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5-③

「それで?どうしてここに来たの?」

「最近聞いた噂について考えていたら疲れてな……」

「噂?」

 アネットにアインは先日男子学生たちに聞いた噂を話す。聞いているうちにアネットの顔は段々と歪んでいった。

「そいつらは自分たちの言葉に責任が持てるのかな?」

「わかってないんだろう。名前も出してないしな。言い逃れができると思っているんだろう」

「聖女って言葉を出してるから教会の人間が黙ってないと思うけどね。……にしてもなるほどね。そういう噂が立ってるんだ」

「知ってたんだな。彼女が会いにいったことを」

「まぁね」

「アネットは……彼女が研究している内容も知っているのか?」

 アインの問いにアネットは立ち止まる。その表情は母親の様だった。

「アイン。僕は確かに知ってるよ。でもそれは僕がアイツの傍に近かったからに過ぎない。君との僕に違いがあるとしたら年月による信頼の差だ。だからそんな寂しそうな顔しないで」

「……すまない」

 アインはその時自分が思っている以上に目の前の彼との差に苦しんでいることに気が付いた。自分が聞いたとき彼女は誤魔化そうとせず「秘密」と答えてくれる。ミーアと会ったことを聞けばそれも素直に答えてくれる。そう、彼女は素直に答えてくれるのだ。それが求めていた答えじゃなくても、アインに言えることは教えてくれる。けどそれは自分以外の人間に対してもそうだろう。目の前の彼以外は彼女にとって同じなのだ。

「僕が言えることじゃないけど、アイツと近づくのに僕のことは気にしない方がいい。僕は僕でアイツとの関係があるからね、悪いけどそこは変わらない」

「わかってる。頭ではわかってるんだが……」

「一つ助言するならアイツに対しては遠慮をしないことだね。アインから行かないと。向こうから来るのって今の所絶対ないから」

「絶対か」

「絶対ないね」

「わかった。ありがとうアネット」

「どういたしまして。それでごめんね、話を戻すんだけど」

「いや悪いのはこっちだ気にしないで戻してくれ」

「うん。ミーア嬢と会ったのはマーチャで間違いないよ。歩いていたところを話に言ったみたい。多分だけどお互い気になったことがあったんだろうね」

「お互い?」

「前マーチャの傷をミーア嬢が治したでしょ?その時ミーア嬢の顔色が明らかに悪くなってた。僕も気になってたんだけど……」

 アネットの言葉にアインはあの日のことを思い出す。確かにミーアの顔色は悪く、それはただの治癒だけではありえないことだとアインも思っていた。

「多分僕たちだけじゃないと思うよ。彼女たち自身、もしかしたらミーア嬢が一番不可解だったんじゃない?」

「自分の力だからか」

「そう。それでここで彼女たちは会ってたんだよ」

 アネットは身を翻す。彼の手の先には話題に上がっていた二人が向かい合っていた。状況が理解できず立ち止まったアインの服をアネットは引っ張り木の後ろに身を顰める。視線の先で話すマーチャとミーアには二人のことはばれていないようで何かを話している。どういうことだと、アインがアネットの方を向けば彼は静かに、と言わんばかりに口元に指をあててから小声で話し始めた。

「事前に知ってたんだよ。マーチャがここでミーア嬢と会うってね。アインも知ってたのかと思ったけど違うみたいだね」

「俺は知らんっ……彼女から聞いてないぞ……」

「ね。でも僕は君も居ていいと思った。これからのことを考えれば猶更ね」

 そういってアネットはアインを連れ出して二人の元へと向かう。アネットだけではなくアインもいることに驚いたのだろう。マーチャが珍しく大きく目を開く。その目は純粋に驚いているようだった。対してミーアの顔色は少し悪い。二人の前に立ってアネットはにこやかな表情をしている。じっと彼を見てからマーチャの視線はアインのほうを向く。そこに色はなく、ただどうしてここにいるのか、ということを訪ねているようだった。

