魔女になんかならないもん
何故かわからないけれど、魔法学校なるところから入学案内が届いた。ルカは眉間に皺をよせて、その手紙をを破り捨てる。
「ルカ、また来るわよ。それ」
叔母のマリーは、ため息をつく。マリーは魔法使いだけれど、魔法局の選民思想的な傾向が気に入らず、人間界に留まっているという。
「マリーだって、召喚状破ってたじゃない」
「あたしはいいの。だいたい竜退治の仕事依頼なんて面倒だわ。そのうちこなくなるからあたしのは問題ないんですぅ」
マリーはおどけた仕草て答えた。
「じゃあ、私だっていいんじゃん」
「入学案内はうっざいわよぉ~」
マリーは窓を磨きながら、くすくす笑った。
「一度くらい行ってみれば。魔法界?嫌になったら、あたしみたいにあとで辞めちゃっていいのよ?」
ルカはテーブルを拭きながら答えた。
「やめて。私がなりたいのは小説家。魔法使いなんて小説のネタよ。ネタが実存してるなんて、私の空想の邪魔だわ。それに……」
ルカは手を休めてマリーを見た。
「マリーと暮らすほうがずっと楽しいし、ためになるもの。何せ図書館司書だもの。レファレンスは完璧だし、アドバイスは的確。こんなに身近に便利な人がいるのに……その本人が嫌がる魔法界なんかいきたくもないわ」
マリーは苦笑した。
「あたしを言い訳にするつもり?本当のところはどうなの?魔法には興味がない?」
ルカはうつむいた。
「……怖いのよ。今だって魔法のような力が使えるわ。それを磨くってことは、人から遠い何かになりそうで、とても怖い。私がしたいことはここでちゃんと人間として生きていくこと……父さんも母さんもそれを望んでると思うの」
「ルカ……」
マリーはそっとルカに歩み寄りぎゅっと抱きしめた。
「そうね。魔法使いとして生きることは時として人として逸脱することもあるし、危険も多いわ。だから、姉さんたちはあのクリスマスの日にあなたをここに預けていっただものね」
「父さんたちは生きてるのかな」
「わからない。でも、約束したでしょ。クリスマスには帰るって」
「きっと帰ってくるよね」
「ええ、きっと……」
マリーはぱっと手を離して、急いでツリーを飾り付けなきゃねと笑って言った。
十三年目のクリスマス。ルカとマリーは四人分の食事を用意して、その日が終わるのをまった。
雪が降って、世界は静かだった。ルカとマリーはソファーでぼんやりとテレビを眺めていた。時計の針はもうすぐ十二時になる。
(今年も帰ってこないのかな)
ルカがそう思ったとき、遠くで雪を踏む音が聞こえた気がした。何か不吉な予感を感じて、マリーにそっと寄り添った。
そして、チャイムが鳴る。ルカはびくっと体を震わせた。
「見てくるわ。そこにいなさい」
マリーはすっと玄関へ向った。扉の開く音と吹雪の音。そして足音がして、それはだんだんと大きくなって、ルカの後ろでとまった。
「ただいま」
懐かしい声が頭上からふってきた。懐かしい腕とつめたい頬が、ルカをしっかりと抱きしめていた。
「おかえりなさい……」
ルカは涙をこらえながら、ゆっくりと振り返る。懐かしい父の顔は昔のままだった。けれど、父は片腕を失っていた。その父の傍らには髪の色が真っ白になった母がいた。とても綺麗な金髪だったのに、どうしてそんな雪のようにしろくなってしまったのだろうという思いがルカの胸にせりあがってくる。
それでも、今は何があったかなんてどうでもよかった。
ルカはソファーを飛び越えて、二人を抱きしめた。
「もう……どこにもいかないで……」
ルカは耐えきれなくなって声をあげて泣きながら懇願した。
「もちろんだ」
「ずっと一緒よ」
父と母は昔と変わらずに、優しい声でルカを包み込んだ。
十三年目のクリスマス。ルカは最高のプレゼントをもらった。
「さあ、料理をあたためなおしたわよ。マリーさんの手料理食べないつもり」
ルカたちはおおいに笑った。ようやく願いが叶ったその日から、ルカの新しい生活が始まった。マリーと両親がいる生活。これ以上の望みなんて、ルカにはない。
だから、翌朝も根気よく届いた入学案内を盛大に破り捨てた。
【終わり】