2-③
放課後になってアインはアネットに言われた通り校舎の裏に居た。暫くしてアネットが走ってくると、その手には一枚の紙切れを持っていた。
「お待たせ。あれ?従者の人は?」
「一言言ってある。2.3時間経ったらまた来るように言ってある」
「なら安心だね。ところでアインは実験棟への行き方は知ってるの?」
「いや知らない。けれど魔法がかかっているんだろう?」
「正解。僕もちゃんと知らないけれどね。アイン、僕の身体の一部に触れて」
「わかった」
アネットの言葉にアインは戸惑いながらも肩を掴む。アインが自身の肩に触れたのを確認してアネットはゆっくりと歩き出した。歩き出した二人を先ほどまでとは違う景色が包む。そこに学院の姿はなく、木々が立ち並ぶ森の様だった。暫く歩けば彼らの目の前には小さな小屋のようなものが現れた。アネットは小屋の扉に近づきノックをする。二人を迎えたのはメイと呼ばれたメイドだった。
「メイ。マーチャは?あと今日はお客さんを連れてきたから彼の分の紅茶も頼むよ」
「かしこまりました。お嬢様は昨日から寝ております」
「もしかしてまた行ったのかい?」
「はい」
「しょうがないね。ひとまず入れてくれるかな」
アネットの言葉にメイは二人を部屋に通す。そこは数日前アインが居た時よりも酷い有様になっていた。床に紙束が散らばり、よくわからない土や草木が置いてあった。二人を比較的片付いている机の方に案内するとメイはお茶を用意する。部屋の主であるマーチャは奥にいるらしく二人の視界には写らなかった。
「にしても、凄いな」
「マーチャは根っからの研究者気質というか、一度気になったら我慢できないんだよ」
「そうなのか」
「そ。で今は『死の庭』と多分伝説についてお熱かな」
そう言ってアネットが指さす方向には王国の伝説についてまとめられた本があった。数日前アインがベッドとして使われていた場所は物置と化しており、そこには幾冊もの本が積み上げられていた。
「あれって学院の本か?」
「どうだろうね。実験棟にいる人間に与えられてる権限ってわからないから」
「そうだな……」
二人が話していればいつの間に呼びに行っていたのかメイがマーチャを連れて来る。寝起きなのだろう髪の毛を雑に纏められ、着古した白衣を着た彼女に二人は驚愕の顔を浮かべる。彼女の身体は包帯だらけだった。特に白衣が覆っていない肌部分の首元や手は重症なのだろう。薬草の強いにおいが鼻に着いた。
「おはよ~アネット。あれ、お客さん……あ、大丈夫~?なんか不具合?」
「い、いや違う。それよりその怪我は……?」
「大丈夫大丈夫~いつものいつもの~」
「マーチャ。また無理したんじゃないだろうな?キーツ?」
「お嬢の口まで止められないぞ」
「なら仕方ないね」
マーチャの後ろから現れたキーツは彼女を椅子に座らせると床に広がった紙束を整理し始める。アインに対する警戒は解けているようだった。アインの姿にマーチャは数日前を思い出したのだろう。彼の容体が気になるようだが、アインはアインでマーチャの容体が気になっている。そんな二人を見てアネットが話し始めた。
「マーチャ。彼はアイン・タリスマンだよ。覚えているかい?彼は『死の庭』ついて話を聞きたいそうだ。僕は構わないと判断した」
「あ~覚えてる覚えてる~アン君だね~マーチャだよ~」
「アイン、すまない。彼女に関しては諦めてくれ」
「大丈夫だアネット。マーチャ、と呼んでもいいか?」
「もちろんもちろん~。そうそう『死の庭』なんだけどね~やっぱり伝説と関わりあるみたいでね~」
彼女はそう言って王国の伝説から話し始める。
かつてこの国があった場所に小さな村があった。小さな村の土地は痩せていて、満足に食べ物も育てられなかった。だから小さな村では近隣の村や国から死体を引き取ることでお金を得ていた。罪を犯した人間や病気になった人間。そういった様々な理由で村の土地には埋めたくないといった死体が小さな村には引き取られて埋められた。
村人たちは自分たちがお金を得るためとは言え死体を引き取るのを嫌がる人間もいた。けれどお金がないと自分たちも生きていけないと、死体を引き取っては小さな村の端っこに埋めていった。そんな小さな村の中で一人だけ死体たちを哀れむものが居た。それは夜な夜な死体たちに祈りを捧げていた。
ある日小さな村は燃えた。大きな火を上げて村の家は燃え上がり、人々は全員死んだ。突然のことだった。そしてその火は意志を持っているかのように近隣の村や国も燃やし始めた。日はどんどん大きくなり、村も国も森も川も全て燃やし尽くしていった。
燃やし尽くして燃やし尽くして、もう命が一つもないだろうと思われたその時、ある女が現れた。光を纏った彼女が天に祈ると雨が降り始めた。はじめは小さな雨だったが、段々と強くなり、それは聖なる雨となって火を小さくしていくが、それに抗うかのように火は再び燃え始め、女に襲い掛かる。しかしそれは彼女に届くことはなかった。なぜなら彼女とともにこの地に来ていた男がいたからだ。
それからは恐ろしい戦いだった。火の中から出て来る魔物。それを鎮めようと天に祈りを捧げる女と彼女を守り魔物を倒す男。幾日と続いたその戦いはある日終わりを告げた。火は小さくなっていき、男の剣がそれに突き立てられた。天からの雨は止み、日が差し込んだ。辺り一帯を燃やし尽くした死の炎は彼女と彼によって鎮められたのだ。
