長とお話したいですぅ」
「……」
「私、全然気にしないですから」
コールマンはそうして、大丈夫だと言って、片づけを終えたアイリスの後ろをちょこちょこと歩いてついてくる。
なじみ深い相手なので彼女がいることについて怒ったりしないだろうが、困ったことになったと考えていると、あっという間に食堂へと到着してしまうのだった。




