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戦勝国特権で聖女を嫁にしたらとんでもないのが来た

作者: 華咲 美月

 第一章:戦勝国特権で嫁を迎えたら、狼が来た


 バロア帝国皇帝 ルードルフ・エンハンス・ババロア は、今日という日を内心楽しみにしていた。


 何しろ、隣国 エメロン神聖王国 との戦争に勝利し、その戦勝国の権利として 「月詠の聖女」 を妻として迎えるのだから。


「聖女」と言えば、神聖なる存在。気品と美しさを兼ね備え、清らかな心を持つ女性。

 王家の血筋ではないとはいえ、聖女は神に仕える高貴な存在であり、皇帝の正妃としては申し分ない。


 ましてや、戦争で勝利したバロア帝国には今、国内の安定が必要だ。

 美しく慈悲深い聖女が皇后となれば、民も喜び、貴族たちの不満も抑えられる。


「うむ……完璧だな」


 ルードルフは静かに頷いた。


 だが、その幻想は—— 城門が開かれた瞬間に粉々に砕け散ることになる。


「おい! ルードルフってのはどいつだ!」


 城門の向こうから 信じられない声 が響いた。


 ルードルフは 「え?」 と呆気にとられた。


 厳かな儀式で迎えられるはずの聖女が、 皇帝を指さして「どいつだ!」と言った。


 その場にいた廷臣たちが、慌ててひそひそと囁き合う。


「ま、まさかあの乱暴な口調の女が……?」

「いやいや、そんなはずは……聖女様ですよ? 高貴な聖女がそんな……」


 だが、現実は非情である。


 視線の先にいたのは 銀色の長髪をかき乱しながら、堂々と両手を腰に当てて立つ少女 だった。


 16歳くらいだろうか。

 見た目だけなら 確かに美しい。

 だが、それを台無しにするほどの 豪快すぎる態度 に、ルードルフは頭を抱えたくなった。


「お前がルードルフか? ふーん、見た目は悪くないな! まあ、あたいの夫ならこれくらいじゃねえとな!」


 ガシッ!


 ルードルフの腕を掴むと、少女はニヤリと笑って言い放った。


「よろしくな、ダンナ!」


 ——ダンナ!?


「ちょ、ちょっと待て! 君は本当に……『月詠の聖女』なのか?」


 ルードルフは思わず確認せずにはいられなかった。


「ん? あたいはスキヤ・エスメラルダ! 確かに『月詠の聖女』さ! でも、別におしとやかとは言ってねえだろ?」


 言ってねえだろ? じゃない!! 言ってほしかったわ!!


