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第8話

 屋外で授業を行っていたある時、優しい風が吹いてリーゼロッテとソアラの頬を撫でた。

 ソアラはその風がはるばる通ってきたであろう遠くの方を見つめ、ふっと微笑む。


「先生、この大地は丸いんですよ」

「は?」

「いえ、大地というより、一つの星というべきものなんですけどね。僕たちが住むこの世界は」


 リーゼロッテの反応は『何を言ってるんだろう、この子は』といったものに近かったのだが、ソアラはそれに気づいていないのか涼やかな声で続けた。その続いた言葉もリーゼロッテからすると到底理解不能なものだった。


「ほ、星というと、あの夜空に浮かんでいる星のことですよね?」


 今は昼なので見えていないが、空を指さしてそこにあるはずの星を示すリーゼロッテ。ようやく、ソアラが言ったことの一部に理解が追いついたのだ。


「ええ。そして僕たちが住んでいるこの大地や海を含む世界は、無数にある丸い星々のひとつなのです」


 追いついたと思ったのはリーゼロッテの勘違いだった。そもそも、最初の発言ですら彼女には意味がまったく分からない。


 ――え、いやいやいや。大地が丸いなんてそんな馬鹿な。この世は円盤のように平べったくて、外周に世界の果てがあってそこから滝のように水が流れ落ちてるって聞いたけど。学校の授業でもそう習ったし!


 自分の人生で学んできたことを否定するようなソアラの発言に、リーゼロッテは心の中で正当性を主張した。

 そんなリーゼロッテを前にして、ソアラは最近自分が気づいたことの続きを披露する。もちろん先生に褒めてもらいたいからだ。


「僕たちはボールの上に乗っているんですよ。といっても、とてつもないほどの大きさを持つボールですけどね。ボールが大きすぎて、一見平面の上に乗っているように思えるのです。だから転がり落ちてしまうこともないわけです」


 その言葉を受けてボールに乗っている自分を想像するリーゼロッテだったが、まったくピンとこなかった。


「な、なぜ大地が丸いと思うようになったのです?」

「ああ、それは簡単なことです。ほら、しばらく前に月食がありましたが、月に丸い影がかかっていましたよね? あの丸い影こそが僕たちの住むこの世界の姿が映ったものなのです。他にもこの前、港がある街にお出かけして船を見ましたよね? 船が遠くから港に近づいて来る時、船の一番高い部分が真っ先に見え、最終的に全体の姿が見えるようになりました。もし大地や海が平面なら、そんなことは起こらずに遠くにある時点から船の全体像が見えていたはずです。それらこそがこの世界が丸いと考えるに足る理由です」


 ……どこが簡単なんだろう、と思ったリーゼロッテ。月食を見ていた時も、船を見ていた時も、そんなこと考えもしなかった。


「で、でも、大地がボールのように丸いなら、その、ボールの裏側に立つ人もいるということでしょう? なぜ下に落ちないのです?」


 ソアラの発言に間違いがあって欲しいと、思いついた矛盾点を述べるリーゼロッテ。しかし、それと同時に自分は何をムキになっているのだとも思う。

 その質問を予期していたのか、ソアラはにこやかな笑みを見せた。


「この星には物を中心に引き寄せる力があるようです。僕はそれを重力と名付けました。この星が丸いのも、その重力のせいです。すべての物質が一箇所に集められてぎゅっと丸く固められるイメージが近いかと思います。そうそう、僕たちがジャンプしたらすぐに地面に落ちますよね? それもこの重力のしわざです」


 想像もしたことのなかったことを羅列し始める自分の生徒に、ついにめまいを覚えはじめたリーゼロッテ。


「さらに進んだ話をすると、この星に存在する重力とはまた別の大きな力があります。引力とでも呼びましょうか。僕たちが普段目にしている太陽や月や星々、さらには潮の満ち引きに至るまでこの引力が関わっており……」

「いやいやいやちょっと待って!」


 これ以上聞かされたらおかしくなってしまう。リーゼロッテは普段心がけている丁寧な言葉遣いも忘れてソアラの言葉をさえぎった。

 さすがにソアラも驚いて口を閉ざす。リーゼロッテは自分がやらかしてしまったことに気づき、ばつの悪さに目をそらした。


「きょ、今日の授業はこれまでにしたいと思います……」


 リーゼロッテはそれだけを言って会話を打ち切ると教科書などを片付け、ソアラをその場に置いて急ぎ足で立ち去った。

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