第一話 小さなナマケモノのUa
ナマケモノのこどもが主人公なお話です。
他社様の絵本原作部門に応募中。
とある町の、とある場所にいる、小さなナマケモノと、とおいとおいお空にいる、小さなお星さまのお話。
「また置いて行かれちゃった」
ぽそりとだれかが小さな声でつぶやいた。
それは、遠くとおくの空の上の星たちには、耳をすましても聞こえないくらい、小さなちいさな声だった。
「よーい、どん!」
「わぁーー!」
わー!わー!
きゃー!キャーっ!
広場の端の、遠くのほうから、こどもたちの大きく楽しそうな声が聞こえてくる。
ついさっきのだれかの小さな声がかき消されてしまうほど、にぎやかで楽しそうなこどもたちの声。
きこきこ、ギコギコ。
「みんな、たのしそう……」
それは、楽しそうなこどもたちとは違い、小さく寂しそうな声。
そんな声とともに、きこきこと音を鳴らしているのは、一体誰なのか。
ギコギコ、きこ。
「……はぁ……」
公園の、背の高い木からぶら下がる紐の長いブランコが、ギコ、きこ、という音ともに減速していく。
ゆらゆら、ぶらぶら。
元気いっぱいの子どもたちがいる場所からは少し離れたこの止まりかけのブランコには、ぽつんと小さな背中の誰かが座っていた。
からだはもこもこで、チョコレートクリームのようなうすい茶色。目のまわりはおいしそうなミルクキャラメルの色。
指先のツメは三本で、頭にぴょこんとある二本の長い毛が、ときどき、ゆらゆらと揺れている。
首元に、水色のバンダナが巻かれていて、バンダナには「Ua」の2文字。
どうやら、ブランコにぽつんと座り、小さなちいさな声でつぶやいていたのは、Uaというミユビナマケモノのこどもらしい。
まだ少し、おとなよりも、まわりの子たちよりもUaのからだは小さい。
けれど、いまのUaはその小さな見た目以上に、さらに小さくなっているようにも見えた。
「きゃー!」
「わー!」
「あはははははは!」
大勢の子どもたちが、楽しそうに元気よく、Uaのいるブランコの反対側、広場の外の少し離れた丘の方へ、どんどんずんずん、ぐんぐんと走っていく。
だれがはやい? ぼくだよ! わたしだよ!
そんな元気な声が聞こえるたび、小さなナマケモノのUaの大きな目には、少しずつじわりじわりと涙がにじんできていた。
「ー〜……っ」
小さなナマケモノのUaの長い二本の毛は、しょもしょも、しおしおとみるみるうちに元気をなくしていく。
気がつけば、Uaの大きな目には、まばたきをしたのならば、今すぐにでもぽろりとこぼれ落ちてしまいそうなほど、涙がどんどんとたまっていた。
きこ、きこ。
力なく漕いでいたブランコを降り、目もとをゴシゴシと拭い、Uaはゆっくりゆっくりと、みんなの向かった広場の丘のほうへと歩きはじめた。
ゆっくり、ゆっくり。
さくりさくり、と葉っぱたちをやんわりと踏みながら、Uaは歩いていく。
ずんずん走るみんなと、ゆっくりゆっくり歩くUaの間は、どんどんぐんぐんと開いていくばかりで、距離が縮んでいるようには見えない。
けれど、小さなナマケモノのUaは、自分にできる、自分なりの速さで、一歩一歩、けんめいに歩いていた。
ふう、はぁ。
いつもよりもいくらか短くなった呼吸に、ほんの少しだけ、と立ち止まったUaは、ふと、そこから少しの先のところにキラリと何かが光っていることに気がついた。
「なんだろう……? みんなは気がつかなかったのかな……」
太陽の光をあびて「何か」がきらりと眩しく光る。
ゆっくりと近づき、光る何かを見つけ「葉っぱさん?」とUaは呟く。
どうやら、きらりと光を放っていたものは小さな葉の形をしている「何か」ようだった。