「な、なんだこの……聖女の概念を根本から揺るがす女は……!」


 ルードルフが呆然としていると、側近のハインツ伯爵がそっと耳打ちしてきた。


「陛下……申し訳ございません。我々も聞いていた話と違います……」


「聞いていた話?」


「聖女スキヤ様は、幼少の頃 魔の森 に捨てられ、神獣フェンリル に育てられたとか……」


「…………は?」


「9歳まで狼の群れと共に生き、狩りをし、獲物を分け合い……」


「ちょっと待て、それはつまり——」


「半分、狼みたいなものです」


 ルードルフは ゴクリ と息を飲んだ。


「……じゃあ、君は今でも狼と……?」


「ん? そりゃそうだろ? ほら!」


 スキヤが指を鳴らすと、なんと彼女の後ろから 巨大な狼 が現れた。


「ウォォォォォォン!!!」


 まるで 貴族の護衛騎士のように 堂々と歩いてくる狼。


「——狼を城に連れてくるなあああ!!!」


 ルードルフの 叫びが宮殿に響き渡った 。

 新皇后、宮廷で暴れる


 翌日、皇帝ルードルフの 頭痛は悪化していた 。


 なぜなら——


 新皇后スキヤ・エスメラルダのせいで宮廷が大混乱だったからである。


「聖女様! こちらが寝室でございます!」

「おお、ここがあたいの部屋か! 広いな!」


 スキヤは 皇后の寝室 を気に入ったようだった。

 が、その直後——


「なぁルードルフ! こっちの塔の上の部屋の方が気に入ったんだが、寝室こっちにしていいか?」


「どこだそれ?」


「ほら、宮殿の一番高いところ!」


「登るな!!」


「皇后が宮殿をよじ登る」という前代未聞の事件が発生した。


 さらに、翌日——


「陛下! 皇后様が 厨房を占拠しております!!」


「……なんだと?」


 駆けつけると、そこには 自ら鍋を振るい、肉を焼くスキヤの姿があった。


「うーん、肉はやっぱりこうやって焼いた方がうめぇな!」


「だから! なぜ皇后が厨房に立っている!!?」


「ん? あたい、城の飯が気に入らなくてさ!」


「気に入らないって……料理長は帝国随一の名シェフだぞ!?」


「そりゃそうだろうけどよ! もっと 豪快な料理 が食いてぇんだよ!」


 ——結果、宮廷の晩餐がなぜか「巨大な肉の丸焼き」になった。

 皇帝の絶望


 こうして、スキヤが皇后になったことで 宮廷は騒乱の渦に巻き込まれた 。


 ・宮殿の屋根によじ登る

 ・厨房を占拠して自ら肉を焼く

 ・護衛騎士と真剣勝負を始める


 どれも 皇后のやることではない。


 ルードルフは、戦争に勝利し、国家の平和を願っていた。

 そして 品格ある聖女を皇后に迎えたはずだった。


 なのに……!!


「……俺は一体、何を迎え入れてしまったんだ……?」


 若き皇帝の絶望は、これから始まる波乱の日々の、ほんの序章であった。


 第二章:宮廷生活?そんなの知るか!


 新皇后、好き勝手する


「陛下!! 皇后様が!!」


「……今度は何だ?」


 朝からこのセリフを何度聞いただろうか。

 ルードルフはこめかみを押さえながら、報告に来た侍従を見やった。


「城の屋根の上で昼寝をされています!!」


「登るなと言ったはずだ!!」


 宮廷の最上階、皇后の部屋——ではなく、その 屋根の上 で、スキヤ・エスメラルダは悠々と寝そべっていた。

 まるで狼のように丸くなり、すぅすぅと気持ちよさそうに寝息を立てている。


「おーい、降りてこい!!」


「んぁ? ルードルフかぁ……」


 スキヤは大きなあくびをして、のそのそと起き上がった。


「いや〜、風が気持ちよくてさ。部屋のベッドより、こっちの方がしっくりくるんだよな!」


「城の屋根の上で生活する皇后がいるか!!」


「え、いないの?」


「いるわけないだろうが!!」


 ルードルフが 鬼の形相 で睨むと、スキヤは 「へへっ」 といたずらっぽく笑った。


「まぁまぁ、そうカリカリすんなって! じゃあ降りるよっと……」


 そう言うと、スキヤはひょいっと屋根から飛び降りた。

 数メートルの高さをものともせず、軽々と着地する。


 それを見た護衛騎士たちは、 「ひえぇ……」 と顔を引きつらせた。


 ルードルフは 「こいつ、ほんとに聖女か?」 と心の中で何度目かわからない問いを繰り返した。

 宮廷マナー? そんなの知らん!


「皇后様、こちらが宮廷の晩餐会でございます」


「へぇ〜、めっちゃ豪華じゃん!」


 宮廷での正式な晩餐会——貴族たちが皇后のお披露目を兼ねて集まる、格式高い場だ。

 通常、皇后は 優雅に微笑みながら、上品に食事をし、貴族たちと洗練された会話を交わすもの である。


 だが——


「いただきまーす!」


 ガブッ!


