間≪ミーア?≫
ミーアは自室のベッドの中で震えていた。どうして、と。今日出会ったマーチャと言った少女。彼女の怪我は普通にできたものではないと治療をした彼女はわかった。しかし困惑よりも強い恐怖を彼女に与えたのはマーチャの発言だった。
「中身が、違うってどうして……どうしてわかるの……?」
ミーアの目からは涙が零れ落ちる。それは悲しみではなく、恐怖によるものだった。
彼女、ミーア・コリンはこの世界の住人ではない。正確に言えば彼女の中身が、という話だが。彼女の中身は小林朱里と言い、日本人の高校生だった。ある日、事故で亡くなった彼女は気づけば真っ暗な空間にいた。そこには何もなく、自身の輪郭すらも曖昧で、自分の身体がはっきりあるかもわからない空間の中で彼女の目の前にいたのは眩い光を放つ白い光だった。
白い光は朱里に近づき、彼女もそっとそれに近寄った。
「ごめんなさい」
彼女の中に消えそうな少女の声が響いた。
「ごめんなさい。あなたを巻き込んじゃった。でも、でもわたしは、私にはできない」
「貴方はだれ?どういうこと?ここはどこ?」
「ごめんなさい。わたしにもわからない。でもわかるのは私があなたを呼んじゃったってことだけ。わたしは、ミーア・コリン。聖女様の神託を受けたの」
泣きそうな声はそれでも朱里の問いに答えようとしゃくりついた声で話し続ける。聖女という言葉、王国という言葉、そして伝説の話。ミーア自身もわからないことはあるようだったが、彼女は知っていることを朱里に話した。
「わたし、伝説の聖女様の神託を受けたの。この代の聖女は貴方です、って。どうか彼を救ってくださいって。でも、でも……私、『死の庭』なんて行きたくない!死にたくない!お母さんと、お父さん……離れたくないよっ」
姿は見えないが泣きじゃくっているのだろう。ミーアの声は悲痛に染まっており、彼女の訴えは朱里に深く突き刺さった。
「まだ神託のことは誰にも言ってないんだけど、しばらくしたらお家に学院の入学許可証が来る……私は魔力があるから」
「魔力があると学院に行くの?」
「うん。この国では魔力があれば身分関係なく学院に行けるの。そこで魔力を使うための魔法を学ぶんだって……学院には行きたかった。けど、聖女様の神託は教会にも届くだろうから……そしたら私は『死の庭』に行かなきゃいけない」
朱里にはまだ『死の庭』がなんなのか、ミーアの住む王国の事情詳しくはわからなかった。けれど彼女が恐怖でいっぱいだということはわかった。
「……わたしね、気づいたら逃げ出していたの。ベッドから跳ね起きて、怖くて、逃げたくて……それで自然と『死の庭』に向かっていたの」
「え、」
「私もなんでだろうって思った。だけど理由は簡単だった。そこなら絶対に死ねるから。逃げれるから……本当はわかってる。死んだことが逃げる事じゃないって!わたしが死んだらお母さんもお父さんも悲しむって!もしかしたら他の誰かが代わりに行かなくちゃならないことになるかもしれないって……!でもっ!でもっ!!私だっていやだったの!行きたくなかったの!聖女様の、神託なんてっ……受けたくなかったっ」
ミーアの言葉に朱里の意識は動いていた。彼女である白い光を抱きしめていた。輪郭すらない自分だったが、それでも辛いことから逃げ出したくなる気持ちも、どうしようもないことが辛いと叫ぶ彼女の気持ちがわかったからこそ、朱里は彼女を抱きしめてあげたかった。
「辛かったんだね。誰にも言えないことだもんね」
「うんっ、誰にも言えないの、聖女様は素晴らしい人なのっ、今までの聖女様だって、ちゃんとお役目を果たしていたのっ……でも、でもわたし、わたしっ」
「いいよ。ミーアちゃんがいる場所では吐き出せなかったよね。いいよ。私は何も知らないから」
「死にたくなかったよっ……ごめんなさいっ」
姿の見えない彼女が抱き着いてきた気がした。
再び静寂が空間を包んだ時、ミーアの光は小さくなっていた。
「ありがとう。朱里。そしてごめんなさい。私は結局あなたに聖女という役割を押し付けてしまったと思う」
「私がここでミーアちゃんに会ったのと関係してる?」
「うん。多分わたしが死んだときと朱里が死んじゃった時って同じだったんじゃないかな……だから、私の代わりになるように朱里はここに来ちゃったんだと思う……」
「そっか……」
「ごめんなさい……」
ミーアの言葉に朱里はどこか納得したような、ほっとしたような気持になった。彼女の中でなにか期待が生まれていた。
「ミーアちゃん。私やるよ。大丈夫。きっとこれもなにかの運命なのかもしれない」
