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第9話

「先生……」


 リーゼロッテの屋敷の中にある一室。

 リーゼロッテがソアラを相手に授業していた場所で、今も二人が向かいあっていた。

 あの時はリーゼロッテが立ち、ソアラが座っていたが、今はソアラが立ち、リーゼロッテが座っている。ソアラはかつて自分が毎日のようにくぐった教室の入口で。リーゼロッテはかつて教鞭をとっていた教壇そばの椅子に。


「先生……なぜ、最近は授業をしてくれないのです?」


 ソアラは、一歩、また一歩とゆっくり近づいた。


「……もう、あなたに対して教えられることが何もないからです」


 リーゼロッテは椅子から立ち上がることもなく、力のない声でソアラにそう答えた。

 その声に、ソアラの歩みがぴたりと止まる。以前彼女を見上げていた、自分の机がある場所にすらたどり着けない。


「あれからあなたの言ったことを考えてみました。確かにそのほうが辻褄があうことばかりでした。きっと、あなたが言ったことが正しいのだと思います」


 リーゼロッテはうつむいたまま、ぼそぼそとつぶやく。


 この大地が丸い星であるとか、さらに星の中心に物を引き寄せる力があるとか、出鱈目でたらめとしか思えないような発言だったが、冷静に考えてみると確かにソアラの指摘したことは筋が通っていた。

 そして魔法の実力だって、もう先生である自分は生徒である彼の足元にも及ばない……。


「私が教えるまでもなく高位の魔法を使えるようになったり、誰も想像すらしなかった世界のことわりに気づいたり。……そんな生徒に、私みたいな村一番程度の魔法使いがいったい何を教えられるというのですか?」


 言葉を叩きつけるとともに、ようやくリーゼロッテはソアラの方に顔を動かした。


「それは……」


 ソアラは何も言えずに口ごもる。


 嫉妬、劣等感といった感情が自分の中にずっとあったことに、ある時からリーゼロッテは気づいていた。先生としてあるまじきことである。

 そう考えて自分の感情に蓋をしようとすればするほど、より強い力となって噴き出してきた。


 しかし、今はそれよりも大きな感情がリーゼロッテを支配していた。

 嫉妬よりも劣等感よりも、存在することを認めたくない感情が。


「……先生、なぜそんな目で僕を見るのですか?」


 ソアラの悲しげなつぶやきが静かな教室内に響く。

 今、リーゼロッテの目にはソアラのステータスが映っている。


 力  :34

 素早さ:42

 体力 :38

 賢さ :101000


 賢さは40を二進法表記した数値を示していた。

 世界で一番の魔法使いが持つであろう数値の100倍以上。

 はたして、そんなステータスを持つ者を生徒として見ることができるだろうか?

 いや、それ以前に人間として接することができるだろうか?

 同じ村の住人として一緒に生活していくことができるだろうか?


 リーゼロッテはソアラを、いや、ソアラのステータスの数値をただ見つめるばかりでもう何も言わない。

 そんなリーゼロッテにソアラは今の場所から一歩も近づくことができなかった。もしそうした時、先生が自分から距離を取ったらと思うと、怖くてそれ以上踏み出すことができなかったのだ。


「お取込み中のところ、よろしいかな?」


 突然聞こえてきた第三者の声に、二人はびくんと体をすくませた。

 弾かれたように声の方に顔を向ける。

 さきほどソアラが入ってきた扉のところに、見知らぬ男が立っていた。

 闖入者ちんにゅうしゃはそんな反応に咳払いで一呼吸整えると、ゆっくりと室内に足を踏み入れて二人に近づき、やがてソアラの方に視線を向けて喋りだす。


「この村にとても優秀な魔法使いの少年がいるという話が王都にまで伝わってきてね。……君が、噂のソアラ君だな?」


 ソアラもリーゼロッテも何も言わなかったが、王都から来たという男は気にせず言葉を続ける。


「君には勇者パーティーに入って魔王討伐に向かって欲しいのだ。もちろんこれは強制ではなく、任意ということになっているが……」


 断ることなんてありえない、というニュアンスをにじませながら、男は何も言わない二人の間で視線を行き来させた。

 少しの間、静寂があたりを支配し、そして。


「……あなたは行くべきです」

「先生!?」


 まずはリーゼロッテが冷たく突き放すような声を出し、続いてソアラがすがりつくような悲鳴に近い声をあげた。


「この村にとどまったところで、あなたのためになりません。その力は世界のために役立てるべきです」


 リーゼロッテは熱のこもってない声で淡々と、指導者である先生が迷っている生徒に道を示すようなことを口にした。

 しかし、その瞳はソアラにも使者にも向けられておらず、ただ虚空を見ていた。


 王都からの使者は噂しか知らないからかソアラのことを優秀と評したが、実際はそんな言葉で言い表せるようなものではない。人間の中で比肩する者など一人もいないだろう。魔王のステータスはもちろん見たこともないが、それを遥かに凌駕していたとしても不思議ではない。


 だから、その力は世界のために役立てるべき、という言葉に嘘はなかった。

 近頃のソアラが村人から避けられていることもリーゼロッテは知っていた。

 だが、ソアラを遠くへと向かわせようとする一番の理由が何なのか、それは彼女自身にも分かっていた。分かっていたが、言葉を止めることはできなかった。


 しばらく、誰も一言も発しないまま時間が流れた。

 ソアラはずっとリーゼロッテを見ていた。しかしリーゼロッテは視線をそれに絡ませることもなく。

 じれた使者が口を開こうとしたその瞬間。


「……わかりました」


 ソアラの声がついに沈黙を破った。その言葉は先生に向けられたものか、それとも使者に向けられたものか。


「僕は、魔王討伐に参加します」

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