 スキヤは 七面鳥の丸焼きに豪快にかぶりついた。


「んっま!! 肉最高!!」


 周囲の貴族たちの 顔が引きつる。


「お、おお……」

「聖女……ですよね?」


 ナイフもフォークも ガン無視 して、 手づかみで肉を食らう皇后。

 しかも 骨ごとバキバキ噛み砕く勢い。


「皇后陛下……ナイフとフォークをお使いになられては……?」


「ん? なんで?」


「……いえ、あの、貴族の作法として……」


「面倒じゃね?」


「面倒!?」


 この瞬間、バロア帝国の貴族たちの価値観は崩壊した。


 さらに——


「酒持ってこーい!!」


「皇后陛下!? そんなにお飲みになっては……!」


「いいじゃんいいじゃん! せっかくの宴だぜ? みんなも飲めよ!!」


 スキヤは ワインをジョッキに注ぎ、一気飲みする。


「ぶはぁっ!! うめぇー!! ルードルフ、お前も飲めよ!」


「いや、俺は控える……」


「ノリ悪いなぁ! ほら、貴族ども! 飲め飲め!!」


 貴族ども!?


 こうして、聖女のお披露目晩餐会は——

「皇后陛下の酒豪伝説誕生の宴」 へと変わったのだった。

 新皇后 vs 侍女隊


 スキヤが皇后となって三日目。

 すでに宮廷のあちこちで スキヤ伝説 が誕生していた。


 しかし、宮廷には どうしても彼女を受け入れられない者たち もいた。


「……あんな野蛮な皇后、ありえませんわ」


 そう呟いたのは、ティルピッツ公爵家の長女 カサンドラ・シュバルツ・ティルピッツ である。


「こんな粗暴な女が陛下の妻になるなんて……許せませんわ!」


 カサンドラは 密かにルードルフに恋心を抱いていた。

 当然、スキヤの存在は 目の上のたんこぶ でしかない。


「……キャシー!」


「はい、カサンドラ様」


 侍女 キャシー は、カサンドラの指示を受け、スキヤに対して 小さな嫌がらせ を始める。


 ・ドレスの裾に小さな穴を開ける

 ・スープにちょっぴり塩を入れすぎる

 ・枕をひそかにちょっとだけ硬くする


 ——だが、問題があった。


「ん? なんか塩多めのスープだな! でもこれはこれでアリ!」


「ん? ドレスに穴? まぁ細かいこと気にすんな!」


「枕硬ぇな! よし、床で寝るか!」


 まっっっったく嫌がらない。


 キャシーの努力(?)はことごとく無駄に終わる。


「こんなはずでは……」


 キャシーが頭を抱えていると、スキヤが ニヤリと笑った。


「なぁキャシー、お前さ……」


「は、はい?」


「あたいを困らせようとしてるだろ?」


「……っ!!」


「悪いが、あたいはそんな細かいこと気にしねぇんだよ!」


 キャシーは青ざめた。


「でも、まぁ……せっかくだし 仕返し させてもらうか!」


「えっ!?」


 そして翌日——


 キャシーは宮廷で「一番恥ずかしいマイクロミニスカートのメイド服」を着せられていた。


「こ、こんなの着て宮廷を歩けません!!」


「お前がやったことに比べたら、ちょっとしたお仕置きだろ?」


「うぅぅぅ……!!」


 こうして キャシーはスキヤ陣営に完全降伏したのだった。

 皇帝の頭痛は続く


 ルードルフは 宮廷のバルコニー から、楽しげに笑うスキヤの姿を眺めていた。


「……何なんだ、あいつは……」


「陛下、もしかすると……」


 側近のハインツが呟く。


「皇后様がこの宮廷に来てから……妙に活気が出ているような……」


「それは、騒がしくなっただけじゃないのか……?」


「ですが、今までの貴族たちは 形式ばかりを重んじていた 。

 それが、皇后様の自由奔放な振る舞いによって、宮廷が……少しずつ変わり始めているのでは?」


 ルードルフは 「そんなものなのか……?」 と思いつつも、頭を抱えた。


「俺の平穏な宮廷生活は……どこに行った……?」


 彼の 苦悩の日々 はまだまだ続く。


 第三章:聖女、皇帝に戦いを挑む


「皇帝が弱っちいんじゃ困るんだよ!」


 その日もバロア帝国の宮廷は スキヤの騒動 で朝を迎えた。


「陛下!! 皇后様が!!」


「……また何だ?」


 ルードルフは すでに諦めた表情 で侍従の報告を待った。

 どうせまた宮廷のルールを破って、誰かを巻き込んだに違いない。


「……皇后様が、騎士訓練場で暴れています!!」


「今度は何をしてるんだ!?」


 ルードルフが 頭痛を感じながら 訓練場に向かうと——


「おらおらおらぁ!! もっと本気で来いよ!!」


 ドガァァァン!!


