第二話 ナマケモノのUaと揺れて光る花
どんどん遠くなるこどもたちと、ぽつんと立ちどまってしまったUaとの距離は、ブランコに乗る前よりも、もっとずっと、ずうっと、遠くとおく離れてしまっていて。
ぴたり、とひざを抱えながら、Uaはころん、と器用にその場に寝転がる。
「お花さんたちは、さみしくないの?」
寝転んだ先の、目の前にあった花びらを、つん、つんと爪先で触りながら、Uaは花たちへと問いかける。
Uaの問いかけに、花は答えてはくれるわけもなく。なんだか、Uaには、自分のまわりに咲く花たちまでもが、しょぼんと元気をなくしてしまっているようにも見えた。
しょんぼりのお花をつんつん。
へんにょりの緑のくきを、つんつん。
Uaはそーっとそーっと優しく、もう一度、と、そろりと手を伸ばす。
つんつん、つん。
そんな風に、寝ころんだまま、しょんぼり花をつついたUaに、つつかれていた花が、ふるるふるふる、とからだを揺らした。
びゅうびゅうと草木を揺らしてしまう強い風も吹いてはいない。
「お花さん、いまゆれた?」
風がないというのに揺れた花に、Uaは思わず問いかけた。
ー しぃん
Uaの問いかけに、つつかれていた花はゆらゆらとも、ぴくりとも動かない。
「ぼくの気のせい?」
ぽそりと呟いたUaの言葉に、ふるふるる、と花がまた揺れた。
「やっぱりお花さん揺れてる!」
まるで自分の言葉に答えているかのように揺れた花に、思わずピンッとUaの足が伸びる。
ふふ、とほんの少しだけ、元気を取り戻したUaは楽しそうな小さな笑い声をこぼした。
そんなUaの様子に喜んでいるかのように、花がまた、ふるふるゆらゆらと揺れた。
「なにか良いことがあったの?」
地面においた手に顎をのせ、こてんとUaが首をかしげた。
ふるるるる、キラキララ。
そんなUaの問いかけに答えるかのように、少しだけ激しく揺れた花から、きらららら、と小さな光の粒がこぼれ落ちた。
「わわ! お花さんが光った!」
ついさっきまで、自分がつんつんとつついていた花がキララと光り、Uaは大きな目がいつもよりさらに大きくしながら、驚きの声をあげた。
「もしかして、今日はお花さんたちが、ふるふるってゆれたり光ったりする日なの?」
ふふ、と楽しげに問いかけたUaの質問に、いまのいままで揺れていた花が、ぴたりと動きを止めた。
その様子に、「お花さん、止まっちゃった……」とUaがぽそりとつぶやいた直後、花はふる、とほんの少しだけ花びらを揺らす。
「止まってなかった! よかったぁ」
ホッと安心したように息をはいたUaが、ふと、首を傾げた。
そういえば、どうしてこの花だけは、ふるふるふると揺れるのだろうか?
