3-②
じっと下から覗きこまれているのに気づいてカベルは叫びそうになった口を抑える。そしてそのままの体制で距離を取った。アインとアネットはそれはそうなりますよね、といった様子でその光景に頷いていた。
「き、君は誰だ」
「ん~?んん~?」
カベルの言葉を無視してマーチャはミーアに近づく。先ほどよりももっと近づいたマーチャにミーアは小さく悲鳴を上げるが、大きく見開かれたマーチャの目に身体が固まった。何かを覗き込むように、探るようにマーチャはミーアをじっと見つめる。
「なんか、違う?いや、浸透してるけど……中身にあるのかな?中身?中身が違う?」
その発言にミーアの肩は跳ねる。それに気づいたのだろう。異様な空気に飲まれていたカベルはハッとしてミーアに近づいていたマーチャの身体を突き飛ばした。とっさに反応できなかったマーチャだったがその身に衝撃はなく、彼女の身体は彼女の影から溢れるものによって支えられていた。
「うお、ありがと~」
彼女がそういえば、それらは再びマーチャの影に消えていく。一連のことにマーチャ以外の全員が言葉を失っていたが、その中でもいち早く行動を起こしたのはアネットだった。彼は直ぐにマーチャに近づくと彼女を立たせ、カベルに頭を下げた。それを見てマーチャもゆっくりとだが頭を下げる。
「カベル様幼馴染である彼女がミーア嬢に失礼いたしました。ミーア嬢も不愉快な思いをされたでしょう。申し訳ありません」
「ごめんなさい~」
緩い謝罪ではあるが、マーチャも頭を下げる。ミーアはカベルから身体を離すと二人に向かって言葉を掛けた。
「あ、あの。気にしないでください。私が過敏に驚いてしまっただけです。ごめんなさい」
「ありがとうございます」
「それより、えっとマーチャ様?怪我が多いように思います。良ければ治しましょうか?」
「ミーア!そんなことっ、君がしなくてもっ」
「でもカベル様、私が過敏に驚いてしまっただけですし……彼女に悪気があったわけではないと思います」
「っ!というよりも、先ほどのはなんだったんだ!?マーチャと言ったな?先ほど君から出ていたものについて!それとなぜミーアに近づいたのか説明を求める!」
「それは俺も気になるが……」
カベルの言葉にアインも続く。一般的に使われている魔法にマーチャのような影を扱うものはない。それも先ほどのような魔力自身が意志を持っているかのようなものは学院の研究者でも知らないだろう。アインはアネットの顔を見る。先ほど謝罪を受け入れられてから顔を上げた彼の表情に驚きの色はない。つまり彼は彼女のそれについても知っているということだ。けれど口を閉ざしままということは、アインは簡単に想像できた。
(言えないことなんだな)
短い付き合いでもわかった。アネットは幼馴染のマーチャのことを守っている。研究ばかりで実験棟に篭っている彼女が貴族社会で潰されないようになんとか守っているのだろう。だから彼女が不利になるようなことを口外しない。『死の庭』についてアイン自身に尋ねたのも彼女に合わせていいか試していたのだろう。それがわかったから今アインは口を出さない。黙って成り行きを見守ることにした。
「言えません」
「なぜ君が答えるんだい。アネット・ノーブル」
「彼女は実験棟の生徒です。自身の実験の公表を簡単にするものではないと私は思います」
「実験棟の生徒だと……!ならばなおさらなぜミーアに近づいた!君が研究していることに彼女が関係あるのか!?」
実験棟の生徒は何かしら個人の研究を行っている。彼らの多くは卒業のタイミングでその内容を公表し、そのまま国お抱えの研究員になることもある。彼らの研究の多くは国にとって利益になることが多いが中には一般に広められるものではない場合もある。それらは秘密裏に国に抱えられたりするのだが。
「秘密~」
「なぜだ。内容は言えなくても関係があるのかないのかぐらい言えないのか」
「言えない~。だってはっきりしてないもーん。それに不透明なことを言えるくらい僕は君を知らない~」
「ぐっ、実験棟にいる人間に話の通じる人間は少ないと聞いていたが、これほどに話が通じないと思わなかったぞ!」
「ねぇねぇ聖女様~」
「ミーアに近づくな!」
カベルの言葉も意に介さずマーチャは自身の傍に寄っていたミーアに声を掛ける。その目には先ほどまでの深さはなく、いつもの様子だった。ミーアもまた先ほどまでとは違うことがわかったのだろう。声を掛けてきたマーチャに向き直る。
「はい。えっと、私のことですよね」
「うん。治せるの~?」
「あ、はい。治せますよ。私治癒が得意なんです」
「お願いします~」
「わかりました」
なんの疑いもなく差し出された手にミーアはそっと触れる。彼女の手からは光が溢れ出し、マーチャの手を包んでいった。しかし段々とミーアの顔が歪む。眼は見開き、マーチャの方を向く。しかし彼女の視線はマーチャと合わない。マーチャは何かを確かめるように自身の手が治癒されるのを見ていた。しばらくして光は収まる。ゆっくりとミーアの手が離れるとマーチャは感覚を確かめるようにぐっぱぐっぱと手を動かす。それに問題はないようで彼女の顔は喜んでいたが、対照的にミーアの顔は沈んでいる。
「ありがと~聖女様。楽になった~」
「い、いえ。あ、あのマーチャ様」
「なあに?」
「その傷はどこで作ったんですか……?」
震える声でミーアはマーチャに尋ねる。その顔色は先ほどよりも悪いように思えた。
「内緒~」