「ぎゃああああ!!」


 騎士たちが吹っ飛ばされていた。


 宮廷の精鋭騎士団 「黒狼の騎士団」 の兵士たちが、 次々とスキヤに投げ飛ばされている。

 スキヤは 楽しそうに 笑いながら、巨漢の騎士を 肩から放り投げた。


「どうしたどうした!! その程度で皇帝を守れるのか!? お前ら、もっと鍛え直した方がいいぜ!!」


「う、うぅ……皇后様……強すぎます……」


「強すぎるとかねぇから! 戦場じゃ命かかってんだぞ!! ほら、次!!」


 ルードルフは 呆然と立ち尽くした。


「……おい、何をやっているんだ?」


 スキヤは ルードルフに気づくと、満面の笑みを浮かべた。


「あっ、ルードルフ! お前もやるか?」


「やらん!!」


「ちぇっ、つまんねぇの! 皇帝なんだから、もっと戦えなきゃダメだろ?」


「戦場は終わったんだ!! 俺の仕事はもう戦うことではない!!」


「へぇ……」


 スキヤは にやりと笑った。


「じゃあさ、あたいと勝負しようぜ!」


「……は?」


「この国の皇帝が弱っちいんじゃ、あたいの夫としては物足りねぇしな!」


「いや、何の理論だそれ!?」


 こうして、スキヤ vs ルードルフの武術試合が始まった。

「手加減してやるから本気で来いよ!」


「……これは一体?」


 ハインツ伯爵が 不安げな表情 で聞く。


「皇后様が陛下に試合を申し込まれまして……」


 騎士団長は 困惑した顔 で答えた。


 皇帝 vs 皇后 の対決。


 しかも 武闘試合。


 バロア帝国の歴史において、 こんな不可解な試合は初めてである。


「ルードルフ、準備はいいか?」


 スキヤは 木剣を肩に担いでニヤリと笑った。


「お前、本当にやる気なのか?」


「当たり前だろ! あたいが負けたら、お前の言うことをちょっとは聞いてやるよ!」


「……ほう?」


 ルードルフは その条件に少し興味を持った。


「では、逆に俺が負けたら?」


「そん時は あたいが宮廷ルールを全部変える!」


「それは絶対に許さん!!」


「じゃあ勝つしかねぇな!」


 ルードルフは ため息をついた。


「仕方ない……受けてやる。」


 こうして、バロア帝国の未来を賭けた(?)戦いが始まった。

「勝負開始!!」


「いくぞ!!」


 スキヤは 爆発的な勢い で飛び込んできた。


 速い!!


 ルードルフは即座に 剣を構え、受け止める。


 ガキィィン!!


 衝撃が 腕に響く。


(な、なんて力だ……!)


 ルードルフは 驚愕した。


 スキヤは 見た目こそ少女だが、力は完全に化け物級だった。

 いや、狼の親分として育てられたんだ。


(……下手したら俺より強いかもしれん!?)


「どうした、そんなもんかぁ!?」


 スキヤは 豪快に笑いながら 連続で斬りかかる。


 ズバン! バキン! ガキン!!


 ルードルフは 防戦一方。


(ま、まずい……!)


 このままでは 押し切られる!


(こうなったら……!)


 ルードルフは スキヤの動きを見極め、一瞬の隙を狙った。


「甘い!!」


 ルードルフは スキヤの攻撃をギリギリで避け、足を引っ掛けた。


「おっと!!?」


 スキヤは バランスを崩す。


(今だ!!)


 ルードルフは 全力で剣を振り下ろした。


 だが——


 ゴッ!!!


「え?」


 ルードルフの攻撃よりも スキヤの頭突きの方が速かった。


 ドガァァン!!


