第八話
その後、ゆりからLINEがきた。汐野と仲直りしたようだった。私はよかったねとだけ返信をした。大和のことは、汐野がちゃんと話すと言われたようで、信じて待つしかないようだとも書かれていた。たぶん、これは私の推測でしかないが、汐野は決断しなければならないと思う。
そして、私も決断をしなければならない。高木先輩のこと。好きっていう感情がまだよくわからないけれど、高木先輩が声をかけてくれてホッと安心したり。もう少し話していたいような気がするのは、好きという気持ちがあるのではないだろうか。私は考える。しかし、考えたところで私が納得するような答えがでるかといったら、それはでないと思う。所詮、私は幼稚で未熟な高校生だということ。幼稚園や小学校の純粋に好きという気持ちはどこかに置いてきてしまっていた。
「高木先輩、もうすぐ卒業ですね」
私は以前、高木先輩と行ったファミレスで、ブラックコーヒーを飲みながらぼそっとつぶやいた。ブラックコーヒーは苦い味しかしなかったが、ガトーショコラと一緒だと、ほろ苦くて甘い、美味しい飲み物となった。
「伊藤、お前は将来何になりたいとかあるのか?」
高木先輩は、ファミレスの窓の向こうを見ながら私に問いかけた。
「いえ、特には。普通に就職して、普通にお金を稼げればいいかなと思っていますけど……」
「普通に……か。まぁ、そうだよな」
お店の音楽が流れる中、私はコーヒーカップのソーサーを左手に添えて、コーヒーカップの取っ手を右手でとり、ゆっくりと口につけた。苦いコーヒーの味が口いっぱいに広がる。私は、このまま高木先輩が卒業して話せなくなると思うと、少しだけ胸がぎゅっとなることを知り、今話さなければと、口を開いた。
「先輩、私、好きという感情が、よくわからないままです。そもそも家族のあたたかさ、みたいな、そういう当たり前のことが、よくわからなかったからかもしれません。だから、私の友達が誰かを好きになったり、付き合って喧嘩したり、ふられて泣いたり、コロコロ変わる表情を隣で見て、最初は忙しい子だなくらいしか思っていませんでした。でも、だんだんこんな私に話してくれるのが、嬉しいと思っていました。高木先輩もその一人です」
「伊藤……お前」
「だから、大人になって、また先輩に会ったときに、成長できていればいいなと思っています。今はそれでもいいですか?」
「そうか……そうだな。俺も、まだまだガキだから、よくわからないことばかりだと思うから、とりあえずがんばるわ」
「先輩、いろいろありがとうございました。先輩に会えてよかったです」
「おう」
先輩が右手を出してきた。握手するのかと思って私も右手を出し、先輩の右手を握ろうとした。その時、先輩の右手が私の右手をぐっと掴んだと思ったら、先輩の腕に引き寄せられて、抱きしめられた。1秒もたたない出来事だった。
「先輩?」
「お前、元気でいろよな」
「はい」
私は先輩の胸の中でもごもごしながら返事をしたのであった。