「え、でも、死んじゃうかもしれない……それに朱里きっとこの国の人じゃないんでしょう?色々、大変かもしれない」
「そうかもしれないけど……もしかしたら何とかなるかも?異世界転生ってやつかもしれないし」
「?」
「ごめん、気にしないで。それじゃなくてもきっと大丈夫!……私ね、死ぬ前辛いことがあったの。でも自分じゃどうしてもなんとかできなくて、勇気もなくて……それで気づいたら死んでたの」
「……朱里も」
「うん。だからミーアちゃんが逃げたくなる気持ちもわかる。もし他の人がミーアちゃんを否定しても私はミーアちゃんを肯定するし、抱きしめる。だって、辛かったもんね」
「うん……逃げたかった」
彼女たちはお互いに微笑む。彼女たちもわかっている死は許された逃げではないだろうということを。でも、それでも彼女たちにはそれ以外の道を見つけることができず、それ以外の道を示されなかった。
「きっと私はこれからミーアちゃんの中に入るんだよね?それがどうしてかはわからないけど」
「うん。それで朱里は私の代わりに聖女となると思う」
「うん、うん。いいよ。きっと私でもなにかができるんだと思いたい。こういったらあれだけど……死んでしまうのだとしても、頼ってもらえるのが、必要とされることが嬉しいから」
「朱里っ」
強く朱里を抱きしめた感触があった。その時ミーアと自分がほとんど同じ背丈なのだと朱里は知った。
「ごめんっ……もう時間もないみたい」
「そっか」
「ひとつだけ言いたいの。私が言っていいことなんかじゃないと思うけど……わたし、朱里の言葉に救われた。ありがとう、私を救ってくれて。否定しないでくれてありがとう」
涙に濡れた瞳は真っすぐに朱里を見つめる。そこには自分と大差ない年の少女がいた。
「わたしも、ありがとう。本当に偶然だったのかもしれないけど、貴方に会えて、嬉しかった」
「っありがとう。もし、またいつか会えたら、友達になってね」
最後に笑った表情を浮かべてミーア・コリンは消え、その光は朱里を包んだ。
目が覚めた朱里は自身の姿が違うこと、景色が見慣れないものだということに気が付いた。そして呼ばれた名前で自分が『ミーア・コリン』になっていることを知った。彼女の両親はミーアが『死の庭』の近くで倒れていることに驚き、そして無事なことに泣いた。そして彼女を優しく抱きしめてくれた。ミーアの身体の感情なのか、それとも本当に彼女が消えてしまったことがわかったのか、朱里もミーアの身体で泣きじゃくった。
それから朱里はミーアとして生きていた。彼女の記憶があったことによりこの国のことを知った。そしてそれが前世にあったお話だということも。朱里自身はゲームをしてこなかったので詳しくは知らないが、チェーン店のカフェで勉強をしていたとき、近くに居た女子学生が話していた内容にそっくりだった。かすかに残る記憶に「聖女の主人公と第一王子のルートがやっぱ王道でいい!」と言っているものがあった。なら彼女のやることは一つ。朱里は第一王子に近づくことを目標に日々を過ごしていた。現世と違う生活で一人、ミーアとして生きていた。
そして彼女は王立学院の入学を果たす。学院で一人迷っていた時に第一王子と出会い、そして教会の人々には自分が聖女だということを教えられた。本当にミーアが言っていた通りだと朱里は思った。聖女のやること、唯一記憶にある第一王子と仲良くなること、魔法の勉強と、世界の勉強。朱里は、日々を過ごしていた。
「中身……違うことばれちゃったら、私、どうなるんだろう……また、殺されちゃうのかな……」
頭まで毛布を被っても朱里の心は恐怖に包まれたままだ。ミーアの言葉を聞いたとき、朱里は痛いほど気持ちが理解できたし、そして羨ましかった。神託であれなんであれ求められている彼女が羨ましかった。
朱里は孤児だった。気づいたときには親がおらず、内気な性格で心もあまり強くなかった彼女はいつも一人でいるか、気にかけてくれる子と一緒に居た。しかしそういう子に対しても交流がうまくできず、気づけばまた一人だった。そんな彼女でもきっと大人にはなれただろう。彼女の不運は心無いいじめに巻き込まれたことだ。人を人として見ず、命を命として扱えない人間はいる。彼女はそんな奴らに突き落とされたのだ。痛みも悲しみも生まれる前に彼女は死んだ。彼女の視界に最後に写ったのは自分を嗤っている人である。
「ミーア、ミーア……私、わたし、がんばりたい……頑張ってみせるから……おうえんしてっ……」
今はもういない消えてしまった彼女への言葉は夜の中に消えていった。