「ぐふっ……!?」


 ルードルフ、吹っ飛ぶ。


 観客: 「陛下ーーーーー!!!」

「勝ったぜ!」


 ルードルフは 地面に転がっていた。


「……まさか、頭突きとは……」


「へへっ、勝った勝った!」


 スキヤは 大笑いしながら 勝利を宣言した。


「じゃあルール変更だな!」


「待て!! ルール変更とは言っていない!!」


「えー、負けたら言うこと聞くって話だったじゃん!」


「だが、ルールを変えるとは言っていない!!」


「むぅ……まぁいいか! とりあえず、ルードルフが弱くはないってわかったし!」


「そもそも皇帝が聖女と真剣勝負をすること自体が問題だ!!」


「え、そうなの?」


「当たり前だ!!」


 騎士団や貴族たちは あまりの光景に呆然としていた。


 バロア帝国史上初の「皇帝 vs 皇后の決闘」は、こうして幕を閉じた。

 皇帝の新たな苦悩


「……どうしてこうなった……」


 ルードルフは 遠い目 をしていた。


 スキヤは 満面の笑みで肉を食らいながら ルードルフを見ている。


「いや〜、楽しかったな! またやろうぜ!」


「……絶対に嫌だ。」


「えー、じゃあ次は馬上槍試合とかどうよ?」


「俺の宮廷生活は……どこに行った……?」


 こうして、ルードルフの 新たな苦悩の日々 が始まった。


 第四章:貴族令嬢の陰謀、即崩壊


「皇后の座、いただきますわ!」


「こんな粗暴な女が皇后だなんて、ありえませんわ!!」


 ティルピッツ公爵家の長女、カサンドラ・シュバルツ・ティルピッツ は プルプルと震えていた。


 その理由は 目の前の光景 にある。


 ——宮廷の庭園。

 通常ならば、気品あふれる貴族の夫人たちが 優雅に紅茶を嗜む場所 である。


 だが、そこには——


「よし、リンダ、キャシー! あたいと相撲勝負だ!!」


「いや、なんでですか!!?」


「いいからやれ!!」


 スキヤ・エスメラルダが 侍女たちと相撲を取っていた。


「どすこい!!」


 バシィィッ!!


「きゃあああ!!?」


 キャシー、投げられる。


「聖女様!? これが皇后としての振る舞いなんですか!?」


「相撲はいいぞ! 力と技の勝負だからな!」


「そんな問題じゃありません!!」


 カサンドラはもう耐えられなかった。


(こんな女が皇后だなんて、絶対に認めませんわ!!)


 彼女は 密かに陰謀を巡らせることを決意した。

「皇后を失脚させる計画、始動!」


 カサンドラは 部屋の奥深くで密談を開いた。


 集まったのは スキヤを良く思わない貴族夫人たち。


「みなさん、スキヤ皇后の無礼な振る舞い、もう我慢なりませんわね?」


「ええ、あのような品のない方が皇后だなんて……」


「皇帝陛下に相応しいのは 正統派の貴族の娘 ですわ!」


「つまり、私ですわね!」


 カサンドラは 自信満々に胸を張った。


「そこで、皇后を失脚させる計画を立てましたの!」


「おお……!」


「まず、スキヤ皇后を 宮廷の礼儀作法テスト にかけます!」


「なるほど! あんな野蛮な方、絶対に不合格ですわ!」


「それから、彼女が失敗したところを記録し、皇帝陛下に嘆願書を提出!」


「陛下に『こんな皇后では帝国の威信に関わる』と訴えますのよ!」


「おおお!! それは素晴らしい計画ですわ!」


 貴婦人たちは 盛り上がった。


 だが、彼女たちは知らなかった——


 この計画が、翌日には粉々に砕け散ることを……。

「礼儀作法テスト、開幕!」


 翌日、宮廷では 盛大な礼儀作法テスト が開かれた。


「皇后様には、まず 貴族式の挨拶 をしていただきます!」


 カサンドラは 得意げな表情 で言った。


「ここで優雅にお辞儀ができなければ、皇后失格ですわ!」


「ふーん、そういうもんなのか?」


 スキヤは めんどくさそうに腕を組む。


「ほら! 見本を見せますわ!」


 カサンドラは 完璧な淑女の礼 を披露した。


「こうやって、背筋を伸ばし、優雅にお辞儀をするのです!」


「なるほど……よし!」


 スキヤは ニカッと笑い、勢いよくお辞儀をした。


 バキッ!!!


