14 自覚
会ったということは、やっぱりそこで恋に落ちたのかとアイリスは思った。
「そこで彼女があまりにアイリスのことを悪く言うから、つい怒って今考えるととても酷いことを言ってしまった気がして……」
「酷いこと?」
「だから、彼女から俺のことを何かその……酷い性格をしているとか、実は凶悪だとかそういうふうに聞いていないかと思って」
「……」
「もしそうだったら流石に弁解をしたいなと思って、決して変なことじゃない。いや、本当はさりげなく聞き出して、あの日、彼女に会ったことなんてなかったことにしたかった、でも君を傷つけるぐらいなら言うしかなくて」
リオンは一から十まで全部説明して、すっこし息切れを起こしてはぁと吸い込んでから手を握ったままアイリスのことを見つめる。
「だから誓って君以外に浮気な気持ちを持ったわけじゃない。ただ嫌われたくもないんだけど……ごめん」
「……」
「素直に言えばよかった。大人げないことをしてしまったって」
そうして彼は最終的に一人で反省して、そっとアイリスの手を離そうとする。
しかし、アイリスはそんなことで彼のことを少しでも嫌いになったり、決して怒らない人だと思っていたのにと幻滅するわけではない。
きっとコールマンは遠慮なくハロルドの時のように失礼なことを言ったのだろうし、怒っても不思議じゃない。
……それにむしろ……少しぐらい厳しい彼を見てみたかった……私が知らないリオンの一面を彼女が知っていると思うと……少し妬けるわね。
そう思うぐらい、アイリスは彼のことを深く思っている。
だからこそ、信頼していてもほんの少しでも可能性があると不安になってしまうし、彼がよくないと思っているところも知りたい。
不安定で欲深くてあまりきれいな愛情とは言えないと思う。
……でも、私はもう彼に好かれたから一緒になることを選んだだけじゃないわね。自分の中にも、リオンを他の誰にも渡したくないって思う気持ちがあるのよ。
コールマンの出現がありつつも、着々と彼との結婚について準備を進めていく中で、強くなって定着していった気持ち。
これがきっと、彼を思う気持ちで、世に言う愛とか恋とかそういうものだ。
「待って……」
アイリスからも手を握る。
咄嗟のことでもせっかく触れ合えたなら長くそうしていたい。
彼の手は、同じような仕事をしていてお互いあまりアウトドアな方ではないのに、少し硬くて、でもすべらかで温かい。
「気にしないわ。むしろ……ねぇ、リオン」
「う、うん」
「コールマンさんが少しうらやましいって言ったら、変人だと思う?」
「え?」
「穏やかなあなたが怒っているところを見られた彼女が少しうらやましい、私はいつも優しいあなたしか知らないから」
「そ、それは君を大切にしたいし……当然で……」
アイリスの言葉に彼は、じわじわと頬を染めて目を逸らしたりちらりとこちらを見たりして答える。
「でも、好きな人のことはなんでも知りたいと思うのは当然じゃない? どんなふうに怒るのかも、どんなふうに泣くのかも」
「俺は、それより嬉しそうな君を見ていたいけどっ」
「案外、欲がないのね」
「自分のそんな欲求より、大切なのはき、君だし……」
アイリスの言葉を否定はしないものの、彼はアイリスが怒っているところも泣いているところもアイリスの気持ちを考えて、見たいとは口にしないらしい。
それもまたとても純朴な愛情で、リオンらしいと思う。
けれどそう思いつつ、顔を出した欲を引っ込める気はなくてアイリスは続けて言った。
「……じゃあ、二人とも嫌な思いをしないでお互いを知れることだったら」
「ど、どういう意味?」
「例えば、こうして手の感触を知るみたいに、キスしてみた時の感触とか」
そっと指と指を絡ませるつなぎ方に変えて言う。
アイリスは言ってしまってから斜め下に視線を持って行って、少し羞恥した。
口にし始めた時はいい考えだと思ったけれど、言い終わってみるとあからさまで、急には羞恥心がやってきて困っていたのだった。
しかし、そっと彼の手が片方離れたことによって視線を戻す。
頬に手が添えられて、至近距離で目が合う。
「……そういうのなら、知りたい。いい?」
吐息がかかるような距離で言われて、アイリスは声が出せなくなって目をつむって小さく首を縦に振った。
「ん」
するとゆっくりと優しく唇が触れて、小さなリップ音が耳に残る。
緊張して息を止めていたらしく少し苦しくて、体も強張っていた。
ふと離れていった彼を見るために目を少し開いてみると、想像通り嬉しそうな彼の姿がある。
しかしその唇にはアイリスの口紅の色が少し移って鮮やかだった。
それが妙に扇情的に感じて、アイリスは声も出せずにそのまま口元を抑えて、少しもだえた。
「ア、アイリス?」
「……」
「大丈夫? 驚かせてしまった?」
「……だ、大丈夫よ」
彼がいつも通りのことにさらに顔が熱くなるけれど、アイリスの中からはコールマンに対する些細な嫉妬心などどこかへ消え去ってしまって、もう跡形もない。
そうしてきちんとアイリスは自分の気持ちを自覚することができたのだった。
すこし短くなってしまいましたが、アイリスの抱えていたもやもやを解決できたということでこのお話はこれにて完結とさせていただきます。
最後まで読んでいただきありがとうございます。またどこかでお目にかかれたら嬉しいです。