それからこの二人に敬意を表して『聖女』と『勇者』と呼ぶようになった。
「っていう話~」
マーチャの呑気な声が部屋に響く。彼女のあっけらかんとした態度とは逆にアインとアネット、二人の表情は困惑していた。手で顔を覆い絞るように二人は口を開く。
「聞いていた伝説と違う気がするんだが……」
「奇遇だね、アイン。僕もそう思った」
「一般的に広がっている伝説では……」
死の庭にはかつて魔王が住んでいた城があった。魔王はここら一帯を支配し、死の力で満たした。それ故にあらゆる生物が死に、人々が住める場所ではなくなった。そこにある日聖なる力を持った聖女と勇者が現れ魔王を打ち破った。そしてその剣と聖なる力で魔王を封印した。
「といった話だったと思うが……」
「城もなければ魔王も居なかった……命は悉く死んでしまったというのは同じだけど、原因が違う」
「というよりも火はどうやってあがったんだ火災の原因がわからないぞ」
「マーチャ、この話はどこから持ってきたんだい」
メイの手作りであろうお茶菓子を口に放り込まれたマーチャはアネットの言葉に後ろにあった本を指さす。そこには先ほど彼が指摘した伝説について纏められた本たちがいた。その中の一つをマーチャが指させばそれは宙に浮いて彼らの前に置かれた。
「マーチャは魔力コントロールがうまいんだな……俺にはここまで繊細には無理だ」
「あまり気にすることないよアイン。にしても……随分年季の入った紙だね。しかも手書きだし。というよりもこれって」
「お嬢が書いたやつだ」
「やっぱり」
マーチャがお茶を飲み終えたタイミングでキーツは次にサンドイッチを口に放り込む。包帯が巻かれたことによって手でカップは持てるようだが食べるのは難しい、というよりは、めんどくさがる彼女の世話に慣れているのだろう。頬張って口がいっぱいになっている彼女の代わりと言ったようにキーツはアネットが持っているボロボロになった紙について話そうとし、アインを指さした。
「アネット、こいつはいいんだな?」
「構わないよ。でも彼に指をさすのはいただけないかな」
「お嬢が認識してないんだ。構わないだろう」
「名前は読んでいたからさっきので認識したと思うよ」
「アネット俺はここだけなら構わない」
「だって。良かったねキーツ」
アインがここだけといったのはマーチャを思ってのことだろう。従者の失態はそのまま主人の評価に繋がる。キーツもそこまで馬鹿ではないとアネットは思っているが、メイも含めてマーチャのことになると彼女の従者たちは頭に血が上りやすい。彼らの経緯を考えればそれもわかるのだが。
「ふん。それはお嬢が『死の庭』で書き留めたやつだ」
「やっぱり」
「というより……『死の庭』に人が行って大丈夫なのか」
「お嬢なら大丈夫だ。といっても完全に大丈夫というわけじゃない。今回みたいなこともある」
食事に満足したマーチャの傍にはメイがおり、彼女の包帯を巻き直している。一瞬だけ見えた肌は焼けただれており、所々には黒い斑点があるように見えた。
「さっきお前らが話した伝説だが全部が全部間違っているわけじゃねえ。『死の庭』には中心に石と剣がある」
「それって伝説にあった魔王を封じたってやつかい?」
「そうだ。そしてその魔王はまだ生きている。それが今も『死の庭』で人々が生きていけない理由だ」
「ちょっと待ってくれっ」
「なんだ」
キーツの発言に思わずアインが立ち上がる。アネットも同じような気持ちなのだろう。顔を強張らせていた。
「魔王が生きているだって?伝説にあった勇者と聖女によって封じられ、代々聖女と呼ばれる特別な女性が『死の庭』に広がる瘴気を浄化しているだけじゃないのか!?」
「そう。僕たちの多くが伝え聞くのは今アインが言った内容だ。そして今の代の聖女が平民出身のミーア・コリンではないのかって貴族たちは話しているね。だから学院の在学中か卒業したあとになるかはわからないけど、聖女のお勤めがあるはずだ。それに対して僕たち貴族にお触れがあってもいいはずなのになにもない。だから大臣達は何もしていないのかと思ってたんだけど。……本当はそれどころの話じゃなさそうだね」
「実際に魔王が生きているのだと人々が知ったら混乱を招くぞ。『死の庭』というだけで人々は恐れるというのに……ましてや魔王だと」
自分たちが思っていた以上の脅威があるとわかった二人はソファで項垂れる。自分たちが知っていたのは表層もいい所だったのだ。そしてそれを調べ上げた本人は包帯を直されたのだろう。立ち上がりなにやら準備を始めている。
「マーチャ?」
「アネット~聖女っていまどこにいるかな~?」
「聖女?あぁ、ミーア・コリンのことだね。今なら学院にいるんじゃないかな?」
「じゃ見に行こ~」
ちょっと散歩に行くかのようにマーチャは愛用の肩掛けカバンに紙とペンを入れる。そんな様子にアインはぽかんと口を開けているが、アネットは慣れているのだろう。立ち上がり、すぐに出れるようにしていた。
「仕方がない。アイン僕たちもマーチャと一緒に行こう。ここで考えていたって僕たちはマーチャじゃないんだ。何もできないよ」
「はぁ……まだお前たちと一緒にいる時間は短いのに、こうも色々起こるとは思わなかったぞ」
「飽きないだろう?」
「全くだ」
用意が終わったのだろうマーチャは二人の方を見る。
「アン君も一緒に来るの~?」
「あぁ、一緒に行っていいか?」
「いいよいいよ~。じゃ、聖女様を見に行こ~」