第4話
ソアラがいきなり魔法を発現させるという衝撃の事件から一年ほどが経過した。
あの日以降、魔法の実践も行うからという理由で、リーゼロッテの教室ではなく屋外の少し離れた野原で授業を行うことが多くなっていた。
「先生、先生!」
リーゼロッテがその場所で今日の講義の準備をしようとしていたところに、ソアラが満面の笑みを浮かべてやってきた。
この光景は、かつての事件を彷彿とさせる。なんとなく嫌な予感を覚えるリーゼロッテ。
「僕、ファイアーボールを撃てるようになりました!」
「ええ!? もうですか!?」
はたして、ソアラの口から出てきたのは以前と同じくらい衝撃の言葉だった。
ファイアーボールが使えるようになった魔法使いは一人前と認められる風潮がある。
リーゼロッテがファイアーボールを身に着けたのは、初めて魔法を使えるようになってから五年後のことだった。
その頃の自分の賢さステータスは、たしか200を超えたあたりだったか。
「見ていてくださいね。……ファイアーボール!」
ソアラの手から放たれたのは、紛れもないファイアーボールの魔法だった。火球は離れた地面に着弾し、爆ぜて周囲に爆炎をまき散らす。
ちなみにソアラが撃ったファイアーボールは、リーゼロッテが使うそれより火球のサイズも命中時の爆発もはるかに大きかった。
「す、すごいですね……」
何か言わなければ、と必死に悩んだリーゼロッテが喉の奥からしぼりだしたのは、なんの飾り気もない普通の褒め言葉だった。しかし、それ以外にどんな言葉をかけろというのか。すごい以外に形容のしようがない。
「えへへ、ありがとうございます!」
リーゼロッテは喜ぶソアラをぼんやりと見ながら、またステータスを調べるための魔法を唱えた。
力 :6
素早さ:9
体力 :8
賢さ :1000
そこには彼女がうっすらと予想していた通り、おかしな数値が書かれていた。
おそらく、賢さが8になったのだ。
8になったから二進法表記で1000になった。
しかし、賢さが1000の人間など、リーゼロッテはこれまで見たことがなかった。自分の実力を大きく上回る一流の魔法使いですら、せいぜい700くらいだったと記憶している。
ひょっとしたら、世界で頂点に立つような魔法使いなら1000に達することもあるのかもしれないが……。
魔法使いとしては平凡の域を出ないリーゼロッテが、そんな偉大な魔法使いに会ったことなどあるわけもなかった。
でも偉大な魔法使いよりも優れているかもしれない人物が、今自分の目の前にいる。しかもまだまだ子供と呼べる年齢の時点で、だ。
自分が手にした力がどれだけ稀有なものなのか理解していないのだろう、ソアラの表情は一点の邪気もなく晴れやかだ。
リーゼロッテはその笑顔を見ていると、なぜか心にちくりとする痛みを感じるのであった。