夢想
獣の少年ムーニアは白と黒のナイフを持ち
目の前の洞窟から少し離れた位置に座り洞窟を白い右目だけを開け見つめていた。戦意を鎮めるように牙を隠すように、随分と時間が経ち日が落ち夜になるまで、洞窟の中へ侵入する事もせずただ座してナイフを研ぎ洞窟から奴等が出て来るのを待つ。
中の者たちが洞窟から抜け出そうと何かをしているようなことはこの耳には、今のところ聞こえて来ない。
あの幽霊だけであればそれも可能だろうがあの魔王の戦いを見ながら逃げることなく。
その体を見せた。ような奴だあの勇者を見捨てるようなことはないだろう。
故に奴等が取る行動は、
剣撃の音と共に洞窟を塞ぐ岩が砕け散り飛んでいく。
その現象を引き起こした張本人が姿を現す。
胸の鎧は砕け美しい金髪は自らの血に汚れ
傷だらけになりながらもそれでも力強く立つその姿に
ムーニアは諦め許しを乞う為に出てきた可能性を捨てる。
「オマエは、そうか、なるほど憑依がデキるのか。」
匂いと気配で目の前の人物が、勇者ではないと理解する。
「待っていてくれるとは思っていなかった。」
単純な疑問だったのだろう何故いつでもその洞窟を塞ぐ岩を砕き中へ入る事は出来た筈だ。
それを何故自分がしなかったのかが理解出来なかったのだろう。
「死者との、サイゴはダイジにすべきだ。オレはそれをするコトができなかったからな。」
なんて事はない少年もただの復讐者で、死者に心残りがある一人なのだから
「スコシよそうとはチガッタけどな。」
先程まで予想していた。考えは外れた故に聞かなければいけない。
ナイフの片方を向け尋ねる。どちらでもいいだが聞いておかなければいけない事を、
「ユウシャはまだイキテいるのか?」
「いいや、だがフェリシアはまだこの体の中に居る」
「そうかオマエは何者だ?これからどうするつもりだ。
オレのように復讐にイキルのか。」
この幽霊に問うオマエはその体を手に入れてどうやって生きるつもりなのか、どう言おうと自分の後の行動は変わらないだが、あの勇者がこの幽霊に何故自らの体を売り渡したのかそれが気になった。
「俺は神楽、フェリシアの気持ちを受け継いで、フェリシアの夢を叶える為に、今ここに居る。」
「ナルホド、そうか」
理解は出来ない。だが何処か腑に落ちたように思えた。あの勇者は自らが持っていなかった物を持っていた者に自分の体を開け渡したのだと。
「このバアイ、どうするべきなんだろうな」
魔王は生きていれば連れ帰り、死んでいれば勇者の仲間に返せと言った。
勇者の生死は、ムーニアにとってはもうどうでも良かった魔王が殺したのだとしても、生きていてオレの前に立ち塞がるのであれば、殺す。
まだ復讐しなければいけない対象は多く居る。死に体に興味は無い。だがこれは
「キメタ。オマエは、魔王の元にツレテいくテイコウするなら片足片腕ぐらいはカクゴしろ。」
そう彼は自らの方針を決めた。
両手のナイフを構え足に力を込める。
それを見てあちらも剣を構えこちらの攻撃へ備えるように、
大人しく連れて行かれる気は無いらしい。
先に動いたのはムーニア、ナイフを振い神楽へと強襲する。
神楽が剣を振い身を守ろうとするが、
「オソイ」
間に合わない、ムーニアは神楽の防御をすり抜け体に傷をつける。一撃では終わらない。縦横無尽に反応出来ない速度、対応出来ない角度で獣が襲いかかる。
「カンチガイするな。オマエはユウシャじゃない。」
そう、この幽霊は勇者ではない。あの勇者であれば防げていただろう。叩き落としていただろうだが
この幽霊にはそれは出来ない。剣を振る速度も魔力の使い方も、大きく劣っている。そんな事は、誰よりも知っていたのは、この幽霊なのだ。
「...見切れないか、なら俺なりのやり方でやろう。」
「ウィルエンキ」
呪文を唱え魔法を発動させる。
神楽の足元から砂埃が舞い上がった。
飛び退き、幽霊が発動させた魔法、砂埃に触れぬよう
ムーニアは、下がり幽霊の狙いを考える。
範囲はかなり広い、半径5メートルだろうか。
円を描くように砂が舞い上がり視認性を著しく悪くする。
「ニオイも分かりずらいな、かきケされる。あちらもオナジだろうが、こちらはオトでわかる。」
動いていない。まるでこちらを待つように試すように、
「いいだろうノッテやる。」
ムーニアは足に力を込め砂埃の中へと入る。
速度を維持し中心にいる幽霊の背後を取る。
ナイフが振るわれ傷をつける筈だったその刃は、勇者の剣に防がれていた。
すぐさま後方へ引き、走りは止めず。まさかと確かめるように再度ナイフを振い攻撃を仕掛ける。
その全てが防がれるのを見てムーニアは、確信する。
動きを読まれていると。
「このスナか」
そうこの砂はただの目眩しではない、この砂全てが神楽のポルターガイストに操作されている。砂に触れた全てを感知できその動きを予想できる。
そう気づいた時ムーニアの動きが一瞬止まった。
神楽が動く中心から数歩、侵入者へと迫り剣がムーニアへと迫り血が飛び散る。
咄嗟に引き砂埃の外へと出る。
傷はそこまで深くない。だが確かに、
「捉えた。」
そう幽霊が砂の中で言ったのが聞こえた。
