12 気持ち
「え? ……は、はぁ? なにもって何なのよぉ! 今朝もそう、皆で私のことをわかったふうに……あんなの馬鹿の集まりでしょぉ! 高級なインクを買って見せつけてまで仕事するなんてバッカみたい」
「静かにしてくれ、コールマン」
事務部長の目にカッとなって声を荒らげるコールマンにとても冷たい声が響く。
その有無を言わせない低く、重たい声に、彼女は口を閉ざす。
「君は、彼女を誹謗中傷することによってその浅学さを恥ずかしげもなくひけらかしていることにいい加減気が付くべきだ」
「せ、せんがく?」
「大人として就労をしている貴族として恥ずかしい程度の知識しか持っていない愚かという意味だよ」
「っ」
「わからないようだから言ってあげよう、あのインクには多額の贅品税が掛けられている。彼女たちはなにもただ単に高級品を買っているわけではない」
「?」
「だからね、コールマン君。彼女たちは事務仕事で国を支えて給金をもらいつつもその何割かを贅品税を支払うことによって、国に返し忠誠心を持って就労をしているということだ」
コールマンは言われて不可解そうな顔をしつつも首をかしげる。
こんなに丁寧に説明をしてもらったというのに、一度ではきちんと理解できていないらしい。
「それを、知らずに、労働が卑しい、恥ずかしいと馬鹿にして……その様子を見ていた全員が君の方が恥ずかしいほど知識がない幼子のようだと思った」
「……」
「だから、君には誰も賛同しなかったのだよ。むしろ貴族らしからぬ暴言を、身分も地位も目上の人間に吐き捨て、さらには根拠のないことで思い込み私の仕事の邪魔すらする……罰則は覚悟できているんだろうな」
当たり前の流れにリオンは納得していたが、彼女はびくりと反応して、言い訳を考える。それから思春期の子供のような態度で言った。
「……で、でも知らなかったんだしぃ、本当に、だって、知らなかったんだから仕方なくないですかぁ?」
「君がそう言おうとも、やったことは変わらない。減給と謹慎処分……もちろん解雇も視野に入れている」
「っ、わ、私だけが悪いっていうのぉ?」
「その通りだ。君は事務官の……いや貴族として風上にも置けない、わかったらさっさと出て行ってくれ、沙汰は追って伝える」
「……うそ、でしょ……」
取り付く島もない事務部長の言葉に、コールマンは必死に浮かべていた笑みを失って、ただその場に立ち尽くした。
「なによ……」
短くつぶやいて、うつむいたその瞳にはきらりと涙が光る。
そして、ちらりとリオンのことを見てその存在を思い出す。
「……リオン様ぁ、でも、あのおばさんがリオン様みたいな人を━━━━」
それから、甘えるような声を出したので、リオンはぞわっと肌が粟立って、すぐに否定の言葉を紡いだ。
「そもそも俺は、アイリスがいなくとも君みたいな人を選ばない。人に迷惑をかけて恥じらいもせず、自分をよくすることより他人を蹴落として自分がいい思いをすればいいと思っている人が嫌いですし」
きっぱりと言いながら、彼女から縋るように伸ばされた手を払って、距離を取った。
「なにより、アイリスには俺から求婚したんだ。それを勝手に解釈して彼女が迫ったのだろうなんて……そんなこと冗談でも言わないでほしい。彼女は優しくて、仕事ができて、自分のことも人のこともちゃんと考えている素敵な人だよ」
「……」
「正直、コールマンさんとなんて比べ物にならないぐらい、努力家だ。でも傲慢にならない、強くて頼もしい人だ。それを勝手に若さなんて生まれた時は誰もが持っているもので比べて、いつか失うのに誇って優劣をつけて……意味が分からない」
「……」
「君は彼女の何にも及ばないよ。勝手な妄想で俺たちのことを巻き込んで自分の都合のいいことばかり言うのはやめてほしい。アイリスを困らせる君に俺は、厄介で腹が立つ以外の感情が思い浮かばない」
「っ~…………」
リオンは、彼女に向けられたアイリスを傷つける好意に対して覚えた忌避感をそのまま口にした。
すると彼女は、目を見開いて口をへの字に曲げてそれから「ひっ、ひぃん」と小さく泣いた。
「ぅっ……ぅぇ」と小さな嗚咽を漏らしながら、リオンのことをよけてふらふらと歩きながら部屋を出ていく。
その後ろ姿を見てもリオンはまったく罪悪感を覚えなかった。
うら若い乙女を泣かせてしまったというのに、まだアイリスに迷惑をかけられたことで腹が立っていて、無理やり視界を切り替えるように事務部長の方へと視線を向ける。
すると彼は、先程よりも幾分機嫌がよくなったらしく、何なら少し笑みを浮かべながら「リドゲート君は君と結ばれることになって本当によかったね」と口にしたのだった。