「きゃあああ!!」


 テーブルが割れた。


「……」


「……」


「えっ、なんで?」


 スキヤは 首を傾げる。


「すまん、ちょっと力入れすぎた!」


「入れすぎどころじゃありませんわ!!」


 カサンドラの顔は 青ざめていた。

「お茶会? そんなもん知るか!」


 次の試験は お茶会のマナー。


「貴族のたしなみとして、優雅に紅茶を飲むのが大事ですわ!」


「ふーん、飲めばいいんだな!」


 スキヤは 紅茶のカップを手に取る。


「ふぅ〜……」


「そうそう、ゆっくりと香りを楽しみ——」


 ゴクゴクゴクゴク!!!


「ぷはぁっ!! うめぇー!!」


「一気飲みするなああああ!!!」


 カサンドラの 悲鳴が宮廷に響き渡った。

「計画……崩壊!!」


 こうして、カサンドラの計画は ことごとく失敗に終わった。


「……もう無理ですわ……」


 カサンドラは 膝をついた。


「これ以上、何をやっても、あの女は動じませんわ……」


「おーい、カサンドラ!」


 スキヤが 無邪気に手を振る。


「いやぁ、今日も楽しかったな! また遊ぼうぜ!」


「遊びじゃありませんわあああ!!!」


 カサンドラは 全力で叫んだ。


 しかし、その日を境に なぜか彼女とスキヤは親しくなったという。


 第五章:聖女、大使を投げ飛ばす


「皇后が外交問題を起こす!? そんなバカな……」


「陛下!! 大変です!!」


 ルードルフは またか…… と思いながら、報告に駆け込んできた側近を見た。


「……今度は何が起こった?」


「こ、今度はですね……皇后陛下が、外交の場で敵国の大使を投げ飛ばしました!!」


「何を言っているんだ、お前は」


 ルードルフは 耳を疑った。


 大使を投げ飛ばした?


 外交の場で?


 うちの皇后が?


 いやいや、そんなわけが——


「ちょっと待て! どういう状況だ!? まさか戦争が再開するような事態になっているのではあるまいな!?」


「そ、それが……状況が複雑でして……とにかく、大広間へ!!」


 ルードルフは 嫌な予感 を抱えながら、大広間へと急いだ。

「てめぇ、今なんつった?」


 バロア帝国の大広間。

 そこには、ルードルフの予想通り 騒然とした空気 が流れていた。


 そして、問題の中心にいるのは——


 スキヤ・エスメラルダ。


 そして、宙を舞う敵国の大使。


 ……宙を舞う?


「ウォォォォォォン!!!!」


 スキヤの背後で、巨大な 神獣フェンリル が 勝ち誇るように遠吠え している。


 その目の前では、スキヤに投げ飛ばされた大使が ゴロンゴロンと床を転がっていた。


 ルードルフは 目をこすった。


 いやいや、そんな馬鹿な。


「どうしてこんなことになっているんだ」


 思わず 呟いた。


 するとスキヤが 腕を組みながらドンと胸を張る。


「いや〜、そいつがな! あたいのことを『戦勝国の飾り物の皇后』とか ぬかしやがったからよ!」


「……え?」


「だから ブン投げた!」


 だから、じゃない!!

