最終話 ナマケモノのUaと小さな星と、夜の虹
「……これ、ぼくとオルじいのお家の住所……?」
「うむ。ほぼほぼ正解じゃ」
空いている片方の手でらUaの頭を撫で、オルじいは優しく微笑む。
「ということは、こっちは、日付と時刻で……」
「今日の、23:32、と書いてあるのう」
「…………今日……」
「きょう……」
「長く地上にいればいるほど、星の子に危険がふりかかる。帰るならば、一日でも、一秒でも早く、空へ戻ったほうが良いじゃろうて」
「…………かえ、る……」
突然、何段階もの工程を飛ばしているかのように、急速に動き始めた状況に、喜んでいるはずの小さな星は、困惑の声をこぼす。
「せっかく……」
せっかくUaと仲良くなれたと、そう思ったのに。
最後まで言えずに消えた言葉に、オルじいの手が、小さな星の頭のあたりを撫でた。
「Ua、星の子のことは好きか?」
ふいに話を振られたUaは、ぱちくり、と大きな目で瞬きをしたあと、迷うことなく「うん!」と大きく頷く。
「Uaとお友だちになってくれたんだよ!」
そう言って、満面の笑みを浮かべるUaに、オルじいは「そうかそうか」と少しだけ悲しそうな顔をしたあと、優しく頷きながら口を開く。
「じゃが」
「でも、でもね」
「うん?」
続けようとしたオルじいの言葉を、Uaは「でも」と繰り返しながら、一生懸命に、何かを伝えようと、「でも」と、もう一度だけ呟いたあと、小さな星とオルじいを真っ直ぐに見つめて、短く息をすった。
「お友だちがこまってたら、たすけてあげるんだよ、ってオルじいにも、パンさんにもぼく、教えてもらったよ」
一息で言い切ったUaに、小さな星から、ぽろ、と光の粒がこぼれ落ちる。
「お、おわかれは、バイバイは、したくないけど、けど、でもっ」
ぶわり、とUaの目に、一気に溜まった涙が、ボロボロとUaの頬を伝ってテーブルへと落ちていく。
「お星さまがあぶない目に合うのは、ヤダよ。痛いのも、ヤダ。それに、お空でかぞくが待ってるなら、お星さまは、お家に帰らなきゃ、だからっ」
ぼく、我慢できるよ。
そう言ったUaの顔に、小さな星が、ぴょんと飛び込む。
「ボクだって、Uaが痛い目にあうのヤダよ! 友達って言って、ひどいこと言う奴らなんかじゃなくて、ボクといればイイのに! でも、でもっ」
「…………星の子は、地上では長くは生きてはいけぬ……」
「…………知っ、てる」
声を震わせながら、オルじいの声に答えた小さな星に、Uaがひゅっ、短く息をすいこんだ。
「けど、でも、それでも」
―― ボクにとっての、初めての友達なんだ。
小さな星が、小さな声で呟いた言葉に、「そうか」とオルじいが目もとを和らげながら、そっと答える。
「そうじゃの…………それなら、こうするのはどうじゃろうか?」
突然の、オルじいの提案に、Uaはパチパチと瞬きを繰り返し、小さな星は、「それだ!!」と大きな声をあげて、オルじいへと飛びついた。
「なんだか、今日はお星さまがいっぱい?」
「…………」
「そうじゃのう。みんな、心配していたんじゃろうて」
この街で一番高い木、を横目に見ながら、ミユビナマケモノのUaと、Uaに抱えられた小さなはぐれ星、それからメガネフクロウのオルじいが、夜空を見上げる。
Uaたちのすぐそばには、幼いUaに気づかれぬよう、オルじいが呼び出した腕の立つ者たちが、複数人、事の成り行きを見守っている。
「あ」
ふいに、きらきらと小さな光の粒が夜空からパラパラとUaたちの目の前へと降り注ぐ。
それからすぐに、降ってくる光の量は増え、ぼんやりとしていた様々な色が、はっきりした虹の色合いへと、変化していく。
「Ua」
そっと、背中にあてられたオルじいの手に、Uaは抱えていた小さな星を、虹の中へと、そっと降ろした。
「Ua!」
「……お星さま……」
また会えるかどうかなんて確証もない。
けれど。
「ボクが星になれたら、絶対に星手紙を送るから!」
夜の虹に乗った小さな星が、Uaを見上げて、そう告げる。
「でも、ぼく、どうやってお手紙もらえばいいの?」
「透明な葉っぱ、まだ持ってるでしょ?」
「きらきらの葉っぱさん!」
「それ! それがあれば、ボクからキミに、キミからボクに手紙が送れるって聞いたことあるんだ! だから、ボク、絶対に、星になるから!」
小さな星が言葉を重ねる度に、夜の虹の光が増え、虹の色が濃くなっていく。
「約束!」
いつの間にか出来上がっていた光の壁に阻まれて、小さな星とUaの手が触れることはできなかった。
けれど。
「うん! 約束!」
涙を浮かべながら、満面の笑みで、そう伝えたUaに、小さな星は、「約束!」と大きな声で答える。
その言葉を皮切りに、虹の光が強さを増して、Uaが思わず目を瞑った直後。
「Ua、ありがとう!! またね!!」
小さな星の、大きな声とともに、夜の虹が姿を消した。
「行っちゃった」
ぽつり、と呟いたUaの肩を、「そうじゃな」とオルじいがそっと抱き寄せる。
いつもなら声をあげて泣くことをしないUaは、久々に、大きな声とともに涙を流した。
きらり、と、Uaの手に握りしめられた透明な薄水色の葉が、たくさんの星の光を受け、静かに光る。
それから、いくつかの日々を重ね、あの日の小さなはぐれ星から、Uaに星手紙が届くのは、また別のお話。
お読みいただきありがとうございます!
こちらが最終話になります。
この子が登場する別のシリーズも執筆中ですので、お気に召したかたはまたお読みいただけると嬉しいです!
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