永遠を生きる女の話
永遠とは何か、と神は問うた。
だから私はこう答えた。
私には、いらないものだ、と。
「その結果が、これでね」
嫌がらせでよこされたのだ、と女は唇を歪めた。
その笑みは、愉快そうにも、憎たらしそうにも見えた。
それだけ言うと、女は退屈そうに、首を傾げた。
肩口で切りそろえられた髪が、さらりと揺れる。崩れた壁から見える、血のように赤い空と対照的に、女の髪は青色だった。
淡く、柔らかな青色。
もはやその青が、空色、と呼ばれなくなって久しい。
空は、もうずっと、赤いままだったからだ。
「だから、正直、あなたが羨ましいよ。だって、終われるんだろう?」
女はそう嘆くと、ため息を吐いた。
足を組み、瓦礫の上で気怠げに座る女は、いっそ冷酷ですらあった。
何故なら、女は、同じく瓦礫に身をもたせる男に、全く同情していなかったからだ。
息をするだけで苦しそうな、ぼろぼろの男に。
女の答えに対して、男は、苦しげに咳をした。だが、やっと、といった様子で、振り絞るように言葉を紡ぐ。
「………どうして…羨ましいんだ………」
「どうして、とは?」
「死なないですむのに」
男の言葉に、すう、と女は目を細めた。
「退屈だよ。一人はね」
投げやりな女の声に、男は、そうか、と呟いた。
何故女が、羨ましいと嘆いたのか、よく理解できたからだ。
女がこの、崩壊した地下室に来たのは、数分前のことだった。
ここは、生き残りの人間達が、助け合い、身を潜めていた場所だった。
だが、それは、もはや過去の話だ。
他の人間は、既に死んだ。生き残りの人間は、男が最後だ。
世界は滅びた。どうしようもなく、決定的で、無慈悲な破滅を迎えた。
水は涸れ、空気は毒と化した。空は、血のように赤く染まった。
人間が、いや生物全てが、滅んだ。
今生きているのは、幸運によって、かつての文明の名残に縋れた、わずかな人間だけだ。
男もその人間の一人だった。
そうやってかろうじて繋がれた命も、じき全てが終わる。
ただ息をするだけで、身体が蝕まれていくからだ。
先に死んだ人間は、息ができなくなって、死んでいった。ただ、生きているだけで、空気に含まれた毒は、命を損なったのだ。
だから、もう自分は死ぬと、男にもわかっていった。
だが、女は違った。
ふらりと現れた女は、咳の一つもせず、驚いた顔で男を見た。
女は生きていた。かつての、青い空の下のように、当然のように生を享受していた。
男は問うた。どうして生きている、と。
だから女は答えた。私は死なないのだと。
神とやらに、永遠を与えられたのだと。
女にそれ以上、語る気はなかった。
男にも、それ以上、聞く気はなかった。
要するに、この場で重要なことは、たった二つだけなのだ。
即ち、男が死につつあり、女が生きていることだけだ。
「きっと君は、私が最後に話す人間だ」
ため息交じりに女は呟くと、組んでいた足を解く。そのまま、女は瓦礫から降り立ち、男の顔を覗き込んだ。
「最後に望みは?」
これも縁だろう、と。
少しだけ、やわらかくなった声を聞きながら、男は女を見た。
かすかに笑みを浮かべながらも、女は、やはり、どこか羨ましそうな目をしていた。
その笑みに、一抹の憐憫を感じながらも、男は、こう告げた。
「僕が死んだら………目を閉じてくれ」
「ああ。そうしよう」
鷹揚に頷くと、女は、白い手を伸ばす。
その手は、慈しむように、男の頬を撫でた。
もうほとんど忘れかけていた、他人の温度は、ひどく心地よかった。
そのぬくもりの優しさに、ふと、男は呟いた。
「………あなたは、これからどうするんだ?」
男の問いに、さあ、と女は首を横に振った。
「どうもしないよ。ただ、生きるだけだ」