「俺の外交努力が……!!」


「スキヤ!!! お前はな!!! 一国の皇后なんだぞ!!!」


 ルードルフは 血管を浮かせながら 叫んだ。


「外交の場で敵国の大使を投げ飛ばす皇后がどこにいる!!??」


「……ここにいるけど?」


「お前しかいないわ!!!(怒)」


「えー、だってさ! あたいを見て 『この皇后、役に立つのか? ただの飾りでは?』 とか言ってたんだぜ?」


「だから投げたのか?」


「当然だろ! 飾りじゃねぇって証明しなきゃな!!」


「証明の方法が暴力なのが問題なんだよ!!!」


 ルードルフの外交努力は水の泡になった。

「お、俺は貴族として当然のことを……」


 一方、投げ飛ばされた大使 アントン・フォン・グリュンヒルド は 目を回していた。


 彼は バロア帝国と対立するローゼンベルク公国の外交官 であり、かなりの 高慢な貴族 だった。


「お、俺は貴族として当然の発言を……」


「へぇ〜、そうか?」


 スキヤが アントンの襟首を掴み、持ち上げる。


「なら、お前も試してみるか? 皇后に投げ飛ばされる気分をよ!!」


「ひぃぃぃぃぃ!! もう許してくだされ!!!」


 アントン、完全降伏。

「外交問題を起こしたのに、なぜか解決する。」


「ふぅ……まあ、許してやるよ」


 スキヤは 満足げに腕を組んだ。


「もう調子に乗るなよ、大使さんよ?」


「は、はい……! 二度と無礼なことは申しません!!」


 アントンは ガタガタ震えながら頷いた。


 なぜか 彼はスキヤに心からの敬意を抱いていた。


(なんだこの状況……?)


 ルードルフは 頭を抱えた。


 外交問題を起こしたはずなのに……なぜか 敵国の大使が皇后に忠誠を誓い始めた。


(こんなの……外交じゃない……)


 だが、結果的に ローゼンベルク公国との関係は改善したのだった。


(納得いかねぇ……!!)

「外交とは何か」


 夜、ルードルフは 深いため息をつきながらワインを飲んでいた。


「……なぁ、スキヤ。」


「ん? 何だ?」


「お前、あれで外交が成功したと思っているのか?」


「当然だろ! 大使があたいの強さを理解した! それで 下手なことを言えなくなった! つまり、解決だろ?」


「外交ってそういうものか?」


「そういうもんだろ!」


「違うわ!!!(怒)」


 スキヤの 超豪快な外交スタイル に、ルードルフは 新たな頭痛 を覚えるのだった。


 第六章:戦勝国特権って、こんな話だったか?


「おい、なんで宮廷に狼がいる?」


 朝の宮廷——


 ルードルフは 目をこすりながら 廊下を歩いていた。


 ここ最近、騒動続きで 寝不足気味 である。


 だが、そんな彼の目の前に現れたのは——


 巨大な狼の群れ。


「ウォォォォォォン!!」


「おはようございます、陛下!」


「いや、なぜ朝の挨拶をしているのが狼なのだ?」


「スキヤ様が『実家の家族』を宮廷に呼んだそうで……」


「ふざけるなあああ!!」


 ルードルフは ガバッと目を覚ました。


 そして、廊下の向こうから現れたのは 大満足の表情をしたスキヤ だった。


「ルードルフ! いいだろ? あたいの家族を紹介するぜ!」


「いや、ここは帝国の宮廷だ!! 動物園ではない!!」


「家族を呼んで何が悪い?」


「せめて人間を呼べ!!」


「なにぃ!? 狼が家族で何が悪いんだよ!!」


「宮廷で狼が堂々と歩いていること自体が問題なのだ!!」


「いやぁ〜、それもアリかなって!」


「ありじゃない!!」


 ルードルフは こめかみを押さえた。


(俺の宮廷が……狼に支配されつつある……)

「皇帝、狩りに行く」


「——ということで、これから 狩り に行く!」


「待て、なぜだ!?」


「狼の親分として、たまには狩りしなきゃな!」


「いや、お前は 皇后 だろうが!!」


 ルードルフは 全力で突っ込んだ。


 だが、スキヤは 既に弓を手にしていた。


「よし! ルードルフ、お前も来い!」


「俺が!?」


「皇帝だろ? 帝王学の一つに 狩猟 も含まれるんじゃねぇの?」


「それはそうだが……」


「じゃあ行くぞ!! 走れぇぇぇ!!」


 ゴォォォォォォン!!!(狼の遠吠え)


