間≪マーチャ≫
王国には『死の庭』と呼ばれる場所がある。そこに作物はなく、木々もなく、命はない。荒廃した土地が広がり、辛うじて姿を保っている枯れ木も触れてしまえば一瞬で塵になってしまう。そんな土地でも辛うじて生きているような存在がいることがある。王国で重罪を犯した罪人たちだ。水はあっても毒に侵されており、食べるものはない。闊歩しているのは死を纏った怪物たちである。怪物たちに言葉は通じない。死を纏った彼らは罪人に近づくと辛うじて残っていた生命を吸い取り、彼らは死ぬのだ。だから『死の庭』に近づくものは居ない。なぜならそこは死というものが空気に沁みついており、普通の人々であれば歩くだけで病に伏せ、結果として死んでしまうからだ。ではそこを平然と歩いている彼女はなんなのだろうか。
「あ~やっぱりね、最近賑やかだよね~。わくわくしてるのかな~?」
白衣を着て肩からはカバンを引っ提げてマーチャは歩く。実験棟にいた時とほぼ変わらない姿で彼女は『死の庭』にいた。一定の歩幅間隔で歩く彼女の傍にはキーツがおり、彼もまた至って普通の様子で歩いている。
「うんうん、そうなんだ~。やっぱり聖女様っていうのが現れたからなんだね~。でも不思議だな~」
誰と話しているのか、独り言なのか、彼女の口は止まらない。歩きながら誰かと話しているかのようだが、キーツは一言もしゃべっておらず、彼女の周りに話せるような存在は居ない。あるのは死を纏った空気だけだ。
「さてさて、今日はどうかな~?元気かな~?」
『死の庭』の中央に位置する場所。そこにマーチャは居た。足を止めた彼女の視線の先には石とそれに刺さる剣があった。剣が刺さっている石のわずかな隙間からは死を纏った空気が漏れ出ており、その周囲一帯は他の場所と比べても濃度が濃いようだった。マーチャは石の前に座るとそれに触れる。皮膚が焼かれるような音が響いた。
「あ~やっぱ今日は強いね~どうして?貴方の濃度が増しているのはなんで?貴方が気にかけている聖女ってなぁに?」
焼けた皮膚を見て彼女はカバンから紙を取り出す。皮膚の様子を書き記しながら彼女は再び石に視線を上げた。
「聖女って言うけれどそれは貴方が知っている聖女様じゃないはずだよね~?だってえーっと、この国を設立にかかわった人だから……300年くらい前の人だよね?なら貴方が気にする必要ない気がしたんだけど……」
疑問符を浮かべながらマーチャは再び紙に視線を落とす。彼女の指は焼けただれたままだ。痛みも熱さも気にした様子なくマーチャはペンを走らせる。いつの間に現れたのかメイは彼女の指を気に掛けるがキーツは黙って横に首を振っていた。後ろにいる二人の様子など気にすることなく彼女の口がまた開く、死の空気は先ほどよりも濃いものになっていた。
「ねぇ、聖女っていうのは神聖な魔力の強い人の名称のはずだよね~?肩書みたいなものだったと思うんだけどな~っ!」
マーチャの発言に死の空気は意志を持ったかのように彼女に襲い掛かる。空気の塊はマーチャに襲い掛かり、彼女の身体は全身死の空気に触れられた。全身は熱く焼け、黒い斑点が浮かび上がる。一瞬の後大きく地響きが鳴った。襲われたマーチャにメイとキーツが駆け寄るが、彼女は再び石に近寄る。その顔は喜色を帯びていたが、皮膚は爛れていた。
「怒ったね~!なら教えて。なにに怒ったの?悲しんだの?私はわからないからそれを教えて。貴方が喜んだ聖女っていうのはなに?貴方を封じたものって言われているけど違うんでしょう?魔王さん」
『死の庭』で再び静寂が広がった。