第3話
少し賢くなったソアラのために、魔法の基礎知識の授業も並行して行うようになってしばらく経ったころ。
「先生、先生!」
「あら、どうしたのです? そんなに慌てて」
息せききって教室内に駆け込んできたソアラに、リーゼロッテはやや驚きながら尋ねた。
しばらく呼吸を整えたソアラは、やがてリーゼロッテを見上げた。その瞳は宝物を見つけたかのように輝いている。
「僕、魔法が使えるようになりました!」
「……え?」
ソアラの口から飛び出した予想もしなかった言葉に、リーゼロッテの目が点になる。
「見ていてください。……ライト!」
ソアラはぽかんとするリーゼロッテの返事を待つこともなく、魔法使いが覚える中では初歩の初歩と言えるライトの魔法を唱えた。
ソアラが口から発した魔法を生み出す言葉により、たちまち宙に小さな明かりが生まれる。
ね? といった得意満面の表情をリーゼロッテに向けるソアラ。
普通なら先生が生徒を褒めたたえるシーンなのだろうが、リーゼロッテはそんな気持ちがわずかにも浮かばなかった。ただただ驚くばかりであった。
ライトは確かに簡単な魔法である。だがそれはいくつもある魔法の中で比較的簡単という意味であって、普通は魔法を発現させるだけでも血のにじむような努力が必要なのだ。
いや、そもそも魔法に関する授業だって、まだ基礎知識しか教えていないはずではないか。そんな時期に魔法が使えるようになるなんて普通はありえない。
にわかには信じがたいことが起きているのだが、今目の前にある明かりは間違いなく魔法による光だ。もちろん自分が生み出したものでもない。
「い、いったいどうやって使えるようになったのです?」
なんとか現実を受け入れ、ソアラにおずおずと事の経緯を尋ねるリーゼロッテ。
「それが、今朝起きた時、こうすればいいんじゃないかって急に閃いて、実際にそうしてみたら今みたいに使えちゃったんです!」
「そ、そうですか……」
ソアラから返ってきたのは何も得るものがない答えであった。いつの間にか天才アーティストにでもなったのだろうか? もしくはまだ混乱していて言語化できないのかもしれない。
困ったリーゼロッテだったが、ふとあることを思いつき、これまでよくやっていたようにソアラのステータスをチェックするため、魔法を唱える。
そしてステータスに書かれた数値を見たとき、そこに自分が求めていた正答が見つかった気がした。
力 :3
素早さ:5
体力 :4
賢さ :100
賢さの数値が明らかにおかしい。しかし、こうなった推測は出来る。
本来の賢さが4になったから、二進法表記で100になり、ソアラの頭がそれにふさわしい働きをするようになったということだろう。
戦いに赴くことのない一般的な成人のステータスは60~70あたりが平均だ。
つまり、この時点でソアラはもうそこいらの成人よりも賢くなっているということだ。見た目も実年齢もまだまだ子供だというのに!
そして魔法使いはやがてその平均を上回り、賢さが100の大台に乗っていく。初めての魔法もそのあたりで使えるようになる。
となると、賢さが100になったソアラが初歩の魔法を使えるようになっても、理論上おかしくはない。
おかしくはないのだが……。
――いやいやおかしいでしょ!!
無邪気に喜んでいるソアラを見つめたままのリーゼロッテの脳裏に浮かんでいるものは、初めての魔法をなかなか発現させることが出来ずに苦労した昔の自分の姿だった……。