「歩いていたらアネットに誘導されてたんだ」

「どうして~?」

「彼が居てもいいだろマーチャ。どうせお前のことだ巻き込む予定なんじゃないのか?」

「まだ確定じゃないよ~アネット」

「そうかもしれないけどね。僕はお前がやりたいことをさせたいけど、その為にも地盤は整えとかなきゃいけない。彼がいるとそれがとてもスムーズに進むからお前の目的を話しておきたいんだよね」

 アネットとマーチャの話に他の二人は蚊帳の外になる。それはお互いに全てを知っている者同士の会話であり、当人達だけがわかっている前提のものとして会話が進んでいた。どこか嫌の色があるマーチャと違ってアネットは一枚上手の表情を浮かべていた。その表情から逃げるようにマーチャはアインの方を向く。急な視線の動きに驚きながら彼は真っすぐその目を見た。

「アン君さ、僕はただ自分のしたいことをしてるだけだけど、アネットが言うにはそれは世界を変えちゃうんだって。だからこれからの話を聞いたら戻れなくなるよ。それでも聞く~?」

 真剣な表情を変えていつもの微笑み。口元を緩め目元も緩め、無力を装った顔でマーチャはアインに問うた。これは最初で最後の通告だと言わんばかりに。アインは彼女の細い肩を掴み、顔を近づけて言った。

「俺は、お前の邪魔はしたくない。だけどお前の近くでお前がしていることを知っていたい。世界を変えるなら俺もその隣にいさせろ」

 アインの発言にマーチャの目は大きく拍子を打った。そしてその口元は一瞬柔らかく微笑んだ。

「それに世界を変えるならアネットの言う通り地盤を整えたり根回しは必要だろうが。アネットだけじゃなくて俺の力も使え。偶然とはいえお前は俺を拾ったんだから」

「は、あははっ!うん。アン君のことも僕は拾ってたもんね~。わかった僕のやりたいことをするために手伝って」

「仰せの通りに」

 わざとらしくアインはマーチャに恭しく礼をする。その姿がまた様になっていてマーチャは笑った。その二人の様子を見ながらアネットは笑い、ミーアは狼狽えていた。二人の様子を見てマーチャはミーアの方へ歩き、アインは試合結果を報告するように上機嫌にアネットに近づいた。

「ミーアごめんね~。でもこれで万全かも~」

「あの、私、何もわかってないんだけど……マーチャ、ちゃん。彼らは……」

「大丈夫。味方だよ~。少なくともミーアにひどいことしない」

「ミーア嬢驚かせてすみません。でもマーチャの言う通り僕たちは貴方に危害を加えたりしない。僕たちがするのはこいつの手伝いなので」

「あぁ。正直俺もなにをするのか何もわかってないが危害は加えない。何か形に残して誓ってもいい」

 男たちの言葉にミーアはぎょっとした顔で首が取れそうな勢いで横に振った。今の彼女は学院でいるときよりも弱弱しく、何かに怯えている様子で、その手はマーチャの腕に縋りつくように捕まっていた。

「だ、だいじょうぶです。そんなことしなくて……」

「ミーア大丈夫~。この後全部話すけどいい?そうじゃないと僕がやりたいことの説明が難しいから~」

「うん……信じてもらえるかわかんないけど……」

「信じる信じないは関係ないから問題ないよ。これから結果で示すんだから~」

 ミーアをそのままにマーチャはズボンのポケットから紫の鍵を取り出す。それはアネットやアインが持っている者と違ってしっかりと鍵の形をしているものだった。

「移動するのかい?」

「ここだと誰に聞かれてもおかしくないからね~」

「マーチャ。これからすることだけ教えてくれないか?」

 アインの言葉にマーチャは微笑む。それは悪戯を仕込む子供の顔だった。

「進学の時の祝賀会で伝説に一石投じるだけだよ~」


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