4-③
ノックをすれば出てきたのはメイだった。表情は全く動くことがなく、歓迎しているかもわからないが、アインの姿に少々お待ちくださいとの言葉と同時に一度部屋が閉じられた。しばらく待っていればドアの奥からバタバタと駆けて来る音がして扉が開いた。
「どうしたの~?一人~?」
「一人だ。入っていいか?」
どうぞ~と、マーチャはアインを招き入れる。彼女の姿はいつもとあまり変わらない。包帯が少し減っている気もするが、顔には湿布のようなものが貼り付いているし、体の大部分は白衣で隠れている。同じように部屋は相変わらず汚れており、人が座れる場所は見当たらない。以前座らせて貰っていた場所も机の上にはなにかわからない紙束が山ほどあった。しかしそこしか来客用のスペースはないのだろう。マーチャがアインをそこに案内すればメイが一人分のスペースを片していた。
「マーチャ」
「ん~?」
「俺に栞をくれた理由はなんだ?」
「アネットが信頼してたから~。あと、『死の庭』を恐れなかったから」
その言葉とともにマーチャはアインをまっすぐ見る。その目は何かを見透かしそうなほど透明に光っており、あの日ミーアを見つめていた視線と同じだった。王宮という魔窟にいるアインもその視線に一瞬肩が揺れた。
「アインみたいな人がいるとやりやすいからね~。王族やめないでね~」
「好んでやめれるようなものでもないんだがな。なにか企んでるな?」
「うん。企んでるよ~」
「それは聖女や『死の庭』が関係しているか?」
「まだ秘密~」
「……なら俺たちが一緒に居た時以外で聖女に会いに行ったか?」
「行ったよ~」
「それは教えてくれるんだな」
アインの問いにマーチャは笑って返した。この程度ならアインにも彼女は答えてくれる。しかし彼女が研究していること、企んでいることは教えられないらしい。しかしそれらは国にとっても無関係なことではないだろうとアインは感じていた。
「アン君にはまだ教えられないかな~。そこから洩れても困るし」
「信用がないか」
「アン君は大丈夫かもしれないけど、僕アン君の周りにいる人って知らないから~」
マーチャはそういって立ち上がる。自身の研究に戻るようで奥の部屋に消えていった。入れ替わるようにメイがやってきてアインの前にお茶とお茶菓子を置いていく。しばらくここに居ていいのだろう。メイのお茶に舌鼓を打つアインの元にキーツがやってきた。
「お前また来たのか」
「あぁ。彼女から許しを貰ったからな」
そういってキーツに紫色の紙を見せれば彼は苦々しく顔を歪めた。
「それがあるからって調子乗るんじゃねぇぞ。お嬢は基本的にお前なんてどうでもいいんだからな。お前がいる地位が丁度いいってだけだ」
「主人の企みを離すような従者は要らないと俺は思っているが……。それに彼女自身元々俺が王族だと気づいていないようだったがな」
「ハッ!お嬢が地位を見て行動を変えるかよ。王族だろうが下民だろうが研究材料になりそうなら余すことなく使うってだけだ」
「なるほど。つまり俺は彼女が研究していることに対して丁度いい材料だったということだな。それは光栄な拾われ方をしたな」
アインの言葉にキーツの顔が歪む。口を開け牙を向いたキーツの顔はアインに近づく。その目には彼に対しての憎悪が見て取れた。
「調子乗るんじゃねぇぞっ……てめぇなんて使われたら捨てられてお終めぇだっ!」
「ならそこで終わらないようにするまでだ。彼女の意識に刻まれるようにするまで」
「お嬢に対して触れられもしねぇやつが何言ってやがるっ」
「女性に対してすぐに手を出す輩よりよっぽどいいと思っているが」
睨み合いを続ける男たちを止めたのは彼らの頭上に対して同時に行われた平手だった。乾いた二つの音が響いたとき、男たちは同じタイミングで横を見る。その場にはいつもと変わらない様子でメイが居た。
「お二方。口を動かすのであればどうぞお外へお行きください」
「てめっメイ!俺はお嬢の近衛みてぇなもんだ!こいつにしてたことは正統だろうが!」
「正統だろうが主人の状況を見て動けない駄犬は要りません。お嬢様は現在研究をなさっています。集中力が途切れることはほとんどありませんが、貴方の出す騒音に気を逸らしたらどう責任を取るのですか?」
「ぐっ」
メイの言葉にキーツは押し黙る。彼自体自身の声の大きさはわかっていたのだろう。押し黙ったキーツを見てメイはアインの方を向いた。
「アイン様も。この場はお嬢様の実験棟でございます。この場に留まるのであれば本の一冊でも読むか、静かにお願いいたします」
「……すまない。わるかった」
「王族である方に本来する言葉ではないとは重々承知しておりますが、私共が忠誠を誓っているのはお嬢様のみでございますので」
そういってアインにメイは頭を下げるがそれが本当に形式だけであることは彼女の言葉が物語っていた。二人が言葉は違えどマーチャに従っていることは最初に出会ったときから知っていた。その忠誠が重いこともアインは肌で感じ取っていたが実際に言葉で示されたのは初めてだった。
「二人はどこで彼女に会ったんだ」
「私たちからお嬢様に関して貴方様に話せることはありません」
「……いつか彼女から聞けるときは来るだろうか」
「それに関してはアイン様の頑張り次第かと。しかし貴方様お嬢様に不利なことはしないとおっしゃっていました。それに対してのお嬢様の返答がそちらの鍵だと思われます。今はまだそのままでいらっしゃることがお嬢様にとってはよろしいかと」
「そうか……」
メイの言葉にアインは鍵と言われた紫色の紙を見る。これは実験棟に入るための鍵なのだということはアネットに聞いた。そして持てるのは学院の実験棟の管理者と王宮勤めの研究所のトップ、それと実験棟を使っている生徒から直接渡された人間だけだと。アインは前者のどれにも属さない。つまりマーチャが渡してもいいと思ってアインにくれたのだ。それがアネットの後押しがあったとしてもくれたのはマーチャ自身だ。鍵を持つ手は自然と口元に持っていかれ、アインはそれに口付けを落とした。
「お前キザだな……」
「うるさいな。愛しいと思ったんだからしょうがないだろ」
「吹っ切れやがったこいつ。ま、お嬢に懸想すんなら俺らは邪魔するってだけだ」
「地位とかを思えば相当いい物件だと思うんだがな」
「お嬢様にとってそれらは何も意味を成しませんので。私は恋路の邪魔はしません。応援も致しませんが」
「マーチャらしいな。そこに俺は惹かれたと思うんだが」
「わかっているように口にすんじゃねぇ!しかもさらっと言うな!気色悪い!」
「まずはお嬢様にそういうことを認識させるところからだと助言だけ致します」
アインの言葉にキーツは過剰とも思えるほど反応し、メイは強く反応を示さない。反応は違うが二人が思っていることは共通してマーチャのことなのだろう。アインはお茶を啜って二人の方へ視線を向ける。手強そうな二人を前に彼は慣れないお茶会を始めた。




