第7話
あれからずいぶんと月日が経ち、最近のソアラはもう少年と呼べる年齢と外見になりつつあった。
問題は、彼の頭の中が少年というにはあまりに突飛すぎてしまっているということだ。
「先生、ファイアーボールの魔法ですが、魔法の構成をこうしたほうが魔力効率が良くなるのではないでしょうか?」
「え?」
いきなりの発言にきょとんとするリーゼロッテ。
先ほどの言葉と共にソアラが差し出した紙には複雑な式が書かれている。リーゼロッテはその紙とソアラとの間で視線を往復させた。
「ファイアーボールの魔法について、構成にいくつか疑問が湧いたんですよ。それで自分なりに組みなおしてみたんです」
さすがに唐突すぎたかと判断したソアラが、言い方を変えてリーゼロッテに自分が試したことを再度伝えた。
ようやく事態を理解したリーゼロッテが、食い入るようにソアラの手にある紙とそこに書かれている内容を見た。
たしかに、そこにはファイアーボールの魔法構成に関することが書かれている。彼自身の私見を多数添えて。
魔法の構成に疑問を持つなど、リーゼロッテにはありえないことだった。
師に習い、教科書に書かれていることに従って必死に修行して身に着け、今まで散々使ってきて望む通りの効果を上げてきた魔法。なぜそれに疑問を抱くことができよう?
信じられないという瞳で自分の生徒を見つめるリーゼロッテだったが、ソアラは何も答えない。リーゼロッテの返事を待っているのだ。
先生という自分の立場を思い出し、なんとか威厳を保とうと、努めて冷静な声を出すリーゼロッテ。
「そ、それでどうなったのです?」
「先ほど言ったように、魔力効率がかなり改善されて魔力消費量を抑えられるようになりました。唱えるまでの時間も短縮されましたし、戦闘において今以上に役に立つと思います。ファイアーボールはファイアーストームほどの威力はありませんが、小回りがきく魔法ですからね。これで利便性が増したかと」
未だにファイアーストームが使えないリーゼロッテにとっては、ファイアーボールは主力の攻撃魔法である。ソアラの発言が刃となってリーゼロッテのプライドをえぐる。しかし、ソアラ本人に悪気はないのである。リーゼロッテは自分がファイアーストームを使えないことを、まだソアラに伝えていないのだから……。
「そ、そうですか……た、大したものです……」
リーゼロッテは震える声で、なんとか賞賛の言葉を目の前の生徒に伝える。先生に褒められたソアラはすごく嬉しそうだ。
しかし、ことはファイアーボールだけでは済まなかったのである。ソアラは自分のカバンから別の紙を取り出した。
「それと、アイスバレットの魔法についてですが……」
「ア、アイスバレットについても何か気づいたのですか!?」
先ほどの大事件を何事もなかったかのように次の話題を切り出したソアラに、さすがにリーゼロッテは悲鳴のような声をあげた。
「はい。……というか、全ての魔法について、教科書に書かれていることは無駄が多いなと思うようになりました」
とんでもないことを平然な顔で言ってのけるソアラ。
リーゼロッテが授業で使っている魔法の教科書は、国の中でも有数な魔法使いたちが編纂したものだ。
そんな英知の結晶と呼べるようなものを、無駄だらけと思うようになるなんて……。
リーゼロッテは魔法を唱え、またいつぞやのようにソアラのステータスを確認した。
力 :14
素早さ:17
体力 :15
賢さ :10000
賢さ以外は、少年期における平均的なステータスが並んでいる。
そして賢さには目を疑うほどの異常な数値が書かれていた。
――10000! 10000って! ありえない!
もはやリーゼロッテは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。ちなみに16を二進法表記にすると10000になる。
世界で頂点に立つような魔法使いなら1000に達するかもしれない……と以前考えたことがあったが、その10人分ではないか。
それだけの賢さがあれば、魔法の構成について考えも及ぶだろうし、教科書に書かれていることなど無駄ばかりとしか思えなくなるのかもしれない。
いったい、これからどのようにしてこの生徒と向かい合えばいいのだろう?
リーゼロッテは最近自分の中に新たに沸き上がりつつある、これまでとは全く別種の感情を必死に抑え込もうとした。