「オマエはユウシャじゃない。」
そう目の前の幽霊は勇者では無いただ確かなのは、
「だがヤッカイだ。」
そう認めさせた。ムーニアにとってただの獲物ではなく明確な敵として。
「いいだろうヤッテやる。」
ムーニアが空高く飛翔する
声高く吠えながら。まるで獣が危険を知らせるように
遠吠えのように、そして姿が変わっていく。
髪が伸び赤く紅く染まっていく片方だけだった。
赤い目が白い目を犯すように赤く紅く染まっていく。
神楽は見た。月を背にして紅い獣が顕現した事を。
その獣は地面に降り立ち姿勢を低く目の前の敵を見て
言う。
「フキトベ」
その言葉が神楽に届くよりも前に神楽は蹴り飛ばされていた。
反応すら感知すら許さない超高速。
砂もムーニアに触れる前に余波で吹き飛ばされていた。
攻撃を受けた腹が悲鳴を上げる。
この痛みであれば、
そう考える暇も無く音もないどこから来たのかも見えなかった。
獣がナイフを構え神楽に促す。もう一度だと
神楽も剣を構え応じる。
魔法を発動させる暇はない。故に魔力を目と腕に集中させ動きを待つ。
姿が消えたそう認識した刹那、剣を振るう視界の端で姿を捉えポルターガイストも合わせた今出来る最速当たるその前にムーニアが神楽に届かない位置でナイフを振るった。ムーニアの姿が何かに入っていくように消えたように見えた。
それを認識した時にはもう遅い獣は、神楽の横に突如として現れ足を深く切りつけて行った。
右足が激痛に襲われる。
切り取られてはいないだが動かせないほどに、
目の前ムーニアを見る。何が起きたのか正確にはわかないだがおそらく、
「空間を切り裂いたように見えた。」
違う可能性はあるだがそうとしか今は思えない。
恐ろしいのはそれが何かの呪文や魔法を使った様子が無く、単純な身体能力と魔力だけでそれをやってのけたように。
「...ツギでサイゴだウデをもらう。」
ムーニアが告げる。その姿は、息を切らし酷く疲弊してるように見えた。おそらくあの姿は、彼にとっても負担が大きいのだろう。フェリシアの前で一度変わろうとした事も関係しているのだろう。あの肉と髪は魔力と体を治せても体力を回復せるものではないのかもしれない。だがいまはそんな事はどうでもいい後一回
あれが来る。
対応出来なければ神楽の敗北は決まる。
「ウォールガイア」
ムーニアと神楽の横の地面が盛り上がり壁を作る。
まるで道を作るように。
タイミングはムーニアにだが道がこちらが決める為に、
ムーニアが姿勢を低く足に力を込めナイフを構える。
その姿に、神楽も剣に全ての魔力を込める。
剣が輝き辺りが光で満たされる。
お互いに最後に備える。
両者が同時に動いた。ムーニアが音を超え進むそれに応えるように、剣が振るわれ光がムーニアへと迫る。
それを空間を切り裂き中へ入ることで凌ぐ。
そうして現れるは神楽の背後、狙うは腕そうして振るわれる筈だったナイフは目の前にあった。こちらを見る幽霊と先程振るわれた筈の勇者の剣によって止まる。
何故自分を捉えているのか何故剣が振るわれているのか、その謎は、
それは先程までいた。神楽が作った道を見ることで判明した。
そこにはポルターガイストによって宙に浮いた。もはや刀身を失い柄だけとなった。大剣が教えてくれた。
あの光はあの大剣での囮、
今ムーニアの目の前で神楽が右手で握っている剣こそが正真正銘、
勇者の剣
「夢想ブレイヴアース」
夢をなぞるように記憶を辿るように、形を真似再現し
確かに見た夢を想うように剣を振い
神楽は、勇者の一撃を再誕させてみせた。
ムーニアの体が光に包まれる。凄まじい衝撃と音が収まった時そこにはまるで元々無かったかのように消し飛ばされた。歪な地形が残っていた。
剣を鞘に納め、
その場に倒れて居るムーニアを見る。
「...あの位置で直撃を避けるか。」
獣の勘と速さで避けたのだろうが、直撃では無かったとはいえ、あれを喰らったのだもう動け無いのだろう。そのうえ剣を振るった右腕には幾つかのの深い
切り傷かついていた。彼は宣言通り神楽の片腕と片足を動かせないほどに傷つけてみせた。
全身が傷だらけになり、
赤く長かった髪も短く白い髪へと戻り目も
赤が消え彼の持つナイフと同じ白と黒に変わっていく。
まるで彼の中の獣が鳴りを潜めるように、
そんな彼の元に数匹の魔物が彼の元へ駆け寄る。
彼の髪と同じ白い狼のような魔物がこちらを威嚇し
吠える。
「引け、そのままだと主人が死ぬぞ」
その神楽の言葉に、魔物たちは、ムーニアを連れ姿を消した。
それを見届け神楽は、傷つけられた右足を引きずりあの洞窟へと辿りつく。
洞窟の中へと入り奥へ進もうとした彼は、石に躓き地面へと倒れる。
「...魔力も血も足りない傷つき過ぎた。右手の感覚がない。あの切り傷だけじゃない。あの一撃で...
フェリシアの体じゃなく俺の幽霊の右腕が消し飛んでる。」
魔力が傷口から流れ意識が遠のく、
「ここに..ある魔硝石は、魔力に満ちた場所で出来るなら...それを」
ドレインタッチで吸収する為にだが彼にもうそんな力は残っていなかった。視界から光が消え、
神楽はこの洞窟で意識を失った。