 スキヤが 全力疾走 を始めると、 狼の群れも一斉に走り出した。


「おい!? なんだこの軍勢!!?」


「楽しいぞーー!!!」


「俺の人生、こんなはずでは……!!」


 皇帝ルードルフ、 狼の群れと共に走る。

「狩り、成功」


「おっしゃあ!! 鹿ゲットォォ!!」


 スキヤが 素手で鹿を持ち上げた。


「さすが皇后様!!」


「かっこいい!!」


「やっぱりあたい、すげぇな!!」


「どこに向かっているんだ、お前の皇后像は!!?」


 ルードルフは 座り込んでいた。


 ……疲れた。


「いや、楽しかったな! ルードルフ、お前も良い狩りしてたぜ!」


「もう勘弁してくれ……」


「なぁなぁ、せっかくだし 今日の晩餐はあたいが仕切る!」


「やめろぉぉぉ!!」


 皇帝の悲鳴が森に響き渡った。

「晩餐会が野外バーベキューに変わる」


 宮廷の晩餐会——


 本来ならば、 格式高い食事会 のはずだった。


 だが、そこに並べられたのは——


「ドーーン!!」


 鹿の丸焼き。


 猪の丸焼き。


 羊の丸焼き。


「ウォォォォォォン!!!」


「さぁ、食えーー!!」


 スキヤが 盛大に宴を開始した。


 貴族たち:「えっ……?」


 貴族たち:「あの、皇后様……?」


 スキヤ:「なんだ?」


 貴族たち:「この……ワイルドすぎる食事は……?」


 スキヤ:「うまけりゃいいだろ!!」


 貴族たち:「そ、そういうものなのか!?」


 貴族たちは 動揺しながらも、気づけば肉を食らっていた。


「……うまい」


「これ、意外といけるぞ!?」


「酒を持てぇ!!」


「宴だーー!!」


 なぜか宮廷の貴族たちが順応し始めた。


 ルードルフ:「なんでだ……なんでこんなに順応が早いんだ……?」


 ハインツ伯爵:「陛下、もしかすると……宮廷の雰囲気が変わりつつあるのかもしれません。」


 ルードルフ:「それはいいことなのか!?」


 ハインツ伯爵:「……さぁ?」


 宮廷の晩餐会は、こうして「野外バーベキュー大会」と化した。

「……意外と悪くない?」


 その夜——


 ルードルフは 星空の下でワインを飲んでいた。


「はぁ……俺の宮廷は、どうしてこうなったんだ……」


「なぁ、ルードルフ。」


 スキヤが 隣に腰を下ろす。


「ん?」


「ここに来た時さ、あたい、ちょっと不安だったんだ」


「お前が?」


「まぁな。宮廷ってさ、窮屈そうじゃん?」


「……まぁ、そうだな」


「でもよ、お前と一緒にいるうちに、ここも悪くねぇなって思えてきた」


 スキヤは ワインをグイッと飲み干した。


「お前が真面目すぎるから、あたいが適度にぶち壊してやる!」


「お前、それ褒めてるつもりか?」


「褒めてる褒めてる!」


 スキヤは にかっと笑った。


 ルードルフは 肩をすくめたが、気づけば微笑んでいた。


(……まぁ、悪くないのかもしれんな。)

「戦勝国特権で嫁を迎えたら、帝国がめちゃくちゃになったけど……」


 ルードルフは 改めてスキヤを見た。


 最初は とんでもない嫁をもらったと思った。


 いや、実際 とんでもない嫁 なのだが……


「おい、ルードルフ!」


「なんだ?」


「明日は 馬上槍試合 だ!!」


「……いや、俺は皇帝だぞ?」


「いーじゃん! やろうぜ!」


「……はぁ」


 ルードルフは 深いため息をついた。


 ……まぁ、楽しいからいいか。


 こうして バロア帝国は新時代を迎えた。


「戦勝国特権で嫁を迎えたら、帝国がめちゃくちゃになったけど、まぁ楽しいからいいか!」


 ルードルフは 空を見上げ、笑った。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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