「葉っぱさんだけど、葉っぱさんじゃない……? これ、なんだろう……なんだか、前に本の中で見たキラキラの石みたい」
きらりと光る葉の形をしたものをじっ、と見つめたあと、Uaはゆっくりと、葉の形のものへと手を伸ばす。
「うーんしょ、んーしょ」
かけ声も動きもゆっくりだけれど、Uaの指先はしっかりと、光を放っていた葉のようなものを掴んだ。
「キラキラな葉っぱさん!」
Uaの指先が掴んだもの ―― それはぎゅっ、とちからをこめてしまえば、すぐにこわれてしまいそうな ―― それはそれはキレイで透明な一枚の葉だった。
「きれぇー……」
葉の部分はほんのり薄い水色で向こう側が透けて見えていて、葉脈の部分は青色と紫色のグラデーションで色鮮やかに染まっていた。
「こんなきれいな葉っぱさんみたことないや」
そう言って、少しのあいだ、透明な葉を目に近づけみたり、くるくると回してみたり葉を空へむけてみたり。
ほんのり水色な透明な葉を通し、初めて見る世界に、Uaは、「ほあぁ」と不思議な声をこぼしていた。
けれど、突然、ぐるりと周りを見渡した直後、透明な葉を持っていたUaの手が下へしたへとさがっていく。
どうしたというのだろうか。
ほんの数秒前まで、太陽の光を反射し、輝いていた薄水色の葉と同じくらいに、Uaの大きな目もキラキラと輝いていたというのに。
いまはすっかりその目をふせてしまっている。
「みんな、いないや」
泣き出しそうな声で、Uaは呟く。
それは、そうだろう。
だって、Uaの言葉のとおり、今、このひろい広場の地面を暗くしているのは、ぽつんと広場に立つ、Uaの形の影だけ。
さっきまで乗っていたブランコから、小さくとも見えていたみんなの姿も、いまはUaがいくら目をこらしてみても見えそうになかった。
「きっと、ぼくじゃなかったら、この葉っぱだってすぐにとれちゃうし、遠くのみんなにも、すぐに追いつけちゃうんだ……」
透明な薄水色の葉を持ち、「はぁ……」とため息をつきながら、Uaは肩を落とした。
「どうしてぼくは、みんながパパッとできることも、みんながシャシャッとしちゃうことも、ぜんぶぜんぶゆっくりになっちゃうなんだろう…………」
小さな声で、Uaは呟く。
指先でつまんだ薄水色の葉は、いつまでもしゃんとしている。
けれど、つん、と爪の先で葉をつついていたUaのほうは、言葉を放つたびに、元気がなくなっていくようだった。
「……だってさ、いつまでたっても、みんなみたいにパパッとできないし、みんなみたいにシャシャッともできないんだよ」
誰かに言うでもなく、誰かに聴かせるでもなく。
ただ、ぽつりぽつりと、薄水色の葉を見つめながらUaはつぶやく。
「早めにおしたくしてても、待ちあわせに間にあわないことばっかりだし、だからみんなに置いていかれちゃうこともいっぱいあるんだ……」
Uaの目には、ついさっき、やっとひっこんだはずの涙がまた浮かんでいく。
少し震えているその声に、その様子に、周りの木々も虫たちも、まるで、Uaを心配しているようにも、ただ静かに、じっ、と見つめているようにも見えた。
「でもね。急いでみたらね、いっぱいいっぱい失敗しちゃったし、みんなにあわせていたらね、とってもつかれちゃったんだ」
一人、そうつぶやいていたUaはぺたりとその場にすわりこむ。
壊してしまわぬよう、優しくやさしく、薄水色の葉をつかんだまま、Uaはその場で、きゅう、と自分のひざをかかえた。
「つかれちゃった」
こどもたちの元気な声は、もうすっかり遠くなっていた。
「また置いていかれちゃった」
もう、いまUaが立っている場所からは、こどもたちの声もうっすらとしか聞こえない。
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