Uaは花を見ながら、ううん? ともう一度、不思議そうな声をこぼす。
「ほかのお花さんはふるふる揺れたりしていないけど……なんできみだけ揺れてるの?」
そう問いかけたUaの声は、なんでだろう、と呟きながら頭を左右に揺らす。
まるで、そんなUaを真似るかのように、揺れて光る花もまた、右へ左へとUaの不思議そうな声とともに左右に揺れた。
もう一度、右へ左へと揺れながら、「うーん?」のんびりとした唸り声をあげていたUaが、ふいに「あっ!」とほんの少し大きな声をあげる。
「そうだ、お花さん、見て見て! ぼく、さっきね、すごくキレイな葉っぱさんを拾ったんだ!」
ずっと優しく手に持っていた透明な薄水色の葉をUaは寝転んだまま、揺れる花にも見えるように、花の少し上のあたりへ持ち上げた。
「ぼく、こんなキレイな葉っぱさん、初めて見たんだ。誰が作ったのかなぁ? こんなにキレイなもの」
ころり、と起こしていた頭をもう一度、地面に転がしてUaは揺れる花と透明な薄水色の葉を見上げる。
「お花さんも葉っぱさんもキレイだねぇ」
そんなUaの言葉に、花がまたゆらゆらと揺れる。
そよそよ、ゆらゆら。
ぽつん、コツンッ。
「コツン?」
何かと何かがあたったような音に、Uaが不思議そうな声をこぼす。
ぽつん、ぽつん。
コンッ
またいくつか落ちてきた何かのひとつが、透明な薄水色の葉にあたり、少し高い音を鳴らした。
「いまの、なんのおと?」
透明な薄水色の葉にあたった何かは、コロコロ、とUaが少し手を伸ばせば届きそうなところに転がり、キラリ、と光を放った。
「なんだろう? あれ」
その様子を見ていたUaが、頭と身体を起こして、転がった何かをじっと見つめたあと、「んーっ」とそろり、そろり、とほんの少しだけ腰がひけたまま、何かのそばに近寄る。
きらら、きらり。
「きらきら……」
Uaの言葉のとおり、そこには空から落ちてきた『何か』と、その『何か』から溢れている綺麗な光が、キラキラと地面に照らしていた。
「…………小さな、お星さま?」
じっ、とUaが光をこぼす『何か』を見つめて呟く。
どうやらそれは、それはとてもとても小さな星のようだった。
きららら、きらり。
「お星さま、ふるえてる」
光がこぼれる度に小さな星はぷるぷると震えている。
「どうしよう。お星さま、寒いのかな」
そっと手を伸ばしたUaに、小さな星は抵抗することなくUaの小さな手のひらに収まった。
「どうしよう、お星さまってどうやってあったかくするんだろう……」
思わず手のひらに小さな星を乗せてはみたものの、その先を考えていなかったらしい。
くる、と無意識に、手のひらの星から自分の周りへと視線を動かしたUaが、「あ」と呟いた。
「だれか、もいないんだっけ……」
どうやら、自分以外にいまここに誰もいないことを思い出したらしい。
悲しそうな声とともに、Uaは小さく息をはく。
「どうしよう」
小さな声でもう一度、どうしよう、とUaが呟いた時、きら、チカと、何かが光を放った。
きら、きらり。
―― ほら、また。
きら、きらり。
「あ!」
光が放たれたのは、Uaがついさっきまでいた目と鼻の先の場所。
「いまのって、お花さん?」
きら、きらり。
きらら、きらり。
どうしてだか、光っている何かに呼ばれているような気がして、小さな星を手のひらにのせたまま、Uaが一歩ふみだす。
きら、きらり。
さく、さく。
ほんの数歩、ついさっき進んだ分を戻っていけば、風もない中で、さっきの花だけが、ふるる、と草花の中で揺れている。
まるで居場所を教えるかのように、ふるる、と揺れる花に、Uaは自然と、ぱあ、と明るい表情を浮かべた。
「お花さん!」
ふるるるる。
揺れる花のもとへ、残りの一歩をUaが踏み出した時、揺れる花に、急激な変化が訪れた。
赤色に青色、黄色に緑色に、紫色。それから、ピンク色に水色。
色とりどりで、鮮やかで複数色の光が、きら、きらららと花の中心から湧き上がりはじめた。
「お花さんが光った?!」
あっという間に、花びらの縁まで達した光は、花びらへ留まることはなく、それどころか、花びらを伝って次々と地面へとこぼれ落ちていく。
「あわわわわ?!」
次々にぽろぽろぽろと光が溢れる花を前に、Uaは不思議な焦り声をあげた。
「お花さん?! 大丈夫?」
小さな星を落としてしまわないように、ぎゅっとしてしまわないように、と気にかけているらしく、両手をまっすぐ前に伸ばしたまま、という不思議な体勢をしながら、Uaは花のすぐそばにしゃがみこみ、花へ声をかけた。
「お花さん……本当に大丈夫……?」
心配そうに、揺れて光った花にUaが問いかけてみれば、ふる、と花は短く揺れる。
なんだか、わずかにほんの少しだけ、光が溢れる量が減っているような、揺れる花が落ち着いてきているような。
そんなわずかばかりの違いを感じたような気がして、Uaは、ホッと小さく息をはいた。
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